第22話 体に纏うは蒼穹
「お願いします!」
アラヤたちが裏路地の中から血獣を引き出しているとき、アサヒとミハルは支援部隊のいる場所までたどり着いていた。
「これはひどいね・・・」
第七支援部所属、水嶋サヤカはその惨状を見て自然とこぼれた。
ベットに寝かせた少年はすでに気を失っている。頭部からの出血が目立つが、口元を見ると血を吐き出した跡があることを見抜いた。
内臓が傷ついていることは明白で、すぐに処置を行わなければ死に至るかもしれない重症だった。
「すぐに処置をします!」
「お願いします!」
そうすると支援部隊の面々にアサヒは運ばれていった。
「アサヒ君はこんな事態になるまで何回か攻撃を喰らったんですか?」
「それが・・・、一回の攻撃を喰らっただけなんです」
「な?!」
サヤカは普段あまり表情を出す方ではない。だが、ありえない報告を聞いて驚きをあらわにする。
それと同時に納得もしていた。今回の血獣が『ネームド』であることを聞かされていたからだった。
だが、想定を超えていたことは確かだった。
「化け物ですね・・・」
「はい・・・」
絶望感をはらんだ思い空気がその場に満たされた。
その空気を破り捨てるように言葉を再び紡いだのはサヤカだった。
「この後、ミハルちゃんも加勢しに行くんでしょ?」
「はい」
「それじゃあ、これ、持って行ってくれる?」
サヤカがミハルにとあるものを差し出した。
「これは・・・」
「アラヤ君に渡してほしいって、佐藤隊長から」
ミハルは差し出された物を優しく受け取る。
「隊長曰く、『一歩踏み出すための後押し』なんだって」
「後押し・・・」
「私には意味が分からないけど、多分アラヤ君には必要なものなんでしょ。渡してあげてね」
「そんで、ミハルちゃんにも、これ」
もう一つ、ミハルの手に乗せられたものがある。
「これって」
「うん。完成したからって渡されたの。ミハルちゃん専用、部位強化システム」
ミハルの手に乗っていたのは白と赤の装飾がきれいに施された腕のサポーターのようなものであった。
肘から手の甲までをすっぽりと覆う形状をしたそれは、ミハルの腕に合わせて作られたものだった。
「ありがとうございます!」
「うん。こっからが本番だよ!私たちも支援するからどんどん戦ってきて!」
「はい!行ってきます!」
ミハルは支援部隊の支援部隊の仮設ブースから飛び出すように走り出すと、迷わずアラヤたちの方へと走り去っていった。後に残されたのは、支援部隊の面々と、いまだに漂う絶望感だけだった。
「ほんとに、倒せるんですかね」
一人の支援部隊の隊員がそう呟いた。それはもっともな不安だ。なにせ、戦っているのは少年少女であるからだった。
「わからない。でも、支援するしかない。彼らを信じてね。
それが、戦う度胸のない私たち大人のできることさ」
サヤカはブースの中に入っていった。
その背には、不甲斐ない大人の哀愁が満ちていた。
***
戦闘は路地裏から血獣をおびき出した瞬間から激化した。
血獣の攻撃が激しくなったわけではない。アラヤ達討伐者側の攻撃が激しくなったのだ。
「アラヤ!タイミング合わせろ!」
「おっけ!」
「せーのぉ!」
前後からの同時攻撃により、血獣の足が切り落とされる。
股関節から切り落とされた血獣の足は、形を崩し、地面に赤い水溜まりを作っていく。アラヤと血獣の周りにはそんな赤い水溜まりがいくつも点在している。
アラヤたちの奮闘がうかがえた。
足を蹴り落された血獣がバランスを崩して後方に倒れる。血獣の背にいたアラヤはそれを後ろへ飛ぶことで避ける。倒れた血獣に二人が肉薄し、体の一部もう一度切り離そうと、それぞれ得物を上段から降ろす。
だが、それを無抵抗で受けるほど、弱い血獣ではない。
アラヤたちの振り下ろした剣と刀は、それぞれが勢いが乗り切る前に翼と足で受け止められ、切断するには至らない。
そして、隙をさらしたアラヤに対しては血獣の拳が襲い掛かった。
「ごはぁ・・・」
アラヤが数度地面にはねてその勢いが止まる。
脳が揺さぶられ、内臓には拳による甚大なダメージが入り、全身に傷を負ってしまう。
だが、アラヤ体は通常の人間ほど柔くはない。それに、スーツを着ているため、ダメージは多少抑えられている。
すぐに体を起こし、剣を拾って立ち上がる。
「アラヤ!?」
「大丈夫だ!リュウヤは下がれ!」
立ち上がる最中、リュウヤが駆け寄ってこようとしたが、アラヤはそれを制して自力で立ち上がる。
体全身に走る痛みに奥歯を噛みながら耐え、剣を構える。
「リュウヤ!こいつはさっきよりも学習してる。今までの血獣じゃなくて対人戦をイメージした方がいい!」
アラヤの言葉は先ほどの血獣の行動により証明されている。数分前の路地裏であれば、先ほどの二人の攻撃は通じただろう。だが、さっきはそれに対応したのだ。それが、己の能力と戦闘に対する学習をしたことを証明している。
「わかった」
血獣も立ち上がる。その足はやはりというべきか、回復は遅く、いまだ生えてはいない。だが、アラヤとリュウヤは警戒を緩めない。もはや知能のない血獣ではなく、戦闘に対する理解がある者だと認識したからだ。
緊張が張り詰める。だが、それも一瞬だった。
血獣が動いた。
翼を大きくはためかせ、羽根を飛ばす。
アラヤはその攻撃に見覚えがあった。
「リュウヤ!捌くか避けろ!」
アラヤの言葉に瞬時に反応したリュウヤが、すぐさま回避の体勢へと切り替える。すべてを捌くことができないと判断したからだ。
そして、同時にアラヤも回避の体勢へと入る。
アラヤはリュウヤよりもワンテンポ早い段階で反応し、回避に動いていた。
「!?」
だが、血獣は羽根で攻撃することが本命ではなかった。
アラヤの眼前にはすでに異形の巨体が在った。
血獣の奥に異常に抉られた地面があった。それを見て、アラヤは血獣が片足のみのシンプルな脚力を使い、一瞬で距離を詰めたのだと理解した。
拳を振り上げた状態の血獣が次に何をしてくるのかは容易に想像できる。アラヤは咄嗟の判断で腕をクロスさせ、拳を受ける準備をする。
轟音とともにアラヤが地面と拳の間に挟まれる。
アラヤの腕は赤黒腕となっており、血獣のパンチでもダメージを受けてはいなかった。
『?!』
「狙う相手が悪かったな」
アラヤを殺せると思っていたのか、拳を振るった後の血獣には致命的な隙をさらす。
血獣の背後には討伐者の影が迫る。
リュウヤが全身全霊で刀を振るう。斬ることに特化したその武器は、強化された身体能力と相まって血獣の首を容易に切り飛ばした。
鳥のような頭がゴロゴロと転がって止まる。そして、頭は溶けるかのように液体となり果ててその場に水溜まりを作った。
アラヤは血獣の鳩尾を蹴り上げると、跳ね起きる。
そして、リュウヤとともに後退すると、注意深く血獣を観察した。
「倒れねぇな」
「ああ。まだ死んでないんだろ」
リュウヤのつぶやきにアラヤが返す。
二人の言葉通り、血獣はいまだ生きていた。首と足を失いながらも確かにその場に立っているのだ。
「首を落として生きてるなんて、やっぱりおかしいな、この血獣」
アラヤが血獣を睨みつけるように注視する。
「だけど、今はそんなこと考えるよりも血獣に集中しろ。異常だからこそ何が起きてもおかしくはない」
この場で集中を下手に解いてしまうと死に直結しかねない。アラヤとリュウヤはそれを完全に理解していた。
目の前の血獣はいまだに動かない。
今のうちに攻撃に飛び込んでしまいたい意思をアラヤたちは押さえつけて、血獣の様子に注意する。
次第に足が回復し始める。
ぼこぼこと泡が吹いて、それが固まっていくように生えていく足ははっきり言うと見れたものではない。
膝が形成され、脛、足首と次々に生成されていく。
そして、最後につま先が完成したと同時に頭を失った巨躯が動き始めた。
「「!」」
アラヤとリュウヤの血獣に対する警戒度が瞬時に引き上げられた。
血獣はこちらへと悠然と歩いてくる。それはまるで、公園で散歩でもしているかのようだった。
刹那。
血獣の姿が二人の目の前に現れる。
「「!!!」」
((速い!!!))
すでに血獣は体を引き絞り、拳を構えている。
弾き飛ばされるようにアラヤとリュウヤが横へと動く。
紙一重で躱した二人のいた場所にパンチが着弾する。
最早爆撃だった。破裂するかのように抉られる地面。吹き飛ぶコンクリート片。迸る衝撃。
先ほどとは比較にならない威力があり、アラヤ達を戦慄させるには十分だった。
「威力が上がってるじゃん・・・」
アラヤがつぶやく。その声には戦慄する感情と同時に呆れの感情すらも含んでいるものだった。
すでに何度も変化を遂げている血獣の生体にアラヤたちはうんざりし始めている。だが、それが集中を切らせる要因に成るかと言われれば疑問である。むしろ、アラヤ達の緊張と集中はこれまでにない高まりを見せていた。
「でも、そう簡単にはあの威力を出せるわけではないみたいだぞ」
リュウヤが指をさした先。そこには両足、片腕がボロボロになった血獣の姿があった。まるで内側からはじけたような惨状だ。
「あれは・・・」
「ああ、自滅してんだよ。
多分。それぞれ部位ごとに役割があったんだ。腕と足は多分攻撃や跳躍を行うため。そう考えると、翼は飛刃を飛ばしたり、防御を担ったり、あとはバランスを整えてんのはそこだろうな」
「じゃあ、頭は、もしかして」
「学習とリミッターだろ。あと、胴体が回復だろうな。多分胴体を破壊すれば終わる」
「なるほどな」
アラヤはリュウヤの言葉に納得できた。今までの行動を鑑みれば容易に理解できたからだ。
「それじゃあ、避け続ければ」
「そんな簡単な話じゃねぇよ。お前、あの速度攻撃避けれんのか?全部」
そう言われて思考する。
「無理」
「だろうな。ただ、頭がなくなって、自滅もするし、馬鹿みたいに突っ込んでくるようになるから今がチャンスではある」
「どうするんだ?」
アラヤの疑問にリュウヤが血獣から視線を外すことなく言葉を紡ぐ。
「『血装励起』を使う」
「決めに行くんだな」
「ああ。だが、俺の血装励起じゃ、倒しきれねぇだろうな」
「は?!じゃあ、どうやって・・・」
リュウヤがアラヤを指さす。
「お前だよ」
「は・・・?」
困惑を隠せないアラヤを後目にリュウヤが続ける。
「俺の『血装励起』は大型には効果が薄い。だから、せいぜい足止めにしかならねぇ。
そこで、最後の
それで、終わりだ」
アラヤは困惑とともに恐怖も湧きあがった。
自分の力は、まだ制御できない。だから、俺には血獣を討つことができない。
そうやって言ってしまえればどれほど楽だろうか。
だが、時は無情だ。アラヤがためらう時間すらも与えはしなかった。
「頼んだぞ」
その言葉がアラヤにどれほどの重圧を生むのか、リュウヤは計り知れないことを知っている。だが、アラヤのため、人のためにわざとそうするのだ。
そして、リュウヤも動き始める。
時は覚悟を決める時間を長くはくれない。
「『血装励起』」
リュウヤの刀と隊服が青く発光し始める。
まるで神気をまとっているかのようなきれいな様子がアラヤにとっては、覚悟を迫る悪魔にすら見えた。
(怖くないのかよ。俺が、お前たちを殺すかもしれないんだぞ?)
アラヤは煌めくリュウヤを泣きそうな表情で見た。
それに対してリュウヤは決して振り返らない。なにせ、アラヤができると信頼しているから。
「『蒼穹天衣』」
リュウヤが動きだす。
青空の如く、広く自由な力を手に入れたリュウヤは、これから三分間は血獣相手に無敵である。
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