第12話 ヒトのため

おおー、えっぐいパワーしとるなぁ」


 「こっちもだねぇ。いい出力だ」




 アラヤと男の二人は、不意を突かれたため、何が起きたかわかっていなかった。


 しかし、男の方は瞬時に自身の仕事・・が終わったことを察し、すぐに立ち上がって、敬礼をする。




 「お疲れ様です、佐藤隊長、東雲隊長」


 「あ疲れ様ぁ。ありがとね、手伝ってもらって~」


 「お疲れさん。俺からも感謝するで。ありがとうな、リュウヤ」


 「いえ、俺も戦ってみたかったので」


 「え、え、え、?」




 (もしかして、また俺だけ状況知らないやつとか?


 最近置いてけぼりにされること多すぎない?)




 そう思い、アラヤは友人二人の方を向く。


 二人も何も知らない様子で、その光景を口を開けてみている。阿保面をさらしていてこんな状況でなければアラヤは笑っていただろう。




 (よかった!二人も知らない感じだ!)




 アラヤは少し安心する。




 「アラヤ君お疲れ様~」


 「あ、お疲れ様です!」




 アラヤもすぐさま立ち上がり、敬礼する。


 状況を飲み込めないながらも、その流れに従うことにしたのだ。




 「いい戦いだったよ。まあ、技術云々は追々ね。でも途中と最後の血を使った攻撃はいいと思ったよ」


 「え、あ、ありがとうございます。途中の奴は、俺も制御できてないんですけどね」


 「なんや、あれ自分の力ちゃうんかい」




 アラヤと佐藤の会話に関西弁が混じる。


 アラヤが其方へと視線を向けると、そこには佐藤と同じくらいの身長の藍色の髪をした男性が立っていた。


 きりっとした目をしており、その眼は黄色をしていた。すらっと、細い線をしたその男性は何やら妖しい雰囲気を感じさせるような人物であった。




 「自分の力やなかったらあれはなんやねん」


 「え、それが、自分でもわからなくて」


 「それは制御できてへんいうことか?」




 ドキリとした。


 見抜かれたことに驚きと焦りに似た感情をいだく。


 アラヤの身体から血があふれ出したあの現象はアラヤが制御したものではない。半ば反射のようなものであり、再現しろと言われてもそうできるものではなかった。


 だが、まったく制御が聞かなかったわけではない。


 アラヤが瞬時に周りを傷つけるかもしれないと危機感を感じ、あふれた血を体内に戻すことはできたのである。




 しかし、目の前の人物には言い訳にしか聞こえないかもしれない。そう思ったアラヤはその思考を瞬時に弱気なものにしてしまい、言葉を発する。




 「そう、です」


「お前、やっぱり処分された方がヒトのためちゃうんか?」


「・・・!!」




 なにもいい返せなかった。


 制御できぬ力は、持っていても害にしかならない。そして、それはアラヤにとっては死活問題であり、自身の信念を破壊しかねないものであるのだ。




「ん~。そうでもないですよ?東雲隊長」




 そこに救いの手が差し伸べられる。




 「どういうことや?佐藤」




 訝し気な目で佐藤を突きさしながら東雲を呼ばれたその人物は疑問を投げかける。




 「アラヤ君、君はあの時すぐにあの血を引っ込められたんだろ?そんな動きをしてたし」


 「はい。勝手に血は出ましたけど、引っ込めることはできました」




 佐藤に拾ってもらったその言葉をアラヤはすぐさま説明する。




 「やっぱり。東雲隊長、別にすべてが制御できてないわけではないですよ?」


 「なんや、そうやったんか。まあでも及第点ってとこちゃうか?制御できる力を身に着けてほしいとこやけど。まあ、『半血獣』になってまだ三日やっちゅう話やからこれから制御できるようになりゃええか」


 「そうですねぇ」




 ここまで来てもやはりうまく状況を飲み込めない。




 「あ、あの、なんで、佐藤隊長たちがここに?」


 「ん?そりゃあ・・・」


 「お前が使えるかを見に来たねん」


 「え?」




 さらに混乱するアラヤ。


 そこに佐藤達が説明を始めた。




 「いやぁ、東雲隊長がどうしてもアラヤ君の実力を見たいっていうから・・・」


 「何言うてんねん!佐藤も乗り気やったやろ?!」


 「東雲隊長ほどではないですよぉ」


 「なんやて?!」




 早速話が脱線し始める。




 「あ、あのぉ」




 アラヤが弱弱しくその会話の修正を試みる。




 「あぁ、ごめんごめん。話が脱線しちゃったね。とりあえず、ボクと東雲隊長はアラヤ君の実力や力が制御できてるかとを見に来たんだ。


 でも、アラヤ君がいきなり戦うってことは無いから協力を頼んでね」


 「それがコイツや」




 東雲が背後にいる黒髪の男を親指で刺す。




 「神崎リュウヤ。お前らと同い年や」


 「なんなら、第七部隊の一員だよー。移動で最近来たから二人は知らなかったけどね」




 説明がなされていくと思えば今回は情報の嵐。アラヤは驚きながらもその情報を一つ一つ拾って整理していく。




 「え、じゃあ、俺を殺しに来たのも・・・」


 「ああ、演技だ」




 態度はそんなに変わらない様子で、リュウヤはアラヤの言葉にそう返した。




 「え~、じゃあ、俺が切れたの結構バカみたいじゃないですか~」


 「そうでもないよ」


 「ああ、ダチのために怒れる奴なんざ早々おらへん。力とか、半血獣とかは度外視で俺はお前を評価するで、アラヤ」


 「あ、ありがとうございます」


 「まあ、これから強ぉなっていき。仲間と研鑽しながらな」


 「はい!」




 戦力などを度外視されたのは少し悲しくもあるが、自身を評価されたことはアラヤにとってはうれしいことだった。




 「ごめんねぇ、アラヤ君。だますようなことをしてしまって」


 「いえ、ウソだってわかってちょっと安心しました」


 「そういってもらってよかったよ。今回のこの騒動はアラヤ君を周りに周知させることも目的ではあったんだ。


 変に隠すより、さらけ出した方が、後々いいからね」


 「なるほど」


 「これも独断で決めてしまって申し訳ない」


 「大丈夫です。いずればれてしまうことですし」




 アラヤも佐藤と同じで、変に隠してしまい、後でバレる方が問題になってしまうのではないかと考えていたのである。その為、真実を知った今では特に騙されていたことを責め立てようなどとは思っていなかった。




 「さて、それじゃあ、この人だかりは解散させちゃおうか」


 「だな」




 佐藤が手を叩く。それでアラヤに一心に注がれていた視線は瞬く間に佐藤の方に集中することとなる。




 「さ、みんな!お騒がせしたね。それぞれのすることを続けてくれ、隊長からのお願いだ!」




 そういうと、静かになっていた場がその緊張を解きほぐされ、ざわめきがもとに戻っていく。


 人だかりは解散し、それぞれ訓練をしに行ったようであった。




 「じゃあ、僕たちもこれで解散しようか」


 「リュウヤ君、ほんとにありがとね」


 「いえ、何かあったらまたお声がけください」


 「うん、その時は頼らせてもらうよ」




 軽く礼をし、リュウヤはその場を去っていく。


 離れていくリュウヤの背をアラヤは悔しさをにじませながら見ていた。




 その背は余りに遠い。


 深く刻み込まれた敗北感はアラヤを突き動かしていく原動力となるのだった。






 ***






 「なんかどっと疲れたね・・・」




 そう言いながらミハルはオムライスを口に運ぶ。




 「ん!おいし!」


 「お口に合うようでよかった」




 現在、アラヤとミハルとアサヒの三人は、アラヤの部屋にて夕飯を食べていた。




 「アラヤってなんでもできんだな」


 「まあね。ずっと家事は一人でしてきたし、なれてるから」




 そう言いながらアラヤもオムライスを口に運んだ。


 卵の優しい甘さと、ケチャップライスの優しい酸味が口のなかで調和を生み出す。オムレツはトロトロに仕上がっており、飲めそうなほど優しかった。




 「マジでうめぇ」




 アサヒもアラヤ特製オムライスを食べたようだった。




 食べながらも会話は続いていく。




 「アラヤを試す、なんて、佐藤隊長も結構えぐいことするよなぁ」


 「ですね~」




 アサヒの言葉に同意したのはミハルだった。




 「アラヤのことは信用してないって感じではないんだよな」


 「ただ力を見たかっただけなんじゃない?あの人、合理的なことを考えているようん思えて、全然そんなんじゃないときあるし」




 きっとどこかでこの瞬間にくしゃみをした人物がいるだろう。




 「なあ、二人から見て佐藤隊長はどんな感じなの?」




 素朴な疑問を二人に聞いてみる。


 アラヤとしては佐藤はであってまだ数日。そこまで交流が深いわけではないが、やるときはやる人物であるというのは理解できた。とはいえ、それを打ち消しにするほどだらしない場面がいくらかあったため、アラヤよりも付き合いの長い二人にその人物像を聞き出そうと思ったのである。




 「んー」


 「んー」




 二人が考える。


 しばらくの思考の後に二人は答えを出した。




 「「ダメな大人」」




 二人の言葉は寸分たがうことは無く、タイミングも一緒という奇跡的なタイミングであった。


 二人とも感じていることは一緒のようである。




 「まぁ、でも佐藤隊長はやるときはやるんだよな」


 「そうなんだよね~。それ以外がダメダメというかなんというか」




 おおむねアラヤが思っていた感想と一緒のようで、アラヤはやはりそういう感じなのか、と心の中で呟いた。




 「でもまあ、信用できる人ではあるよな」


 「だね」




 ミハルとアサヒが見合って頷く。




 「まぁ、実力は言うまでもないし。あの人が隊長であることに不満はないよ」




 佐藤の実力。


 アラヤは佐藤の戦闘を思い出していた。


 様々な武器を使い分け、そのすべてをほぼ完璧に使いこなす技術。そしてそれを可能にする身体能力。さらに、それぞれの武器を使い分ける状況把握能力。


 この三つが卓越しているからこそなせる業である。ひとりで一つの分隊を担っているようなものであるとアラヤは感じたのだった。




 「じゃあ、もう一つ。二人は討伐隊に入ってどのくらいなんだ?」




 これもただ気になっただけの疑問。


 自身と年齢は同じ。しかし、戦歴は圧倒的に二人の方が多い。アラヤは自身との差を図ろうとしたのである。




 「俺は三年だな」


 「私は四年」


 「二人とも俺よりも大先輩だな」




 アサヒは十三歳から、ミハルは十二歳から討伐隊員の一人として戦っているということである。


 アラヤはすこし二人が恐ろしく感じた。




 「学校とかはどうしてたんだ?」


 「私とアサヒ君は対策局の附属学校に通いながら討伐隊員として働いてるんだよ。


 この時代は人が足りないから、希望すれば学校に通いながら実践経験は積めるんだ」




 血獣対策局には付属の学校が存在している。そこには獣災で天涯孤独となった小さな子供や将来血獣対策局に所属しようと考えている者、対策局に所属している者などが入学する場所なのだという。


 アラヤは、高校に入るまでは祖父母に育てられたため、




 「すごいな、二人とも」




 アラヤは心の底からそう思った。自分がただ人間として過ごしていた時期を恥ずかしく感じられた。




 「それほどでもねぇよ」


 「そうですよ。それほどでもないよ」




 そういうふたりはまんざらでもなさそうである。




 「俺も、二人に追いつけるように頑張る」


 「ふふ、簡単に追いつかせませんよ。私だって日々成長するんですから」


 「そうそう、俺らも日々努力するからな」




 二人に追いつきたい。そして、誰かを守れるように。手の届くすべてを守れるように、アラヤは本気で強くなっていこうと決意したのであった。




 「これからよろしくな!二人とも!」


 「はい!」


 「おう!」




 決意は深く、夜は更けていく。






 ***






 一人になった部屋を寂しく感じるのはアラヤにとっては久々のことであった。




 「楽しかったなぁ」




 アラヤの言葉は部屋の静けさの中に漂う。


 誰かと食卓を囲んだのは久々であると、アラヤは思い返した。


 高校に入ってからはとにかくバイトと学業で手がいっぱいになっており、誰かと食事をすることがなくなってしまった。




 アラヤは一人、寂しくなった部屋で妙に自分の頭が思考の海に飛び込みたがっているのを、ふと感じる。自分の心が寂しさを紛らわそうとした結果だった。




 多くのことが起きて、大変な一日であった。




 「疲れたぁ」




 仰向けで地面に寝転ぶ。


 冷たい床が心地よく、身体から疲れが抜けていくような心地よい感覚が体中を満たした。




 「あ~」




 意味ももなく声をだして少しでも疲れを出してしまおうと試みる。




 体の毒素が抜けて、頭がはっきりし始めたころに、アラヤは眼を開けて天井を見つめながら、思考に耽った。


 真っ白な天井が風景を思い出させるスクリーンのようだった。




 (今日は出来事が多すぎてパンクしかけたなぁ)




 今日はアラヤにとって感じることの多い一日であった。


 そして、多くのことを感じるがゆえに。




 (俺はほんとに今まで何もしてこなかったんだな)




 そう目を逸らすことのできぬ事実が壁の様に鎮座している。


 そして、今日何かをした結果として様々なことを感じた。




 久々に感じた外部からの刺激のなかでアラヤの中に強く強く焼き付いたものがあった。




 「悔しかったな」




 戦ったあの光景をもう一度頭の中で再生する。


 なにも出来なかった。挙句の果て、自身が制御できない力を借りて出ないと引き分けることが出来なかった。


 それはアラヤにとって非常に悔しく、自分が目指す理想には程遠いことであった。




 「強くなりたい。いや、ならなきゃいけない」




 この悔しさを二度と繰り返してたまるものか。アラヤの胸に刻まれた決意は悔しさをもってさらに強くなっていく。




 ただ、どうやって強くなろうか。




 それだけがいまだに考えても思いつくことが出来なかった。


 技術、戦術、武器の扱いなどは、佐藤やミハル、アサヒに教わればいいかもしれない。


 だが、自分の力についてはどうすることも出来ない。自分で解決するしかないのだから。なにせ、自分が一番に発見された『半血獣』という新たな種族であるためだ。


 自分で解決すると言っても、それさえ困難な理由が或る。もしも、自分が暴走したとき、周りに被害が及んではだめだ、アラヤはそう考えていた。誰かを守るために誰かを傷つけるなんてのは、アラヤの信条に逆らっているのだ。




 「どうしたもんかなー」




 考えてみるが、まだ何も知らないアラヤはどうすることも出来ない。


 早く強くなりたいのに。アラヤはそう思うと、自分が無知であることが本当に嫌になってくる。




 「あー!埒があかねぇ」




 それほど思考を回したとて、結局は堂々巡りになってしまう。




 アラヤは仕方なく思考を止めると、立ち上がってベランダに出た。


 熱くなった頭を冷やしたくなったのだ。


 カーテンを開けて、窓を開くと、すぐに冬の寒さが部屋を満たそうと殺到した。それを侵入させてやるものかとアラヤは自分の身体が入るだけのスペースを開くと、体を滑り込ませて外に出た。


 改めて外に出るとかなり寒いと感じるが、何故か今はそれが心地よくも感じた。




 「はぁー」




 吐く息が白く染まって、夜の空気に消えていく。


 ベランダの腰壁に手を置いて外を眺める。


 何か温かい飲み物でも持ってくればよかったと少し後悔しつつも景色を眺める。


 美しい眺めだった。人びとがその場で生きていることを証明しているかのような電灯は、キラキラと輝いていて、地に満天の星が降りてきたようである。




 この光景を守りたい。アラヤはそうつくづく思う。


生きているのだ。いつ、自分が死ぬかもわからない恐怖で怯えながらも、それが日常になりつつある、狂った世界で、人々は必死で生きているのだ。


アラヤはいまだ、力がない。


 それでも、自分の手の届く範囲の人間は救いたい。それがアラヤの願いであり、エゴなのだ。


 まだ、願いの類であるその幻想をいつかアラヤは叶えるのだろう。




 (いつか、血獣を根絶してやる。必ず・・・)




 アラヤは突き進んでいく。


 災禍は加速する。


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