オズの日

 私たちはきっと、処刑される。

 私が死んだって、償えない。どれだけ謝っても、何をしても、許されない。それほどの罪を犯した。


 独房でじっと、その日を待った。もう誰も、何も、言わなくなった。

 そのまま何日も何日も過ぎて――遠くから、微かににぎやかな音楽が聞こえてきた。


「オズの日だ……」


 そう呟いたのは、誰だったのだろう。


「十年ぶりの、オズパレードだ」


 そういえば私、一度も、オズパレードを見たことがないや。最後に一度くらい、見てみたかった。どれほど人がいるんだろう。賑やかで、華やかで、おいしいものがたくさんあって。


 ブランは、お兄さんと一緒に回るのかな。ドロシーさんと兄弟水入らず。いいなあ。


 レオンとアックスは、きっと一緒にいるだろう。町に出るときは意外と、アックスの方が振り回されているから、今日もそうかな。


 アリアさんは、どうだろう。おいしいもの、たくさん食べているといいなあ。誰と一緒に過ごすんだろう。友達かな。それとも、攻略対象と言っていた誰かとだろうか。もしかして、これもイベントっていうやつなのだろうか。


 ――オズワルド殿下は、無事に外に出られたかな。殿下もオズの日を楽しんでいたらいいなあ。レオンと一緒かもしれない。もしかしたら、ブランもいるかもしれない。そうしたらアックスもいて。だったら、ドロシーさんとアリアさんも?


 そうなったら賑やかで、すっごく、楽しそうだ。

 私もみんなと一緒にお店を回ってみたかった。オズパレードに、声援を送ってみたかった。


 だけど、もう無理だから。

 みんなの今日が幸いだったら、それで十分だ。私の分もたくさん、楽しんで。みんな、どうか、いいオズの日を。


 そう祈った、その時だった。


「いや、あ……っ、きゃああああああああああああああああっ」


 お母様が絶叫した。


「イザベル!?」

「お母様っ!」


 お父様と二人で呼びかけるも、取り乱したように叫び続けている。

 その次の瞬間、激しい爆音が聞こえた。石造りの天井から、ぱらぱらと塵が降ってくる。


「爆発?!」


 突然のことに見が竦む。


「オズパレードの方からか!?」

「お前、またやったのかっ!」

「早く殺しておけばよかったものを!」


 牢獄のあちこちから、お母様を非難する声が上がった。


「ちが、違う! 私じゃない、私じゃない……っ!」

「お母様! 分かってる! 分かってるから!」

「イザベル! 何が起こっているんだ」

「ニコラ! カノン! わ、私……っ」


 目の前の独房で、お母様は格子を握りしめ、ぼろぼろと涙を流していた。


「私じゃないのっ! 今回も、事故のことも、違う、違うわ……!」


 格子と手枷が激しくぶつかり合って、ガチャガチャと音を立てる。看守が止めに入り、怒鳴り声をあげる。それでもお母様は、叫び続けた。


「私、オズワルド殿下を失脚させようって、それでも最低だけど、それだけで……っ! 人を殺そうなんて、思っていなかった……っ」

「お母様、分かってるから、やめて……! 痛そうよ!」


 爪が割れ、血が滲んでいた。激しく打ち付けた手枷の周りが、青紫色に腫れあがっている。


「違うの……っ。私も、あの子も、違うの……」

「イザベル、手を離すんだ。もうそれ以上、自分を痛めつけるな」


 鬱血した耳元で罪人のピアスが揺れ、ギラギラと光る。


「殺そうなんて、思ってなかった……っ」

「黙れ! この殺人鬼がっ!」


 一喝した看守が、宙を舞った。地面に叩きつけられ――気絶したのか、ぴくりとも動かなくなる。


 強烈な既視感を感じた。一度、この光景を見たような。

 あの時私はスリにあって、泥棒が高く宙を舞ったのだ。その先にいたのは、二人の男の子で――。


「邪魔」


 ゆるく結われた黒髪が、さらりとなびく。


「どうして……」

「カノン、ひどい顔」


 アックスは、感情の読めない顔で言った。


「カノン!」


 レオンが鍵束を手に駆け寄ってきた。手早く鍵を開け、私の方に手を伸ばしてくる。


「早く!」

「で、でも……」


 戸惑う私の手を、手枷ごとレオンが強い力で握った。


「いいから来て!」

「私、足が……」


 足枷に気づくと、レオンは私を抱き上げた。突然のことに、思わず悲鳴が上がる。


 鉄格子の向こうから、お父様とお母様が、私を見つめていた。手を伸ばすことも、声をかけることもできないまま、二人が遠くなっていく。

 きっと、彼らとは、もう二度と会えない。そんな予感があった。


「待って! レオン!」

「無理だ!」

「アックス! お願いだから!」

「レオン、こっち」


 お父様とお母様は、安心したように、優しい笑みを浮かべていた。


「……うぅっ」


 堪えることができずに、ぼろぼろと涙が溢れる。一目で高価と分かるレオンの服に、涙の染みがいくつも、いくつも、増えていく。


 レオンに抱えられたまま、薄暗い通路に入った。先で誰かが待っているのか、ランタンの灯りが揺れた。


「姉さん! こちらです! はやく!」


 聞こえてきた声に、目を見開く。


「――ブラン?」

「見張りは?」

「拘束しています」

「助かる」


 物騒な会話をしながら、レオンがするりと私を下ろす。


「すぐに迎えに行けなくてすみません」


 ブランが駆けてきて、手枷と足枷の鍵を外した。ブランは制服のジャケットを脱ぐと、粗末なボロ布のワンピースを纏っただけの私に着せた。


「申し訳ありませんが、ゆっくり状況を説明している時間はありません。歩けますか?」

「う、うん。でも、どうしてブランがここに? ドロシーさんはいいの?」


 手を引かれるまま足を進めながら、背後を警戒しながら歩くブランに尋ねる。


「こうして姉さんを連れ出すために、兄さんに付いて行ったんです」

「えっ……?」

「その話は後で」


 先導するアックスが、止まれとジェスチャーを送ってくる。レオンと頷き合って、アックスは駆けて行った。


「アックスが戻ってくるまで、手短に説明する。カノン、さっきの爆音は聞こえた?」


 レオンは杖を持ち、背中で私を庇うように立ったまま尋ねた。


「聞こえたけど、一体何なの?! オズパレードはどうなってるの? 街の人たちは――っ」


 十年前の惨劇を思い出して、血が凍りつきそうなほどの恐怖が身体中を駆け巡った。


「自分の目で見て確かめた訳じゃないから、まだ何が起こっているかは分からない。でも、オズパレードの最中に、また爆発が起こったらしい」


 アリアの言葉が蘇って来て、焦りが募った。

『バッドエンドの一つに、みんな死んでしまうエンディングがあるの』

『十年前の事故なんて比じゃないくらいの、大爆発が起こるわ』


 そんなことが、現実になろうとしているっていうのだろうか。ぞっと悪寒が走り、両腕で自分の体を抱きしめた。


「十年前の事故だけど――オキデンス公爵夫人と、王妃殿下の共謀だそうだ」


 前を警戒したまま、レオンが小さな声で話し始める。


「母上も尋問を受けた。でも二人とも、兄上の話はしなかった。罪人のピアスを付けられたら黙秘できない。本当に、知らないんだ」

「それって……」

「兄上を塔に幽閉した人物が、別にいる。――いま王都に攻撃をしかけているのは、その人物かもしれない」


 予想もしていなかった言葉に、目を見開く。


 オズワルド殿下を幽閉したのが、お母様でも、王妃殿下でも無いとするなら――いったい誰が罪人のピアスを付けて、時計塔に閉じ込めたというのだろう。

 ――そして、そんな恐ろしい人が、今、王都で騒ぎを起こしているかもしれない。


「レオン……」


 前を向いたままのレオンの服の裾を引くと、振り向いた彼は目を見開いた。


「どうしたの? 酷い顔色をしてる」

「ねえ、レオン。もしかして」


 言い終わる前に、アックスが戻って来た。


「大丈夫。付いて来て」

「ごめん、カノン。話は後で」


 アックスとレオンに続いて、薄暗い通路を進んでいく。どこかの隠し通路かもしれないと思い当たった頃、アックスが扉を開いた。四人で雪崩れ込むように入った場所は、狭く、何も無い部屋だった。


「お待ちしておりました」


 中には一人の男性がいた。一度どこかで見たことがある。確か――ドロシーの講義の時、一緒にいた宮廷魔術師だ。


「どうして宮廷魔術師が、こんなところに?」

「俺の専属魔術師だ」


 レオンは彼に目配せをすると、小さく頷く。


「頼む」

「畏まりました」


 彼は、私に向かって杖を一振りした。


「……制服?」


 私の粗末なワンピースが、オブシオン魔法学校の制服に変わっていた。


「その格好じゃ目立つ。二人には学校に行ってもらう」

「えっ」


 私とブランの二人ということだろう。ブランは制服なのに、レオンとアックスは私服だった。


「レオンとアックスは、どこに行くの……?」


 先ほど言いかけたことが、嫌な予感が、現実味を帯びてくる。


「俺たちは街にいく」

「そんな……っ! 危ないわ!」

「姉さん、言い争いをしている時間はありません」


 ぴしゃりと言われ、声が出なくなる。


「大丈夫」


 アックスが私の肩を叩く。


「カノンたちは兄上を頼む」


 空いている方の肩に、レオンが手を乗せた。

 ――そう言われたら、もう、何も言えなくなる。


 宮廷魔術師は大きな杖を持ち上げると、トン、と軽く地面を突いた。視界が光に包まれ――ぎゅっと目を閉じる。


 再び目を開いた時――目の前には、時計塔があった。

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