王子さまの仮面1

 英雄オズ様は、四人の魔女が支配していた恐怖の時代を終わらせた。偉大な建国王へ変わらぬ感謝を捧げ、これからも平和が続くことを願う。だからエスメロード王国は、建国記念日を盛大に祝うのだ。


 四年前のオズの日から、その日は一変した。原因不明の大事故――オズパレードの魔法爆発事故を境に、お祭りが開催されることは無くなったのだ。


 オズパレードが行われていた通りに集まった人々は喪服を着ていた。色と花と笑顔に溢れていたお祭りの面影はない。ブローチを付けている人はいない。人々が黒い線のように続いている様子は、色彩を失ったかのようだった。事故の時間を告げる鐘が鳴り、黙祷がはじまる。


 私も、隣のブランも、目を閉じた。数度の鐘の音のあと、ゆっくりと目を開ける。


 オズの日の建国祭は、慰霊祭になった。




 この日ばっかりは心が暗く沈んでしまうから、慰霊祭の夜はお泊り会になった。


 やっぱりブランは砂糖とハチミツをたっぷり溶かしたホットミルクで、私はよく眠れるハーブティー。こくりと飲んで、一息つく。


「慰霊祭って、つらいね」

「そうですね……」


 ランタンのオレンジの光だけがぼうっと揺れる部屋に、私たちの溜息が染み入っていく。


 慰霊祭のことが憂鬱で、昨日はよく眠れなかった。やっと少し眠れたかと思ったら、何か、怖い夢を見た。頭にもやがかかったように思い出せないのに、恐怖だけが澱みのように残っている。それも相まって、どうにも、気持ちが塞ぐ。


「そういえば、入学許可証が届いてましたね」


 ブランは無理に明るい声を作っていた。気分を変える話題を提供してくれたはずなのに、ピシッと体がこわばる。


 今年の冬に十歳の誕生日を迎える。来年の春になれば、魔法学校に入学しなくちゃならないのだ。


「ついに来てしまったのよね……」


 なおも暗く沈んだままの私に、ブランは目を丸くした。


「良い報せじゃないですか。オブシオンの入学許可証が届いてそんな顔するの、姉さんくらいですよ」


 ブランの言うことは最もだけど、前世から学校というものに良い記憶がない私は、どうにも尻込みしてしまう。『サイハテのオズ』が始まるのだから、もちろん、絶対に入学するけれど。それはそれとして、少し怖い。


「でもねえ、公爵令嬢で、こんなに気の強そうな悪役顔してて」

「悪役顔って」


 両手で目じりをさらに吊り上げる私に、ブランが苦笑する。


「その上で魔力量がこーんなにちっぽけだなんて。嫌がらせされないかしら?」

「そんなことで公爵令嬢に嫌がらせするような人、いますかねえ……」

「分からないわよ」


 世の中、人と違うところがあるってだけで、自分が正しいとばかりに攻撃してくる人がいるんだから。


「アックスと友達になっておいてよかった。隣に人間辞めてる人がいたら、面と向かって何か言われることはないはずよね」


 うんうん頷く私に、ブランが爆弾を放って寄越した。


「アックスさんが隣にいるってことは、殿下も隣に居ません?」

「あっ!!」


 思わず頭を抱えた。


「嫉妬光線で燃え尽きそう……」


 老若男女問わず、「そこ代われ」の目が向いてきそうだ。想像するだけでゾッとする。


「やっぱり私の学生生活、前途多難だわ」

「まだ入学してもいないのに何を言っているんですか。姉さんのそれは被害妄想ですよ」

「ひどい! 最近のブラン、私に辛辣すぎない?!」

「じゃあネガティブです」


 言い直してもやっぱり手厳しい気がする。小説の忠犬ブランとは違いすぎる。もちろん、私のブランの方が好きだけれど。


「一年経ったら、僕も入学しますから。それまで何とかアックスさんを隠れ蓑に頑張ってください」

「そっか。そうね」

「魔力のことも、きっと大丈夫です。姉さんには、お父様からのプレゼントもありますから」

「……そうね」


 今はまだ机の中に大切に仕舞われている、シルバーの指輪を思い出す。入学が許可されたお祝いに、お父様が贈ってくれたものだ。指輪の中央に、緑色の宝石――エメラルドがはめ込まれている。


 エメラルドは魔法石とも呼ばれる、エスメロード王国のシンボルだ。魔力を濃縮し結晶化させたもので、見た目は宝石のようだが、魔力の強化・増幅に使うことが出来る。


「姉さんはもともとの魔力量が少ないので、エメラルドで補うしかありません」

「そうだけど……ブランが持ってた方がいいわ」


 口を尖らせる。私が持つには勿体ないくらいに稀少で、高価なものなのだ。


「僕はエメラルドがなくても困らないので、姉さんが使ってください」


 ブランはいたずらっぽい顔をして、わざと生意気なことを言う。


「何をー!」


 私も怒ったふりをして、ブランをくすぐる。慰霊祭の悲しみを吹き飛ばすみたいに、二人で無理に笑いあって、顔もお腹も疲れたころ、ようやくベッドに横になった。


 ランタンからあふれたオレンジの星空が、静かに私たちを見下ろしている。


「そういえばブラン、今年はレオンハルト殿下の誕生祭が開かれるんだよね」


 社交界デビュー前の子どもが、こんなに大規模な、しかも王城で開催されるパーティーに招待されるのは異例だった。


「高位貴族の子どもだとか、ウッドヴィル家のような、レオンハルト殿下と関わりが深い家の子どもたちも特別に招待されることになったらしいですよ」


 今まで、王子殿下の誕生パーティーがここまでの規模で開かれたことはない。盛大に祝宴が開かれるのは――生まれた時と、成人した時くらいだろうか。もちろん、レオンハルト殿下は成人したわけではない。誕生日に十歳を迎えるはずで――。


「あ」

「レオンハルト殿下も、十歳になりますから」

「……ああ。そっか」


 十歳は、オズワルド殿下が亡くなった年齢だ。亡くなった第一王子と同じ年齢まで、第二王子が息災だった。それを祝うためなんだ。


「パレードはないそうですが、街もお祭りみたいに飾るみたいですよ」

「オズの日みたいに?」

「はい。オズの日みたいに」


 オズの日のように、活気と笑顔が溢れてにぎやかになる町を思う。エメラルドのブローチ、花や魔法で飾りつけられた街並み、軽やかに弾む足取り、あちこちから響く笑い声。


 オズの日のお祭りは、両手から溢れるほどの幸福でいっぱいだ。


「それは、いいね。うん。すごくいい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る