第2話 紅玉

放課後。


 アラヤは先生に呼び出された。もちろん、遅刻の罰を受けさせられるからだろう。


 廊下を歩きながら大森先生とアラヤが言葉を交わす。放課後特有の外と中の活気の違いを感じていた。放課後というのもあるが、今二人が歩いているのは、特別教室が多くある棟だ。その為他よりも人の気配が全く感じられないのである。




 「ちゃんと真面目にやったら遅刻取り消してやるぞー。あとジュースでもおごったる」


 「先生、マジっすか!?」


 「ああ、まじだ」


 


先生の言葉でアラヤのやる気が加熱される。遅刻を取り消しとご褒美がもらえるのであればそうなるだろう。




 「で、何をしたらいいんですか?」


 「理科準備室で備品の整理だ」




 アラヤの担任である大森先生は理科の教師だ。主に教えているのが科学で、もちろんアラヤ達の授業も大森先生が担当している。


 大森先生は生徒からの信頼がとても厚い。特に女子い生徒からである。なにせ容姿が良い。イケメンでる。


 眼鏡を掛けている顔は優しそうな目つきをしており、センター分けをしている髪の毛はワックスで固められているがその艶やかさがわかる。身長は185cmと大きい。少しミステリアスな雰囲気を漂わせているものの、抜けているところがあるという、放っておけない感じのキャラで女子からの人気が高い。(ハルトの方が人気はすごい。)


 それに加え、優しい性格をしており、よく生徒の相談相手になっている。




 そんな先生だが、とてつもなく物の管理がへたである。抜けていることともつながるのだが、なにかと物事がほかの人と価値観の物差しがずれているのだ。




 そういうこともあって先生は生徒を呼び出し、片付けを手伝わせている。


 それ今回はアラヤだったというわけだ。




 二人が会話をしながら歩いていると、やがて理科準備室の前に到着する。


 先生がカギをポケットから取り出し、鍵穴に刺して回す。


 扉を開けて中に入った。中はそこまでの大きさはなく、普通の教室の半分程度の広さで、さらに部屋の両脇には大きな棚が端から端まで置かれており、かなり狭く感じた。




 「うわぁ」




 アラヤが絶句といった感情を表に出す。


 無理もない。なにせ、扉を開けた先の光景はそれほどに悲惨であったからだ。




 「またその反応されちまった」


 「また、ですか」


 「また、です」




 マジか、とアラヤが心の中で呟いた。


 アラヤの目の前に広がっているのは、足の踏み場もないような、逆に何をどうすればこうなるのだろうと疑問が浮かび上がってくるほどの光景である。地面におかれた薬品類。どこかにしまわれていたのだろう、実験用具。さらには人体模型、標本、サンプル、資料といったものがそこやかしらに放り出されている。




 「これ、どれくらい前に片づけたんですか?」


 「あー、いつだったっけな。一か月前?いや、一か月半くらい前か」


 「まじですか」




 一か月でこんなことに、という言葉はギリギリ飲み込むことが出来たアラヤは自分のことを心の中で褒めた。そして同時に前の片づけを手伝った生徒がかわいそうにおもえてきた。




 「報われない努力ってあるんですね」


 「何言ってんの?」




 哀れみの表情を浮かべて言ったアラヤに対して先生は辛らつだ。




 そうこうしていると、先生が先行して準備室の中に入っていった。


 今にも何かものに当りそうだが、先生はそれをすらすらと避けて、踏み入る。


 意を決してアラヤも準備室に踏み入った。




 「とりあえず、片っ端から棚に入れてくぞー」


 「はーい」




 そうして二人は作業に取り掛かった。


 適当にモノを拾い上げ、棚へと戻す。わからないものは先生に聞きつつ手際よく作業を進めていく。所々突っこみを入れたくなるようなやばいものもあったが、なんとかケガもなく作業も終盤になってきたところだった。




 「今日はなんで遅刻したんだ?」




 突然そんな疑問を先生が放った。


 咎める様な強い口調ではない。かと言って普通に疑問を口にしたのではない。表面上のことなどわかり切っており、先生はその先のことを知ろうとしている。有無を言わせず真実を聞き出そうとする声だった。




 「今日は、夢を見ました。そして、料理をしてる時に過去を思い出して、間違って手を切って、トラウマがよみがえりました」




 先生は何も言わない。


 ただ黙って真実を聞き入っているだけだ。




 「パニくってテンパって、いつの間にか遅刻を」


 「そうか」




 作業の手は止めていないはずだというのに、妙な静寂が響き渡る。




 「無理はするな。なにかあったら相談しろ。君はまだ子供だ。本来なら大人に守られるべき人間だ。しかし、君は強い。その強さはいずれ身を滅ぼしかねないぞ。今はわからないかもしれないが、いずれ分かるかもしれない」




 先生の言葉が、雑音を押しのけアラヤの鼓膜を我先にと揺らす。




 「ありがとうございます」




 先生の優しい言葉はアラヤにとってとても暖かいものだった。口調こそそうではないかもしれないが、アラヤにとっては、気にかけてくれる人間がいるというだけでもかなり心強いと感じることが出来たのだった。




 「ま、先生は頼りになる知らんがな」


 「胸張って言えるんですね」


 「まあな。この惨状を見てもらえれば胸を張れる」


 「胸張っていいとこなんですか?」


 「気にしてないから大丈夫」




 全く持って謎である。




 そういうか会話をはさみながらも作業は順調である。


 


 「ん?」




 アラヤが手にしたものを見ながら疑問がこもった声をだす。




 「どうした?」


 「これって何ですか?」


 「ん?なんだ?見せてみろ」


 「はい」




 大森先生にアラヤはもっていたものを手渡した。


 アラヤが疑問に思ったものの特徴といえば、真っ赤な石、だった。其れも、妙に怪しく光っており、さらには半透明でもあった。大きさは縦五センチほどで、形は楕円形をしている。




 「んー?」




 先生はその石を慎重に吟味している様子だ。光にあててみたり、角度を変えて観察してみたり、軽くたたいて硬さや材質を確かめている。




 「材質は水晶に似てるかなー。赤い水晶とか聞いたことないけど。てか、俺が知らないってほんとに元からここにあったのか?」


 「え、覚えがないんですか?先生が覚えてないってことあります?」


 「ないよ。記憶力は普通よりあるんだ」


 「へぇ。でも、整理はできないんですね」


 「ナチュラルに毒を吐いていくスタイル何なの?ぐうの音も出ないんだけど。てか俺先生よ?」


 「まあ、それだけ接しやすい先生だということですよ」


 「なんかいい風に言われたな」




 容赦なく先生に対し毒を吐くアラヤに苦笑いをする。


 先生もそれに対しては怒ることはない。こういったことが生徒たちからの人気を得ている理由でもあるのだ。




 「とりあえず、この石に見覚えは無い。誰かが持ち込んだってこともないだろ」


 「そうなんですか?」


 「うん。この教室を管理してる責任者は俺なんだ。他の人は基本的に出入りしない」


 「科学の先生でも?」


 「ああ。俺がこんなあんな惨状にするからな」


 「なるほど」




 アラヤは先生の言葉が腑に落ちた。


 さすがにあの惨状になった教室に踏み込んでまで何かものを探そうとは思わないだろう。


 というか、なぜ大森先生に大事な教室を管理させているのか疑問に思うばかりである。




 「でも、実験用具とかありますけど、ほかの先生はどうしてるんですか?」


 「まあそこは、俺が責任とって、ほかの先生と一緒に探したり、片づけたり・・・だな」




 ああ、怒られて探させられてるんだな、と先生の口調からアラヤは察する。




 「まあ、そんなわけで、これは学校のものではないな。こんな石見たこともない。誰かのが置いたわけでもなさそうだ」


 「そうですか。どうします?」


 「んーそうだな」




 顎に手をあてて考える仕草をする。少し考えるそぶりを見せた後、大森先生は言った。




 「いる?」


 「えぇ」


 


 それで大丈夫なのかと聞きたくなる衝動がアラヤの中から湧き上がる。




 「というか、もらって?俺はいらなーい」


 「えぇ」




 アラヤの胸へと真っ赤な石が押し付けられ、無理やり受け取らされる。


胸に収められた紅玉は怪しく輝いた。




 「なんかあったらすぐに返してくれればいいからな」


 「じゃあ、今返します」


 「冷たいなー。頼むから持っててくれ。なんかおれが持ってたら怪しまれそうだし。ただでさえほかの先生からの眼がやばいのに、変な石にカマかけてると思われたらやばい」


 「あーそれは・・・否定できないですね。今日もって帰ればいいじゃないですか。ばれないように」


 「おれこの後仕事残ってんだよ」


 「なるほど・・・」




 少し不服なことではあるが、気にかけてくれる先生が頼んでくるために、断り切れない。そして、心のどこかに石を受け取るくらいならしても大丈夫だと思う気持ちも出てきた。




 「じゃあ、なんかあったらすぐに返しますからね」


 「ああ、それでいい。ありがとな」




 なんやかんや受け取る方向に持っていかれたことを少し不満に思いながら、受け取った石を眺める。


 なにか、引き込まれるような魅力がある石である。綺麗な赤はルビーを彷彿とさせ、雫のような形は赤と相まって、滴る血液を思わせる。しかし、それになぜかアラヤは嫌気がささなかった。むしろ綺麗だと見とれてしまう。


 そんなアラヤを見ながら、先生は口を開く。




 「あー、脱線したな。作業終わせよう」


 「はーい」




 二人は作業に復帰する。終盤に差し掛かったところであったため、本当にもう少しで片付けは終わりだ。


 それほど時間はかからずに最後のものを棚にしまう。




 「あー、終わったぁー」




 そう疲れを開放するかのように言ったのは大森先生だった。


 その姿を呆れたように見ながらアラヤは口を開く。




 「次からはちゃんと使ったものはもとに戻してくださいね」


 「前の生徒にも言われたわ」




 前の生徒がかわいそうだと言いかけるが言葉を飲み込んだ。




 「ぜったいに次は手伝いませんからね。というか、こんななるまで絶対放置しちゃだめですよ」


 「肝に銘じます」




 まるで自分が先生になった気分だと、心の中でアラヤは呟いた。


 先生とアラヤはずいぶんと綺麗になった準備室を出る。


 廊下は先ほどよりもさらに静かに感じ、その原因がもう外が暗くなっていることであるとアラヤが理解するのに時間はかからなかった。


 今日は満月だ。




 「今日はありがとな。ジュースはいつでも声をかけてくれれば奢るよ」


 「ありがとうございます」


 「じゃあ、気を付けて帰れー」


 「はーい」




 先生と別れて、廊下を進み、学校の外に出る。


 外は既に闇が空にカーテンをかけ、月が浮かんでいる。部活生の声が未だに聞こえる学校をゆっくり歩いて後にした。


 僅かな冷たさをはらむ風がアラヤの頬を撫でていった。








 


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