第24話 『コウヅキ・アラヤ』



 「強力な存在値の増大を確認!現在も増加を続けています!」

 「血獣の顕現を確認!推定ランクは『セブン』です!これは・・・?」

 「香月隊員が血獣化した模様です!」


 管制室はその日最大の混乱に見舞われていた。

 原因は第二の血獣の顕現。そして、その血獣の存在値の急激な増大だった。再び発生したイレギュラーは管制室内を混乱させることは容易であった。


 「一つ、殻を破ったようだね、彼は」


 その中でたった一人だけは平生を忘れることなく、淡々とつぶやいた。

 笑顔の彼は、教え子で部下の成長を心の底から祝福した。


 「佐藤隊長・・・」

 「ん?」


 余裕を見せる佐藤に一人の支援部隊の隊員が声をかけた。その声は震えており、恐ろしいものを見たかのようだった。

 実際、その隊員は恐ろしいものまではいかなくとも、信じられない光景を目にしていた。


 「香月隊員の存在値、および、ランクがネームド個体の血獣の値を超えました・・・」

 「本当かい?!」

 「はい・・・」

 「信じられないな・・・

 ははっ。ボクの想定を超えてくる事が起きるなんて久々だよ」


 佐藤が普段見せない驚きと嬉しさが混じった表情を浮かべた。

 佐藤の予想ではこの一か月で能力の値はそこまで伸びてはいないと踏んでいた。だが、その予想を大きく上回ったのはひとえにアラヤの影の努力のたまものだろう。


 「これは放置して大丈夫なんでしょうか」

 「あ、うん。大丈夫だよきっと。アラヤ君なら制御してくれるだろう。

 一応、念のための保険もかけてはいるから、心配しなくても大丈夫だよ」

 「保険、ですか」

 「うん。ボクの任意で発動できるものさ。もし、アラヤ君の精神に異常が発生し始めた言ってくれ、すぐにアラヤ君を無力化しよう」


 佐藤がそう言い切ったため、支援部隊の隊員もその言葉を信用し、アラヤの精神の動向を伺い始める。


 「さて、アラヤ君の本当の実力が見られるね。楽しみだ」


 佐藤の視線の先。討伐隊員一人一人が映し出されたモニターには、一匹の獣が移っていた。


 戦場の脅威が逆転する。



 ***



 「アラヤさん・・・」


 心配そうな、それでも信頼をしているような、そんな矛盾を孕んだ声がアラヤの耳に届いた。

 ミハルの方を見ると、心配そうな目でアラヤを見ている。

 その表情を宥める様に、赤子をあやすかのように、戦場に似つかわしくない穏やかな声でアラヤが言った。


 「行ってくる」

 「はい・・・!」


 ミハルの顔がヒマワリを咲かせるようなとびっきりの明るい笑顔を浮かべた。


 アラヤは悠然と歩いた。

 それは、血獣がリュウヤにしたように。ただ、目の前の異形と違うのはアラヤが捕食するために狩るのではないという点だけである。


 アラヤは獣と成った。

 血獣になり、一か月。それまでにないほど、血獣の力を引き出し、遂には一時的な獣となるに至ったのだった。


 「悪魔みてぇ。

 首輪してるからヒトに飼われてる悪魔だな」


 リュウヤが指一本動かせない体に鞭をうって声を絞り出す。

 無理している様子を、なんだ少しの心配と大きな優越感を感じながらアラヤが言葉を返す。


 「うるせぇ。声出せる元気があるんなら、まだ大丈夫だな」


 リュウヤの軽口がアラヤの気持ちをさらに落ち着かせた。


 アラヤはリュウヤの言葉通りまるで悪魔のような姿となっていた。

 両目は鮮血を宝石に加工したように美しい。髪は元の黒に鮮やかな赤が混じり、綺麗な織物のようであった。その額からは禍々しい雰囲気を纏う工芸品のような二本の角が生え、アラヤの容貌は美しさを醸し出す危険な悪魔のそれだ。

 腕はいつも以上に赤の深みが増した黒の腕になっている。爪は鋭く、それ単体でも強力な武器となりえるだろう。


 「これが俺の全力だ」


 いまだ、完全な血獣とならずも、そこには確かに血獣の一端を発現させたリュウヤの姿があった。


 「行くぞ」


 アラヤの目にとらわれた血獣がその圧に狼狽える。純粋な殺意を向けられ、血獣がこれまでにないほど警戒の色を浮かべた。

 血獣が理解したのだ。それは思考でも、理性でも、感性でもない。何より生物の根幹に刻まれた本能が目の前の人間は危険だと警鐘を鳴らしているのだ。


 そして、殺戮者は動き出す。


 足に力を込めたアラヤが一歩のうちに血獣との距離を詰めた。その勢いのままに赤い腕を振るう。

 狙うは胴体。まずは小手調べで軽めのパンチ。それでも、血獣に絶大なダメージを与えるには十分すぎる。

 血獣の体全体に迸る衝撃。リュウヤのような技術を持った流麗な技ではない。無駄な力が入り、すべての力を拳へと乗せることができていない稚拙な拳。それでも、絶大な破壊力を持った拳はそれだけで事足りる。

 爆ぜたかのように体全体を大きく飛ばされた血獣は錐揉み回転をしながら地面に数度叩きつけられる。

 それを血獣の膂力によって追随したアラヤは血獣が跳ね上がった瞬間を狙って地面に垂直に叩きつける。血獣の全身から血が噴き出し、アラヤに飛沫をかけた。それを気にも留めず、アラヤはさらに拳を血獣の胴体に撃ち込む。

 地面が爆ぜ、血獣がめり込み、体に甚大な被害を与えていく。だが、アラヤの与えた傷は、できたそばから修復し、また元通りとなる。


 「!」


 蹂躙されていた血獣が、アラヤが拳を振り上げるその一瞬の隙をついて、攻撃に転じる。

 アラヤの拳を勢いに乗りきる前につかみ、そのままアラヤを投げ飛ばした。

 アラヤが体勢を空中で整え、次の衝撃に備える。クロスさせた腕と背中にに衝撃が走る。だが、痛みは少ない。鋼鉄を殴ったように拳から血を流したの血獣の方だった。


 アラヤが血獣の鳩尾に両足で蹴りを入れる。くの字に曲がった血獣の顔面を殴り、地面と血獣の間から抜け出す。

 そのまま、リュウヤの寝転がっている場所まで駆け寄って、リュウヤを小脇に抱える。


 「もっと丁重に扱え」

 「お前、こんな状態でよくそんな言葉が吐けるなぁ。

 てか、もっと感謝してくんね」

 「お前がもっと早く参戦してればこんなことにはなってねぇんだよ。

 意気地なし」

 「ぐぬぬ」

 「ま、無事に獣に成り下がったことだし、よしとするか」

 「言い方」


 アラヤはミハルのところまで後退し、リュウヤを寝かせる。


 「おっと、剣忘れてた」


 再び攻撃に出る前にアラヤが剣を拾いに行く。それを好機と見たのかアラヤに血獣が肉薄していた。


 「警戒しないわけがないだろ」

 『??!』


 アラヤが剣を振りかぶる。血獣が拳を振るい、アラヤの体を破壊しようと動く。

 同時の動き出し。だが、先に攻撃を届かせたのはアラヤだった。


 「『血装励起:赫奕燐尽』四連」


 音声認識による『血装励起』の発動。

 本来、血液量の関係で、基本的に一度の戦闘には一度や二度しか放てない『血装励起』をアラヤは自身の血を流し込むことにより、無理やり四回連続の発動を可能にしていた。

 だが、『血装励起』はBCWに甚大な負荷を強いるものであり、一度使えばクールタイムを挟むか、メンテナンスをしなければ耐久力が持たない。アラヤの四連発動はBCWに耐えがたいダメージを与えるのと引き換えに力を得ているのだ。


 一撃、二撃、三撃、四撃。

 連続して放たれる巨大な剣による斬撃は、煌びやかな残像を残しながら血獣の四肢を瞬きの間に切り落とす。

 そして、四回の斬撃を放った後、アラヤのBCWはまるでパズルが崩壊していくようにばらばらと砕けていく。

 それを想定できていないわけじゃない。ただ、手札の一つを完全に失ってしまうことはアラヤにとって避けたかった。そして、何より、愛着の湧いていた武器を手放すことは何とも悲しかった。

 だが、アラヤは壊れた武器を今は思考の外に放り出す。


 なにせ、血獣の四肢が胴体とつながり始めているのだから。


 「やっぱりお前、回復力が各段に成長してやがるな?」


 回復途中はさすがに血獣でも神経がつながっていないのか、動けずにいる。

 そのがら空きの胴体にアラヤが容赦ない拳を叩き込む。血獣が先ほどよりも大きく吹き飛ばされた。

 アラヤの突きはただの突きではなかった。

 全力の振りかぶりからの拳、そしてそれが着弾すると同時にアラヤは血による小さな爆発を起こしていた。小さな小さな血の塊。その中には『血装励起』並みのエネルギーが圧縮されており、それを血獣の腹に叩き込むと同時に開放したのだ。

 その威力は言うまでもなく凄まじく、結果的に血獣が腹に大きな風穴をあけながら吹き飛んでいった。


 (初めてやったが、えぐいな。ただ、反動もでかいし、制御も難しすぎる。使いどころに悩むな)


 アラヤの手からは見えずらいが、血が滴っていた。それは、アラヤの放った攻撃がリスクが付きまわるものであることを示していた。


 そして、何より、制御が難しすぎる。

 アラヤがたった今制御することができたのは、ひとえにアラヤが平生ではないからだろう。アラヤの集中状態は異常なまでに研ぎ澄まされていた。

 その集中状態が始まったのは、アラヤが血獣の腕を始めて切り落とした時だ。その時からアラヤの集中が高まっていき、今が最高値となっている。普通の状態であれば、アラヤが先ほどの技を放った時に制御できずに腕が吹き飛んでいただろう。


 (てか、やべぇ。まただ。なんだ?いつも以上に集中できる・・・)


 万能感を体全身で理解しながら、アラヤは鳥肌が立つような優越感を感じている。

 それが心地よく、アラヤの行動はさらに研ぎ澄まされていく。


 吹き飛んだ血獣をアラヤは追う。

 ただ、血獣も二度と同じ手は喰らわない。空中で一回転すると、地面に足をつけて勢いを無理やりに殺して止まる。そして、アラヤの追撃を待ち構えていた。

 構わずアラヤは肉薄する。

 拳を構えたタイミングは同時だった。

 アラヤと血獣。二つの強力な破壊がぶつかり合う、ということはなかった。


 血獣が拳を振るったのはアラヤよりもすこしタイミングが早かった。それを完全に見切ったアラヤが拳を引き留め、血獣の拳を躱し、血獣の懐へと入り込む。

 そして、伸びた腕をからめとるようにつかみ、体を反転させると同時に腕を引く。前に重心をかけて、血獣の体を背中で背負うようにすれば、血獣の足は地面を離れる。

 そして、勢いを殺さぬようにアラヤは地面に血獣を叩きつけたのだった。

 そこで攻撃の手をやめるようなぬるいことはしない。


 アラヤはそこに顔面に拳を躊躇なく振り下ろす。その反動で血獣の首から下が持ち上がる。

 拳を一度引くと今度も躊躇なく蹴りを入れる。嫌な感触が感覚を支配するが、それに気など止めることはなく次の行動に移る。

 アラヤはその場で前宙をすると、その勢いを利用して踵を落とす。だが、その攻撃は血獣にも見切られており、首を傾けて回避される。空を切った踵は地面に大きくヒビを入らせる。

 血獣がアラヤの生んだ隙に体を起き上がらせ、攻撃にでる。

 大振りの蹴りを放つ血獣にすぐさま体をかがめて蹴りをよける。


 「吹っ飛べ」


そして、ホルスターから抜き取っておいた銃を血獣の顔面へと向けると、アラヤは引き金を引いた。乾いた音ともに血で固められた弾丸が血獣の頭を撃ち抜く。

 アラヤの放った弾丸はあらかじめいつも以上に血が詰め込まれていた。もはや弾丸とし放てなかった強大なエネルギーが放射状にあふれ出すかのように放たれた。血獣の顔を飲み込んだ。

 その後に、血獣の頭はない。

 首なしの血獣がそこに立っていた。


 「頭は再生が遅いのか」


 四肢と違って頭はすぐには再生していない。それは敢えてしないのだろう。

 狂乱状態となった血獣は厄介ではあるが、アラヤにとっては行動が単調になるために、相手しやすいと感じられた。


 血獣がアラヤに向かって一直線に走ってくる。

 頭部を吹き飛ばされた血獣が、脚を潰すほどの力で踏み込んで、高速でアラヤに肉薄する。だが、それでもアラヤは驚くことはない。なにせ、今のアラヤにはすべてが見えている。驚異的な集中力により生まれる異常な動体視力は、その巨体を視界からとらえて離さないのだ。


 蹴りやパンチが怒涛の勢いで放たれ、翼による攻撃も間に挟まれている。通常のアラヤであれば数秒相手取るのが関の山だろう。ただ、今はそれを平然と避けている。血獣の力を引き出したアラヤは、通常の状態とはもはや別人レベルに達しているのだ。


 「そろそろ、終わりにしよう」


 アラヤは、雨のように浴びせられる攻撃の合間を縫い、血獣から距離を取る。


 アラヤは戦闘中に感じていたことがあった。


 (このままの出力で血獣を葬ることはできない)


 そう感じたのは、血獣の回復能力を肌で感じた時だった。

 四肢を切断しても切ったそばから回復している。骨を折っても、肉を絶っても、体を裂いても、その体は瞬く間に修復し、五体満足になっている。

それに加えて、思考能力の成長。それも血獣を討伐できないと判断する要因の一つだった。戦闘を長引かせるごとに血獣は成長を続け、いずれアラヤ達では手を付けられない状態となるだろう。


 だからアラヤは一つの決断をした。


 (今以上に血獣の力を絞り出す!)


 その決断は、英断と呼ばれるものであると同時に―――


 『そうだ、もっとだ。もっと使え。力を』


真正の獣を呼び覚ますことでもあるのだ。


 災禍が加速する。



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