第23話 リュウヤ



 ミハルが駆け付けた時、戦場は苛烈を極めていた。


 「アラヤさん!」

 「ミハル?」

 「加勢に来ました!。でも、これは・・・」

 「見ての通り、リュウヤが血装励起を使ったんだ」


 台風の目となっている血獣とリュウヤは絶えず攻撃をしあっている。


 リュウヤの『血装励起』の能力は「強化」と実にシンプルなものである。

 そもそも、リュウヤの『血装励起』は「BCW」に仕込まれたものでは決してない。

 リュウヤの『血装励起』の本質的な部分はスーツにある。

 リュウヤのスーツが『血装励起』をした場合、そのスーツの状態は言うなれば「リミッターを外した状態」といえる。リュウヤのスーツには、通常よりも多くの血獣の素材が使われ、それはもはや着る血獣ともいうべきものだ。

 多くの素材を使われ、そして特殊な加工が施されているがゆえに、スーツではなく『血装励起』の域にまでなっているのだ。

 だが、制限もある。それは三分間しか持たないことだ。それ以上はスーツの負荷に耐えきれず、リュウヤの体が壊れてしまうのだ。


 「リュウヤ、すげぇ」

 「ですね・・・」


 絶え間なく続く攻防。

 刀で切り、血獣の攻撃を受け止め、逆に攻撃を返す。血獣も負けじと攻撃を加える。だが、もはや血獣に近しい域に達しているリュウヤには大きなダメージは与えることができない。

 異常な威力で振るわれるパンチや蹴りは、躱すか流す動作で凌ぎ、さらに自壊した傷に刃を当て、切り裂いていく。


 凄まじい攻防の中で確実にダメージを蓄積していったのは血獣だった。


 「アラヤさんはこの後、何か作戦行動を?」


 アラヤは唐突にそう聞かれて、自分の胸が痛くなるのを感じた。


 「俺は」


 言いたくない。言わなければ逃げれるかもしれない。そんな考えがアラヤの奥底で目覚める。だが、それを根絶しようと働くのは、アラヤの善性だった。

 甘さを絶ち切ったアラヤの善性は、今度はアラヤの重たい口を無理やりこじ開けた。


 「血獣にとどめを刺す役割をリュウヤに言い渡された・・・」

 「そうだったんですね!じゃあ、私もそれをサポートするように、リュウヤさんに加勢します!」

 「でも・・・」

 「?」

 「怖いんだ」

 「怖い、ですか?」

 「うん・・・。みんなを傷つけるかもしれないと思うと、怖いんだ

 みんなは怖くないの?」


 今までにないほど、アラヤは怖がっていた。それは優しさ故。まるで子供のような表情を浮かべるアラヤはやけに小さく見える。

 覚悟はしたはずだった。

 だが、アラヤは能力を使うことを恐れる。なにせ、それは自分が一番の脅威になりかねないということだからだ。

嫌われる勇気は持っている。怖がられる勇気は持っている。

だが、仲間を傷つけてしまうかもしれないというリスクをアラヤはとる勇気がない。

アラヤは自身を意気地なしだと罵った。それが、仲間を貶めていると気が付かずに。


「アラヤさん」


声をかけられて顔を上げる。

そこにはアラヤを見つめるミハルの姿があった。


「アラヤさんは、私たちを信頼していないんですか?」

「え・・・」


ミハルの顔に表情はない。だが、淡々と紡がれ始めた言葉には重さが在った。


「信頼していたのは私たちだけですか?」

「そんなことない!俺はみんなを・・・」

「それじゃあ、なんで私たちを傷つけるかも、なんて言うんですか?」

「それは・・・」

「私たちをもっと信じてくれませんか?」

「・・・」

「私たちは、あなたを信頼してます。だから、リュウヤさんはアラヤさんに大事な場面をお願いしたんです。

もし、アラヤさんに何かあれば、すぐに討伐隊があなたを止めますよ」

「ありがとう。そして、ごめん。

皆に失礼だったな」

「ほんとですよ」


頬を膨らませて見せたミハルがなんだか可愛らしくて、そして絶妙に今の状況とミスマッチでアラヤは少し笑ってしまう。だが、それで緊張はどこか遠くへ。


 「元気出ましたか?」

 「出たよ」

 「よかったです。それじゃあ、私はリュウヤさんに加勢します。その隙にアラヤさんは力を溜めるなり、血獣を倒す算段をつけたり、なんでもしててください。私たちを信用して、後ろでいてください」

 「わかった。頑張って!」

 「はい!。

 あ、アラヤさんに渡さなきゃいけないものが」

 「?」

 「はい、これ。隊長からアラヤさんにと」


 ミハルがサヤカから手渡されたものをポケットから取り出し、アラヤに渡す。


 「首輪?」

 「っぽいですね」

 「犬に成れと?」

 「アラヤさんが犬ですか、ちょっとかわいいかもです。

 こほん。佐藤隊長からの物ですから、なにか意味があるんでしょう。付けてみては?」

 「うん」


 何か、ミハルが言ったが、アラヤは静かにスルー。

 そして、首輪をつける。だが、特に変化は起こらない。


 「なんも起きないね」

 「ですね。んー、まあ、なんかあるでしょう。

 とりあえず私はリュウヤさんに加勢してきます!」

 「了解!とどめは任せて!」

 「はい!」


 ミハルが、戦場に飛び込んでいく。その背中を信頼し、アラヤが自身の気持ちを整理し始める。


 (みんな、俺を恐れてはくれないんだな)


 思考がまるで折りたたまれるシャツのように整理されていく。


 (ほんとに子供みたいだな俺って)


 整理されていく思考に心地良さを感じながら、自身の気持ちも昂りを始めていることに気がついた。


 (みんなが怖がらずに俺を信頼してくれてる)


 熱を帯びた感情はやがて力を出すための手助けとなる。


 (怖がっていたのはただの俺のエゴだ。

 そして、そのエゴは逃げようとする言い訳だ。誰かを傷つけるかもしれないなんて、俺が甘かった。

 逃げるな、逃げるな。

 本当に覚悟を決めろ。ガキみたいな俺よ、ここが成長できる場所だ。みんなから信用される人間に成れ!)


 アラヤは顔を上げる。

 繰り返される破壊。地面はカーペットをめくるかの如く容易に剥がされ、その上で粉々に粉砕されていく。最早そこは道路の原形を留めてはいない。

 凄まじい戦場にもう1人の戦士が乱入することで、異常なまでに苛烈を極めた戦場がそのクライマックスを迎えようとしている。


 「『血装励起』!」


 ミハルが叫ぶ。

 その意思に従い、隊服が、剣が、そして装着された腕の装具が赤く紅く輝く。まるでルビーの輝きのような剣に内包されたエネルギーはすさまじく、解放されたエネルギーが周囲に風を巻き起こす。


 「『ハート・オブ・バンパイア』!」


 ミハルの血装励起は「発散」である。切りつけるごとに剣の中に血獣の血を蓄え、そして一定以上に達した血液を一気に発散させ、血獣を葬るのだ。それが、ミハルの『血装励起』だ。

 ちなみに、剣内に蓄えられた血液はミハルの意思を汲み取り、発散の仕方を自由自在に切り替えることができる。


 ミハルの意思に従い、蓄積されていた血液が解放された。

 それは巨大な斬撃となり、リュウヤに意識を裂いている血獣の下へと飛来する。

 血獣は異常なエネルギーの増大を感じ取ると、向かってくる斬撃を避けるべく体を動かす。


 「させねぇよ」


 だが、それを阻むのはリュウヤだ。

 バックステップで避けようとする血獣の腕を無理やりつかむと、血獣が斬撃に直撃する位置まで引きずり込む。それにより、血獣の体をミハルの斬撃が切り裂いた。


 胴体が泣き別れ、盛大に鮮血をまき散らした。


 これで戦闘が・・・


 「決着がついたらよかったんだけどな」


 血獣の体が、まるで動画を巻き戻すように修復していく。まき散らされた血液たちが互いに糸のように繋がれていき、傷がなかったかのように元通りになった。


 「やっぱりか・・・」


 ミハルはもうこの戦闘では『血装励起』を使うことはできないだろう。

 そして、リュウヤが『血装励起』を使用してすでに二分と三十秒が経過していた。すでに全身の筋骨は軋みをあげ、限界を知らせている。無理やりの強化に体が徐々に悲鳴を上げているのだ。だが、それを完全に無視してリュウヤは血獣に向けて動く。


 最後の踏ん張りだ。

 リュウヤが一回刀を振るうごとに体が痛みという警笛を鳴らす。それだけにとどまらず、肉が裂け、血が溢れ、その血が血獣の血肉によって作られた隊服に食われる。リュウヤの血を啜ったスーツは強化率をシステムの想定以上に引き出す。そして、また肉が裂け、血が流れるのだ。


 だが、リミットは近づく。


 残り五秒。


 これまでにないほどに動きが洗練され、力強くなっているリュウヤが一秒の間に五度、血獣を切りつけた。


 四秒。


 血獣が切られた反動で後ろへとわずかに動く。

 それを追随するリュウヤは渾身の踏み込みによる渾身の一刀を見舞う。


 三秒。


 さらに一歩踏み込み、振り下ろした刀を反転させ、脚から腕の順で斬る。


 二秒。


 鮮血の飛沫があたりに雨を降らせる。

 リュウヤが体を半身に刀を見せないように構えた。


 一秒。


 抜刀。

 刹那、リュウヤはこの戦闘中最速に達する。

 神速の踏み込みによるリュウヤの刀が、血獣の防御態勢に抵抗すら感じさせず切り裂く。

 胴体を横一線に切り、余りあるエネルギーが再び泣き別れた胴体を大きくはじき飛ばした。


 そして、リュウヤは大きく吹き飛ばされる。


 「?!」


 ゼロコンマ数秒だけ残存していた『血装励起』により、大怪我は免れた。何が起きたかのか理解しきれないリュウヤは、目だけを動かし、血獣の様子を確認した。

 離れた四肢が回復していた。胴体もすでにくっついて、おまけに頭も生えている。


 「な、んで」


 それ以上声が出ない。

 酷使しすぎた体が声を出すことさえも許可を出さないのだ。


 血獣がその体を回復させた要因としていえるもの、それは成長だろう。

 成長は生物すべてに共通して起こりうるものであり、それは血獣でも例外ではない。それどころか、血獣は他の生物よりも回復が異常に早く、細胞分裂の回数も多い。そのため、血獣は成長の速度が異常にはやいのだ。

 そして、アラヤ達に相対する血獣は、幾度となく四肢を切断され、鮮血を舞い散らせ、その体を修復させてきた。その中で復活した血獣の脳が『核』に命令を与え、再生力を急速に成長させるに至ったのだ。


 血獣が、悠然とリュウヤに向かって歩いてくる。

 そこにあるのはもはや狩ではなく、食事である。体の動かぬリュウヤは討伐者ではなく、もはや餌にしかなりえない。

 だが、それは彼がひとりであった場合だろう。


 「おい」


 低い声があたりの静寂を破壊する。

 異様な雰囲気をまとったその声を血獣は無視することができない。


 『?』


 血獣だけではない。

 この場に存在するすべての生物が変化した空気に反応していた。


 「アラヤさん・・・」


 戦場に一匹の獣が割って入ったのだった。


 災禍は加速する。



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