乙女ゲームと推し1
「時計塔に選ばれるとか、選ばれないとか、何なんだろう」
帰宅後、緩んだ緊張の向こうから疲労感がどっと押し寄せて、ソファーにだらっと寝そべった。
「私がよくてレオンたちがダメって、どういう基準なんだろう」
正面に座っているブランは、貴族令嬢にあるまじき姿をした私を見ても、平然としていた。
「レオンを選ばない塔、見る目なさすぎない?」
「そうですね」
「でもレオンを選ばなかったってことは、人格の良し悪しは関係ないってことよね」
「そうですね」
「アックスを選ばなかったってことは、身体能力も関係ないってことで」
「そうですね」
「あとは……ええっと、私とブランが塔に入れるってことは、性別も関係ないってことね」
「そうですね」
ブランも疲れているのか、返事がおざなりだった。二人して、口から大きなため息が漏れる。
「本当に意味が分からない。オズワルド殿下の世話役とかいう人だって、塔に入れるのに」
毎朝やってきて、オズワルド殿下のもとへ食事を運び、一晩かけて作られたエメラルドを回収していくという。
「塔、見る目ないよ」
クッションを抱きしめながらぶつぶつ愚痴をこぼしていると、突然、ブランが思いついたように言った。
「オズワルド殿下の世話役って、女性でしょうか」
「……どうして?」
「いえ、ただそう思っただけなんですけど。気配りが細やかというか……」
「気配り?」
世話役が、気配りですって?
露骨に顔を顰めた私に、ブランが手を見せてきた。
「殿下の爪、いつも綺麗に塗られていますよね」
オズワルド殿下の元をいつ訪れても、彼の手足の爪は、きれいなエメラルドグリーンで塗られている。それが何だというのだろう。
「世話役というのが爪の手入れもしているはずですから、なんとなく女性なのかと」
「男の人でもネイルするでしょう? ブランだって私より上手そうよ」
ブランは手先が器用だ。不器用な私ではきれいに塗れる気がしないけれど、ブランだったら小さな小指の爪でもはみ出すことなく塗ってしまいそうだ。
「いえ、そうではなく――僕たちは、塔の前に人気がない日や時間帯を見つけて、オズワルド殿下に会いに行きますよね?」
「うん。まあ、そうね」
時計塔のすぐ近くは不気味だから滅多に人が寄り付かないけれど、それだって常にという訳ではない。それに当然、塔に辿り着くまでにはどうしても誰かに会ってしまう。不自然でないように塔の方向へ向かうとなると、いつでも、という訳にはいかないのだ。
「僕らがいく日は、曜日も、時間帯もバラバラです」
「うん」
「それでも、いつだって殿下の爪は綺麗なんです」
言われてみれば――確かにそうだ。ネイルが剥げていたり、爪が伸びているのを見たことはない。ということはつまり、誰かが――世話役が、小まめに手入れして、塗り直しているということだ。
「確かにそう考えたら、そういう細かなところに気づくのは、普段から爪を塗ることの多い女性の方かもしれない……かも?」
「普段からネイルにこだわっている男性かもしれませんけどね」
「そうね」
言いつつも、心の中にもやっとしたものがあった。
「それってなんだか……本当に、世話役の仕事としてやってるのかな」
「まあ必要は無いですよね」
そうだとしたら、何らかの意図があって、わざわざ殿下の爪を塗っているのだろうか。
「でも僕、殿下の爪の色、どこかで見たことある気がするんです」
「私も。どこで見たんだろう?」
「うーん」
ブランと二人で頭を悩ませるけれど、思い出せない。
「んんー! もやもやするー!」
ぐぐっと伸びをする。世話役も気になるけれど、思い出せないものはどうしようもない。
「――それより今は、レオンよ」
ソファーにきちんと座って、ブランと向かい合った。
「レオンは王妃殿下だろうって言ってたけど、どうなんだろう」
「陛下だとしても、王妃殿下だったとしても、問い詰められるだけの証拠はありませんよ」
「……そうよね」
エメラルドは砕けて消えた。何の証拠も残らない。エメラルドが残っていれば、誰の魔力が残っているのか、調べることができたかもしれないのに。
「陛下と王妃殿下は、どちらも、パレードの馬車に乗っていたんです。誰かに命じたのかもしれませんが、少なくとも、直接魔法をかけた訳ではありません。お二人にたどり着くのは困難かと」
「オズワルド殿下だって時計塔から出られないし、罪人のピアスも私たちじゃどうにも出来ないし」
正直、お手上げだ。またもやべたんとソファーに横になる。
「オズワルド殿下を失脚させようとしたのはどちらなのか分かりませんが、罪人のピアスをつけた時点で、思惑はある意味で成功したのではないでしょうか」
ブランが真剣な顔つきになって、いつもより低い声で呟く。
「――事故が予想外の規模になってしまったというだけで」
言葉の端から、強い怒りが滲んでいた。――私だって、同じだ。
お父様が怪我をして、お母様は塞ぎ込んで。使用人たちも自身や身内に不幸があって。事故からしばらく、オキデンス家は暗く沈んでいた。我が家だけじゃない。国中の誰もが傷ついたのだ。オズパレードの魔法爆発事故は、それほどの悲劇だった。
気づけば、お互い黙り込んでいた。クッションを抱えて天井を見上げなら、ふと思う。
アリアなら、何か知っているんだろうか。
「……あっ。そういえば私、アリアさんにお礼を言ってない」
「医務室まで運んでもらいましたからね」
取り乱して目の前で倒れてしまったのだって、申し訳ない。
――それに、もう一度、話がしてみたい。
『サイハテのオズ』のことを、小説ではなくて乙女ゲームだと言っていたのも気になる。
そのゲームには、小説には無いストーリーが描かれていたりするのだろうか。そうだとしたら、私が知らないことでも、アリアなら知っているんじゃないだろうか。
先の展開を聞くなんて、なんだか、反則みたいだけれど。
何としてでもオズワルド殿下を救いたい。
そのためには、手段を選んでなんかいられないのだ。
◇◆◇
「アリアさん先日は――倒れた私を医務室まで運んでくれたと聞きました。ありがとうございました」
下級生の教室まで出向いて礼を言うと、彼女はどこか圧のある顔でにっこりと微笑んだ。私にしか聞こえない距離で、耳元で囁くように言う。
「悪役令嬢が平民ヒロインに敬語使わないでください」
たっぷり見つめ合うこと数十秒、なんとか淑女の笑顔を作る。
「……そうね」
心を強く持たなくちゃ、彼女とは向かい合えない。
もしかしたら、オズワルド殿下を助ける方法を知っているかもしれないのだ。
「アリアさんに聞きたいことがあって。今から少し、お時間頂けませんか?」
彼女はすこし考えるような素振りを見せた後、にっこり笑った。
「悪役令嬢の呼び出しイベントに見えるかもしれません。いいですよ」
予想のななめ上の理由を添えて、彼女は快諾してくれた。
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