第6話 実力

それじゃ、行こうか」


 アラヤは佐藤の声にうなずく。


 「はい」


 アラヤはこれから佐藤とミハルと共に一度アラヤの自宅に帰ることとなった。

 帰宅とは言っても、そのまま帰って佐藤達とおさらば、というわけにはいかない。なにせ、歴史上類を見ない、『半血獣』であるのだ。野放しにされることなどない。

 では、何故アラヤは自宅へと向かっているのか、それは、アラヤの部屋を引き払い、荷物を回収するためだった。

 すでにアラヤには血獣対策局から監視のため、新たな居住地を指定されている。ちなみに新たな居住地というのは本部内の職員寮であった。


 「アラヤ君の家はさほど遠くないんだったね」

 「そうですね。車で三十分もあれば着きますね」

 「そっか。じゃあ、荷物を回収した後は飯でも行こうか。もちろん、ボクのおごりだよ」

 「お~!太っ腹だ・・・!」


 喜びの声を上げたのはアラヤだった。だが、一つの疑問が生じる。

 ごく単純なその疑問は今のアラヤにとって重要な問題だった。


 「あの、俺って、外で飯とかいいんですか?」

 「んー?いいよいいよ。だって、君が『半血獣』だなんて秘匿されてるんだし」

 「いや、それもそうなんですけど、もし暴走ととかしたり、周りの人を傷つけてしまうようなことがあったら・・・」

 「んー、そうだねぇ」


 佐藤は自身の顎に手を当てて空を仰ぎながら考える様な仕草を取る。

 その手がそっとアラヤの頭に触れる。


 「もし、そうなったら・・・」


 それは、小さな子を安心させるかのような光景であった。だが、其れは客観的な光景であり、アラヤと佐藤からすれば、悪魔佐藤に手なずけられるケモノアラヤである。それほどの気迫に見舞われれ、アラヤは恐れ、慄く。本能が目の前の人間には勝つことなどできないと察するのだ。


 「〝最強〟のボクが、全力を持って君を殺してあげるよ」

 「・・・は、はい」

 「うん。まあ、そうならないように暴走すると思ったら全力で抵抗したほうがいいよ。それが君にとって最善だろうから」


 そう言うと、佐藤はアラヤの前を歩き始める。


 佐藤はその車に乗り込み、運転席に座る。

 それをアラヤはとぼとぼと歩き、後に続いた。すでにミハルは助手席に座って発進する気満々である。

 そして、アラヤも乗り込んだことで、車は発進し、対策本部を出たのだった。




 車の中に午後のラジオ番組が響く。

 会話は特にない。なにせ、佐藤は運転とラジオに集中しているようで、アラヤに話しかけてはこなかった。ミハルはといえば、今はかわいらしく寝息をたてて寝ている。


 アラヤはぼーっと自分たちに遡行していく光景を眺めながら、思考の海に飛び込んだ。

 アラヤは考える。そして、少し前の光景を思い出した。


 『アラヤ君。君、働かない?』

 『え?』

 『言葉通りの意味さ。君をスカウトしたい。と、同時に力の使い方と向き合ってもらいたいのさ』


 なにを言われたのか、一瞬それを理解できなかったアラヤに淡々と佐藤はそう言った。

 これは、白い部屋から出る直前のことだった。


 アラヤの思考は、この出来事に縛られていた。

 自分は、対策本部に入っても大丈夫なのだろうか。そう、考えてやまなかったのだ。

 その疑問は当然だろう。

 今のアラヤはヒトではない。かと言って血獣でもない。中途半端な位置にいる彼は、自分がどうやって存在していけばいいのか理解しかねている。

 そのため、アラヤがあの場で放った言葉といえば。


 『考えさせてください』


 その一言のみだった。

 人を守る。助ける。

 それはアラヤの存在理由であり、生き返った目的でもあった。

 しかし、今。アラヤはヒトを助ける側ではない立場にいると、自分自身で思っていたのだ。なにせ、血獣。それは人類が忌むべき存在であり、恐怖の象徴であり、憎む相手。

 その一端を体に宿したアラヤも一側面で言えば、人に憎悪をむけられる対象であるのだ。

 アラヤはそれが怖いのだ。

 そして、何よりもアラヤ自身が誰かを傷つける時が来てしまうのではないか、アラヤはそう思うと、自分が守る立場になるなんてことを言えなかったのだ。


 (くそっ。俺はいつもそうだ。何のために生き返ったんだ。生き返ってもなんにも変わってないじゃないか)


 アラヤの思考は押して引いてを繰り返す。

 それは止むことを知らずに、ついに車は目的の場所へと到着したのだった。




 「ここがアラヤさんのおうちなんですね」


 ごく平凡などこにでもあるような風貌のアパートを見上げながら、ミハルは声を上げた。


 「さっそく、荷物を運んじゃおうか」

 「はい」


 アラヤは二人に先行して歩き出す。

 アラヤの部屋は二階の右から二番目にあった。

 扉の前に立つと、なれた仕草でカギを開ける。いつも通り、なれた行動。毎日毎日していることだったはずだ。だが、アラヤのどこかでは、いつも通りではない、という感覚が引っ付き虫のようについて回っていた。


 古く重いドアが蝶番に悲鳴を上げさせて開く。

 一日。たった一日来ていない、それだけのことであるのに、アラヤは自分の部屋がどうしても、自分の部屋であるという実感がわかなかった。

 そんな違和感を感じぬように、考えぬように思考の隅へ片づけた。

 自分の思考を何人たりとも触れられぬように。


 「さて、ベッドとか、冷蔵庫とか、そういうおっきいものは業者を手配するから、今はいいとして、先ずは段ボールに入れれそうなものから片づけていこうか」


 と言って、佐藤はもってきた段ボールを広げて、部屋の中に入る。


 「お邪魔します」


 靴を並べ、礼儀正しくそう言いながら部屋に入ってきたのはミハルだ。


 「綺麗なお部屋ですね」

 「ありがとうございます。まぁ、一人暮らしだったので」


 佐藤とミハルはアラヤが天涯孤独であることを知っている。アラヤが会話の中で教えたのだ。


 「すごいです!」

 「そうかなあ」

 「そうですよ!私家事一切できないです」

 「そうなんだ・・・」


 じゃあ、彼女の部屋はいったいどうなっているんだろうか、という疑問は口に出さないで置いた。


 「二人ともー、始めちゃうよー」


 その言葉を皮切りに三人は作業を開始したのだった。




 作業はスムーズに進んでいった。

 約一名を除いて、手際よくダンボールに物を入れていく。

 ミハルは途中から物を取ってくる係となり、ひたすらアラヤと佐藤に荷物を渡しては取ってくるを繰り返していた。


 「ふぅー、終了〜」

 「お疲れ様でした〜」


 佐藤が息を吐き、ミハルが大きく伸びる。


 「手伝って頂きありがとうございました」

 「どういたしまして〜」

 「どういたしまして!とはいえ、私はほとんど何もしてませんが」

 「そんなことないですよ、ミハルさんが沢山動いてくれたからこそ早く終わりました、ありがとうございした」

 「え、えへへ」

 

 三人は各々楽な体勢で休む。

 テーブルの上には湯気をあげるコーヒーが置いてある。アラヤが用意したものだ。

 作業が完了した部屋の中は、非常に殺風景になっている。

 とはいえ、アラヤが物を余り置かなかったため、元々部屋の中は殺風景ではあったのだった。


「さて、丁度お昼だし、ご飯行こうか」


 三人はコーヒーを飲み終えると、佐藤の言葉にしたがって、昼食に行く準備を整えた。

 そして、三人はアラヤの部屋を出る。

 もう帰ってを来る予定もない、殺風景な部屋を眺めて、アラヤは何となく寂しく思う。

 (ありがとう)

 心の中でそう、小さく感謝を言う。

 そして、静かに扉を閉めて、後を去った。




 扉を施錠し、荷物を持って階段を下りた。

 すでに二人は車の前にいる。しかし、その様子はどうやら昼食に出かける雰囲気ではない。二人からは険しい表情がうかがえた。


 「はい、了解しました」


 ミハルの声がアラヤの耳に入る。誰かと連絡を取っているようで、その様子はアラヤが初めて助けられたあの時にそっくりだった。

 その様子を見て、アラヤは察する。血獣が発生したのだろうと。


 「本部はなんて?」


 佐藤が連絡を終えたミハルに問う。丁度その時、アラヤも二人のところにやってきた。


 「アラヤ君。君も聞いておきなさい」

 「では、ブリーフィングを行いますね」

 「よろしく頼むよ」


 コホンと咳ばらいを一つ、そしてミハルはしゃべり始める。


 「つい先ほど、血獣がこの近くに発生しました。

 危険度はB。大型で、すでに向かった討伐隊員が二名重傷を負ったとのことです。

 血獣の形は爬虫類型。トカゲが血獣化したとされています」

 「ほぉ。それは手ごわそうだねぇ」


 そういう佐藤がアラヤには余裕を持っているように見えた。事実、佐藤は手強そうであるとは言ったものの、そこまで危険視はしていなかった。


 「じゃあ、今から急行しようか。ミハルちゃん、ランプをつけて、トランクから『BCW』を取っておいて。あ、ボクのもね」

 「はい!」


 佐藤が指示を飛ばす。それに反応してミハルがすぐさま動き出す。

 状況をつかみきれないまま、アラヤはその場にとどまるしかなかった。無理もない。なにせ、彼は隊員ではないのだから。


 「アラヤ君」


 ぽつりと、戸惑うアラヤに言葉が投げかけられる。


 「はい」

 「君にも来てもらうよ」

 「はい」

 「必要に応じて戦ってもらうかもしれない」

 「は、い?!」


 さらに追い打ちをかけられたようにアラヤは戸惑始める。


 「君の力を把握したいからね。特別に許可を得たんだ。君が嫌ならいいんだけど。

 まあ、あと、君に来てもらうのは、ちょうどいいから、ボクの戦いを見てもらおうって思ってさ」

 「な、なるほど?」


 アラヤは戸惑いをもはや隠せなくなってきた。しかし、戸惑いながらも返事を返す。


 「それじゃ、車に乗って」

 「は、はい」


 佐藤とアラヤは車に乗り込む。荷物を少々乱雑に入れ込むとすぐに車は発進した。


 「ミハルちゃん、何か情報はとどいてない?」

 「今のところはないですね」

 「了解」


 そんなやり取りなどをはさみながら、ランプとサイレンを付けた車は高速で道を走っていった。




 「ついたよ。二人とも。ここからは気を引き締めていこう」

 「「はい!」」

 「うん、いい返事だ」

 

 そう言いながら、すぐさま準備に取り掛かる。

 あらかじめトランクから出されていた大きな箱の中から二人は武器を取り出した。

 そして、すぐさま住宅街を血獣がいるであろう方向へと走り始める。


 多くの人が住む住宅街は、もはや人の姿かたちは無く、不自然なほどに静まり返っている、しかし、それが討伐隊にとっては安心できることであった。なにせ、すでに血獣が発生し、住民はそのことに気が付いて避難を始めているからである。


 「この先だ」


 そう言って、佐藤が二人に先行して走っている。

 そして、住宅街の角を曲がった先には、血獣がいた。


 「あれか・・・」

 「はい、今回の血獣です」

 「じゃあ、本部に連絡よろしく、ミハルちゃん」

 「了解!」


 ミハルは耳に、厳密には耳についている通信機に手を添えて、言葉をしゃべり始めた。

 その前で、佐藤は戦闘の準備を始める。


 「準備できました、隊長」


 ミハルが、通信を終え、剣を箱から取り出すと、そう言った。


 「んー、いや、ミハルちゃんは休んでていいよ」

 「え?」

 「今回はボクだけであれを倒すよ」


 佐藤は血獣を指さして、堂々と言って見せたのだった。


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