第33話
アヤから連絡があったのは、新海誠作品の原作を楽しみに店頭に陳列した日だった。まだ読んでいない。新人への指示やパート、アルバイトのシフト調整。バイヤーとの発注の相談。
真面目な書店たるひらおか書店でも、何か目立つポップを展示して良いものかの問題。
本に付くおまけのポストカードや、そのシュリンクがけ。やることはたくさんある。暇な時もある。ただ私は正社員だ。その当然の自覚と責任を忘れない。ふさわしい対応も。
アルバイトしていた時から続いているものもあれば、何度か意見が上がっては却下されている案件もある。
ポップの展示がまさにそれだ。私は本社の指示に従いながら、ベテラン店員とあーだこーだと上からの指示に賛否両論を述べ合って。
けっきょくやるしかないわよね、と二人で仕事特有の対話を楽しむ。それも仕事のうちだ。結局今回も特大のポップは店頭に展示しない。送られても来ない。
もちろん、本社の人間の視察や、他店からの店長の応援という面倒な交流がある。そこが楽しいところでもあるのだが。同期とひさびさに会えるのも、楽しみのうちだ。
「ねえ!わかるでしょう?!ぜんぶ!まるでっ!
ワタシの人生見てきたかのようなっっっ」
彩美がスマホをこちらに向ける。場所は高崎の、二人の学生時代、一度だけ訪れた。閑静だがそれなりにリピーターのいる、居心地の良いカフェ。
最初にスクショがLINEに送られてきて。
次にどう思う?!と動揺したメッセージ。電話でも捲し立てた。
次の休日に会おう。
そうLINEのメッセージを送る。彩美の子供はもう五歳くらいだ。もう一人、三人目もそろそろかもしれない。出産は命懸けなのに、妙に落ち着いた思いを抱えてしまい申し訳なく思う。私はシナモンアップルティーを。アヤは妊娠中のカフェイン断ちが抜けない、と言いながらもカフェオレをたのんだ。
カフェオレ。
不意に思い出そうとして、昔のことだと今に向き直る。
「主人の名前や子供の数は違うけれど、私が仕事終わりにすぐ寝ちゃうこととか、斎藤正樹っていう名前の知り合いがいることとか、三菱商事にいたことだってそう!」
ぜんぶ。
ぜんぶ。
知り得ることなら幼少期のことから今に至るまで全てが実名で書かれていると言うのだ。
とある創作サイト「ツタイテ」。
「偶然だよ。」
断言する。本当は、私が喋ったことが彩美の話と符牒し、想像され、時に暈され、核心でもなんでもない出来事だけが、紛れもない過去の真実として、描写され、突きつけられている。
正直、そんなに相違点というか。あるといえばあるし、ないといえばない。おまけに「伝い手の想いを汲み取る創作の扉。ひらく、ひらかないではない。扉はただ、そこにあるのだ。だから、
あなたの伝言を、われわれが試す」
正直三流のアプリだった。小説家になろう!や、ヨミカキ!の方が。さまざまなジャンルの、まだデビュー前の貴重で新しく垂涎ものの自由が、嵐を巻き起こして、絶対凍土に花を凍らせるように、結晶化させて、熱流に光が落ち、いかずちはVtuberや転生者を灼く。・・・・・・何を言っているか分からなくなったが日記ではもっと詩的な表現ができる。とにかく電子の海にアヤは揉まれているようだった。
「そう、そうなんだけど。
符合する事柄なんて微々たるものなんだけど」
アヤの口調が、昔と違う。
私はコンタクトをした目ですぅっ、とアヤ全体を見るようにして。可哀想に、と思う。
小林彩美さん。貴女の呪いは失敗です。
それでいい。
もう呪術廻戦しなくていいんですよ。
今まで私は自分が読んでいる本を紹介したことはなかった。読んでいる本を教えて感想を言い合うことはある。でも、こんな本があるんです、読んでください、と伝えたことは。
あった。
いや、でも、漫画はガンガン勧めたし、友達と貸し借りして、たくさん、・・・・・・たくさん。
あの頃より、一ヶ月に読める本は減った。パソコンに向かい資料を作る夜、彼と愛し合う夜、疲れて妙に目の冴える夜。そして、いつ、子供を持てばいいのか考える日々。
思い返せば、前言撤回だ。私は読んでいる本をことごとく他人にアピールしてきた。通い詰めた書店で。電車での読書中。朝、読書習慣から教室で。
私は、本と両親に数多の幸福に育てられた。
本が読めれば生きていけるよ、という言葉が出てくる漫画があるらしい。小林彩美は教えてくれなかった。
生きていけるわけがない。
でももし、本を出すことで生きていけるなら?資料を読み込み、起承転結やらプロット、そこに伝えたい事があり、物の伝い手がそこにいる。
書いてしまえ。
書いてしまえ。
しかし。
小川彩美は自滅へと向かっている。
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