乙女ゲームと推し2
「――それで。聞きたいことって、何ですか?」
彼女が「呼び出しイベントは校舎裏です」と強く主張するので、またもや私たちは冬の冷たい風が吹き荒ぶ校舎裏で向かい合っていた。
「乙女ゲームって、何のことですか?」
私の質問に、アリアは目を丸くする。
「――――はい?」
そのまま、ものすごい勢いで詰め寄ってきた。
「カノンさん、以前、さいはてのおずを知ってるって言いましたよね?」
「サイハテのオズは知っています。私が大好きな小説です」
「……小説?」
アリアはまじまじと私を見た。何を言っているんだ、と顔に書いているようですらあった。
「そんなの、聞いたことも、読んだこともありません」
「そうですか……」
その答えを予想していなかった訳ではないけれど、どういうことだろうかと首を傾げずにはいられなかった。お互い困惑の表情を浮かべ、見つめ合う。
「サイハテのオズは、アリアとレオンハルト王子のファンタジー恋愛小説です。悪役のカノンとブランに妨害されつつ、最後はハッピーエンドのお話で――」
「アックスとドロシーは?」
「出てきません」
「は?! あの二人がただのモブなわけないじゃないですか! キャラ、濃すぎるでしょう!」
「……言われてみれば、確かに?」
ここが物語の中だとするならば、アックスとドロシーがメインの登場人物じゃないのは変だ。アックスはレオンの従者で、人間辞めてると形容されるくらい強い騎士家系初の魔法使い。ドロシーは飛び級で魔法学校を卒業して、史上最年少で宮廷魔術師になった天才。どう考えたって、脇役じゃない。
「この世界はゲームなんですよ。『さいはてのオズ〜魔法が導く、運命の恋〜』っていう乙女ゲームの中です!」
「ま、まほうがみちびく、うんめいのこい……」
「そうです! 攻略対象は、レオンハルト、アックス、ブラン、ドロシー」
指を一本ずつ立てながら、アリアが熱弁する。
「あのね、カノンさん。ここはゲームの中です。あなたは登場キャラクターの一人で、私はプレイヤー。お分かりいただけますか?」
「は……はい」
その剣幕に、思わず頷いてしまった。
「ちなみに、私はアックスを攻略しようと思っています」
「攻略するってことは――つまり、アリアさんはアックスが好きなの?」
「そんなわけないでしょ! あの男、選択肢を少しでも間違えたらすーぐバッドエンドなんですよ!」
怒られた。もう何が何だか意味がわからない。
「アックスルートは、『さいはてのオズ』でもトップクラスの高難易度を誇ります。せっかく攻略するなら、難易度高い方が燃えるじゃないですか」
彼女の表情はキラキラと輝いていた。その背景には燃え盛る炎が見えそうですらある。
「何度バッドエンドに叩き落とされたことか……。あまりにも攻略が難しすぎて、クール系イケメンキャラなのにプレイヤーからはいじられまくり。愛と憎しみを込めて、ファンからはアッくんと呼ばれていました」
「アッくん……」
「アッくんは魔法がとにかく苦手。そこに現れるのがヒロインのアリアです。アリアは魔法が得意ですし、何より、水属性の魔法の使い手です。怪我ばかりしているアックスを治癒魔法で癒すことだって出来るんです」
「――う、うん?」
その話、どっかで聞いたことあるような。頭の中に、金髪碧眼のキラキラ王子様が思い浮かぶ。
「そうして二人は少しずつ距離を縮めて――そこまでは、いいんです! ですが! アックスが恋心を自覚した途端、淡白だった彼は、激情的になってしまうんです」
激情的なアックス? 全くもって想像できない。
「いいですか。アックスのハッピーエンドに辿り着くには、選択肢の一つも間違えられません。好感度ゲージは彼だけマックスにし、他のキャラクターは最低値に維持! そうしなくちゃ、オレ以外見ないで、の監禁バッドエンドです。だから『さいはてのオズ』には逆ハールートなんてないんです」
「監禁っ!?」
「その上でっ! 好感度判定がめちゃくちゃシビアなんです! プレイヤーたちは思いました。アッくんってもしかして、好感度ゲージがナノ単位で見えてんの? ――アックスバッドエンド無限ループにハマったプレイヤーたちは皆、こう言いました」
彼女はすんっと表情を消した。どこか遠くを見つめながら、呟く。
「アッくんの罠か……」
アリアはしばらくそのまま、虚空を見つめていた。告げる言葉も見つからず、再び動き始めるのを待っていると、彼女は悔しそうに唇を噛んだ。
「私も粘りに粘ったんですよ。無限ループにハマっているうちにいつのまにか朝になって、大学に行かなきゃいけない時間になって。慌てて支度して飛び出したんです。何日も寝てなかったからふらっふらで――。車にどかん、です」
「そ、それは……大変な思いをされたんですね」
「ええ。私、アックスルートに殺されたと言っても過言ではない訳です」
――そうなの、かなあ?
疑問も訂正も挟めないまま、やんわりと首を傾げる。
「それに、分かります?」
「えっ」
ずい、とアリアが詰め寄ってきた。
「私、まだ、アックスのハッピーエンドスチル回収してないんです!」
ドーン、と効果音でも聞こえてきそうな顔で、アリアは胸を張った。
「あ、は、はい……」
わからない。アリアが言っていることの、半分もわかっていないかもしれない。
逆ハールートって何、好感度ゲージって、スチルって、何なのぉお?!
「――それで、協力プレイ、してくれるんですか?」
協力プレイって言ったら、前回アリアに「協力プレイといきませんか? 私、あなたの推しは攻略しません。それでどうですか?」と提案されたことだろう。
「えっと、推し、でしたっけ」
「――ああ。推し、知らないんでしたね。うーん……そうですね、カノンさん、『サイハテのオズ』で一番好きなキャラクターは誰ですか?」
「……好きなキャラクター?」
それならば、答えるのは簡単だ。
「オズワルド殿下です」
そっか。推し。いい響きだ。私の推し、オズワルド殿下。
一人でにこにこしていると、アリアは驚いたように呟いた。
「……悪役じゃない」
――悪役?
顔からすっと、笑みが引いていくのが分かる。信じられない思いでアリアを凝視した。
「オズワルド殿下が悪役なんて、そんな……。悪役はカノンだけじゃないんですか?」
「カノンは中ボスで、オズワルドはラスボスってところ」
「ちゅうぼす? らすぼす?」
「カノンさん、本当に転生者?」
アリアがじとりと私を睨む。
「――でも、ゲームのカノンと同じだなんて、ある意味好都合です。私たち、協力プレイはできないみたいですが」
そう言うとアリアは、勝ち誇ったように笑った。
「ゲームでは、カノンとオズワルドの悪役二人をやっつけて、ハッピーエンドなんです。カノンさんは、私のハッピーエンドのために諦めてください」
「やっつけるって、恋愛のゲームなのよね?」
「そうですけど……」
彼女は困ったように眉を下げる。
「カノンさんって、もうオズワルドに会いましたか?」
彼女の視線は――まっすぐに、時計塔の方を向いていた。
「えっ……」
ゲームでは、オズワルド殿下が生きていて、時計塔に幽閉されているんだ。それがわかって、ぞくりと悪寒のようなものが走る。
「――は、はい」
やっとのことで頷くと、そうですか、とアリアは同情するような笑みを浮かべた。
「カノンさんが言う小説ではどうだか知りませんが――オズパレードの魔法爆発事故、あれは、オズワルドが起こしたものなんです」
「それは……っ!」
冤罪で、オズワルド殿下はなにひとつ、悪くない。そう言うより早く、アリアが口を開いた。
「悪巧みしてるんでしょう、オズワルド」
「オズワルド殿下がそんなことするわけないじゃないっ」
「ラスボス――オズワルドは、あの事故をまた起こす気なんです」
「オズワルド殿下はそんな人じゃないっ!」
悲鳴のような声で叫ぶ。アリアは、困ったような顔で笑った。
「――あなたって、バカね」
冷たい風が吹いて、彼女の不思議な色の髪が、さらりとなびく。
「騙されているのよ。オズワルドは、そんな人よ」
髪を払いながら、彼女はきっぱりとそう言った。
「バッドエンドの一つに、みんな死んでしまうエンディングがあるの」
「……え?」
「イーストエッグ」
思わず、かっと目を見開く。
「姿を見せないけど――やっぱり、いるのね? あれは本来お助けキャラだけど、そのバッドエンドだけは別。――あれはエメラルドよりずっと強い、魔力の塊みたいなものなの。イーストエッグが起爆剤になれば、十年前の事故なんて比じゃないくらいの、大爆発が起こるわ」
「そんな……」
「王都全部、ふっとばすくらいの大爆発よ」
そんな――そんなことが起こったら、今度こそこの国は――。ブランは、レオンは、アックスは――。塔から動けない、オズワルド殿下は――。
最悪の未来が目に浮かんで、体から力が抜けていく。そのまま、膝から崩れ落ちた。
「私はハッピーエンドを目指しています。プレイヤーなんだから当然ですよね? だから、悪役であるあなたも、あの塔の天辺のオズワルドも、成敗します」
「……私の推しには手を出さないって言ったのに?」
「オズワルドは別に決まってるでしょう。あれは、危険なんですよ」
――オズワルド殿下を、「あれ」呼ばわりなんて。
頭にカッと血が上っていた。
「私、オズワルド殿下を絶対に死なせないっ!」
アリアが目を丸くする。
「ここがゲームだろうと、アリアがどんなことをしようと、絶対、絶対、死なせないから!」
アリアはしゃがみ込むと、私と視線を合わせた。
「――諦めて。私の邪魔はしないで。そしたら、エンディングの投獄は容赦してあげるから」
彼女が眉を下げて微笑む。アリアはゆっくりと、私の頬を撫でた。
「カノンさん」
私の名前を呼ぶ声は優しかった。
アリアは一つ年下だけれど――彼女の精神年齢は、私よりもずっと年上だ。これまでの会話から、アリアもそれを察したらしい。
目の前で倒れるなんて――私が、弱い姿を見せたからだ。
「いい子だから、私の言うことを聞いてくれる?」
彼女は子どもをあやすみたいに、そう言った。
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