第7話 よろしく

「それじゃ、行ってくるよ」




 佐藤はちらりとアラヤ達の方を振り返り、そういった。その眼にはやはり優し気な笑みが浮かんでいるが、考えていることは眼の前の獲物を刈るという意識、其れだけだ。




 「ご武運を」




 佐藤は血獣に向き直る。




 眼前のケモノはいまだにこちらに気が付かない。




 佐藤は一騎打ちを好む性格ではない。というより、自身よりも体躯もパワーも勝るケモノ風情に、真っ向勝負などという言葉は必要がない。


 そう考えているのだ。




 しかし、ながら今回はそうはいかない状況であると佐藤は思考している。




 佐藤はやることをきちんとやるタイプであり、その根本には面倒くさがり、というものが付いて回っている。


 めんどくさいから、先にやっておく。めんどくさいから、先読みして最短で答えを出す。


 そのプロセスの中には面倒であるからやらないという信条は無く、佐藤は必要であることはこなすのだ。




 (此処は力を見せつけなきゃ、アラヤ君の心が休まることがないね)




 佐藤は、本質的に優しい。


 周りに負担をかけることが在っても、それは必ず本人のためになる、もしくは本人に適している出来事であることが多い。


 優しいがゆえに、自分を貫き、さらには面倒ごとであってもそれを飄々とこなしていくのだ。




 そして、何より、だれかに指示を出す。だれかを導く。これは口だけでは誰もついては


来ない。




 佐藤は、討伐隊最強である。




 (行こうか)




 心の中でそう呟いた瞬間、佐藤は動き始める。




 「血装励起」




 その言葉を発すると、佐藤の意思に従って彼の持つ『箱』と着ている隊服が赤く発光し始める。




 「さぁ、先ずは小手調べからだ・・・!『銃』!」




 『箱』がその内なる力を開放する。


 佐藤の持つ箱が、変形し、二対の銃になった。


 それを握り、佐藤が体を躍動させた。




 血獣は、自身に迫る獲物の気配を感じて振り向いた。


 刹那、振り向いた大きなトカゲの頭に衝撃が走る。痛みと衝撃をもたらしたそれは、血獣を激昂させるには十分である。




 「硬いな」




 佐藤は、一瞬だけ訪れた血獣の怯みを利用し、一気に肉薄する。


 高速で肉薄した佐藤を血獣は正しく認識することが出来ず、次のアクションに対し、対応を取ることさえ許されない。




 「『剣』」




 銃身を合わせるように密着させ、佐藤は武装に指示を出す。




 「胴ががら空きだよ」




 一閃。竜の様に長い胴体を切り裂く。本来は硬いはずのケモノの体表はまるで紙を切り裂いたかの様な軽く美しい剣劇だった。


 流れるようにまた一閃。抵抗なく深々と切り裂かれる。


 血獣の身体からはすでに大量の血が噴出しており、まるで滝を思わせるように流れている。


 返り血を全身で浴びながら、佐藤は舞うように剣劇を繰り広げる。




 だが、血獣とて、やられっぱなしではない。




 血獣はその巨躯全身を動かし、暴れまわる。


 辺りの住宅はおもちゃの様に壊され、落ちてくる瓦礫はすでにそれだけで凶器と化す。


 それに対応できなくはないが、血獣の攻撃が当たり、不慮の事故が発生しないように、佐藤はいったんバックステップで距離をとる。




 「お~、元気がいいね。でも、これ以上家を壊されて被害を出されるのも、困るんでね。早めに決めさせてもらうよ。


 『弓』」




 次に変形するのは、大きな弓だった。半月を描くような美しく流れる様な弓にはしかし、矢は無く弦も存在してはいない。


 しかし、佐藤はまるでそこに弦と矢が存在するかのように構えた。その方向は血獣を向いてはおらず、その上空を仰いでいる。




 「『セット』」




 突如として、弓の上下両端、さらに中央から真っ赤な液体が流れ出てくる。


 流れ出た血液はやがて弦を作り、矢を作る。




 番えられた矢を限界まで引き伸ばし、エネルギーをため込む。


 そっと手を離された矢はエネルギーを開放され、高速で飛来する。




 放物線を描きながら、佐藤の放った矢は寸分たがわず狙い通りの場所へと向かって行った。


 その矢の着弾には、タイムラグがある。


 それこそが狙いなのだ。




 「もういっちょセット




 今度はまっすぐに血獣に向かって弓矢を構える。


 再び放たれた矢は一本目よりも高速で飛来し、佐藤の思惑通りに着弾する。




 二本の矢がほぼ同時に、背中、そして頭に着弾する。




 「ありゃりゃ。ちょっとずれちゃったよ」




 はたから見れば完璧なまでの調整にも、佐藤は満足していない。


 佐藤が狙ったのは、頭と、腕であった。針の穴に糸を離れた距離から入れようとするかのような神業的なことを行おうとしたのである。




 佐藤は間髪入れず、次のアクションを起こす。




 「『手甲』」




 白い弓が変形し、赤のラインが走る白のガントレットを形成する。


 そして、弓が変形している間にも佐藤は足を前へと出し、高速で肉薄する。その速度は乗用車ほど出ている。恐るべき速度だ。




 「揺れるよ」




 肉薄した佐藤は強く握りしめた拳を迷わず顔面へと叩き込む。


 めしゃり。決して心地よい音ではなく、決して心地よい感触ではないが、佐藤はそれに顔色一つ変えない。


 超強力な殴打により、脳を揺らされ、意識を落とされかける血獣は、もはや抵抗するすべなどない。




 「もういっちょ」




 一撃。




 「まだまだ」




 二撃。




 「よっと」




 惨劇。




 顔面を計四発殴られたことにより、すでに血獣の顔面は見るも無残な姿に変貌している。




 「じゃあ、終わりにしようか。『大鎌』」




 佐藤は大きく飛び上がった。


 隊服に仕込まれた筋力強化性能のおかげで、人間ではありえない動きを再現している佐藤は、垂直飛びであっても、それは変らない。




 「じゃあね」




 手には、真っ赤で身の丈ほどある鎌が握られている。




 血獣はやっとの思いで、思考とも呼べぬ本能を取り戻す。


 そして、見た。


 血獣を見下げ、鎌を振りかぶるエサヒトの姿を。


そして、察するのだ。すでに、自分の死は、確定していることなのだと。




「『いとも容易く訪れる死デスサイズ』」




 一閃。


ごとり。




傷口が切られたことに気が付かない。




余りにもなめらかな切り口。


そして、一呼吸のその後に、血があふれ出す。




 そして、静かなオワリ。


 アラヤとミハルでさえも、圧倒的なまでな強さを目の当たりにして、言葉を失っている。


 それほどに鮮やかで、一方的な蹂躙。




 たとえ、ミハルがてこずったあの血獣であっても佐藤ならば無傷で、かつ速攻でおwらせることができたと断言できる。


 アラヤはそう思った。




 「ふ~。疲れた~」




 アラヤ達の方へと歩いてきた佐藤には一粒の汗さえも流れていない。




 「あ、お疲れ様です!」


 「うん、ありがと。本部への連絡はまた任せるよ」


 「了解しました」




 ぴしりと敬礼をしたミハルはすぐさま本部と連絡を取る。




 一人、アラヤは佐藤の強さをかみしめた。


 そして。




 「アラヤ君」




 佐藤がアラヤの方を向き、話しかける。


 あくまでも飄々とした声のままであるが、雰囲気からは真面目な様子があふれ出した。




 「はい」




 アラヤも佐藤に向き直る。そこには一切の弛緩など入る隙間のない緊張感が漂っている。




 「いい眼だ」




 ぽつりと佐藤が呟く。




 「アラヤ君。君は僕の戦闘を見て、どう思った?」




 佐藤は切り出す。


 アラヤはそれに対して、一切のウソも過剰も不足もなく返答した。




 「俺では佐藤さんに勝てません。たとえ、血獣を倒しただけの力がっても、佐藤さんの技術や、戦い方を前には無意味だと思います。


 暴走しても一瞬で殺されるだけだと思います。」




 アラヤはまっすぐ佐藤の眼を見て言う。


 その様子に佐藤は満足気にうなずきながら。




 「うん。ちゃんと、自分の実力と、相手の実力を測れることはいいことだよ。


 そのうえで言うよ」




 きっ、と鋭い眼光がアラヤをとらえて離さない。


 立ち込めた緊張もアラヤを動かさせない要因のひとつだ。




 「君は、まだ悩むのかな?


 君はまだ誰かを傷つけるかもしれないと思いながら生きるのかな。


 はっきり言おう。


 そんなことありえない。僕がいる限り。


 君は僕に勝てないからだ。もし勝てた時、それは君が完全に力を制御したときだろうね。


 君は弱いよ。


 力も。意思も。


 誰かを守ろうとしてその力を得たんじゃないのかい?


 じゃあ、何を悩んでいるだ?




 君の覚悟は小さなものなのか?」




 アラヤの核心を突く言葉の数々。


 それらがアラヤの奥深くに突きささり、本心を引きずりだそうと暴れだす。




 「君は何もしないのかい?




 アラヤ君。


 君は逃げようとしてるも同然だよ。




 何か変わろうとするのなら、先ずは戦え。




 行動を起こせ。




 話はそれからだ。




 自分の意思を何より信じて、突き進みなさい。




 それが、今の君には必要だ」




 黒い靄が無理やりはがされていく。




 アラヤに巣くっていた黒い悩みたちは、無理やりにでも佐藤の言葉によって居場所を失っていく。




 (俺は、逃げていたのか。いや、気が付いていた。


 誰かを傷つけるかもしれないなんてのは、ただの言い訳に過ぎない。


 俺は変わりたいんだ。


 そのために血獣になってまで生き返ったんだ。


 誰かを守る。


 だったら、俺は・・・!)




 「佐藤さん」




 ぽつりと。小さく名を呼ぶ。ただし、そこには確かな意思、揺らぐことない意志があり、迷いない眼が佐藤を見つめている。




 「俺を討伐隊に入れてください」




 確固たる決意をもって、アラヤはそういう。




 かくしてその返答は。




 「これからよろしく。アラヤ君」




 満足げに返されたその笑みと共に返される。




 波乱は幕を開ける。




 この日、人でもない。血獣でもない。ただ人を守るだけの生物が誕生した。




 災禍は加速する。




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