第8話 面接

 夢を見た。


 また、あの夢である。


 煌びやかな宝石達は自己を主張するようにきらきらと光り輝いている。


 それに目を奪われているのは幼き日の香月アラヤだ。


 いつもの流れ。いつも通りに小さなアラヤは自信が既に十七であることを覚えてはいない。そもそも、この空間がどのような空間であるのかさえも判断できていない。夢を夢だと認識できていないのである。


 そんな中でアラヤはそれを不思議とは思うことなく宝石を手に取り始める。




 「わぁ」




 アラヤは感嘆の声を上げる。


 目を輝かせ宝石を眺めて、手に取り、そして遊ぶ。無邪気に、不思議にな空間に目もくれず、遊ぶことを心の底から楽しむ。


 ここまでの流れはいつも通り。何一つ変わることのない夢の光景だった。




 はずだった。




 「なんだろ?」




 幼きアラヤが違和感を抱く。


 その視線の先には自身の腕。しかし、その様相は普通の自身の腕とははるかにかけ離れた姿になっていた。


 深く、深く、まるで夜をそこに落としたかのような黒がアラヤの腕を覆っていく。それはまさに、血獣になったときの姿だった。




 「わ、わわ」




 肘から爪の先を徐々に覆っていく腕は、異質でありながらもアラヤには嫌悪感をいあ抱かせるものではなかった。


 やがて爪の先まで黒で染まり切ると、次はその掌から真っ赤な血液があふれ出す。


 痛みは無い。苦痛もない。何も感じてはいない。ただただ流れ出していくその血液は、急激に真っ白な地面を覆いつくしていった。




 宝石たちは流され、地面の端にまで至った血液は次から次へととめどなく流れていく。それは止まることを知らないかのようにアラヤの手のひらからあふれ出ている。




 その光景に、恐怖などは一切感じないが、代わりに戸惑いがアラヤの思考を支配した。




 そして、さらに変化は起きる。




 血液が躍動する。




 まるで絨毯を裏返すかのように、津波が押し寄せるように、血液は明確な意思を持ってアラヤに殺到した。


 敵意ではない。殺意ではない。


 あふれ出た力がアラヤという宿主を守護せねばと殺到しているのだ。それは一種の帰巣本能のようなもの。アラヤには制御し得ようもない、ただ純粋な意思の塊。




 それは、アラヤの死をもって制御されるのだ。








 「・・・はっ!」




 体が勢いよく跳ね上がる。


 心臓が大きく拍動し、力強く血液を運ぶ。


 背中は冷や汗によって洪水が起きそうな勢いである。




 「なんだったんだ・・・。いつもと違うぞ」




 目覚めとしては最悪の部類だった。


 今までとは違う夢。


 十年間見てきたものと分岐したのは今回が初めてのことだった。




 奇妙な夢はアラヤの記憶に深く刻み込まれ、離れることはない。それほどにアラヤにとっては衝撃的なことであった。




 「はぁ」




 息を大きく吐き、身体にたまった暗いものを一気に吐き出す。


 すると、少し恐怖は落ち着きを見せた。




 「飯食うか」




 アラヤは人であった頃と変わらない朝のルーティンを始める。


 それは人ならざるものでありながら、人であることを証明する自己肯定でもあるのだ。




 そして、アラヤが朝食を食べ終わり、その片付けを始めようとしたその時、静かな部屋に電子的なインターホンの音が鳴り響いた。




 「はーい」




 アラヤは外にまで聞こえるように、自身の存在を知らせるとそそくさと扉の前に駆け寄った。


 ドアノブをひねり、ドアを引くと、抵抗はなく蝶番が鳴くことも無く扉が開いた。




 「おはよぉ、アラヤ君。朝早くからごめんね。起きてくれていて助かったよ」




 アラヤの視界に映ったのは堀の深いイケメンな40代男性のイケメンだった。




 「おはようございます。佐藤さん」




 佐藤は隊服を着ている。それを見て、アラヤは私的に会いに来たわけではなさそうだと考えた。




 「おはようございます、アラヤさん」




 佐藤の隣、佐藤の後ろから顔を出して挨拶をしてきたのはアラヤと同年齢の可憐な少女、ミハルである。


 ミハルも佐藤同様、隊服を着用しており、二人ともが隊服を着ていることにより、アラヤは自身の考えが正しいことを確信する。




 「本部から招集がかかったよ。君を指名でね」




 単刀直入に述べられたその言葉にアラヤは少しの警戒を覚える。目の前にいる佐藤達に対してでは決してない。アラヤの思考の中に渦巻くのは、アラヤを監視している機関。『血獣対策局本部』である。




 アラヤは、その存在そのものが特殊であるがゆえに、監視を敷かれながら限定的な事由が保証されている。しかし、その存在は『血獣対策局』の意向により、亡き者にされるのか、生かされるのかが決まる。


 自身の生殺与奪を握っている機関からの通達ともなるとアラヤが否応なく警戒の色を思考の海に漂わせてしまうのは是非ないだろう。




 「すぐに準備を済ませて出られるかい?」


 「あ、はい」




 少し戸惑いを隠せないながらも、アラヤはすぐに部屋の中に戻り、支度を済ませた。


 ドアを出る前に、アラヤは軽く深呼吸をして、外に出る。




 「すみません、お待たせしました」




 三人は、並んで本部の方まで歩き出した。


 




 「わかりました・・・。何を言われるんでしょう」




 アラヤは意を決して佐藤に尋ねる。


 佐藤は眼を閉じ、首を横に振りながら言う。




 「それはボクにもわからない事なんだ。なにせ、お呼びになっているのは本部局の幹部と局長だからね」




 アラヤの心臓はこの時より、大きく拍動し始める。


 一体自分にどのような用があるというのだろう。という風に思いながら、同時に聞かなければよかったと後悔の念も生まれる。




 「幹部と、局長・・・」




 うわ言の様にアラヤは呟く。もはや緊張で心臓がつぶれるのではないのかと思うほどに拍動が早くなっている。




 「そんなに緊張しなくてもいいよ。君を悪いようにしたりはしない、はず」




 そういう佐藤はアラヤを見ずにあさっての方向を見ている。


 それをみて、アラヤはすさまじく不安に陥ってしまう。




 「隊長、局長ってどんな人なんですか?」




 ミハルが佐藤に問う。




 「んーそうだなぁ」




 佐藤が顎に手を当てて考えている。


 その様子を見るに、佐藤は局長と面識があるようだった。いまは、局長の人物像を言葉で言い表そうと頭をひねっているのだろう。


 考え終わったのだろう、佐藤が口を開く。




 「雲みたいな人間?かな」


 「雲?」


 「そ、雲」




 ぴんと指を天に向けて佐藤はそう言った。


 


 「それは、掴みどころのない人ってことですか?」


 「ちょっと違うかな」




 アラヤの中で疑問が深くなる。




 「まあ、あってみたらわかるさ」




 アラヤは不安を抱えながら、本部まで歩いていくのだった。






 ***






 彼は偽る。


 彼は憚る。


 彼は騙す。




 彼の在り方はそうすることにより「もう一つの人生」ともいえる数奇な人生を送っている。




 彼は善人だ。


 限りなく多くの人を救おうと、これからの人類の存続を願って今日も彼は生を全うする。彼には戦う力がなかった。だが、彼には考えるだけの頭があった。故に彼は王座にて自身のすべきことを全うする。




 彼は偽る。


 彼は憚る。


 彼は騙す。




 そうして、今日も彼は『ジブン』というものを確立させているのだ。




 彼の人生は偽りでできている。






 ***






 コンコン、と子気味よくノックされる音が室内に響いた。




 「どうぞ」




 静かに響いた声は今にも消え入りそうなほど儚く、しかしその存在を確かに響かせ、美しく室内から室外へ、目的の人物へと届けられた。


 ガチャリ。小さいはずの音が部屋の中に響いたのは、あまりに室内が静かであったためだろう。




 「失礼します」




 現れたのはごく普通の少年。


 その姿には何の変哲もなく、ただの高校生といった印象を発していた。




 「座って」




 物腰柔らかく、そして包み込むような声で少年の真正面に座る人物は言う。




 「は、はい」




 少年は緊張しており、上ずり気味な声で返事を返す。たどたどしく座る姿からも緊張の度合いがうかがえた。




 「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ」




 優しい笑みを浮かべたまま包み込むようなこえを発する。




 「は、はい」




 それでもなお、少年は緊張を解くことが出来ていないようだった。


 まじめな性格なのだろう、と男は思った。




 「それじゃあ、先ずは自己紹介からさせてもらおうかな。


 俺は、カルミア・ゼラニウム。『血獣対策局』その局長を務めてさせてもらってる」




 男であるが、その肌や髪の色の白さゆえに、まるで白いユリのようなつつましい綺麗さを持つカルミアは、その表情を笑顔で絶やすことなくアラヤに向かってほほ笑む。




 この部屋の中に存在しているのはカルミアとアラヤだけではなかった。


 ピシッとスーツを着こなし、眼鏡を掛けた黒髪オールバックの人物が一人、声を始めて発した。




 「私も自己紹介を。


 私は日野ヒロカズです。『血獣対策局』討伐部隊総隊長を務めております、よろしく」




 アラヤは二人の自己紹介に対して、頭を下げる。


 そして、少しの間を空けた後、自己紹介をはじめる。




 「香月アラヤです。


 えっと、十六歳です。よろしくお願いします!」




 すこし勇気を出して声を大きめに、アラヤはそう言った。


 それを満足そうに頷いて、カルミアは口を開く。




 「よろしく、アラヤ君」




 お互いの自己紹介が終わる。そうすると、少し部屋の中の空気が変わった。そうアラヤは感じ取れた。


 カルミアは、アラヤの本質、性格を見抜こうと観察を始める。


 実を言うと、入ってくる前からそれは始めていたのだが、目の前に相対して観察し始めるのとでは全くものが違うのである。アラヤが感じ取った空気の切り替わりは、こカルミアの相手を観察するために集中し始めたことによるものであったのだ。




 「それじゃ、早速色々聞かせてもらおうか。その後に僕たちから伝えたいこととか、そういうのを君に言うね」


 「はい」




 ごくり。やけに乾いた喉をこじ開けるかのように、飲み込んだ唾が流れ込んでくる。つっかえるようになかなか下にまで下がらない唾液が鬱陶しく感じる。




 「じゃあ、先ずは私から」




 そう言って名乗りを上げたのはヒロカズである。




 「アラヤ君。君はいつ、その体になったのかな?」


 「えっと、たぶん、三日前の夜に血獣に襲われて、一度死んで、目が覚めたら半血獣になってました」




 ふむ、と一瞬考えたあと、ヒロカズはさらに続けた。




 「たぶん、ですか。なにか心当たりのある事がほかに?」


 「俺は、ちょうど十年前に獣災に合ってます。その時の記憶が曖昧で。もしかして、と考えたりはしました。


 ですが、この胸にある赤い宝石はいままで生きてきた中ではありませんでした」


 「そうですか。となると、確かに三日前の獣災で半血獣になったと考えるのが妥当ですね」




 すこし息をほっと吐いた。自身の言葉が信用されていることにアラヤは安心感を覚えたからだ。




 「じゃあ、続けて。君の力はコントロールできますか?」




 対策局としては、これが一番重要なことだろう。


 それを理解しているからこそ、アラヤは半端な答えではいけないと考える。




 「はっきり言って、わかりません。力を使ったのは一度だけですし、次に使って制御できるかはやってみないとわかりません」


 「なるほど。でも、使おうと思えば使えるのですよね?」


 「はい。感覚として使えそうであるのは感じてます」


 「わかりました。じゃあ最後に。君は人類の味方ですか?」




 アラヤの心臓は不意に大きく跳ねあがる。


 アラヤ自身でも問いたい質問を他人から突き付けられることはかなり驚いた。


 しかし、当然の質問だ。なにせ、此処は人類を存続させるための機関であるのだ。




 「それは・・・」




 アラヤは口ごもる。


 それを見て、ヒロカズは冷酷な視線を向ける。


 早く言え。それをそのまま体現して見せたかのような目だった。




 「どうかしましたか?」




 レンズの奥からのぞかせる目がアラヤには異常に怖く思えた。




 そして、プレッシャーの中、やっとの思いで絞り出された言葉は。




 「俺が、人類の味方であるか、というのは、断言できません」




 音は無かった。


 異様なほど静かな室内に変わりは一切なかった。


凪いだように静かな室内。


そして、アラヤの首に突き付けられたナイフ。




「っ・・・」




たらりと額から頬にかけて冷たいものが滴った。


アラヤを見上げるようににらみつけ、ナイフにわずかながらの力を込めてヒロカズは言った。


ナイフの先が込められた力に従い、肉を割いた。生ぬるい感触が首を伝う。




「断言できない、ですか。訳を聞いても?」




 その言葉の続きをアラヤは聞かずして理解した。


 言葉によっては殺す。




 「俺は、人間じゃなくなりました」




 アラヤは半分やけくそに、もう半分は覚悟を持って、確かにヒロカズを見つめながら言葉を一言一言大切に紡いでいく。




 「俺の身体は明確に人間ではなくなりました。それは自分でも認めています。


 だから、俺は自分自身がわかり切ってはいません。自分がナニモノであり、どういう生物なのか。


 もしかしたらいつの日か、意図せずに誰かを傷つけてしまうかもしれない。


 その時、俺は明確に人類の敵とみなされ殺されるでしょう。


 俺は自分を理解しきってはいない、だから完全に人類の味方であるとは言い切れません」




 紡ぐ言葉にだんだんと力がこもり始める。


 それを一切の反応もせずに室内の者は聞いている。


 二人とも、アラヤのこれから発する言葉に耳を傾け、裁定しようとしているのだ。




 「だけど、俺は体が人じゃなくなっても、心は人です。


 誰かを守りたい、誰かを救いたい、その願いをかなえるために人ならざる者としてでも生き返りました。


 この言葉に偽りはない!


 もし少しでも偽りだと思ったのなら俺をこの場、この瞬間に殺してください!」




 言い切った。


 今の正直な言葉を、いま出せる範囲内で。




 「いいでしょう。君を信用します」




 そっと、首にあてられていたナイフが離れる。




 「君に傷をつけてしまいました。それは謝罪を」


 「あ、いえ、全然大丈夫です」




 深々と頭を下げるヒロカズに対してアラヤが手を振って問題ないという。




 「ただ、君は一つ勘違いしている」


 「え?」


 「君は明確に人間だ。少なくとも私はそう思います。意思があり、考えがあり、願いがある。私からすれば、それはもはや人間の在り方と同じだ。そう思います。


 まあ、あなたのことをすべて信用することはできない。君が言ったこともそうですし、君が何かたくらみを持っているかもしれない。その線は消すことが出来ません。


 だが、其れは今の信頼度だ。


 これから、君が明確に人類の味方である、それを私や周りの人間、そして自分に証明していってください」




 ヒロカズははっきりとそう言い切った。


 ヒロカズはその見た目から判断できるように、誠実で真面目な人間である。


 礼節を尽くすものには礼節を、礼節を欠く者にも礼節を。ただ、礼節を欠くものにはそれなりの対応はする。きちんとした人。それが日野ヒロカズである。


 ヒロカズにとって、アラヤの言葉は真実のみが述べられている、そう思えた。なにせ、アラヤの言葉には不合理が含まれていたからだ。




 「それは・・・」




 アラヤはヒロカズの言葉の意味を確認しようと質問をしようとした。


 しかし、その言葉を遮るように、第三者が口を開いた。


 鈴を転がしたような優しい声が室内に充満する。




 「日野君はせっかちだね。いいところだけど、場合によってはとんでもないミスを招きかねないよ?」


 「すみません、すこし感情が前にでました」


 「珍しい。彼はそうするに値する人間だと思うんだね」


 「はい」


 「そっか。じゃあ、俺からも質問させてもらっていいかな?」




 視線をヒロカズから外し、カルミアはその蒼き瞳であらやを見た。




 「君は何を守りたい?何を守りたいがために人外になってまで生き返ったんだい?」




 優しい眼。しかし、言葉にはアラヤの本質を見抜くための仕掛けがある。


 アラヤは瞬時に思考した。


 自分は何を守りたいのか。それは、アラヤが目をむけていなかったものであり、大事なことであるとはわかっていたが、無視し続けていたものだった。




 「俺が、守りたいもの」




 『誰かを守れる人間になりなさい』。アラヤの中に、母の言葉が浮かび上がる。それは、人ならざるものとなったアラヤの根源でもあり、悩みを生む種でもあり、アラヤを突き動かす呪いのようなものである。


 この言葉に、明確に誰かを守らなければいけない等の意思はない。伝えられてはいない。


 アラヤにかけられた言葉には制限は無く、とらえようはいくらでもあった。




 人間を守る。生物を守る。環境を守る。住む場所を守る。




 守るというアラヤの目的には具体性がない。


 アラヤがその具体性をつけることを無視し続けていたのは、一つの理由があった。




 具体性は行動や目的を狭めてしまうことなのだと。




 アラヤはしっかりと意思をもって言う。




 「俺は、自分が守れるものすべてを守りたいです」




 それはいまだ物語の始まり。


今は蛮勇であり、愚かな夢物語、戯言であると一蹴されるべきもの。だが、誰しもそれが始まりなのだ。


 アラヤは一歩を踏み出したのだ。たとえ、それがヒトならざる者になろうとも。




 「そうか」




 静かに言葉は響く。




 「生半可な覚悟じゃないか?」


 「違います」


 「君の選ぶ道は、終わりのない茨の道だと、自分で理解はできているのかい?」


 「できてます」


 「偽りじゃないのかい?」


 「偽りじゃないです」


 「君はすべてを背負って立つ覚悟はあるかい?」


 「あります」




 繰り返される問答。


 繰り返し問われる覚悟。


 すべてにアラヤは肯定する。


 覚悟など言葉ではいくらでも言える。覚悟など目に見える形にあるものではない。


 しかし、アラヤの言葉に嘘はない。




 「そうか」




 満足したような、納得したような、そんな表情をカルミアは浮かべた。




 「君のことはなんとなくわかったよ」




 コホンとカルミアの咳払いが一つ。


 そして、再びカルミアが言葉を紡いだ。




 「ようこそ、『魔獣対策局』へ」




 その言葉がアラヤの鼓膜よりも、胸を揺らす。




 「君の覚悟はわかった。君の願いをほかでもない、君自身の手で達成してくれ」


 「はい!」




 自身の胸が熱くなるのをアラヤは確かに感じ取った。


 ここがスタートラインだ。アラヤは心の中で呟く。




 ここに、『血獣』の血を持った討伐者が誕生したのだった。




 「ふぅ、これでお堅い仕事は終わりかな?」


 「そうですね。まあ、報告通りの性格でしたし、問題は一つもなかったです」


 「ナイフ突きつけた君が言う?」


 「・・・」


 「なんかいいなよぉ!」


 「うるさいですよ、局長」




 唐突に部屋の空気が切り替わった。


 その変化にアラヤ非常に戸惑う。




 「あ、アラヤ君、もうお堅い面接は終わりだよ。後は適当に雑談といこうじゃないか!」


 「え、え?」




 戸惑うアラヤを他所に、カルミアは砕けた口調で話し始める。


 そこに冷静に言葉をはさむのは日野だ。彼はカルミアの性格を熟知しているので、これくらいのことは冷静に対処して見せるのだ。




 「局長、アラヤ君が困ってます」


 「え、あー、ごめん!俺ほんとはこういう堅いの苦手でね、あんま長く続けたくないんだよねぇ。本来の俺はこっち。もう緊張しなくていいからね」


 「は、はい」




 もはや緊張など、問答をしているうちにどこかへと姿を隠してしまっている。そのことに気が付いたのは、張り詰めた緊張が解けた今だから理解できたものであった。




 「まあ、今からは適当に俺の雑談に付き合ってよ」


 「局長、仕事は?」


 「アラヤくん、君はどんな得物を使ってみたい?」


 「おいコラバカ上司、無視とはいい度胸ですね」


 「ちょっと?!上司に向かってその口はなんだい?!」


 「あなたが上司であることが一番の悩みです。というか、上司面するんだったらちゃんと仕事してもらえます?あなたの上司面は何の説得しもないですよ。仕事しないあなたより、ティッシュペーパーのほうがまだ使えるんじゃないかって真面目に考えれますよ」


 「ひど!?でも、否定できねぇ」




  ワイワイと言い合いという名のじゃれあいをいい年した大人たちが繰り広げる中で、アラヤは雰囲気が変わった局長を見て、少しの考えを起こす。




 (この人、さっき口調だけじゃない、雰囲気というか、もはや人格がかわった!?)




 この時、アラヤは佐藤の言葉を脳内で再生していた。




 雲のような人物。それはつかみどころのない人物であるということだろう。それに加えてアラヤは、目の前の人物が非常にふわふわとした人物であると思った。


 表面なのか、本心なのか、それが本当に分かりにくい人間であるのだ。


 確かに雲のような人間で、アラヤからすれば、もはや空気のような人物であると思えた。




 「全く・・・。局長はもっと自覚を持ってください」


 「ぶぅー。お堅いのは嫌いだぞー」




 いらっと、額に血管を浮かべたヒロカズは今にもつかみかかりそうな勢いがある。それを持ち前の真面目さと理性でこらえているのだ。


 その様子を理解していながら砕けた態度を辞めていないようだ。大人げない、とアラヤは子供ながらに思う。




 そんな雑談が成されている部屋に、コンコンと扉をノックする音が聞こえる。


 部屋の中にいる者全員の視線は一気にそこへと集中することとなった。




 「どうぞ」




 今度はあくまで声だけが真面目な状態へと切り替わっているように感じられる。




 「失礼まーす」




 そう言いながら入ってくる声の主は飄々としており、いつも通りの態度を局長の前でも披露する。


 声の主というのは佐藤であった。




 「いやぁ、無事アラヤ君の入隊を決められたようで何よりです」


 「やぁ、佐藤君、君は俺たちがアラヤ君を入隊させると信じてたんでしょ?」


 「ええ、あなた達のような人たちがアラヤ君を入れないなんてありえない」


「わからないだろ?面接をしたんだ。それで僕たちが彼を落とす気になったかもしれない」


 「それはありえないと思ってましたよ。アラヤ君を信用してたので」




 佐藤とあカルミアが言葉を交わす。


 それはお互いに信頼関係を築いたうえでの会話のようであり、お互いを少し引いたところで見ているような会話であった。




 「そういえば、何の用事で入ってきたんだい?」




 アラヤも気になっていたことをカルミアが聞く。




 「外で待機はしてたんですけど、無事に終わったみたいで、雑談が始まったと思えば、ヒロカズが噴火しそうだったんで入ってきたんですよ~」


 「俺は噴火しないぞ、佐藤」


 「またそう言ってー。実はプルプル震えてたくせにー」


 「・・・うるせぇ」




 再びヒロカズが噴火しそうになっていることは言うまでもないだろう。




 「それは置いといて、アラヤの配属はどうします?」


 「んー、やっぱり佐藤君の隊がいいかな?」


 「そうですね、その方が理解できる隊員も多いでしょう。あと、こいつの隊なら間違いなく対応はできます」


 「了解―。じゃあ、アラヤ君はうちで引き取るねぇ」


 「ああ、それで頼むよ、佐藤君」


 「はい」


 「アラヤ君もこれから一隊員として頑張ってくれ」


 「はい!」




 まじめな様子はそのままにカルミアは言う。


 そこに先ほどの気楽な様子は微塵もなく、アラヤはどちらが本当のカルミアであるのかいよいよ判断しかねている。




 「それじゃ、アラヤ君と僕は失礼してもいいですか?」


 「ああ、構わないよ」


 「アラヤ君。これからたくさん苦難があるだろうが、頑張ってください。そして、何かあったらそこの馬鹿でも、私でもどちらでもいい、相談くらいはしてください」




 カルミアの言葉とは入れ替えに、ヒロカズが口を開く。


 相変わらず愛想の無い目つきであるが、アラヤにかけた言葉はやさしさに満ち溢れていた。




 なんて優しい人なんだろう。アラヤはぬくもりを感じて、目が熱くなる。




 「はい!ありがとうございます!」




 もはや人ではない自分に気をかけてくれる人の存在を改めて感じ、その期待に応えるだけの決意を硬くする。




 「それじゃ、行こうか」




 佐藤に促され、アラヤはその後ろについて退席しようとする。


 その直後。




 「ああ、最後に、アラヤ君。


 もし、君の守りたいものが際限がないんだったら、一つ道しるべをプレゼントだ」




 優しい眼。


 屈託のない笑顔。


 純粋にアラヤを思う顔をアラヤは正面で受け止めきれないことを心の中で恥じながら、アラヤはカルミアを真剣に見つめた。




 「血獣を根絶する方法を探しない」




 カルミアはそういう。


 アラヤの進む道はもはや立ち止まることのできない、無限の道である。導も無ければ明かりもない。ただ暗い荒野を危険にさらされながら歩くようなものである。


 だが、そこに一つの光終わりが示された。




 「ありがとうございます」




 具体性の無い目的は、思考を制限することなく、行動を縛ることは無い。だが、いずれその目的を見失うことになるだろう。


 だが、アラヤにかけられた言葉によって、その可能性は無くなった。




 アラヤはここから明確な目的を持ちながら行動していくのである。




 災禍は加速していく。






 ***






 「危うい子だ」




 アラヤと佐藤が去った室内で、カルミアは呟いた。


 吐息のようなそれは一人の人物を思い浮かべ、その行く先を憂うものである。




 「そうですね」




 それに賛同するのはヒロカズだ。


 カルミアの言葉に、珍しくヒロカズは同意する。




 「珍しい。俺の言葉に君が同意してれるなんて」


 「私だって、正しいと思ったことには賛同しますよ」




 カルミアの素を見ているヒロカズは、あまりカルミアに賛同することは多くない。


 今回のアラヤに対してヒロカズが賛同したということは、カルミアにとってそれなり深い内容であるということだった。




 「あの子、破滅しますよ」


 「かもしれないね。壊れ切っているはずなのに、まだ人間味が残ってる気がする」


 「矛盾ですね」


 「矛盾を抱えていることが人間らしくはあるが、それにしても命を粗末にしすぎている」


 「なんて言うんでしょう、元の彼の思想と誰かによって埋め込まれた思想が混ざりあってる感じですね。


柊隊員の話では、彼が血獣になった日の夜、彼は一度は退避したと聞いてます。そして戻ってきた。彼をもう一度獣災の現場に舞い戻らせるだけの何かがあったのでしょう。


それが外部からの何かかもしれない」




 二人は思考する。


 半血獣と成り果てた一人の少年に対して。そして、それらが巻き起こすかもしれないこれからの未来について。




 「アラヤ君は監視するほかに少し気にかけてみようか」


 「そうですね。重要な戦力でもあり、彼はひとりの人間ですから」


 「ああ」




 カルミアの頷きが静かな部屋に溶けて消えた。




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