オズパレードの魔法爆発事故3
「何と言うか……僕では理解の及ばない、人でした」
「そうね……」
どちらからともなく、深いため息を吐く。
どっと、疲れが押し寄せていた。
帰りの馬車では無言だった。帰宅後、自室でブランと二人で向かい合い、そうして初めて口を開いて、息を吐けた。
「話してみると全然違いますが、ぱっと見た感じの雰囲気だけは、レオン殿下に似ていましたね。穏やかで、いつも微笑んでいて」
「キラキラ王子様モードのレオンは、オズワルド殿下の真似なのよ」
アックス曰く、オズワルド殿下を被っている。
優雅な物腰も、話し方も、自分のことを僕と呼ぶのも、あの微笑みも、――全て、オズワルド殿下にそっくりだ。
「杖も呪文も使わず、凄まじいお方でしたね」
「子どもの頃からそうなのかな」
「まさに天才ですね」
「天才なんて言葉でも足りないかも。もうずるいくらいよ」
その兄と比べられ続けたレオン……私ならたぶん、拗ねて、色々拗らせてしまうだろう。あの優しさを持ったまま育っているレオンが眩しく思えてきた。
「レオンって本当にすごいわね」
今度、胃に優しいハーブティーでも差し入れよう。レオンはお茶が好きだから、きっと喜んでくれるはずだ。
「聞きづらくて、ずっと、事故の話はあまりしなかったの。オズワルド殿下のところに行っても、授業のこととか、補修が大変だとか、そういう話しかしてなくて」
「他人の牢獄でくつろぎすぎじゃないですか?」
「殿下はいつも、にこにこしながら私の話を聞いてくれて――だから、知らなかったの。冤罪だなんて」
「本人は冤罪とも思ってないようですが……」
「どうしてあんなに他人事みたいに話せるんだろう。私だったら、もうっ! 絶対、ぜーったい、許せないっ!」
近くにあったクッションを壁に向かって投げつける。
「まあでも、姉さんが来るまで世話役って人以外、誰も来なかったんでしょう? 特殊な牢獄で、目隠しに、手枷に首輪――常に拘束されて何年も過ごしていたら、とても、まともではいられない」
「自分のことを、他人のことみたいに考えるしかなかったってこと?」
「可能性の話ですが」
そうすることでしか、自分の心を守れなかった。そういう状況なら、分からなくもない。
「確かに、そう考えると、そうかなあって思うけど……」
でも、オズワルド殿下のあれは、どうかなあ。
壁にぶつかる前に床に落ちたクッションを、ブランが拾いに行く。ご丁寧に元の場所に戻してくれた。
「一体誰が、オズワルド殿下をこんな目に遭わせたんだろう」
オズワルド殿下を塔に幽閉した人物。
彼が命を落とすまで、魔力を搾り取ってエメラルドにしようとしている罪人のピアスの術者。
エメラルドを回収していく、彼の世話役。
それが誰で、何人いるのか、さっぱりわからない。
オズワルド殿下がどう思っていようとも、私は、許せなかった。
冤罪で――オズワルド殿下があんな目に遭っているというのなら、今すぐにだってあの残酷な場所から連れ出したい。引きずってでも、どんなに抵抗されても、外に出してあげたい。
「オズワルド殿下が誰かの恨みを買ったりするかな?」
「買いまくりでしょう」
「……そうね」
ずるいほどの天才で、あの性格だ。どうしたって目立つ彼は、畏怖や羨望、嫉妬――いいものから悪いものまで、様々な感情を向けられているだろう。
「殿下が亡くなって得をする人も……少なくはなさそうです」
「一番得をする人って、誰?」
「……陛下はオズワルド殿下以外を王にする気はなかったそうですから」
やっぱり、継承権を巡るものなのだろうか。
『オズワルド殿下は王の器じゃないって、そう言う人もいたよ』
突然アックスの言葉が蘇って、ドクンと心臓が跳ねた。
――もしそうだとしたら、レオンを王にしたいと思っている人たちが怪しいけれど。
「王妃殿下、とか」
ぽそぽそと、声をひそめて喋る。
王妃殿下だって、きっと、実の息子を王にしたかったはずだ。
「でも王妃殿下は、パレードで馬車に乗っていましたよ。遠くからですが、僕も見ました。あのオズパレードの時、王族の馬車に乗っていたのは陛下と王妃殿下のお二人だったはずです」
「……オズワルド殿下はどこにいたのかしら」
「レオン殿下とアックスさんだったら、民衆に紛れてパレードを見てそうですよね」
「それだったら、聞いたことあるわ。二人でこっそり抜け出してパレードを見ていたんですって。そしたら事故が起こって、アックスがレオンを庇ったらしいの」
ウッドヴィル家は体が丈夫で、回復も早い。事故当時はレオンより酷い怪我を負っていたはずのアックスは、数日後には病室を飛び出して駆けまわっていたそうだ。
「どこにいたかはわかりませんが、レオン殿下と同様にお祭りを楽しんでいたとしても、近くで攻撃されたら、簡単に防いでしまいそうですよね」
「……それも、そうね」
杖も呪文も使わずに魔法を使う殿下が、奇襲に遭って、目の前であっさり魔法を受けてしまうなんて――なんだか、想像がつかない。
「少しくらい離れていても、簡単に避けてしまいそうです」
「そうだとしたら、ものすごーく遠く離れたところから、ブローチだけを狙って正確に魔法をかけたってこと?」
前世で読んだ、凄腕スナイパーの姿が脳裏をよぎる。
「そんなこと不可能ですよ」
普通に考えてあり得ない。突拍子もない思いつきだった。
よくよく考えてみれば、当時のオズワルド殿下は十歳になったばかりの子どもだ。今とは全然違うだろう。
「――あ。でも一人、それができる魔女がいますね」
暗く沈んだ空気の中、ブランがおどけたように言った。
「ああ、そうね」
張りつめた空気に耐えられなくなっていた私も、努めて明るく、がおお、と怪獣のような手を作る。ブランも真面目な顔をしたまま、私と同じように、がおお、の手を作った。
エスメロードで育った子どもなら誰だって知っている、古い言い伝え。
悪い子どもを見逃さない、千里を見渡す目を持っていたらしい、こわーい魔女。
「西の悪い魔女」
二人の声がぴったり重なって、無理やり、笑い声をあげた。
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