第18話 変質


 男は仮面の奥からほくそ笑んだ。


 なにせ、可笑しいのだから。楽しいのだから。




 「さぁ、ここからだ。


 せいぜい踊ってくれよ?アラヤ君」




 眼下に移る光景は、男にとってはプロローグに過ぎない。


 これから起きるのは、楽しい楽しい喜劇だ。


 それが楽しみで仕方ない男は、仮面から零れ落ちるほどの笑顔と笑い声を出してしまう。




 その隣では美少年が愁いを含んだ目で眼下を見つめている。




 「心配なのかい?」


 「・・・」


 「大丈夫さ。これは僕たちからのプレゼントだ。


 プレゼントは受け取ってもらわないと意味がないからね。


 僕たちはただ傍観してようじゃないか」




 そう、今夜はまだ楽しめるのだ。




 なにせ、災禍の夜は長いのだから。






 ***






 アラヤが討伐した血獣は、数日に前に検知されその後に反応が消えた血獣だった。


 つまるところこれで任務は完了。あとは、本部からの指示を待ち、帰還するだけだ。




 皆が一様に気を休め、血獣から意識をそらしたその時。


 再び、獣は動き出す。




 「?!」




 一番に異変を感じ取ったのはアラヤだった。




 「みんな!」




 異変を感じた方向へと体を瞬時に向ける。そして、構えをとり、臨戦態勢へと入った。


 アラヤの体が向いた方向は、死したはずの血獣の亡骸。大口を開けてこと切れていたはずの血獣は怪しく蠢き始める。




 「なんだ、あれは・・・」




 驚愕に目を見開いたのはリュウヤだった。普段であれば冷静なリュウヤが大きく目を見開いて驚くことは珍しい。


 それほどに今の事態が異常であるということなのだ。




 血獣の亡骸からどくどくと血が溢れ始める。


 その光景は何ともおかしいものである。なにせ、アラヤたちは血獣の体から血が出なくなったことを確認していたからだ。


 臓器が動いていないため、内包された血が外へとあふれ出るなんてことはあり得ないのである。




 「おい、ちょっとおかしくないか?


 明らかに血が出すぎてる」




 そういったのは、アサヒだった。彼も驚愕に目を見開き、じっとその様子を観察している。


 アサヒの言葉に、ほかの三人がより血獣を注視する。


 確かに、血獣からはあり得ない量の血液があふれ出していた。




 そして、溢れだした血液はひとりでに蠢き、這いずり、血獣の体を侵食していく。


 血獣の体はそれに抵抗することさえなく、血の奔流に飲み込まれていく。


 やがて、体のすべてが侵食されたころ、血液は一つの球体になり果てた。一切の不純や歪みのない芸術品のようなその球体は、形を長くは保っていられなかった。


 ドロドロと溶けるように自壊していく血獣だったモノは、地面に大きな血の溜まりを作った。それは、きれいな円になっており、これまた美術品を思わせるような風貌だった。




 「アラヤ・・・、アサヒ・・・。二人の銃であそこ撃ち抜けるか?」


 「やってみる・・・」




視線は血獣に固定したまま、リュウヤとアラヤが言葉を交わす。


 アサヒは大砲のごとき銃を、アラヤはハンドガンをそれぞれ血獣に銃口を向けた。




 「同時に撃つか?」


 「ああ、そうしよう」




 数秒、いや一秒もかからない未来には何か変化が起きてもおかしくないこの状況で、何とかアラヤたちは平静を取り繕おうとする。


 張り詰められた緊張感。


 その中でアラヤたちがゆっくりと引き金を引いた。




 乾いた銃声がその場を駆け抜け、静かに消えていく。




 確実に着弾した血だまりは、着弾した場所を中心に大きく爆ぜた。


 それは、血だまりがちゃんと液体であることを証明している。はずだった。


 爆ぜたはずの血だまりが、時間を遡行するかのように元の形へと戻っていく。そして、元の美しい形へと成ると今度は時間が止まったかのように形が固まった。




 「生物、なのか・・・?」




 アサヒが疑問をこぼした。




 アラヤたちが手出しをできないまま、その光景を経過していると、血溜まりに変化が始まった。


 動き始めたその血だまりは不定形に形をゆがめながら、収縮と膨張を繰り返す。


 まるで粘土細工が作られていくような光景を目にしながら、アラヤは再び意を決して引き金を引いた。




 「!!」




 おおよそ液体と思われるものが発するような音ではなかった。


 まるで鋼鉄に銃弾を撃ち込んだような音とともに、いとも簡単に弾丸は弾かれ、背後のコンクリートを破壊する。




 「硬い・・・」




 驚きに驚きが上塗りされ、冷静さを徐々に蝕んでくる。だが、そこでむやみに飛び出さないのはアラヤに警戒心が残されているからだろう。




 「鬼と出るか蛇と出るか・・・。とりあえず、このままじゃあ、何が起きてもおかしくないな」




 にらみつけるように血塊を見つめるリュウヤが冷静に言葉を紡いでいく。




 「とりあえず、アラヤとミハルと俺で攻撃をする。必要に応じてアサヒは援護をしてくれ」


 「おっけ。気をつけろよ」




 動き始めは同時だった。


 アラヤは肉薄しながら威力を通常よりも上げた弾丸を血塊に打ち込む。放った二発の弾丸は、やはりというべきか弾かれる。


 だが、まったくの無傷というわけではなさそうであった。




 「傷がついた!」




 不定形に動きつつも確かに視認できるほどの傷が生まれていた。


 しかし、その傷も瞬時に元通りに変化してしまう。




 最初の人一太刀を浴びせたのはリュウヤだ。


 刀が赤く発光し、尋常ではない速度で鋭い袈裟切りを繰り出す。


 それに合わせるようにミハルの二撃目。大きく上段から強力な斬撃を放つ。


 三撃目のアラヤは剣を持つ右腕を黒く染め、半血獣の力を込めて、血塊を切りつける。




 三人の斬撃はそれぞれが超強力なものであり、弾丸をはじく血塊に大きめの傷をつけるに至った。




 「ダメか」




 傷を見てアラヤはつぶやく。


 血塊の傷は変化する中でじわじわと消えてなくなったのだ。




 「傷をつけても再生されちゃ意味がないですね」




 その事実がアラヤたちの不安をあおる。


 想定外の事態。討伐できるかもはや不明の血獣。


 一か月も前であればアラヤは冷静さを見失うかもしれない。だが、アラヤは一か月前とは全く違う。ここで冷静さを保つことができるのは、ある程度の経験をつんできたからだろう。




 アラヤたちが攻撃を浴びせた数秒後に変化は再び起きた。




 ぴたりと止まった血塊は、次第に一つの指向性をもって形を変化させ始めた。




 その変化が終わり、その場に立っていたのは、異様なカタチをしたヒト型の血獣だった。




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