ホットミルクとランタンの夜4
お休みの日、お父様はたいてい、お母様の部屋にいる。ベッドのそばに椅子を置いて、言葉を交わすのだ。
だから、私がそんなふうに一緒に過ごすようになるのも自然な流れで。
ブランが加わるのだって、当たり前のことだった。
お母様の部屋は、日当たりもよく、窓から見える景色も美しい、オキデンス邸で一番いい部屋だ。庭の、黄色一色の薔薇園が一望できる。
私とブランは、お父様の反対側――窓に背を向ける形で、隣同士に座っていた。手には魔法学の本を持って、二人で一緒に覗き込む。お父様とお母様はおしゃべりをしながら、私たちを見守ってくれていた。
「授業の予習かしら?」
お母様が優しい声で尋ねてくる。両手で包み込むように持っているカップから、ふわりと湯気が立っていた。
「うん。ニーナ先生ってば、ブランに説明してくださいって、私に言うの。だからね、ちゃんと確認しておかなきゃ。ニーナ先生に怖い顔されちゃう」
ねっ、とブランの方を見ると、彼がこくこくと頷く。その様子を見て、お父様とお母様がくすくす笑った。
「ブランにも嘘吐いちゃうし」
「姉さんは嘘吐いたことありませんよ」
いつの間にか、ブランの舌ったらずな、言いなれない「おねえさま」は「姉さん」に変わっていた。遠慮が一つなくなって、距離が近づいたみたいで嬉しい。
「魔法使いたちは、四つの属性に分類されます。火、水、風、地。生まれもって、いずれか一つの属性の適性を持っています」
本を読み上げて、ブランの方を向く。
「ブランは風属性よね」
「姉さんは火属性ですね」
お互いの声が重なって、何だか面白くなって、けたけた笑う。
「あのね、お母様も火属性なのよ」
ちなみにお父様は魔力が無い。でも魔法が大好きだから、知識と熱量は並の魔法使いを凌ぐという、ちょっと変わった人だ。
「そうなんですか?」
「ええ、そうよ」
ブランの視線に、お母様が優しい微笑みを浮かべて頷く。
「私と全然違うの。すっごいの。お家の中で魔法を使ったら、全部燃えちゃうんじゃないかってくらい」
「そんなことないわ」
「そんなことあるよ」
謙遜するお母様に、すかさずお父様が反論する。
「イザベルが本気で魔法を使ったら、オキデンス邸なんて庭ごと全部燃え尽きるよ」
「ええっ」
ブランが青ざめる。オキデンス公爵家は、王都の西の端に広大な敷地を持っている。屋敷も庭も、他の貴族の邸宅とは比べるまでもない広さだ。うちより大きいのは、王城とか、オブシオン魔法学校くらいだろう。
「ニコラが言ってること、嘘なのよ。信じちゃだめよ、ブランくん」
「そうかなあ。分からないわよ、ブラン」
「何せ試したことないからね」
三人に囲まれながら、ああだこうだと吹き込まれ、ブランは目を回していた。
「一度ね、お母様の魔法が見たいって、わがままを言ったことがあるの」
その時のことを思い出して、くすくすと笑いがこみ上げてくる。お母様も口元を抑えていた。
「そうしたらお父様が、お庭の――お母様の部屋から見えるところに、薪を組んだの」
「えっ……」
「そこにお母様が魔法で火をつけて」
「はい」
「その日はお父様とふたりで、豪快にお肉を焼いて食べたのよ」
「何で?」
ブランのツッコミに、お父様とお母様が笑う。
「一度、魔法の火で肉を炙って食べてみたかったんだ」
「お父様の夢、一つ叶えちゃったのよ……」
「すっごくおいしかった」
「はあ……そうですか……」
ついにブランがツッコミを放棄した。イザベルは天才だ、絶妙な火加減だ、とかなんとか言っているお父様を無視して、本に視線を落としている。私もブランに倣った。
「ええと、続きは――このページには、それぞれの属性の、初級魔法を記す」
それから、属性ごとの簡単な魔法が載っている。ご丁寧に図解付き。さすがは、『よく分かる、子どものための魔法学』である。
「この魔法、授業で使えるんでしょうか」
「うーん。どうかな。教えてもらえるとは思うけど、私たち、まだ座学だけだから」
幼い子どもが、上手く魔法をコントロールできなかった、というのはよくあることだ。だから子ども用の杖は危ない魔法が使えないようになっている。それに、私たちの魔法の授業は座学中心で、魔法を使うことはない。
「いつか、ブランの風の魔法、見てみたいな」
ぽつんと呟くと、隣のブランが照れたように笑った。いつのまにか、お父様も話を辞めて、こちらを見ている。お母様と一緒になって、こくこく頷いていた。
「姉さんの火の星空くらい、素敵な魔法が使えるようになればいいんですけど……」
小さな声でぽそぽそ言うけれど、ばっちり全部聞こえていた。思わず顔がにんまりする。
「ブラン、今夜は久しぶりに、お泊まり会をしましょうか」
ブランが目を見開く。金色の大きな瞳いっぱいに光をためて、きらきら、きらきらと揺らめいている。
「はいっ、姉さん」
心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべながら、いい返事が返ってくる。
いつかと同じように、お父様とお母様が「羨ましい」と拗ねたように言った。
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