第15話 模擬戦と任務


 「ま、負けました」




 首に突き付けられた刀。手から離れた武器。これ以上アラヤがなすすべはない。


 潔く両手を上げて降参を示した。




 「これで五十勝目だな」


 「数えてんのかよ!」




 アラヤと対戦をしていた人物、リュウヤがアラヤに向かってどや顔で言い放つ。


 あまり表情を表に出すことが少ないリュウヤだが、それが当てつけの様にどや顔を浮かべるものだからアラヤは余計に腹が立った。


 その時、佐藤が丁度アラヤ達の下に来た。




 「お疲れ様。アラヤ君。リュウヤ君」


 「お疲れ様です」


 「お疲れ様です」




 この一か月。アラヤはミハル、アサヒと共に街の巡回と血獣発生時の出撃を繰り返し、実践経験を積んでいた。


 さらに、それ以外の時間では隙をみてリュウヤと佐藤に模擬戦を挑み、実力を伸ばしていた。




 今日も、三人でも巡回からのカラス型の血獣を討伐して、リュウヤと鍛錬をしていたのである。




 「どうだい?リュウヤ君、アラヤ君は伸びてきたかい?」


 「俺の足元にも及びませんよ。まだまだです」


 「ぐぬぬ・・・」




 腹立つが何も言えない歯がゆさを飲み込んだ。




 「でもまぁ、一か月前よりはましですね」


 「・・・!」


 「珍しい。リュウヤ君が褒めるなんて。其れだけ彼のことを気に入ったのかな?」


 「はッ、こいつを気に入る事なんてないですよ。まだまだ雑魚ですし」


 「んだとぅ!」


 「悔しかった勝ってみろよ」


 「やってやるよぉ!」




 (確かに、アラヤ君の成長速度はかなり異常だね。半血獣だからかな?それとも、あの二人の子だからか・・・?


 まあ、いずれにせよ、これからが楽しみだ)




 佐藤が思考している間に、二人が再び対戦の準備を整える。


 佐藤は様子を心底うれしそうに眺めながら、その対戦の評価をしようと腰を据えてみることにした。




 両者が向かいあう。




 合図などは無い。お互い、準備ができたことが理解できた。そうすると、そこはもう戦場だった。




 二人が息を合わせたように同時に駆けだす。


 アラヤは早めに銃を構え発砲する。この銃は血獣を葬るためのものではなく、訓練用のペイント弾だ。ただし、威力はかなりある。


 放たれた銃弾は三発。一発目はリュウヤの心臓を。二発目は回避を予測して右方向へ。三発目は左側に。


 それぞれ放たれた弾丸は空を貫いた。


 リュウヤは弾丸が通る軌道より姿勢を低くすることで弾丸を回避する。伏せるようにして体勢を低くしたリュウヤに対し肉薄したアラヤが下段から上段に向けて剣を振るう。その剣をリュウヤは腕立て伏せの要領で跳ね上がり、バク宙をすることにより回避する。


 宙に浮いたリュウヤをアラヤが逃がす手立てはない。右足で踏み込んで流れる様な動作で上段から剣を振るおうとする。


 だが、その動作はリュウヤのバク宙をしながらの蹴りによって強制的にキャンセルさせられる。




 「ぐっ」




 上部へと剣もろとも上体を上へかちあげられたアラヤは大きな隙をさらすに至る。


 そこに着地したリュウヤが横凪の一閃を浴びせる。


 一か月前ならば、これで終わりを告げられていただろう。だが、今のアラヤは


ここから反応する。


 金属がぶつかり合う甲高い音が鳴り響き、アラヤの銃がリュウヤの刀を受け止めていた。


 そして、刀を押し返し、空を作ってからアラヤは後退して距離を取った。この状況であればアラヤは距離を取っているという有利があった。


 二発の銃弾を撃ち込むが、どちらともリュウヤが刀で切り落とす。


 これはアラヤにとって想定内。当たれば御の字程度のものだ。


 二人が肉薄する。


 互いに同時に剣と刀を振るうが、両手持ちのリュウの方が剣速に分があった。


 袈裟懸けを体に対して寸でのところで剣で受け止める。そして、アラヤが至近距離で弾丸を放つ。


 これはリュウヤも予測できたようで突き出したアラヤの手首をつかむ。そして、リュウヤががら空きの胴体に、背中を差し込む。そして、腕を引きながら背負い込むと、そのままアラヤを下に叩きつける。




 「がはっ」




 肺の空気が一気に外ににげる。瞬時に息が詰まり、苦しさがアラヤの思考を支配する。




 「終わりだ」




 アラヤの喉に刀が突き立てらた。


 詰みである。




 「あぁ!また負けた!」


 「瞬・殺」




 寝転んだアラヤを見下しながら、リュウヤが大げさにガッツポーズをする。


 表情を出さず、真顔のままこれを素でやるものだから、アラヤは腹がたった。




 「いい模擬戦だったよ、二人とも」




 拍手をしながら佐藤が近寄ってくる。




 「アラヤ君も大分動けるようになったね」


 「ありがとうございます」


 「まあ、まだ戦闘に関しての勘とか経験とかが足りてないし、技術もおろそかだね。焦らずに鍛えていきなぁ~」


 「はい!」


 「リュウヤ君は、もっと攻撃に転じられる場所があったはずだよ。攻めどころは思い切って攻めなきゃね」


 「はい」




 それぞれにとりあえず改善点を言う佐藤は、心のなかで驚いていた。




 (ふたりとも、大分伸びてる。たぶん、お互いが苦手な部類どうしで戦えているから、相乗効果で研鑽しあえてるんだろう。


 この二人は化けるねぇ)




 佐藤はこれからの二人が一層楽しみにおもえるのだ。


 そして、佐藤は二人の光景をみて、郷愁のようなものを感じたのだ。其れは、彼の過去を慈しむものだった。




 (あの日々を思い出しちゃうねぇ)




 懐かしい過去の情景。それを思い出して、自身がすべきことを佐藤は思い出す。


 過去の光景にいったんは蓋をして、佐藤が頭を切り替える。




 「二人とも、これからお使いを頼まれてくれないかな」




 「?」


 「?」




 二人ともが頭の上にはてなマークを浮かべ、それと同時に訝し気な目を佐藤に向けた。




 「なんでそんな目を向けられるのかなぁ」




 ((日頃の行いでは?))




 二人に同じ思考が出たが、言葉にはせずに飲み込む。




 「まあいいや。


 香月アラヤ、神崎リュウヤ、君たちに任務を言い渡すよ」




 その表情はもはやけらけらとした佐藤の表情ではなく、間違いなく隊長としての顔であった。




 「!」




 驚きの表情をアラヤは浮かべ、リュウヤは静かに佐藤を見つめる。二人の反応の差にはそれぞれの討伐隊員としての熟練度が浮かんでいるようでもあった。




 「正体不明の血獣の反応を追ってもらう」




 佐藤の声が妙によく耳に届く。


 いつもと違う佐藤の声音に、アラヤとリュウヤは緊張感を植え付けられたのだった。






 ***




 「やめろ・・・。来るな・・・。来るなぁぁ!」




 一人の男が悲鳴に近しい声を上げる。


 その男にはすでに腕が無かった。


 滴る血液の温かみを感じながら、脳が痛みで絶叫するのを必死で押さえつける。


 だが、いくら逃げようと、ソレは追ってくる。


 一度狙いを定めた獲物は必ず喰らうのだ。




 ネズミのような小さな体躯。


 愛らしい見た目。其れとは裏腹に、全身が赤く、血液の色で染まっていた。




 「ああ・・・あああああ!」




 動きは素早く、逃げようとする男をソレは瞬時にとらえた。


 頸動脈を狙った噛みつき。的確に傷がつけられた動脈から血液が花を咲かせる。


 男の意識は刈り取られ、命が無造作に蹂躙される。




 やがて、男の肉体は跡形もなく消えていた。


 すべてが小さな体躯に喰われたのであった。




 もっと、もっと、もっと。


 本能が飢えを訴える。それは止むことなどない飢え。


 与えられた役割まで力をつけるはずだったが、それが今にも破綻しそうなほどの飢えがソレを支配する。




 ソレの飢えは、創造した者によってプログラミングされたものだった。


 破壊という使命プログラムと尽きない飢餓感という本能プログラムが混ざり合い、何時しか新たな欲バグが生まれていた。


 その欲は、創造した者の意思に反して早く羽化したいと欲した。


 だが、その欲さえも想定されたものであり、ソレのすべては造られたものだった。


 幸か不幸か、それを理解する意思はソレにはなかった。




 ただ、破壊し、喰らい、満たされぬ飢えを満たそうともがくだけである。






 ***






 「この任務は一筋縄じゃいかなそうだ・・・」




 誰もいなくなった部屋の中で、佐藤はたった一人言葉をこぼす。


 アラヤ達ならばやり遂げるだろう。そういう確信があるにも関わらず、佐藤は一抹の不安を消しきることが出来なかった。




 「なんだろうね、この嫌な感じは」




 佐藤が感じている違和感、その原因を佐藤自身で突き止めることが出来ない。


 佐藤は自身の勘をただのよく当たる予報程度にしか考えてはいない。


 勘を過信しすぎず、かといってすべてを否定はしない。ただ、自身が行動するうえで心の中でとどめておくだけのことだった。




 いつもの胸のざわめき。


 日常の一幕。




 それが、妙に佐藤の心を揺さぶって止まなかった。


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