王都の爆発2

「オズ様の、使い魔……?」


 呆然とする俺たちに、幼い少年の姿をした彼が首を傾げる。人の姿をした使い魔なんて、聞いたことがない。普通は何か、動物の姿をしているはずで――、


「そうだけど……。ああ、そうか。オズワルドの姿のままだった。――よっと」


 小さな掛け声と共に、彼の体がぱあっと光る。次の瞬間には、目の前に、見たことないほど大きな狼がいた。俺たちを優に見下ろしている。――こんなに大きな使い魔も見たことがない。


「これで信じてくれる?」


 銀の毛並みと、鋭い緑の瞳をもつ狼が、可愛らしく小首を傾げた。


「いえ――その。信じます。元より、疑ってはいません」

「そう?」

「少し、混乱してしまっただけで……」

「そっか」


 納得してくれたのか、イーストエッグと名乗った銀狼がこくりと頷く。


「レオンハルト、アックス。二人に手伝って欲しいことがあるんだ」


 避難所も魔物討伐も手が足りていないこの状況で、手伝って欲しいこと? 答えに窮していると、イーストエッグが口を開いた。


「二人とも、千年前オズが作った結界は知ってるよね?」


 王都から始まる国中のすべてのエメラルドグリーンの道は、大きな魔法陣になっている。千年前、オズ様が国を守るためにかけた魔法だ。


「はい。――ですが今、魔物の侵入を許してしまっています。オズ様の結界に何か起こったのでしょうか?」

「結界の力が弱まっているんだよ」

「弱まっている?」

「この十年間、一度もオズパレードを開催しなかったんだよね?」

「は、はい」


 この十年、国は華やかなことを避けていた。オズパレードも執り行われず、オズの日は慰霊祭になっていた。


「オズパレードは一年に一度、結界を強化するために行うものだ。十年の間、結界の効力はじわじわと弱まり、魔物の侵入を許すまでになった」

「――え?」


 そんな話、聞いたことがない。

 陛下や母上ならば、知っていることなのだろうか。いや、知っていたとしたら、こんな愚行をする訳が無い。


「今から結界の強化に行く。レオンハルト、アックス、乗って」

「……わかった」


 先に返事をしたのはアックスだった。彼の背中に飛び乗って、俺に手を伸ばしてくる。


「レオン、早く」


 伸ばされた手を掴む。俺が背中に乗ると、イーストエッグはすぐに走り始めた。馬よりも速く――かなり揺れる。


「今日は十年ぶりに、オズパレードが開催されるはずだったんだよね」

「は、はい! そうです!」


 振り落とされないように捕まりながら、なんとか返事をする。


「オズパレードが開催されたら、せっかく弱まった結界が強化される。だからその前に襲撃したのか」


 この速度にも揺れにもびくともしないらしく、アックスは平然と喋っている。


「おそらく、そうだろうね」


 そうだとしたら、犯人は――結界が弱まっていることも、オズパレードの本当の意味も、知っていたことになる。


 そしてそれは、現在投獄されているオキデンス公爵夫人でも、尋問を受けている母上でもない。西の魔女でも東の魔女でも無い、誰か。それは――兄上を時計塔に幽閉した人物、なのだろうか。


 公爵夫人も母上も、兄上が幽閉されていることを知らなかった。前者と後者は、協力関係ではなく、別の思惑で動いていると見ていいだろう。


 ――何故だろう。何か、ひっかかる。

 十年前の爆発は、本当にオキデンス公爵夫人の手によるものだけだったのだろうか。牢獄で悲鳴を上げていた彼女の様子は尋常じゃなかった。彼女も知らなかった何か――たとえば、少女の自爆を見て悲鳴を上げたのだとすれば。


「もしかして十年前にも、今日のような自爆による魔法爆発が起こっていたのでしょうか?」

「どうだろう。ぼくはその場にいなかったからなあ」


 瓦礫の山を駆け上がりながら、イーストエッグが言う。


「オズは被害を抑えるので手一杯だった。何せあの時あいつは、西の魔女に魔力を引き抜かれて、暴発しかけた自分の魔力を抑えなきゃいけなかったんだから」

「……オズ様、ですか?」

「あ。オズじゃなくて、オズワルドか」


 その言葉は、すとんと腑に落ちた。


「――やっぱり兄上は、オズ様なんですか」


 無意識のうちに、声に出てしまっていた。イーストエッグの体がぴたりと止まる。


「……あー。そうか。信じられないかもしれないけど、魂が同じと言えばいいのか、同じ力を持っていると言えばいいのか。うーん。とにかく、オズワルドはオズだ」

「なんとなく、そんな気はしていました。兄上はずっと、特別だったから」


 兄上は、陛下にも、亡くなった王妃殿下にも似ていない。オズ様そっくりだった。まるで、建国王が生まれ変わったかのように。


「少し昔話をしようか」

「昔話ですか……?」

「千年前の話だ。オズはアルバに請われ、共に二人の魔女を討ち、国を作った。当時はぼくもかなりこき使われた。英雄だ何だと持て囃されている建国王オズは人間じゃない。魔女でもない。あれはもっと別の存在だ」


 気付けば、周囲から何の音もしなくなっていた。人も魔物も動物も、全てが動きを止めていた。何の気配もしない静寂だった。


「オズに子どもはいないんだ。アルバはオズの息子じゃ無いし、王家も、二代公爵家もオズの子孫じゃない」


 国が揺るぎかねない事実を、イーストエッグはさらりと言った。

 エスメロード王国の二代目の王、アルバ・エスメロードが建国王の息子では無い。王家は偉大なるオズ様の子孫ではない、なんて。


「王位を譲った時、オズとアルバは約束したんだ。いずれ人として生まれ、エスメロードの王になる、って。オズワルドは王家の悲願だ」


 イーストエッグが走り始め、再び大通りに喧騒が戻ってくる。


「でも……今の王、サイラスだっけ? あいつはどうだろう。オズワルドがいなくなっても、まともに探さなかった。偽装された死体だってろくに調べなかった。あの事故で、オズワルドが――オズが、死ぬわけないのに。それを知っていて、ただ傍観していたんだ」


 彼の口調に怒りはなく、ただ淡々と事実を述べているようだった。


「サイラスとメイジーは、国も身分も越えての大恋愛だったんだろう?」


 困難を乗り越えて結ばれた二人は、仲睦まじい夫婦だったと聞いている。次の妃が、当然のように冷遇されるくらい、二人は愛し合っていたのだ。


「でもメイジー様は、兄上を出産した時に亡くなったと聞いています」

「そうだ。メイジーの出産は凄まじいものだった。オズを産んだんだ。人間が耐えられるものじゃ無い。痛みに泣き叫び、苦しみ抜いて、絶命した。壮絶な最期だった」


 その光景と、陛下の心情を思うと――胸が痛む。どれほどの喪失感だったのだろう。そして生まれた子どもは、自分達のどちらにも似ていない。オズ様そっくりの赤子を見て、陛下はどう思ったのだろう。


「サイラスは――王家の悲願だろうが何だろうが、オズワルドが生まれてきたことを恨んでいた。どうしても許せなかったんじゃないか」


 イーストエッグが、一際強く地を蹴った。


「――神が」


 視界がぱっと明るくなったような、そんな心地がした。

 やっぱり、そうか。兄上を見ていても思っていた。人間離れした美貌も、言動も。誰の物とも違う、万能とも呼べる魔法も。


 こういう存在を、神様って呼ぶんじゃないかって。


 ずっと、そう思っていた。




「着いたよ」


 連れて行かれたのは王都の中央だった。国中に張り巡らされた魔法陣は、全てここから始まっている。


「はい、レオン」


 イーストエッグの大きな手が、俺の手の上に乗せられる。彼の手が離れた時、そこには、王笏があった。


「どうしてこれを……」

「もともとはオズの物だ。ぼくが持っていても何もおかしくない」


 パレードの最後――国王は王笏で地を叩き、掲げるのだ。


「ほら、レオン」


 王笏を持つ手が少し、震えていた。


「――はい」


 路の中央を、強く、杖で叩く。

 途端に、エメラルドグリーンの石畳が、柔らかな光を放った。光は中央から始まって、王都中へと広がっていく。いずれ、国中を照らすのだろう。


 身体中の魔力が吸い取られていったような脱力感に、どさりと膝をついた。


「レオン!」

「大丈夫。少し、魔力が……」


 アックスの手を取り、ふらつく足でなんとか立ち上がった。


「お疲れ様、レオンハルト」


 イーストエッグはぶんぶんと尻尾を振っていた。


「これであらかたの魔物が駆除されたはずだ。でも、強力な魔物はまだ残っているからね。ここからは、アックスの仕事だ」

「分かった」


 アックスはひらりと、イーストエッグの背中に飛び乗った。


「――え?」

「馬より速いだろう」

「そうだけど……」

「ついでに自爆魔術師も取り押さえる。イーストエッグなら出来るだろう」

「出来るけど……狼使い荒くない?」

「――ははっ」


 二人の応酬に、そんな場合ではないのに笑いが漏れる。


「イーストエッグ。悪いけど、俺も避難所まで連れて行ってくれる?」


 治療を待っている人はまだ多い。俺も頑張らないと。

 アックスとイーストエッグはバッとこちらを向くと、息ぴったりに声を荒げた。


「レオンは休憩!」

「レオンハルトは休んでて!」


 一人と一匹の圧に、頷くことしかできなかった。

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