第6話

「秋ヶ瀬ありあです。どうぞ!よろしくお願いします!」。

二十二歳。まだ彼氏とは一線は超えていない。 

ただ、大学からバイト先、果ては家まで送ってくれる。ストーカーはそれで撃退できた。

あとは大学の授業にはついていきまくりだし。書店のバイトも短時間の本の販売、レジ業務だけなので、当然新天地で時間が余る。

二時間でも三時間でも!


稼ぐ!


疲れる日もあった。しかし、わたしはやりきる。


私の名前にパートの奥様方がざわめいた。

「え?どういう字?」


「あ!母が昔オペラ関係、声楽を学んでおりまして!独唱という意味のアリアです!字は存在の在に、有効期限の有で在有です!」


一気に説明する。

これで一気に解決する。


べつに一から説明せずにちょっとずつ小出しにしてもいい。

ただ、私には忌避したい事柄があったのだ。


昔からあるとある作品にアリアという女性が出てくる。その娘はもう女。娼婦でどんな鼻つまみ者とも夜を共にし、体を重ねる。

あんたはおれにとっちゃ天使みたいな人間だぜ。男達はアリアとの情事の後、身支度をし金を置いて出ていく。

しかしそこにエリスという同い年の、売春などしたこともない、敬虔な信徒で、貧しいながらも白い布地に白い糸で、立体的な新しい刺繍を施す娘がいた。糸の無駄遣いである。



そんな物語を、ある本好きの一人の少女が、複雑な心境で読んだ。年は十代。

しかし、その物語。その文庫には一枚だけおまけがあった。

挿絵が差し込まれていたのだ。版画のようなザリザリとした作調に、白い布と刺繍枠、そして、一糸一糸に更に一糸を、絵を描き込む様にしてイトを刺されて、表現された。

百合と細長い蕾。


エリスは家で、あるいは教会でその純潔を表す白い百合を白い布地にある時は大きな花だけ。

ある時は茎もながく、これもまた植物がそこにあるかの様によくできた作品で刺しつづけた。


立体に近く。神へ捧げたく。


なぜか。エリスの母はエリスに売春をどんなに貧しくても。母娘共に辛くともさせなかった

させたくなかったのである。自分がしたこともなかったのだから。


そしてアリアはとある裁判で、情事中に死亡した男の殺人犯にされ、神に初めて祈りを捧げ、処刑される。


一方エリスは刺繍で名を馳せ、皆に見守られながらも作品を年の数まで作り続けたが。十六歳。十六作。彼女は、とあるならず者に片思いをし。

栄養失調の中、とうとう妖しい踊りを舞う場で。

秘部を晒したり、時には観客の前で開脚をし、自身の小さな手に収まる美乳を擦り合わせる舞踏を毎夜繰り広げ。お金を稼いだ。

母は衝撃に寝込み、肺炎で亡くなり。エリスもまた、お腹の子の心の臓が止まっていることにもきづかず、母が逝ったベッドで眠る様に生き絶える。


大丈夫。かなりの長編だ。知っているし人などいないはず。貞操。私はこの言葉を思うたび、内股に力を入れて、何も入ってこない様にする。

それでもスタイル抜群の細い脚なので股から腿まで三角形の窓ができる。

その窓が、私の自信でもある。胸は貧乳で平べったく、小さな膨らみと、桃色の乳首が桜桃よりずっと小さくついている。友人の彩美も驚くほど体型、体の特徴が似ている。一度二人で温泉に行った時は驚いて、身体を交換しても大丈夫なくらいだね!と湯気の立つ柔らかな温泉の中で、浮いたリンゴたちにぶつかられながら、景色を見た。


一人私の自己紹介に興味津々!という女性がいた。少し年上の、フリーターらしい。

トゥーランドットや椿姫、みたことはないけれど素敵な世界だとおもう!

彼女は語る。


母は私が生まれる前から名前を決めていたらしいです。父は、いい響きだって。


そこで私はなぜか口を滑らせた。


父の方の家族の話は、理由があるのかしらせてもらえないんですけど、祖父は十一人きょうだいがいるそうです。


あらゆる人に女子高育ち、紅葉が綺麗な県出身、家の改装、通っている大学、成人が加入する吹奏楽の催しに参加していること、一ヶ月に読む本の数、ピーターラビットに興味があること。とにかく皆の引き出しも片っ端から開く様に語り合い、私はそこでも即戦力となった。

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