現代に追放された女神様が、俺との同棲でデレデレになってしまった【新築・女神同棲】

杜田夕都

第一章

第1話 アパート同棲に至るまで 前編

「そろそろ起きてください〜。お仕事に遅刻してしまいますよ?」


 目覚めた視界には、エプロン姿の女神様。

 女神様、と言ったがこれは比喩ではない。天界出身の本物の女神なのだ。

 その証拠に、今も純白の翼を曝け出している。

 

 俺は女神様に促されるまま身支度を整え、小さいテーブルの前に座って朝食を食べ始める。


「味噌汁も作れるようになったんですか?」

「はい! お料理教室で習ったのです! お出汁は、かつおと昆布の合わせ技です!」


 女神様は俺のために、足繁く料理教室に通ってくれている。


「お味はいかがですか? 失敗していませんか?」


 翼をピクピクさせながら、心配そうに俺のことを見つめてくる。

 少し前は、塩と砂糖の違いすら分かってなかったから不安なのだろう。

 一挙一動が可愛いな、全く。


「美味しいです! 昆布だしが効いてますね」

「本当ですか!? 嬉しいです!」


 表情がぱあっと明るくなる。感情が全部顔に出ちゃうのよね、この方。

 目玉焼きも美味しい。

 女神様は、美人=料理下手というジンクスを努力で覆してくれた。


 ん?

 この味噌汁、豆腐と一緒にナタデココが入ってるんだけど......。ま、まぁいいか。


「お箸をください」


 なんだ?

 女神様も食べたくなっちゃったのかな?


「はい。あーんです」


 あ、あーん!?


「あふ!?」


 目玉焼きを丸ごと口の中につっこまれた。

 緊張して味がしない。あーんなんて、一体どこで覚えてきたんだ!?

 最近はやけに積極的だ。


 そんなこんなで朝食を終え、出勤の時間となった。


「じゃあ、行ってきますー」

 

 仕事の支度をしてドアを開け、外に出ようとしたその時。


「何か忘れていませんか?」

「え?」


 女神様は両手を広げて俺を待っている。


「行ってきますのハグです」

「あっすみません! 寝ぼけて忘れてました!」


 女神様と日課のハグ。

 愛を教えてほしい、学びたい、という女神様の要望で始まった謎の習慣だ。


 ぎゅっと抱きしめ合う。

 暖かくて、いい匂いがする。

 ずっとこのままでいたい。


 ダメだダメだ。

 名残惜しいが、女神様を養うために仕事へ向かわねば。


「あれ? 顔が赤いですよ?」

「そっ、そんなことありません! 行ってらっしゃいませ!」

「あっ、はい! 行ってきます!」


 ついこの前まで、ど底辺のホームレス生活だったから、普通の幸せが身に染みる。


 けれど、今のままだとこの幸せは残りわずか。早くなんとかしなければ。


 俺は6畳1Kのアパートを出て、仕事へと向かった。



 ◇



 今の生活を語る前に、俺と女神様が甘々なアパート同棲に至った壮絶な経緯と、アパート同棲始めの出来事について話そうと思う。

 きっかけは今から数ヶ月前。


「あなたは死にました。ご家族と共に」


 俺、水谷颯人は隕石に当たって死に、救済として異世界へ転生することになった。

 信じられない話だが、女神を名乗る人物にそう告げられた。


「え、異世界転生? ラノベで事実に基づいた設定を考えるのがめんどくさいときに、逃げ道として題材にされる、あの異世界ですか?」

 

 と俺が嘲笑ったら、


「異世界物は、文化や歴史を一から創出する必要があるのです。決して逃げではございません。事実に基づいた設定に拘らずとも、作品が面白ければなんでも良いではありませんか」


 と何故か創作論を語られた。

 女神様は下界の書物を読むのが趣味だった。


 20代前半ほどに見えたが、実際は190歳。俺が19歳なのでその差は150歳以上。

 天界で人間の魂を転生させる、という役目を、孤独に100年間も担ってきたという。


「ずっとここにいて退屈ではないんですか?」


 俺は不躾な質問をした。

 真っ白な空間で下等生物である人間のために仕事をして、気怠いと思っているのではないか、と疑っていたから。


「いいえ、退屈だとは思いません。私は人間が大好きです。人間の魂を導く役目に誇りを持っています。私にとって、とても光栄なことなのです」


 女神様は一呼吸おいて続けた。


「ですが……いつか下界を、直接この目で見てみたい、とは思いますけどね」

「見に行けないんですか?」

「はい。ここを任された女神ですから」


 女神様は微笑んだ。切なそうに。

 それを聞いた俺は猛省した。


「水谷様、下界での暮らしはいかがでしたか?」


 俺は自分の人生を振り返りながら答えた。


「周りの期待に答えるのに必死で、自分の意思で何かを成し遂げることができませんでした。そんな生活に疲れちゃったしあまりいい思い出はなかったけど、もう二度と戻りたくないっていうのは嘘になりそうです。なんでですかね……」


 俺の失礼な問にも丁寧に答えてくれた女神様のために、俺なりに精一杯話した。


「それはきっと、まだ諦めていなかったということなのでしょうね」


 その言葉でハッとした。

 そうか、俺はまだ本心では、頑張りたいと思っていたんだ。

 できれば元の世界でやり直したかった。でももう振り返らない。


 ここで女神様と話したことを忘れずにいよう。

 女神様に世界を見せてあげたい。しかし、それは叶わない。

 だからもし再び、ここに来ることがあったら、俺が見た新しい世界について女神様に話してあげよう。

 

 こうして俺は、女神様から異世界を生き抜くための鑑定スキル【賢者の目】を授けられ、異世界へ転生した、


 はずだった。

 転生は失敗したのだ。


 目を覚ました俺は公園にいた。

 始めは異世界の森林と勘違いしていたが、そこは東京のど真ん中にある佐々木公園という場所だった。

 頼れる親戚も友人もいない。東京に来たのは中学の修学旅行の一度きり。


 途方に暮れた俺が諦めかけたその時、公園の池のほとりに人影を見つけた。


 腰まで伸びたブロンドの髪、澄んだ碧色の瞳。

 その人は、神話に登場するような白い服、キトンに身を包んでいた。


 「女神様ですか?」


 その人は振り返り、俺の目を見て一言。


 「はい、水谷様」


 俺たちは再会した。


「私の不手際で、異世界転生に失敗してしまいました。誠に申し訳ございません。償いをさせていただくために参りました」


 女神様は転生失敗の罰で、追放されてしまったという。期限は俺が死ぬまで。

 天界規定とやらで、俺を再び転生させることもできないとのこと。


「いつでも必要な時に私を呼び出してください。どんな命令にも従います」

「どうやって呼び出したらいいんですか? 手の甲に宿した三回命令できる赤い紋章を経由するとか?」


 女神様は口元に手を添えて『はて? なんのことやら』という顔をした。

 超恥ずかしかった。


「空へ向かって叫んでいただければ、いつでも駆けつけます!」


 神秘にそぐわず原始的だった。


 俺は閃いた。

 女神様にこの世界を見せたいと思っていたじゃないか、今が絶好の機会なんじゃないのか?

 覚悟を決めて、声を張り上げた。


「女神様、俺と同棲してください!」


 今でもぶっ飛んだことを言ったと思う。


「それは、どういうことでしょうか?」

 

 女神様は首を傾げてきょとんとした。


「女神様は下界で生活したことがないんですよね?」

「はい……?」

「それなら、日本出身の俺と同じ屋根の下で生活を共にした方がいいと思うんです。俺が下界を案内します! 長い付き合いになりますし、どうせなら同棲という形で、常に2人でいる方ができることが増えます」


 女神様は憂いを帯びた表情で、一言。


「私には、それほど時間が残されていませんが、それでもよろしければ......」


 この言葉の意味は今でも分かっていない。


「もちろんです!」


 俺が深く考えずに二つ返事で承諾すると、女神様は安堵の色を見せた。


「では。ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします! 水谷様」

「ご、こちらこそ!」


 緊張の糸が切れて思わず噛んでしまった。


「俺のことは堅苦しく水谷様、じゃなくて気軽に颯人って呼んでください」

「はやとさんですね。承知しました」

「では、私のことはセラフィーラとお呼びください」

「はい、めが、セラフィーラさん! まずは家探しからですね」

「どんなお家になるのか楽しみです!」

 

 セラフィーラさんは嬉しそうに微笑んだ。


 こうして俺たちの同棲が始まったのだが、様々な問題を抱えていた。まず一番の問題は他でもない、家どころか寝床が見つからなかった件だ。無一文なのでネットカフェを借りることもできない。


 次回「アパート同棲に至るまで 後編」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る