第21話 すぐ近くにいる


 「オー。すごいね、アラヤ君」


 仮面をつけた男が感嘆の声を上げる。

 眼下に見えるのは、討伐部隊と血獣の死闘。


 「アラヤ君もすごいけど彼らも相当だね」

 「そうだな。仮にもネームドレベルなんだろ?」

 「ああ。ネームドでも最下級レベルだけどね。でも、能力が厄介だよ」

 「随分と意地悪なつくりをしてるな」

 「あはは、褒められてもなんも出ないぞ~。っと、冗談はさておき、エネルギーをたんまりと蓄えさせてるから、能力はいくらでも使える」

 「あの血獣に持たせた能力は何だったんだ?」

 「『蓄積』さ」


 ハルトの方を見ながら仮面の男が、指をピンと立てて言った。


 「『蓄積』?」

 「そう、『蓄積』。

 この能力には複数の権能があってね。一つが、エネルギーの蓄積。これは名前のまんまだね。二つ目が情報の蓄積。喰らったものの情報を『核』の中に集積する権能だ。そして、もう一つ、集積した情報とエネルギーの抽出だ」

 「それだけ聞くとかなりの厄介さだな」

 「まあね。だけど、肉体の耐久度は並みの血獣よりかちょっと硬い程度。食べた量こそすごく多いし、エネルギーの備蓄もすさまじい。だが、食った種類は少ないからやっぱりそこまでの強さはないよ」

 「もっと多くの種類は食わせなかったのか?」

 「あんまり目立つと、ネズミの小さいままで討伐されちゃう可能性もあったからね。路地裏からは出さないように調整してたんだ。

 第一今回は別に目的があるからね」

 「なるほどな」


 ハルトは無表情のまま、理解したことを示した。

 その様子を確認すると仮面の男がアラヤたちの方に向き直る。

 そして、言った。


 「さて、佐藤は釘付けにした。そろそろ、彼らが動き始めるころかな」


 期待するような、嬉しそうなそんな様子を声ににじませた声があたりに響く。それを聞いていたのは、たった二人だけ。誰も、彼らの行動を読み切れない。相当勘がいいか、頭がいいか、彼らと同じ思考をを持っている人間か、これらでないとこの事態に対処は難しいだろう。


 災禍の夜はさらに深くなっていく。

 そして、災禍に紛れて魔の手は蠢くのだ。



 ***



 「来るか・・・」


 ヒロカズが静かな部屋で言った。

 ヒロカズのつぶやきを聞くものは誰もいなかった。

 この部屋は『討伐隊総隊長室』であり、ヒロカズのために与えられた部屋だった。広々とした空間には装飾品や美術品の類は無く、代わりにいくつかの観葉植物が置かれていた。

 そして、そんな部屋の壁には一つの銃が飾られていた。

 やたらと大きく、扱うには少々骨が折れるその銃は、静かな部屋の中で異様な雰囲気をまとっていた。

 本来、ヒロカズはこういったミスマッチなものは嫌いである。だが、それでもその銃は大切に飾っていた。

 それはいつかの日を、己の決意を、決して忘れぬための栞であるのだ。


 「私が行きますか」


 立ち上がり、スーツを整え、ネクタイをきゅっと絞める。


 そして、何も持たずに静かに部屋を出たのだった。


 日野ヒロカズ。


 彼はもう一人の『最強』である。



 ***



 一体、いつまで続くのだろうか。

 四人の誰かが思い始めた。いや、だれかではない。四人全員が思い始めたのだろう。

 すでに十分は経過し、動き続ける四人に疲れの色が見え始めた。

 そろそろ、避難が完了するはずだ。そう、己を拳ながらアラヤたちは戦い続ける。


 「アサヒ!」

 「・・・!!」


 緊張の糸というものはあるとき、ぷつりと切れてしまうものである。集中力をずっと続けることなどできるはずがないのだから。

 初めに集中が切れたのはアサヒだった。

 彼の目の前には大きく腕を振りかぶる血獣の姿があった。鞭のようにしならせた腕がアサヒに高速で肉薄する。

 そして、反応が遅れたアサヒはそれをよけることが叶わない。


 「が、ぁ」


 異形の血獣に生えた凶悪な爪がアサヒをとらえる。だが、最悪な結末は避けるためにアサヒは咄嗟の判断で銃を体の前に出した。

 異常な膂力で放たれた攻撃は、アサヒの銃に大きなダメージを与え、アサヒ自身も後方の壁へと高速で叩きつけられた。

 壁は大きくめりこみ、砂埃が舞う。

 それに血獣が追撃を加えようとするが、アラヤとリュウヤによって阻まれる。その隙にミハルがアサヒの下へと駆け寄った。


 「大丈夫ですか!?」

 「・・・しく、じった」


 声は小さく、肺が傷つけられているのだろうか、アサヒが小さく喀血する。

 頭部からは血が流れ、早く治療を受けさせねばならない状態となっていた。

 討伐隊の身体強化スーツを着ていなければ即死していたのは間違いない。

 アサヒが集中を切らせてしまうのは、三人とも納得できていた。なにせ、最も重い武器を担ぎ、砲撃の衝撃に耐えながらアラヤたちを援護し、自身も攻撃に加わる。仕事量が最もあったのは後衛を務めながらヘイトを管理し、走り回っていたアサヒだったのだ。

 そして、何より、アサヒは前衛のリュウヤとミハルを守るために一度大きく体力を消費していたのだ。いくら休息を挟んでいたとしても、すべての体力が回復するわけではなく、確実に蓄積していったのだ。


 「ミハル!アサヒを連れて後退しろ!そして応急手当してくれ!」

 「わかりました!」


 リュウヤの言葉に従い、ミハルがアサヒを抱えて後退する。

 そして、すぐさま応急手当を始めた。


 「アラヤ、もうすぐ避難が完了するだろ。だからこっからギアを上げていく。いいな」

 「おっけ。血獣の血も使ってくわ」


 会話を挟むアラヤたちに血獣の攻撃が怒涛の勢いで迫る。

 突き、蹴り、ひっかき、突進、羽根を飛ばして攻撃。

 すべての攻撃をアラヤたちは捌き、反撃につなげていく。瞬時に回復されていくとはいえ、目の前でハエが飛んでいればイラつくというもの。アラヤたちの攻撃は確実に血獣のフラストレーションを蓄積していった。


 『皆!付近の民間人の避難が完了したよ!これより、本格的な作戦行動へと移る!』


 待ちわびた報告がアラヤたちの鼓膜を揺らす。

 アラヤたちが戦闘を始めて実に十五分後のことである。

 満身創痍とまではいかなくとも、アラヤたちの疲労はかなり溜まっていた。

 だが、ここからが本番だった。なにせ、血獣を討伐しなければならない。今まで以上に体力を使い、骨の折れる戦闘になることは容易に想像できる。さらにいえば死ぬ確率も今までよりも高くなりかねないのだ。


 それでも終わりが見えるのならば、あとはそれに向かって走るだけである。それは今のアラヤたちにとってとても気が楽になるものだった。


 『これから指令オーダーを言うよ。とりあえず、そちらに数名の支援部隊を送った。それでアサヒ君を治療してくれ。

 そして、アラヤ君とリュウヤ君が今は血獣からヘイトを買っているじょうたいだね。そのまま二人で路地裏から引きずり出してくれるかい?そこで、血相励起を使って、血獣のリソースを削って欲しい!作戦とも言えないものだけど、何とか、血獣を討伐してくれ』

 「「「「了解」」」」

 『続いて、悪い報告がある。

 君たちへの討伐部隊の増援が期待できない』

 「「「「!?」」」」

 『驚くのも無理はない。

 君たちに増援できない理由があるんだ。実はね、今ほかの部隊も突如出現した血獣の対処を行っているんだ。その関係で君たちに増援を送ることができない。

 すまない。

 だから、これから君たちだけで目の前の『ネームド』を討伐してほしい。こちらも君たちにはできるだけ支援を行うつもりだ。

 命を第一優先になんとか頑張ってくれ!』

 「「「「了解!!」」」」


 思うことはいくらかある。だが、四人は思考している暇などないということをわかっている。だから、行動はすぐに起きた。


 「ミハル!そのままこの路地を出ろ!

 俺とアラヤでこいつを路地から叩き出す!アサヒを支援部隊に届けたらすぐに加勢してくれ!」

 「わかりました!二人とも頑張ってください!」


 ミハルはアサヒを抱え、身体強化システムを使い、全速力で路地を駆け出した。

 それを見送ると、今度はアラヤたちが動き出す。


 「アラヤ、攻撃を与えてヘイトを稼ぎつつ、なるべく早く路地を抜けだすぞ。俺の合図で後退しろ」

 「了解!」


 血獣がアラヤたちの企みに気づかずに攻撃を仕掛ける。

 血獣には攻撃が当たらぬ苛立ち、そして攻撃を加えられる苛立ちが両立していた。そのため、攻撃は単調になり、避けやすくなった。

 異常な膂力により放たれる蹴りが二人を襲う。


 「いまだ!」


 二人は蹴りをバックステップで避けると同時に走り始める。


 蹴りをからぶった血獣にフラストレーションが新たに刻まれる。原因は目の前の餌。イラついた血獣が逃走し始めたアラヤたちを血獣も追い駆けた。


 獣と狩人が暗闇の中を駆けていく。


 「アラヤ」

 「ん?なんだ?」


 戦闘を行っているわけでもない二人は心なしか余裕をもって行動できていた。そのためにリュウヤは会話をアラヤに持ち掛けた。


 「お前、力使おうとしてないだろ」

 「!!・・・あはは、バレてた?」

 「多分俺と隊長以外は気が付いてねぇよ」

 「そっか」


 アラヤはなんだかあたりが異常に静かに感じられた。

 アラヤはちからを使えないのではない。それどころか、一か月前よりも能力についての理解が深くなった。それに加えて使える技も増え、BCWに自身の血を流し込み、使えるようにもなった。

 だが、アラヤは気が付いてしまった。

 自身の力の強さに。危険さに。

 覚悟がないわけではない。だが、少なくとも人を巻き込みたくはない。その考えがアラヤの行動を鎖のように縛っているのだ。


 「どうして使おうとしねぇかは聞かねぇ。けどな、これからいつだってお前の力が必要になるときが来る。それを忘れるなよ」

 「ああ」


 アラヤは力を制御している。

 だって。


 『そうだ、早く力を使えよ』


 何よりも怖い獣は、アラヤのすぐ近くにいるのだから。



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