第10話 刃は首に

「なぁ」


 「ん?」


 「ほんとに俺といっしょにいて大丈夫なのか?」


 「なんで?」




 アラヤの疑問にアサヒが疑問を返す。本部内の案内中の一幕だった。




 「いや、だってさ、おれ、半分血獣よ?怖くねぇの?」


 「んー。そもそも、なんで襲ってこないやつを怖いって思うんだ?」


「血獣って怖いだろ?それが目の前にいて、そんでいつ襲ってくるかわかんないだろ?」


 「いやいや、血獣なら人を見た瞬間襲ってくるでしょ。アラヤはフツーに話してんじゃん。人と同じだべ。


 あと、アラヤからはなんか面白そうな感じがする。わくわくが肌で感じ取れんだ」




 そう言い切ったアサヒが笑顔でアラヤに笑いかける。


 アサヒの言葉は決してアサヒが考えて言ったものではなかった。ただ率直に、自分が思った、感じたことを言っただけ。


 それでも、アラヤはその言葉をうれしく思った。最後の方は少しわかりかねたが。




 「そうですよ。面白いとかはともかく、アラヤさんは怖くないんです。だから私たちが傍にいるんですよ」


 「ありがとう、ミハルさん」




 声をかけてくれるミハルにもアラヤは感謝している。ベッドに拘束されていた時も、その後一緒に引っ越しの手伝いをしてもらった時も、今朝佐藤と一緒に呼びに来た時も、すべての行動において、ミハルには恐怖を感じなかった。


 それだけで今のアラヤはうれしいことなのである。




 「というか」




 むすっと、ミハルの頬が不機嫌をため込んでふくらむ。




 「なんで、同い年なのに、アサヒ君にはタメ語で私は敬語なんです?私の方が長くいるのに~」




 どうやら先ほど少し不機嫌な様子を漂わせていたのはこれが理由だったらしい。




 「えーっと、あったときからずっと敬語でしたし、ミハルさんもさん付けで名前をよんでいたので・・・」


 「じゃあ、これからは敬語は無しでお願いします。さん付けも無しです」


 「わかりま・・・、いや、わかったよ。改めてよろしく、ミハル」


 「はい!よろしくお願いします、アラヤ君!」




 そうして、仲の深まった三人は並んで本部内を歩いて行くのだった。








 「ふー、やっぱり広いな、血獣対策局本部は」


 「まぁな。全然回ってないとことかあるし、其れ含めるとまだまだ広いぜ、此処は」


 「だね~。私も本部を歩くの久々だけど、やっぱり広いですね~」




 三者とも同じような意見を吐く。それほどにこの、血獣対策局本部という場所は広いのだ。




 「とりあえず、次が最後だな。ま、いままで見てきた中で一番広いのはここだ」


 「そうですね、ダントツでここが広いです」


 「そんなに?」




 一体どんな場所なんだ?と、疑問が浮かび上がったが、それが解消されるのはすぐであった。




 「そんなに広いのが、ここだ」




 アラヤ達は一つの自動扉の前に立っていた。


 ほかの部屋の扉とは違う、大きな扉。


 重厚で、かなり多くの人間が出入りしているのが見て取れた。




 「総合訓練場だ」




 アラヤ達はその場へと足を踏み入れる。




 広々とした空間。


 体育館をそのまま何倍にも大きくしたような姿で、二階には観客席のようなスペースが、そして一階部分には広大なスペースがあり、九つに区切られている。




 「ひっろ」




 目を大きく見開いてそう言うのはアラヤだ。


 アラヤはいままでの人生でこれほど広大な屋内スペースを見たことがなかった。


 広い。その感想を抱かせるには十分なほど広い。




 「ここだけじゃない。他にもいくつかこれよりもちっさい規模の訓練所があったり、ほかにもいろんな施設がめっちゃあるんだぜ」


 「マジか」


 「まあ、私たち討伐隊は言ってしまえば強さが一番必要なことですからね」


 「ああ、俺たちはヒーローじゃ無い。ただ、命を刈るための討伐者だからな」


 (かっけぇ)




 二人の眼には確かにプロの討伐者の意識が宿っている。


 アラヤはそれを感じ、改めて二人のことをかっこよく思えたのだった。




 「下降りてみるか。隣接してる施設とか見て回ろうぜ」




 下の方を指さしながらアサヒは言った。それに二人も同意し、三人はそろって演習場に降り立った。




 「いざ、下に立ってみるとこれまた広いな」




 アラヤの感想通り、視点が地面と近くなるとその広さは尋常ではないことがわかった。縦は五百メートル、横は七百メートルほどある。数字だけでも広さがうかがえるレベルだ。それほどの施設を地下に建設できたのは間違いないく、技術の進歩ゆえであろう。




 「てか、人もすげぇいるな。みんな訓練とか、模擬戦闘とかしてる」


 「ここは普段隊員なら自由に使えるからな。足元にあるラインあるだろ?正方形に区切られてるやつ、それぞれその一角を使って訓練してるんだ」




 アラヤがそう言われて視線を向けると、地面にはラインが引かれており、二十メートル四方の正方形を形成していた。




 「俺らも普段はここで過ごしてることが多いぜ」


 「そうなんだ」




 そこらじゅうで金属がぶつかり合う音がしている。その光景をみて、すこしアラヤは圧倒されていた。




 「すげぇ」


 「でしょ?」




 少し得意そうにミハルが言った。




 「アラヤもこれからここで鍛錬を積んでいけば強くなるさ」


 「がんばる・・・!」




 決意を硬く、そう言うアラヤをほかの二人は期待を込めた眼差しを向けた。




 三人がしばらく訓練場でその様子を見学していると。




 「あれ?アサヒじゃん」


 「うっす」




 アサヒがアラヤの見知らぬ人物に話しかけられた。


 身長は三人より高く、がたいもかなりいい。背には大きなハンマーが背負われており、彼も討伐隊員の一人であるということがわかる。




 「ミハルちゃんもやっほ」


 「どうもです」




 どうやらミハルとも知り合いの様だった。


 そんな人物がアラヤの方を見る。




 「あれ、君みたことないなぁ。大体の討伐隊員は顔覚えてるけど、俺の記憶違いか?」


 「あー、シンタロウさん、こいつは新人のアラヤです」




 シンタロウとアサヒに呼ばれたその男性はアラヤに興味を示したような視線を向ける。




 「この時期に新人ねぇ。君もしかして訳アリ?」




 (さっきの挨拶の時もそうだけど、この時期の新人っていないのか?)




 「とりあえず名前は?」


 じっと威圧感のある目で見られながらも、アラヤは口を開く。




 「香月アラヤです」


 「アラヤ君ね。俺は討伐隊、第八部隊、鈴木シンタロウ。よろしく」




 差し出される手をアラヤは握り返す。


 大きな手だった。そして、マメだらけの手だった。その手からは歴戦の勇士の風格を瞬時に感じ取らせるほどのすごみがあった。




 「これから生き延びて強くなって行ってくれ」


 「はい!」




 アラヤが返事を返すと、シンタロウはアラヤからは一度視線を外し、アサヒの方を見た。




 「で、この子ナニモノ?」


 「それはっすね・・・」




 視線を泳がせて何か別の言葉を探しているのだろう。アラヤが半血獣だと言うと、アラヤが傷つくとアサヒは感じているのだろう。


 しかし、今のアラヤには信じてくれる人間が数人いると言うだけで心強い。


 そして、その信用し、気遣いまでしてくれる友人を困らせたくはないと思った。




 「半血獣です。半血獣の討伐隊員です」




 言い切った。


 やけに響いたのは、その場が静かになったからだろう。


 辺りにいた隊員はアラヤの言葉を聞いたのか、行動をとめて、アラヤの方を見入っている。




 「半血獣・・・。君がか。噂には聞いていたよ。前代未聞の半血獣がまさかの対策局に入ったって」


 「そうだったんですね」




 アラヤはやけに冷静だった。それは近くにアラヤを信用してくれる人物がいたからだろう。




 「いい眼だ。俺はそこの二人と同じように君を一隊員だと思って行動するよ、改めてよろしく、アラヤ君」


 「はい!よろしくお願いします」




 ひとまず信用してもらえた様子を見て、アラヤは少し安心する。


 しかし、周りの隊員達は状況をうまく呑み込めてはいないようで、アラヤの方を半信半疑と警戒を混ぜたような視線を送っている。




 「半血獣?」


 「あんな奴が?」


 「噂では聞いたけどな」


 「血獣なの?人間なの?」




 などなど、ざわざわと会話が少しづつ聞こえてくる。 


 どうしたものかと、考えつつ、とりあえずアサヒの方を見て。




 「ごめん、隠してくれてたけど、正直に言っちゃった」


 「アラヤがそういう選択をするんなら俺らは止めねぇよ」


 「ありがとな、隠そうとしてくれて」


 「気にすんな。ダチのことを考えるなんて当たり前だろ?」




 にっこりと笑うアサヒにアラヤはわずかながらに元気をもらう。




 「ありがとう」




 もう一度感謝を述べて、アラヤもアサヒを笑顔で見返す。




 そして、その時だった。




 「なんで血獣風情がこんな場所にいるんだ?」




 アラヤの喉元には、何時の間にか刀が突きつけられていた。


 ぴたりと皮膚からほんの一ミリ程度離された刃は、アラヤが少しでも動けばそれが死を意味することを表していた。


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