第13話 一か月
ソレは造られたものである。
ソレを創造したも者は、ソレに目的とプロセスを与えた。
ソレに与えられた目的は破壊。
ソレに与えられたプロセスは捕食である。
ソレはただ静かに待ち続ける。然るべき自分の使命の時まで静かに爪を研ぎ続ける。
他の生物を喰らい、喰らい、喰らい、その強さを増していく。
そして、ソレは体躯が小さきままで羽化の時と待つ。
いずれ破壊の限りを尽くすために。
***
アラヤが討伐者になり、一か月が経った。
迸る咆哮。それに臆することなく全速力で前進する。
人域をはるかに超えた速度で対象へと肉薄するのは一様に白い隊服を着た三人の人間。握られているのは少年少女には似つかわしくない武器だ。
「こちら、第七討伐部隊柊ミハルです。新たな血獣が発生、戦闘を開始します!」
三人の眼前には巨大な赤きケモノ。
人を掻き分けながら三人は血獣に接近していく。
「でっけぇカラスだなぁ」
それは余裕そうなアサヒの言う通り、カラスが転じて血獣と成ったのだろう。赤黒い両翼を羽ばたかせながら、正気の失った眼で人々を襲っている。
逃げることが叶わぬ者からその口へと放りこまれ、深いな音を響かせながら咀嚼されていく。
「これ以上被害は出せない。早く仕留めよう」
アラヤの言葉に二人は頷く。
最早ただの生物ではなくなった怪物をアラヤはその眼で見据えて離さない。
やがて、人々の波は凪いで、辺りが静けさに包まれたとき、血獣がアラヤ達を次なるエサとして認識した。
「来るぞ!」
アサヒが叫ぶ。その先には両翼をはためかせ、大きく空に飛翔する血獣の姿があった。
三人はそれぞれが別々の方向へと展開する。これは、まとまって一撃でやられることを避けるためだ。
アラヤが中央を駆け、右にミハル、左にアサヒの布陣である。
血獣が翼をぴたりと停止させ、重力に従う体勢へとなる。そこから繰り出される行動をアラヤ達は容易に想像できた。
「アラヤ!」
アサヒが再び叫ぶ。
高速で滑空を始めたその直線上にはアラヤがいる。アラヤもそれはわかっている。だからあえてアラヤはそこへ立ち止まった。それはわかりやすい獲物がそこにいると見せかけるために。
急降下する血獣がアラヤめがけて滑空する。高速で地面ギリギリまで急降下した血獣が地面からの空気抵抗を借りて地面と殆ど平行に近い形になりながら、アラヤへと急接近したのだ。
アラヤと血獣はお互いに接近しあうため、その距離は急激に縮まっていく。
アラヤとの距離、残り10メートル。
血獣がアラヤを喰らわんと大口を開ける。
対するアラヤは足に力を込め、踏み切る体制を整えた。
残り5メートル。
最早常人では個々からの対応など出来ないに等しい。
だが、アラヤは人ではない。故に、たとえ普通では反応すらかなわない速度と距離であっても対応して見せるのだ。
その場でアラヤが跳躍する。タイミングは完璧でアラヤが最高到達点に達した瞬間、血獣はアラヤの真下を通過する。
通過するだけなら血獣にとってはいい結果かもしれない。
だが、アラヤはエサではない。狩人である。
「うぉらぁ!」
アラヤは中空で体をひねり、頭を軸に横回転、そしてその勢いはそのままに手に持つ真っ赤な剣を血獣に向かって叩きつけた。
不快音が剣を伝ってアラヤの神経に伝わり、脳を満たす。しかし、それはアラヤの行動を止めるきっかけには弱すぎた。
武器を叩きつけられた血獣は、そのベクトルを無理やり地面に向けられた。地面が蜘蛛の巣状にひび割れ、その衝撃の強さを物語る。
「今だ!」
「おう!」
「了解!」
アラヤの号令にタイミングを合わせた二人が血獣に肉薄する。血獣は成すすべもなく、淘汰されるだけだ。
ミハルの剣、アサヒの大砲の如き銃が血獣の身体を蹂躙する。切りつけられる巨躯からは大量に血液が流れ出し、銃口から放たれるエネルギーをすべて受けた羽はもはや飛ぶことはかなわないだろう。
だが、血獣もまたケモノの一端である。正気無きその眼には、確かに生を掴まんとする本能が宿っているのだ。
『ギィェェェェェェ!!』
悲痛な魂の叫びが当たりに木霊する。
だが、ただの叫びではない。それは空気を揺らし、無機物を揺らし、そして生物の三半規管を揺らすに至る。
「ぐっ・・・!」
「がぁ・・・!」
「これ、は・・・!」
三人が苦悶の声を上げる。
放たれた衝撃波は三人から血獣に自由を明け渡す。その瞬きの間で血獣が動くには十分であった。
全身を躍動させ、跳ね起きるように飛び上がる。
ボロボロの羽では羽ばたくことなど無理に等しい。だが、攻勢に出るには体があれば事足りる。
『ギャィィィァァァ!』
三人から距離を取った血獣は咆哮を上げ、ボロボロの両翼を振るう。
翼から血獣の血により硬化された刃の如き羽たちが三人に向かって殺到した。それは、半血獣のアラヤを除く二人にとって直撃すれば致命傷となりうる攻撃であった。
ただ、辛うじて体の自由が三人に戻される。
その瞬間、身体を外部の筋肉ともいえる隊服で強化された三人が常軌を逸した反応で動いた。各々の持つ武器で飛来する刃翼をさばき、さばききれぬ物は避けていく。
だが、全てを避けて、さばくことはかなわず、人間である二人の身体には多少の切り傷が付いていた。
「二人とも、大丈夫か・・・?」
「だいじょうぶ、だよ」
「ああ、なんとか、な」
三人とも、最悪の気分だった。なにせ、三人はそれぞれの脳みそを直接、乱暴に揺らされたような感覚に陥っていたのだ。熱病を患った時のような感覚を受けていた。
「最悪の気分だな」
「今日は飯食えねぇ」
「帰ったらヒスイさんにハーブティー出してもらお」
三者三様、それぞれが余裕を持ちながら、改めて血獣に向き合う。
余裕はありながら、油断は決してしない。程よい緊張を持ったいい状態であると言えた。
「じゃあ、決めに行こう」
気合を入れなおしたアラヤは二人にそう声をかける。
最早会話は無い。だが、それぞれが成すべきことを理解した今、アラヤ達は同時に駆けだした。
『ギャィィィァァァ!!!』
咆哮を上げながらアラヤ達に刃翼で攻撃を行う血獣が三方向から詰め寄る狩人に狙いを乱される。
そして、そうしていると。
「おらぁ、お返しだぁ!」
おおよそ人が持てる銃には見えない大砲の如き長銃から飛び出した弾丸が血獣の体躯を貫いた。
血獣からすればそれは致命傷足りえないが、それでも大きなダメージが入ったことには違いなかった。
血獣は狙撃されたダメージに体勢をよろけさせた。
その隙を突かない手をアラヤ達は知らない。
「はぁぁ!」
ミハルの手にする剣が血獣の体表をいともたやすく切り裂いた。
それに対してアラヤもうまく合わせて力をこめた一撃を放つ。
銃撃を受け、さらに深々と交差状の傷を負った血獣はまさしく死に至る間際である。
だが、血獣は生への執着を諦めはしない。なにせ、その生物は他の生物さえ取り込めば回復の光明を見出せる生物であるのだ。故に本能的に生への諦めというモノは発生しなかった。
「まだ動くぞ!」
理解はできているが、各々に確認させるようにアサヒが叫んだ。
血獣はいまだ生きている。それが、何を意味するのか、血獣を討つ者たちには理解できた。
再びの攻守の交代。
アサヒが狙撃を行おうにも、前衛二人は射線にいる。これではアサヒが二人を援護することが封じられている位置取りだ。
今の状態で血獣の咆哮を喰らえば、そのまま刃翼を受けて肉塊と化してしまう。
そして、それを血獣が行動に移そうとした刹那の時だった。
「させねぇよ」
血獣は空中に血液の花を咲かせる。
ハンドガンというにはいささか大きな銃から放たれた弾丸は、水を穿つかの如く血獣の頭部に炸裂した。
飛び散る血液にはもはや原型とどめぬ肉塊も混じっており、威力の絶大さを物語った。
破裂音と共にもたらされたのは討伐者たちの勝利であった。
アラヤは剣を持っている右手とは逆、左手に持った銃・を下ろし、息を吐く。
「ふぅ。アラヤ君お疲れ様~」
物言わぬ一つの死骸が転がっている。
それを確認すると三人はその表情を安堵へと切り替え、肩の力を抜いた。
「相変わらず、アラヤは突っこみすぎだ」
「ごめん!」
アラヤはアサヒからの容赦ない指摘に謝罪する。其れと同時に感謝さえしていた。なにせ、アラヤ達の仕事は常日頃から死の危険と隣あわせである。故に指摘されるべきところは指摘してもらい、その都度直していく必要があるのだ。
「まあ、アラヤ単体でかなりのカバー力と、攻撃力があるから突っこんでも大丈夫なんだけどな。
ただ、それを俺ら意外と組んだ時にすんなよ」
「うん、マジでごめん!」
アラヤの先ほどの行動は適切ではない。タイミングを合わせ攻撃に出たのはいいが、アラヤが突っこむ必要はなかった。ミハルの斬撃のあと、アサヒの狙撃を待ってからの方が確実に致命傷を与えられたか可能性が大きいのだ。
ただ、アラヤ以外の二人は血獣討伐のプロだ。アラヤの実力を把握し、それに合わせて行動している。アラヤが突っこんでいくのは思考の中には存在しており、その上でアラヤは対応して見せると確信していたからこそ、最後も無理やりな射撃は行わなかったのだ。
「にしても、アラヤ君の銃撃って威力が異常だよね」
ミハルが転がった血獣の死体を見ながらそう切り出した。
血獣の頭は七割以上が損傷し、散らばった肉塊ももはや何の器官であったのかさえ分からなくなっている。
これは、アラヤの零ゼロ距離射撃の所為でもあり、アラヤの持つ銃の威力の所為でもあった。
「人に向かって撃っちゃダメなやつだな」
「絶対撃たねぇよ。めっちゃ注意してるんだからな」
アラヤの持つ銃はたとえ長近距離射撃であったとしても、威力は異常であると言えた。
アラヤの銃は紛れもない『BCW』である。だが、アラヤの持つそれは、通常のものではない。大きさ、重さ、威力。それらがすべて規格外となっている。
身体を強化する術をもってしても、並みの隊員であれば、発射時の反動、銃の取り回しでさえもてこずるだろう。
しかし、それを可能とするのがアラヤの血獣特有の身体能力の高さであった。
まさしくアラヤの専用武器だ。
アラヤ達がしばらく雑談をして休んでいると、後処理を行う支援部隊のメンバーがやってきた。
「さて、巡回に戻ろう」
アラヤがそう言うと、二人も頷いた。
アラヤは一か月でそれなりに戦える術を手には入れた。だが、これで決してアラヤが満足しているわけではなかった。
ただ、一般人としてのアラヤはもう姿を消していた。
アラヤは人を守る剣となったのだ。
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