第25話 更なる力
「そろそろ、終わりにしよう」
その言葉を発した瞬間、アラヤを取り巻く空気感が一気に変質する。
(このままの出力では、血獣を葬ることはできない。
今以上に、血獣の力を絞り出す!)
『そうだ、もっとだ。もっと使え、力を』
耳元でささやく何者かをアラヤは気かないふりをする。そうでもないと、アラヤは飲み込まれてしまいそうになるから。
アラヤは能力を使うとき、能力の出力ごとにラインを引いている。
腕を強化する程度の危険度の低いライン。多量の血を流し込み『血装励起』として打ち出すための強化よりも少し危険度が高いライン。自身に眠る血獣の血を引き出し、血獣に近づく恐怖心が出るライン。
そして、すべてのラインを超え、今まで使ったことのないレベルまで力を引き出す、未知の領域。
最後の未知の領域まで力を引き出そうとすると、何が起きてしまうのか、アラヤには全く理解できない。故に使うことを避けてきた。
だが、今この瞬間に躊躇をすれば、血獣に全員が殺され、応援が駆け付けるまでに多くの犠牲者が出る可能性もある。そう判断したアラヤは今、この瞬間に恐怖を淘汰し未知の領域に足を踏み入れんとしているのである。
それは一種の信用の現れでもあった。
アラヤが力を解放しようとしたとき、血獣もまたその異変を感じ取り、本能的に距離を詰めてはいけないと感じていた。
異質な空気がアラヤの周りを漂い、何人も寄せ付けない。
そっと落ち着けるように息を吐く。
目を瞑って集中し、自分の奥底へと意識を接続する。
一つ一つ、アラヤは血獣としての輪郭を描いていく。泉の澄みだけを救い出すように。いらぬものは拾わぬように。
今まで以上に深く自分の本能に触れることは危険を伴い、誰かを傷つけることを良しとしないアラヤは恐怖を抱く。だがそれだけのリスクを冒さなければいけない状況なのだ、
(後の始末はみんなに任せよう。だから、今は俺にできるだけのことを百パーセントするだけだ。)
アラヤは力を溜める。ただ一点に。
(『血装励起』に血を流しこむことに似てる。でも、器がない。俺の血は器なしに扱えたことがない。それは俺が未熟だから。
でも、今できなきゃみんな死ぬ。それは嫌だ。)
両手の平でボールをつかむように構え、そこに血を流し込む。手のひらから血液が少しずつあふれ出してくる。それをどれほど注ぎ込まれても同じ大きさにとどめ、血液を圧縮していく。
アラヤは血獣の本能で感じる。
今までできなかったことが、本能を少し開放することで手に取るように分かった。
「ただ、一点に集中させて、撃つ。
大事なのは、イメージ。
『血装励起』はイメージを保管しているだけに過ぎない。それを、自分のイメージで固める」
言葉にすることでアラヤはやるべきことを脳で理解していく。
「イメージは、弾丸」
そっと目を開けて、自分の手元を眺めた。
たった一つの球体がそこにはある。濁りや不純は一切ない。血液と感じられないほどにきれいなその球体は触れただけではじけて、あたりに破壊を振りまき、アラヤ達を殺す危険すら孕んだ凶器だ。
頭部を生やし、本能という理性を取り戻した血獣は、アラヤとアラヤが生み出した球体を見て戦慄した。
殺される。本能で感じたそれは純粋で単純に血獣に恐怖を与えた。
血獣が生まれ出でて一番不幸であったことは、思考能力を半端に持ってしまったことだろう。今の血獣は、感情を発生させるに至れるほど、理性に近しいものが備わっていた。だが、それが運の尽きだったのかも知れない。
はじめて生まれた感情が恐怖だったことは生物として不幸なことだろう。そして、それ以外の感情を発露させることなく死んでいく。それもまた等しく不幸なことだ。
恐怖を刻まれた獣がすることはいたって単純だった。
「逃げるのか」
その目で見られたことが最後だった。
アラヤの目は恐ろしく冷たかった。人を殺し、食した獣に慈悲などない。アラヤはただ単純に討伐をするだけ。たったそれだけである。
ただ冷たい闘志がアラヤの奥底で燃えている。それが血獣には恐ろしいものに思えたのだ。
血獣が全身を躍動させる。火事場の馬鹿力とも言うべき膂力が血獣の巨体を高速で動かした。
背は向けず、アラヤを観察しながら逃げるのは、まだ一抹の希望を抱いているからだろう。
そんな血獣から目を離すことはなくアラヤは、圧縮した血の弾丸を撃つ準備をした。
(血を圧縮することはできたけどこれを操作して血獣まで飛ばすことはまだできない。
かといって、投げようとすると速度が足りない。
だから、俺そのものが、銃身になる)
アラヤは両手を胸の延長上に構えて、体を固定した。あくまで、球体を暴発させぬように慎重に。
そうしているうちに血獣は離れているが、アラヤはそれに焦りは一切憶えなかった。
ただ、当てられるという自信がそこにはある。
狙いを定めたアラヤは自然とイメージが言葉として出ていた。
『
その言葉とともにアラヤの胸と、血で形作られた球体の間にもう一つの球体が形作られる。
それは言うなれば火薬。弾丸に推進力と言う名の命を吹き込む存在である。そのため、圧縮された球体よりも脆く、より注意を払わなければならないのは新しく生成された方の球体だ。
アラヤは、イメージ通りにつくることができたその状態に再び言葉が溢れる。
『
刹那。アラヤの胸元で、一つの血の玉が爆ぜる。
「ぐっ、うぁぉおぉおお!」
爆ぜた血の玉が内に閉じ込められていたエネルギーを大きく暴発させ、もう一つの球体に強大な推進力を生む。
だが、それと引き換えに、アラヤの体は生身の状態で爆発を受け入れるしかない。皮膚は引き裂かれ、肉は抉られ、骨はヒビが入り、内臓は損傷する。血は溢れ、止めるすべなど存在しないほどに流れ出る。想像するもおぞましいほどの痛みがアラヤの中を這いずり回り、脳に死を警告する。意識が闇に落ちようにも血獣の体とアラヤの意思がそうはさせず、意識が球体の制御ただ一つに向けられる。
宙を穿つ破壊の球体は、邪魔をする全ての物を退けながらひた走る。空気を切り裂き、音を追い越し、空間を抉る。
それは血獣にさえ、視認できない。だが、そこにある圧は感じられる。そこに死が迫っていると理解した。
だが、躱すことができない。概算で音速の三倍近くを出しているその弾丸は、血獣に動けるほどの余裕を与えることなく着弾する。
「爆、ぜ、ろ!!!」
着弾。そして、爆発。
見事に鳩尾の真ん中に着弾した弾丸が、アラヤの意思とともにエネルギーを発散させる。
赤い花火が夜の街に咲き誇った。
皮膚の下で爆ぜた弾丸が血獣の体内を破り、破壊し、蹂躙していく。
胴を破壊するだけでは飽き足らず、腕を足を翼を顔面を、血獣のすべてを喰らいつくす。
最後には、ただ、静かな夜風と、ほんの少しの血獣の血液、そして赤く光る宝石のみが残された。
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