第11話 討伐者

「なんで血獣風情がこんな場所にいるんだ?」




 アラヤの喉元には、何時の間にか刀が突きつけられていた。


 ぴたりと皮膚からほんの一ミリ程度離された刃は、アラヤが少しでも動けばそれが死を意味することを表していた。




 「答えろ、血獣が何故ここにいる?答え方によってはここで殺す」




 冷たい声。


 そして、アラヤを殺す対象としてしか見ていない狩人の目だ。




 「何故って、俺は、討伐隊員だからだ」


 「おい、寝ぼけたことを言うな。血獣が討伐隊員?笑わせるなよ?」




 アラヤはもはや目の前の人物から信用を得ることは難しいと感じていた。なにせ、自分がとりつく場所すら彼の思考の中には用意されていないのだ。


 黒髪の奥からのぞかせる殺意のこもった黒目は、アラヤ以外の情報を排除し、一心にアラヤを見ていた。




 「冗談でもウソでもない。俺は討伐隊員になったんだ」


 「はっ。まだそんなことを言うのか?」


 「おい!やめろ!アラヤの言っていることはほんとだ!


 こいつはれっきとした討伐隊員だ!」




 アサヒが黒髪の男にそう説明する。


 だが。




 「お前ら、頭湧いてんのか?


 俺らはけ血獣を討伐する人間だぞ?


 目の前に血獣がいるんなら討伐する。当たり前のことを何故お前らはしない?


 最早そんなことすらわからないほどにぼけたのか?」




 その言葉を聞いた瞬間、アラヤは自身の中で何かが切れる音を聞いた。




 「おい。お前。俺を罵倒するのはいい。でもな、俺を信じてくれた人間を愚弄すんのはやめろ!」




 アラヤは生身の肌で刀を鷲掴みにし、自分の首から距離を離す。血が流れ落ちる。痛みがアラヤの脳で警鐘を鳴らす。しかし、そんなことアラヤが止まる理由にはなりえなかった。




 「本性を現したか、血獣」




 瞬時にアラヤの手のひらから刀を抜き取り、構える。


 騒ぎは波及し、先ほどよりも多くの隊員たちがアラヤと男の方を見ている。




 「俺は血獣じゃねぇ。半血獣だ。ちゃんと考えて感じて何かを思ってる。人間の部分を持ってる!」


 「だからなんだ。半だろうが、血獣は血獣だ。人類に害を為す化け物だろ」




 アラヤの感情はいつになく怒りによってその昂りをを見せる。




 「いままここで俺が討伐してやる!」




 そう言うと、いきなり仕掛けてきたのは男の方だった。


 彼の着る隊服に真っ赤なラインが全身に走り、淡く発光する。


 それはアラヤも見たことが在る。


 血獣にさえ届きうる身体能力の向上を発生させる身体能力強化システムの光だ。




 男はまっすぐにアラヤに肉薄する。


 その速度は乗用車など超えているだろう。


 普通、いくら強化システムがあったとて、使用者本人の能力が足りなければ乗用車以上の速度を出すなどという業はできない。


 つまり、男は鍛え抜かれた強者であるということだ。




 「ふっ・・・!!」




 短い息を吐きながら男は刀を振るった。何もしなければアラヤは攻撃を受けてしまうだろう。しかし、そうはならない。


 アラヤは人外の動体視力と反射速度で冗談から振り下ろされる刀をなんとか回避する。


 しかし、攻撃がこれで終わることなどない。


 


 流れるように、避けたアラヤを追う軌道で刀を切り返して二撃目。


 これもなんとかバックステップで回避。




 今度は一度持ち直し、左から横に一閃。


 それを地面に伏せることで回避。しかし、それは悪手である。




 「・・・がっ」




 伏せたその顔面に強烈な蹴りが放たれる。アラヤの顔面が蹴り飛ばされ、大きく吹き飛んだ。


 吹き飛んだアラヤを逃すほど男は甘くない。




 アラヤは口に鉄の味を感じながらすぐさま立ち上がる。


 そして、状況を把握しようと顔を上げるとそこにはすでに拳が迫っている。




 「ぶっ・・・!」




 ごり、っと嫌な音が自分の鼻からしたのを感じ、その次の瞬間には痛みが脳を貫く。


 しかし、それに鎌をかけていると斬られて死ぬ。そんなことはアラヤも理解している。




 バックステップで距離を確保し、鼻の付近に手を当ててみる。そして、その手を見てみると、びっしりと真っ赤なものが付着している。




 アラヤはすでに大量の血を流していた。




 初めは刀を握り、深く切りつけられることで血を流した。


 次は顔面を蹴られ、殴られ、顔のいたるところから血を流した。




 意図せずして条件は整った。




 アラヤが両手の拳に強く強く力を込めた。すると、そのその意志に応じて、血液は励起する。


 黒く黒く、深く深い。夜をその手に下ろしたかのような漆黒と鮮やかな血を混ぜて作られたような色が、アラヤの腕を覆った。その本質はやはり血であり、常に流動している、


 爪は刃の様に鋭く、肌は固く、内に込められたエネルギーは計り知れない。




 「ついにその姿を現したな、化け物」




 アラヤに向けられる殺意の濃度がさらに濃くなる。




 すでにアラヤ達の周りは多くの隊員達で囲まれ、簡易の闘技場となっていた。




 視線はすべてがアラヤに向けられていると言っていいほどであり、誰しもがアラヤが血獣である事を理解した。




 「化け物じゃない」


 「戯言を、言うな!」




 ドン、とおおよそ人が踏み込んだ時に出るはずの無い音がし、地面が炸裂する。


 その衝撃を発生させた本人は異常な速度にて、アラヤに肉薄して見せた。




 先ほどよりも早いのは移動速度だけではない。


 振り下ろされた刀の速度も先ほどとはくらべものにはならない。




 だが、ギアを上げたのは男の方だけではなかった。


 一段階レベルが上がった動体視力は男の行動を見切り、次の行動の最適解を思考する。




 斜めに振り下ろされる刃はアラヤの胸部を切り裂かんと迫る。その刀を受け止めるは悪魔を彷彿させる黒腕。


 両者がぶつかり合った瞬間、互いの武器から火花が散る。




 このままつばぜり合いをしたところでいずれはアラヤが勝つことになる。なにせ人外の力を持つのはアラヤであるからだ。




 「ふっ・・・!」




 男は腕から離した刀を瞬時に攻撃への軌道へと転じさせる。今度は逆側からの軌道で刀を振るう。


 だが、其れはアラヤも見えた。そして見事反応して見せる。


 だが、いくらパワーで勝ろうと、技がなければ宝の持ち腐れ。アラヤは発現していまだ三日目のその力を扱うに至ってはいない。ただ、血液を纏った拳を防御とパンチに転用するだけである。




 対して、男は技があった。


 早く、強く、そして鋭い剣技は、アラヤを圧倒する。




 アラヤは再び男の刀を受け止めた。


 だが、次の瞬間には胸を浅く切りつけられる。




 「?!」


 「ちっ・・・。踏み込みが足りなかったか」




 男がしたことは単純、アラヤが刀を受け止めた瞬間、次の行動にてアラヤの胸を切り裂いたのだ。


 アラヤが反応するとわかっているからこそできたこと。


 相手の技量を把握し、その反応異常の速度で剣を返す。強化システムを使っているからとは言え、並々ならぬ鍛錬の賜物であるということは理解できる。




 男とアラヤは激しく打ち合う。


 そのなかで着実に傷を負っているのはアラヤの方だった。


 なにせ、攻撃に転じることが出来ない。ただ防御をするだけである。しかし、その防御さえも技によって崩されていく。




 (まずい、このままじゃ殺される!)




 「どうした!?半血獣なんてはったりか!?」




 アラヤが苦しそうなのに対し相手は余裕の笑みを浮かべている。




 「くっ・・・!」




 流麗な動作で放たれる剣技が怒涛の勢いで迫り、アラヤの口から苦しい声を吐き出させる。




 アラヤは上段から振り下ろされる攻撃に対し、クロスした両腕で対応しようとする。しかし、それをあざ笑うかの様に、攻撃はキャンセルされ、筋力強化システムにより強化された蹴りがアラヤの鳩尾を打ち据える。




 「ごはっ・・・」




 肺を下から押し上げる形で圧迫され、強制的に空気が外へと逃げだす。




 勢いのまま数メートル吹き飛ばされ、思わず腹を抑える。




 死が迫る。




 男の振り上げた刀はアラヤを滅さんと殺到する。




 「死ね。化け物」




 (対応できない。


 腕は?間に合わない。ほかに手は?ない。




 死ぬ?


 だめだ、此処で誰かに殺されるのはただの無駄死にだ。




 死ねない。死んじゃだめだ!




 何かできないか?何か何か何か!




 攻撃、来る、刀、まっすぐ・・・)




 思考とも言い難い情報の羅列が頭を駆け回る。その中で何か相手を打倒する方法を探すが、そう簡単には浮かばない。




 「あ」




 (死ぬ)




 最早、死を受け入れるしかできない。




 その中で、アラヤのケモノとしての生存本能はあきらめてはいなかった。




 「・・・なっ!!?」




 アラヤの身体から血液があふれ出す。


 アラヤもろとも男の身体を飲み込まんとする勢いであふれ出した血液は、男の身体をいとも簡単に吹き飛ばした。




 「これは・・・」




 アラヤには理解の及ばない領域にて、主人の命を守ろうとする本能。その一端があふれ出した結果だった。




 「まだ、こんなモンを隠しやがったのか。血獣風情が」




 片膝を立てた状態で地面に着地した男はアラヤを睨みつける。


 アラヤは自分に何が起きたのか理解できなかった。


 ただ一つわかるのは自分がコントロールしたものではなく、勝手に発動し、結果アラヤのことを救ったという事実だけだ。




 なにが起きたのかを理解しようとしても、時は待ってくれない。




 「ちっ。使いたくはないが、いいだろう。見せてやる。




 『血装励起』!」




 立ち上がり、構えるのではなく、だらりと刀をさげた男の声が静かな辺りに響いた。




 「おい!まて!『血装励起』なんて使ったら本気でアラヤが死んじまうぞ!」




 叫んだのはアサヒだった。


 血装励起。それは封じ込められた血獣の力を開放する、対血獣決戦機構である。




 「あ?俺はこの血獣を殺そうとしてんだよ。何勘違いしてんだ?馬鹿か?」




 叫ぶアサヒに対し、男は顔だけを其方へと向けて冷たく言い放った。


 そして、再び視線をアラヤへと戻すと。




 「行くぞ」




 アラヤは身構える。それと同時に、アラヤも体全身に力を入れた。




 「アラヤ!」


 「アラヤ君!」




 (肌で感じる。びりびりって感じだ。何にも武器は変化してないけどなんかやばいのはわかる。


 俺も本気で向かった方がいんじゃないか?


 でも、あんな威力のを人に叩き込んだら・・・)




 アラヤの葛藤など誰にも届くことは無い。そして、無情にもアラヤを置き去りに、時は進む。




 男は動き出した。




 (くそ!手加減して打てるか?いや、出来なきゃやばい!できるかできないかなんて今は問題外だ。やるしかない!)




 両者の地面を抉る音が響き、二人が高速で前進する。




 二人がもうすぐぶつかり、決着がつく。


 その時だった。




 「「『血装励起』」」




 二人の人物が背中合わせで、アラヤと男の間に割り込んだ。


 片や、飄々とした声。方や関西弁がなまった声。アラヤ達ではない二人も血装励起を行った。




 「「!?」」




 二人は止まれない。誰もが二人が巻き込まれる。そう思った瞬間。




 「はーい、おしまい『太刀』」


 「終いや『水簾』」




 割って入った片方の人物である佐藤は男の刀を自身の武器を変形させた太刀で受け流し、その力のベクトルを下へと逃がす。


 もう片方の、関西訛りのある人物はアラヤのエネルギーを手甲を使って地面に逃がす。




 同時に地面に叩きつけられたエネルギーはすさまじい音となり、辺りに爆風をまき散らしながら地面を大きく爆散させた。




 先ほどの喧騒が嘘であったかのように、あたりには静けさが満ちた。


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