第16話 フェレライ
行き交う人々。
うっそうと生い茂るビルの木々。
昼下がりの活気のある喧騒が人々の存在を証明しているのかのようだった。
そんな街を少し裏道に入ると、喧騒が遥か遠くに聞こえ、人の気は一気に少なくなった。
普段なら人が寄り付かない裏路地であったが、今日だけは違った。
張られた黄色いテープの内側では、警察官がせわしなく動いている。
その中心では、血液の付着したスーツとズボン、そして資料の入ったバッグがあった。それらの周りは不自然に血が少なく、誰かが跡形もなく消し去られたようであった。
「血獣討伐隊の者です。捜査の許可を頂きたい」
物々しい雰囲気を醸し出しているその現場に入る四人の少年少女の姿が或る。
細部にそれぞれ違いがあるものの、皆白で染まった服をそろって着ていた。
本当にこの子供が?と首を傾げられたが、討伐隊員である証明を見せればすんなり通ることが出来た。
「これが、今回の被害者の物ですか」
「はい。スーツとズボンからは被害者である、須藤ヒロタカのDNAも検出しています」
現場の惨状を確認しながら白髪の少女、ミハルが刑事にテキパキと質問を始めた。
「警察側ではどういう見解で?」
「血獣の仕業かと。どこかに誘拐された線も考察しましたが、連れ去るには血を流しすぎてます。
殺されて、衣服をその場におかれ、死体を捨てられたというのも考えました。ですが、彼にはそれをされる理由が見当たりません。そして、死体が捨てられるにしても、こんな街中じゃあ必ず見つかります」
刑事は、アラヤ達が子供だからと言ってないがしろにはしなかった。それは、アラヤ達をプロの討伐者であると認識しているからであろう。
「討伐隊の皆さんはどういうお考えですか?」
「私たちも血獣であると考えています。討伐者であるからではなく、客観的に考えてそうだと思います。
私たちの方でも、昨晩、正体不明の血獣反応を検知しました。丁度この場所です。
なので、獣災で間違いないかと」
刑事とミハルが情報を交換していく中、辺りに慟哭が降り注いだ。
「ヒロタカさん・・・!どうして・・・うううぅぅ・・・」
涙を流す女性。おそらくそれは、被害者であるヒロタカの妻であろう。
両手で顔を覆い、その場にうずくまって嗚咽を漏らす。
止まることを知らない涙は、コンクリートの地面に墜ち、行き場もなく地面に水たまりを小さく作り始める。
この惨状を見て、涙を流す様子に、アラヤは心の中で自身に火が付くのがわかった。
アラヤが硬く拳を握る。
獣災で大切な人を無くす痛みがアラヤには伝わるのだ。それを防げなかったことを悔いながら、それは仕方ないことだと思考を切り替える。
自分が、すべきことをしっかりアラヤは考え、理解した。
次の被害者が出る前に、血獣を討伐する。これのみがアラヤの心に火をつけたのだった。
ミハルが説明を終えると、刑事が頭を下げた。
「それでは、討伐隊の皆さま、どうか、どうか、これ以上の被害が出ませんよう、早急に血獣の討伐をよろしくお願いします・・・!」
「はい。血獣は我々討伐隊が責任をもって対処させていただきます」
ミハルは刑事との打ち合わせを終え、三人に向かいなおす。
「行こう」
四人は決意と責任を背負って任務にあたるのだった。
「さて、どうやって捜索する?」
路地裏から出てくるなり、リュウヤがほかの三人に声をかけた。
「とりあえず、分かれよう」
そう提案したのはアサヒだ。
その提案を否定するものはおらず、円滑に打ち合わせは進んでいく。
「じゃあ、ツーマンセルで動いた方がいいだろうな。その方が不足の事態に対応しやすい」
「おっけ。じゃあ、それで」
「どう分かれますか?やっぱりそれぞれの武器種的に前衛と後衛でバランスよくなった方がいいかな?」
「それがいいな」
リュウヤがミハルの言葉に肯定し、方針が決まっていく。
口をはさめないことにキャリアの差を見せつけられながらも、アラヤは決まっていく方針をただ聞いてそれに肯定することしかできない。だが、ただ聞いているのではなく、学習しながらその成り行きを見守っているのだ。
「じゃあ、俺とアr・・・」
「リュウヤ君とアサヒ君、ですよね?」
「あ、ああ」
リュウヤが有無を言わせぬ雰囲気を放ったミハルに気圧される。
(じょ、女子こわい・・・)
普段は冷静なリュウヤでさえ、その雰囲気にはこう思わざるを得なかった。
そんなリュウヤを置いて打ち合わせはすすんでいく。
「時間も決めておこう」
あたまを振って思考を切り替えたリュウヤが再び言葉を発する。
「そうだな・・・。取り合えず、午後五時半。今から四時間後にしよう。
この時期なら五時半くらいから日が落ち始めてもおかしくはない。もしかしたら、夜になれば血獣がその姿を現す、なんて可能性が無くもない。だから、とりあえず五時半に集まろう。」
その言葉に三人が頷くと、二手に分かれて調査が始まったのだった。
「動物が減った気がする、ですか?」
鼓膜を揺らした言葉をそのまま口にだしたのは、聞き取り調査をしていたアラヤだった。
「はい。いつもここにビールのケースとかを出してるんですけど、その時にいつも見ていた猫とか、ネズミとか、あとカラスも、最近見なくなったんです」
そう語るのは、飲食店の女性店員だった。
アラヤ達が事件が起こったその近くの路地裏を調査していたアラヤ達は、この女性店員を見つけ、聞き取りを行ったのだ。
「ほかに、何かありませんでしたか?音とか、違和感とか」
「ほかには・・・、すみません」
「いえいえ!ご協力感謝します!」
申し訳なさそうにする女性に対してアラヤが手を振りながら感謝の言葉を言う。
「ありがとうございました!あ、路地裏にでるときは気を付けてください。血獣が出現する可能性があるので」
「あ、わかりました、ありがとうございます」
「こちらこそありがとうございました。お店の人にも気をつけるように言ってください」
「はい」
「それじゃ、俺らはこれで。失礼します」
アラヤとミハルはその場を後に、路地裏をさらに奥へと進んでいく。
様々排気が混ざった嫌な空気が充満する路地裏は影だからであろうか、なぜか冬の寒さを掻き立てた。
「他の生物を捕食することは事例がいくつかありますが、ここまで雑食なのは聞いたことがないですね」
コンクリートの道を歩きながらミハルがしゃべり始めた。
「そうなの?」
「はい。血獣は人を襲うのが普通ですが、それは人の血でないと生きられないからではありません。なにせ、血獣はどんな生物でも血を接種できれば生きれるんです。
ですが、基本的に人以外の生物は緊急時以外は捕食しないとされているんです」
アラヤにわかりやすく説明するミハルは、口調こそ真面目であるが、どこかうれしそうである。
「ですが、今回は例外です。レーダーから反応が消えるとか、視覚で分かるほどの捕食量であるとか、少し異常な事態が起こってますね」
アラヤ達は先ほどの女性店員以外にもほかの場所で何か変わったことは無いかを質問して回っていた。そのなかで、やはりというべきか、生物の頭数が減っている印象があるという人が多くいたのである。
ミハルは事態の深刻さを感じ取っていた。
このままいけば、人間にも多くの被害が出るだけではなく、都市内の生態系が崩れてしまいかねない。そう危惧しているのだ。
「早く発見、討伐したいところですが、如何せん場所の特定が難しすぎます。幸いなのは、レーダーに発見にかかった血獣の反応と被害が起きた場所、捕食が多く行われていると思われる場所が限定されていることです。
移動してなければ、血獣はこの近くで発見できるかもしれません」
その言葉の数々を聞いてアラヤは素直に思った。そして、それが言葉としてこぼれる。
「すげぇ」
「え?」
「いや、ミハルはすごいなって。
俺よりもよっぽど多くのことを知ってる。ほんとにすごいと思うよ。
俺も頑張らなくちゃって思える」
いきなりのアラヤの言葉にミハルはきょとんとしながら、顔がだんだん熱くなるのを感じる。
鼓動が早くなり、耳が赤くなるのがミハル自身でもわかるくらいに熱くなっていく。
「え、えへへ。そ、そんなことないですよ!
そ、それよりも、血獣を早く見つけて多くの人を助けましょう!!」
「うん!」
ミハルのやる気はアラヤのきずかぬところで爆上がりしていたのだった。
日が傾き、闇が宙の半分以上を支配し始めた午後五時現在。行き交う人々のざわめきはおのずと増えてくる。
人の流れの中で唯一といっていいほど、その四人は立ち止まって会話をしていた。
「何か手掛かりは見つかったか?」
アラヤがアサヒとリュウヤに向けて問いかける。
「いや、見つからなかった。強いて言うなら、やはりこの近くで間違いはなさそうだ」
アサヒとリュウヤは、アラヤ達は違い、少し離れた位置で調査を行っていたようだ。しかし、その成果は芳しくない。発見することはかなわず、聞き取りを行っても特に変わったことは無かった。
だが、アラヤ達の話とリュウヤ達の調査をすり合わせると、血獣の行動範囲が絞られてくる。
「まだ確信とはまではいかないが、やっぱりこの近くから血獣が移動したということはなさそうだな」
リュウヤが簡潔に全員の情報をまとめ、結果を言う。
「じゃあ、こっからは本格的に血獣を探そう。エリア的に言えば、此処から半径一キロほどの範囲内に潜んでいるかもしれない。ツーマンセルをそのままで、しらみつぶしに居そうな場所を探っていこう」
四人は互いに頷きあって再び二手に分かれたのだった。
***
「お~。いいねぇ。いい感じに育ってるじゃん」
男は笑顔だった。
ただ、その顔は何やら近未来的な風貌の仮面に遮られて見ることは叶わない。
だが、声音は楽しそうに弾んでおり、表情がかくされていてもなお、声音がその様相を伝えている。
「育っているのか?」
嗤う男とはまた別の男がまるで突きさすような物言いで笑う男に言った。
金髪、美形、完璧。三拍子がそろったその男は名をハルトといった。
ハルトの視線の先には一匹の真っ赤な生物がいた。
小さな体には、それはそれはかわいらしいつぶらな瞳がある。愛らしいその生物は、ハムスターに酷似するものだった。
ただ、その生物の中身はもはや化け物としか言い表せないような惨状だ。なにせ、ソレにはただ、食欲だけがあり、貪り食うことだけを本能としているのだから。
二人のエサを前にその衝動に従わないのは、一時的に仮面の男がその衝動を眠らせているに過ぎなかった。
「もちろんだよ、ハルト君」
「変化が見えないんだが」
「目先の物にとらわれずぎさ。目に見えない部分が大事なんだ」
そう言われて、ハルトは何も言えなくなった。確かに、見えていない部分が大事であることは多いと何よりも知っている人間だからだ。
そんなハルトを後目に仮面の男は続けた。
「こいつは、今、僕のオーダーなんて覚えちゃいない」
「なに・・・?」
ハルトがその美貌を歪ませる。
ハルトを視界に入れていない仮面の男はハルトが訝し気な表情を浮かべたことを声音で理解した。
「まあまあ、ちょっと待ってよ。
見ていればわかる」
そう言うと仮面の男は懐から一つのケースを取り出した。
その中に入っていたのは注射器であった。
シリンジの中は一切の濁りの無い淡い青の液体で満たされている。気泡の一つもないそれは見ってしまいそうなほど美しい。
男は片手で血獣を持ちあげようとする。
だが。
「うお!?」
まるで身の丈以上ある岩を持ち上げるかのような重さがその小さな体躯に存在していた。
「うーん。想定以上に食べてるね。これはわくわくしてきた」
そう言いながら、持ち上げることはあきらめて、今度は地面に血獣を待機させたままおもむろに注射針を突きさした。
きゅっと小さく血獣が鳴く。理性無き血獣とて痛覚はあるのだ。
「よし、これで大丈夫」
「終わったか?」
「うん。僕たちも早く離れたほうがいい。でないと対策局に捕捉されちゃうし、何よりシンプルに危険だ。
ハルト君、お願いできる?」
「わかった」
ハルトの片目が深紅に侵食されていく。
そうすると、二人の身体は徐々に浮かび始めた。そこには何もないはずだ。だが、そこには見えない床が上がって行くようだった。
「存分に暴れてくれよ?『フェレライ』・・・」
夜にも負けないほど黒く悍ましい狂気がその場に堕とされたのだった。
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