第19話 ネームド
「柊隊員たちがいるポイントに、強力な血獣の反応あり!
この反応は・・・!!
佐藤隊長!柊隊員たちが討伐したはずの血獣と同じ反応が検出されています!」
状況の変化は、第七部隊管制室からも確認されていた。
突如として観測された異常な数値に、管制室は驚きに包まれていた。この場に存在している人間はすべてがそうではないにしろ、長年血獣討伐のバックアップを行ってきた者たちだ。
しかし、そんな彼らでさえ、今回のような事態には遭遇したことがなかった。長年を支えてきたベテランたちは多くの不測の事態には何度か遭遇したものもいる。
とはいえ、今回は不測の事態の中でも少し特殊な例だった。
なにせ、討伐したはずの血獣は再びその存在を知らしめたのだ。
「一体、何が起きているんだ・・・」
佐藤はそれを思考しようとする自分の脳を制御して、すぐさま現場にいる少年少女たちにフォーカスを充てる。
「四人はどうだい?!」
「現時点では、四人のバイタルは安定しています!精神には少々の乱れがありますが、作戦行動を行う上では問題ないかと!」
「ありがとう。そのまま四人の生体反応と血獣の存在値をし続けてくれ」
「了解!」
いつもの佐藤ではない。隊長としての佐藤がそこにはいた。
佐藤のたくましいその様子を見て、管制室は落ち着きを取り戻し、血獣討伐のバックアップ体制が完成していく。
「四人への情報伝達がボクがするよ。
みんな、各所への連絡をお願い。
もはや、これはただの任務、討伐ではなく、作戦による計画的な討伐が必要になるかもしれない。
ここからはいつも以上に気を引き締めてくれ!」
佐藤の言葉が管制室内の指揮を上げ、討伐者たちへの最大限のサポートが成されていくのだった。
『・・・???』
目の前に対峙する血獣からは異常な重圧が感じられた。
すらりと細いボディライン。その体躯は三メートル近くあり、アラヤたちを見下ろすように顔をこちらへと向けている。
首をかしげながらこちらを見下ろしているその容貌は実に異質なものだった。
鳥の頭のような顔を持ち、その額には羊のような曲がった角が生えている。体はかなり筋肉質で、形的には人間の胴体に近しい。足は猫のような、犬のような鋭い爪をもっており、さらに両腕は人間に近しいものになってはいるが、爪が異常に長く、そしてナイフのように研ぎ澄まされていた。それに加えて、背中には大きな翼を生やしている。
二本の足で立っていることも異質さをより引き立てていたのだった。
「みんな、戦えるか・・・?」
聞いているのは、負傷で戦えるか否かではない。
アサヒが聞きたいのは、全員が戦う意思があるかを聞いているのだ。
「ああ。少なくとも、俺らがここで最低限戦えないと周りの被害がやばいだろ」
真っ先に反応を示したのはアラヤだった。
アラヤは恐怖は初めから感じてはいない。ただ、感じているのは、目の前の血獣が被害をまき散らしたときにどれだけの人が死ぬのかだった。
「ミハル、本部と連絡してくれ・・・」
アラヤに続いてリュウヤが次の行動を考え始める。
とにかく、今は情報の共有が必要で考えるあたり、やはり冷静な人間であると思わせる。
「わかりました。とりあえず、近辺の警戒度を上げてもらって、封鎖もしてもらいましょう」
ミハルはリュウヤの言葉に頷き、早速本部との通信を始めた。
ミハルを除いたアラヤたち三人は、これまでになかったほど警戒を強め、血獣を観察する。
「どうする?牽制するか?」
「いや、やめたほうがいい。無理に刺激して暴れられても困る。とりあえず、動きがあるまでは警戒を強めたまま、下手に動かないほうがいいだろう」
アサヒの提案を否定しつつ、リュウヤが血獣の観察を続ける。
血獣はいまだに下手な動きはしない。
ただ、周りを見回したり、頭をかいたり、体を見たり。攻撃はしてこないものの、目的が分からない行動を繰り返している。
ただ、目の前の血獣が行動するだけでかなり不気味だった。
『皆、聞こえてるかい?』
「「「「!!」」」」
アラヤたちのつけるイヤホンから声が流れる。佐藤の声だというのは瞬時に理解できた。
ただ、やはりというべきか、呑気な様子は一切ない。
真面目な様子にアラヤはたちは緊張感を覚えた。
『ミハルちゃんから聞いたが、こちらでも血獣の存在を捕捉している。
存在値はかなり高い。ランクは『
これから、周辺に立ち入り禁止区域を指定するからそれまで、何とか持ちこたえてくれ!』
「「「「「了解!」」」」
『よし。
これより、血獣対策局第七部隊は突如発生した、特定特殊血獣を『ネームド』として想定し、作戦行動に移る!
みんな気を付けて作戦行動へあたってくれ』
そうして通信は切られ、アラヤたちは本格的な臨戦態勢に入った。
「『ネームド』かよ。やべぇな」
つーっと冷汗がアサヒの背を伝う。
『ネームド』とは、一定以上の強さを誇る血獣につけられる特別な名称だ。
そもそも、対策局には血獣の強さを示す指針がある。それが、『ランク』である。これは、レーダーに察知した血獣の存在値(血獣の持つエネルギーを測定してつけられる値)を元に、素体となった生物の情報などをもとに危険度を簡易的に表したものである。
ランクの内訳は、
例えば、普段突発的に発生する血獣はすぐに討伐されるため、そこまでの脅威はなく、つけられるランクせいぜい『2』である。
ちなみに言うと対策局の隊員たちにも同じようにランクがつけられ、それによって任務や、現地への派遣が行われるのだ。
このようにランクがつけられるわけなのだが、その中でも『6』以上で特異的な特徴をもつ血獣に関しては『ネームド』という特別な名付けが成され、個別に個体名がつけられるのである。
ネームドはそれだけで強さの証明である。
ネームドと対峙することは死闘を強いられるということと同義なのだ。討伐隊からすればお目にかかりたくはない相手である。
「だが、まあ俺らがやらないとな」
この少年たちは戦士だ。
血獣から周りの人間を助けることを使命に動く。
ゆえに恐怖するより前に、守りたいという気持ちが溢れてくるのだ。
「とりあえず、動きがあった瞬間、被害を最小限にするために行動する。民間人の避難が終わり次第大通りにおびき出して討伐作戦の展開だ!」
リュウヤの言葉に三人がうなずく。
すると、打ち合わせでもしていたかのように、血獣が動き出した。
『ボァァァァァ!!!』
何とも言えない奇声をを発すると、血獣が足に力を込めた。
「来るぞ!」
血獣が肉薄する。
「・・・?!」
その速度は尋常ではない。
おおよそ戦闘になれた人間でなければ成す術などないだろう。
だが、アラヤたちであればその速度であれば対応できる。
タイミングを合わせたかのように四人が同時に後ろへと下がる。
四人がいた場所には、血獣の拳が叩き込まれようとしていた。空を切った拳が地面に向かって吸い込まれるかのように振り下ろされる。
「えっぐ」
拳を受けた地面は、まるで薄い板でも割るかのように大きくヒビを刻まれてめり込んだ。それは伝播し、周りの建物にも大きくダメージを与える。
その衝撃はすさまじく、距離をとったはずのアラヤたちにも伝わるほどであった。
だが、ここで血獣は一瞬の隙をさらしてしまう。
それを見逃すほど彼らは未熟ではない。
すぐさまアラヤとアサヒが銃口を血獣に向け、容赦なく弾丸を叩き込む。
雨のごとく浴びせられる銃弾を前に、血獣も腕をクロスさせて体を守る。それで血獣の腕はボロボロになっていた。
「さっきよりは攻撃が通るぞ!」
そう喜んだもの束の間。
血獣の腕は瞬時に再生し、元の凶悪な腕となった。
「あれずるくねー」
嘆くのはアサヒだ。
だが、嘆いてばかりはいられない。厄災は止まってはくれないのだ。
血獣は大きく飛び上がる。そして、空中で手のひらを合わせて握りこむ。そして、その腕を着地と同時にふたたびアラヤたちに向かって振り下ろす。
喰らえばミンチになるであろう、その攻撃を四人は、血獣が飛び上がったその下をくぐり、血獣の背後をとるという形で回避する。
再びの衝撃。だが、すでにそれには驚かない。
ミハルとリュウヤが先頭を切ってがら空きの背中に剣を叩き込む。
「ミハル!リュウヤ!」
次の瞬間、攻撃を与えた二人に危機が迫る。血獣が振り向きざまに腕を振るったのだ。
二人は攻撃をやめると同時に地面に伏せるように腕を回避する。だが、血獣が回避した二人めがけて拳を握る。
このままでは対処が追い付かず、潰されてしまう。
だが、彼らはチームである。
すかさずリュウヤとミハルを助けに入ったのは、長い髪の持ち主、アサヒだった。
隕石のごとく落ちてくる血獣の拳の向かってアサヒが銃口を突き付ける。
そして。
「おらぁぁぁ!!」
アサヒの持つ大型銃からすさまじいエネルギーが噴出する。通常よりも遥かに大きく、力のある銃弾は血獣の拳を迎え撃つには十分だ。
「爆ぜろぉぉぉ!!」
けたたましい音と共に血獣の拳が爆裂する。
「ぐぅおぉぉぉ」
無事では済まないのは血獣だけではなかった。
エネルギーを放出する大型銃を支え続けるアサヒの負担もただでは済まない。
筋肉が断裂する音が聞こえる。スーツが過剰な作動をしている所為で骨がきしむ。だが、絶対に屈することはない。
仲間を死なせることはアサヒにとって、死ぬことが多い討伐隊の中でも絶対にあってはならないことなのだ。
そして、やがて莫大なエネルギーは拳を破壊し尽くした。だが、まだエネルギーが余っていた。拳を受け止めてもなお余りあるほどのエネルギーが今度は手首から先を飲み込み、さらに先、肘から肩までを、遂に爆散させるに至ったのだった。
その反動に血獣の体が後方へと押し戻される。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「アサヒ、助かった!」
「ありがとうございます、アサヒ君!」
アサヒが作った隙に、二人が大勢を整えた。さらに、体力を大きく消費したアサヒを連れて後退する。
「腕の再生が遅い?」
少し離れ、血獣のようすを伺ったリュウヤがそういうと、ミハルとアサヒがつられて腕を注視し始める。
血獣の腕はいまだに生えてはおらず、ぼこぼことわずかに肩が再生されようとしているだけである。
三人は、その光景に活路を見出す。
「こいつ、一つの部位が独立して回復しているのか?
・・・はっ!」
リュウヤがある一つの仮説にたどり着いた。
そして、アラヤもまたリュウヤと同じ仮説にたどり着いていた。
「アラヤは?!」
アサヒがアラヤを探す。
三人が後退した地点にはおらず、気配が全く感じられない。
三人は一瞬焦りを覚えたが、次の瞬間にはそれが掻き消え、別の感情が駆け巡った。
「もう一本、落としとけ」
声は血獣の背後から聞こえる。
三人に驚きの表情が浮かぶ。
アラヤの剣が血獣の腕を切り落としていたのだった。
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