王都の爆発1
「いいの?」
街へ向かって馬を走らせながら、アックスが尋ねてきた。
彼が言いたいことは分かる。カノンを兄上のところに向かわせて良かったのか、だ。
「アックスこそ」
お前だって、あんなに仲がいいのに。
アックスは前だけ向いて、何も答えなかった。
「……カノンは、兄上のことが好きだ」
「そういう好きじゃないよ。推し、って言ってた」
「推しって何?」
「さあ?」
――カノンとはもう会えなくなるかもしれないのに。
俺もアックスもその言葉を飲み込んで、城門から王都の中心部までの一本道を駆けた。オズパレードが開催される大通りで、オズの日に最も賑わう場所だ。
元の姿を取り戻したばかりだというのに、街は悲惨な状況だった。報告によると、十年前と比べれば小規模な爆発らしい。それでも建物のいくつかは崩れ、ガラス片や瓦礫が散乱している。今日のために用意された屋台は潰れていた。
「レオン!」
ドオオォォオン、と爆音が轟く。一際大きな悲鳴が上がった。
「……っ」
オズパレードの魔法爆発事故を思い出した。辺りが緑に光ったと思ったら、その次の瞬間には、体が強く叩きつけられた。すぐに気を失った俺は、事故当時の記憶がほぼ無い。それでも、あの時の痛みと恐怖は、今でも鮮明に覚えている。
絶望に呑まれそうになる。足が竦みそうになる。それでも、馬を降り、杖を構えた。俺は民を守らなくてはいけない。押し寄せる業火を睨む。
「《押し流せ》」
ごうごうと燃え盛る炎に、波のように押し寄せる水流をぶつける。意志を持ったように動き回る炎を抑えつけ、水の渦に閉じ込める。悲鳴のような音を上げながら、勢いは次第に弱まっていく。
「今のうちに避難しろ! 早く!」
炎からは目を離さずに、声を上げた。火の手に呑まれそうになっていた人々が、叫びながら走り始める。
「逃げ遅れた人がいないか見てくる」
「任せた。怪我人は先に避難所へ連れていってくれ。後で治療する」
「分かった」
アックスが馬を走らせる。
炎の消滅を見届けてから、額に滲んだ汗を拭った。
「殿下っ!? ここは危険です!」
「ここは我々に任せて避難してください!」
騎士や宮廷魔術師たちが、俺に気づいて駆け寄ってきた。
「今どうなっている?」
「王都のあちこちで小規模な魔法爆発が起こっています。都度対処していますが、数が多すぎて追いつきません」
「魔術師の姿はあったか?」
「捜索を続けておりますが、未だ、爆発を起こしている魔術師の姿は見つかりません」
「――そうか。宮廷魔術師は引き続き爆発の対処にあたってくれ」
「はいっ!」
「騎士団は住民の避難を優先させろ」
「はっ!」
避難所には多くの怪我人がいた。怪我の度合いによって場所を分けられ、重症者はすぐに分かった。
「これは……」
言葉が出なかった。大勢の人が横たえられ、辺りには夥しい量の血痕が散らばっていた。呻き声や啜り泣きが聞こえてくる。付き添っている家族や友人たちが、泣き叫ぶように名前を呼び続けていた。
魔術師が慌ただしく走り回っているが、治癒魔法が使える者は多くない。これでは――間に合わない。
「僕も手伝う」
「殿下! ありがとうございます!」
重傷者から順番に治癒魔法をかけていると、慌ただしい足音が近づいてきた。
「レオン!」
駆け寄ってきたアックスは顔も、髪も、服も、血まみれだった。
「この子を頼む」
彼は血だらけの子どもを抱えていた。止血はしているものの、見るからに危ない状況だ。
「すぐに治療する。こっちへ」
胸から腹部にかけて、激しい裂傷がある。まるで、鋭く大きな爪で切り裂かれたような傷だ。治癒魔法を施しながら、愕然とする。
「酷い……。何があればこんなことになるんだ」
「魔物が入ってきた」
「は?!」
エスメロードの、それも王都に魔物が出現した。そんなの、建国以来一度も起こっていない。オズ様の結界が、国を守っているからだ。
その結界すら破られ、魔物がここまで入ってきたというのなら――つまり、この騒ぎは王都だけじゃないのか!?
「見かけた魔物は全て斬り殺してきた」
「怪我は?」
「これは全部返り血」
渡されたタオルで血を拭い、さらりと言う。
「騎士団が討伐にあたってる。オレはどうすればいい?」
アックスに答えようとして――絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。
「助けて!」
目の前の少女が、ぼろぼろと涙をこぼしながら、こちらへ向かって歩いてくる。
「お願い、助けてください!」
ゆっくり、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「大丈夫。すぐに――」
「レオン、待って」
少女の元へ駆け寄ろうとした俺の腕を、アックスが掴む。
「何か、おかしい」
「おかしいって?」
「うまく言えないけど、何か、違和感が――」
避難所で治療に当たっていた魔術師の一人が、少女に駆け寄った。
「もう大丈夫よ。どこか痛む?」
その時だった。
「――あ、あ、アアアアアアッ」
少女の体が、カッと光を放つ。次の瞬間、彼女の体は弾け飛んだ。凄まじい突風を伴いながら――爆発したのだ。
爆風に目を瞑る。誰もが、何が起こったのか瞬時に理解できなかった。目を開けた時――そこに少女の姿はなかった。残されたのは辺りを破壊し尽くそうと勢いを増している竜巻だけだ。
「きゃああああああっ」
「あああああああああっ」
「逃げて! 逃げて! 早く!」
甲高い悲鳴が上がる。パニックを起こし、あちこちから叫び声が上がっていた。
「魔術師様っ!」
「どうして! 私を助けてくれた人が、どうして!」
「魔術師様が、殺された……」
少女に駆け寄った魔術師は――治療の施しようのない、状態になっていた。
「そ、そんな……っ」
近くにいた宮廷魔術師の女性が、力無く座り込む。
「どうして……死ななくちゃいけなかったの……っ」
俯いて、ぐすぐすと涙を拭った。
「こんなときに、ドロシーは何をしているのよぉっ!」
彼女の絶叫がこだました。連絡が取れないらしいドロシーの安否は気になるけれど、それよりも今は、先ほどの少女だ。
「今のは、自爆?」
アックスが呟く。俺の目にも、そう見えた。
「分からない。でも、もしそうだとしたら――どれだけ探しても、魔術師なんて見つからないはずだ」
爆発が起こるたび、魔術師が死んでいる。一連の魔法爆発の起爆剤は、魔力を持った人間だ。
さっきの炎だって、誰かの――捨て身の、魔法だったのかもしれない。意志を持ったように動き、辺りを燃やし尽くそうとしていた。
「そんなこと、有り得るのか……」
頭痛がする。そんな残酷なこと、思いつきもしなかった。
「――レオン!」
竜巻が、次々に建物を破壊していた。止めようにも、俺とアックスの魔法では太刀打ちできそうにない。ここにいる宮廷魔術師たちも、治癒魔法に特化した者ばかりだ。
「アックス! 逃げろ!」
瓦礫が飛んでくる。アックスは俺を庇うように立ち、剣を構えていた。
「お前を置いて逃げるわけないだろ」
「瓦礫なんて斬れるわけな――」
怒鳴るように叫んだその時、視界で――ひらりと、銀白が揺れた。
「え……」
少年は手をかざしていた。時が止まったかのように――瓦礫がぴたりと、宙に浮かんでいた。彼が手を下げるのと同時に、瓦礫はゆっくりと、地面に下ろされていく。
声も出なかった。アックスも、他の人たちも、彼から目が離せなかった。息をすることさえ忘れたまま、ただただ、その光景に魅入っていた。
くるりと振り向いた少年は――美しい、エメラルドグリーンの瞳をしていた。
「あ、兄上……?」
「レオンハルト、アックス。怪我はない?」
俺たちを見上げる彼は――兄上が亡くなった当時の姿をしていた。俺たちの名前を呼び、笑いかけてくれる。でも彼は、兄上とは違う笑顔だった。
「初めまして、ぼくはイーストエッグ」
困惑が伝わったのか、彼はにっこりと微笑む。
「オズの使い魔だ」
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