第5話
二十八歳。母と生まれ変わった新店舗の百均へ、インテリアの造花やマニキュアを眺めながら。
私達は会計に向かう。
私はモール内のソファに座った一人の小太りの女性に目が行く。特徴的な口元に一つ、目元に二つ、
ほくろ。
小林彩美だった。あの、フリーターの、女性。自分と三つしか違わないはず。ずいぶんと、体型が様変わりしている。
名前を覚えていたのには自分でも驚いた。
下の名前が友達と、漢字も同じなのだ。
彼女は専門学校で商業の事務を学び、私より四歳も早く。十八で社会人になった。お局と日夜戦い、付き合っていた彼氏と二十二才で結婚し、篠崎彩美となった。子供も一人生まれている。
彼女とならファンデーションのパフですら一緒に使いまわせるくらい、仲がいい。
もう一人の、彩美。
彼女も私達と身長と体型が近かったはずなのに。
母はまだ見たいものがあるのか、暮らしのリビングコーナー、夏の冷感、キャンプコーナーを見に周りに行った。
声を、
かけた。
「小林さんですよね」
溌剌と、あの頃から変わらずに自分は話しかける。小林彩美は、いっしゅん、不思議そうな顔をした。ぱっちりした私の自慢の二重と黒いまなこを見る。私は全てに自信がある。友人の彩美もだ。
「秋ヶ瀬さん、よく私のことがわかったわね。」
私こそ驚いた。そして答える。覚えていたのか。
「今は黒瀬です。」
誇らしく答えた。
小林は破顔する。眉は動いていないからポーズみたいなものだろう。
「おめでとう!!」
で、いいのよね?と母の方を見る。
私達に気づいていたのか。
二人でこの人の打つレジに並んだこともあったっけ。あのときはワイヤーラックの部品を買った。
そう、この人は、全て覚えてる。
「今日。母と足を伸ばして買い物に来たんです。貴重な休みですよ。あ、結婚しました」
答えられることを全て答える。左手の指輪も流れる動作で手の甲と指輪をかざす。どうしてもピンクゴールドが良かった。
そう、良かったね。と小林彩美は答えた。人の分の幸福も噛み締める様に。小林が語り始める。
わたしも苗字が変わったけれど、両親の離婚なの。母方の姓を選んだ。
驚いた。私はまだ百均店舗の迷路を巡る母を思う。
小林は聞いてくる。
「旦那様とは、うん、突っ込んで聞くのもなんだけど、今でも土鍋でお米を炊くの?」
この人は、幸福な話がしたいのだ。
「はい。我が家でも、受け継ぎました」
新しい家庭をでも、伝統を守り、実家と同じく、米は土鍋で炊いている。彼女は幸いを好む。
銀河鉄道の夜が好きらしい。SF小説も。
忘れていた記憶が水泡のようにちょっとだけ意識の表面に弾ける。
小林は言う。
「テレビ見たよ、じゃなくて番組か、ニュース番組」
また驚いた。見ていたのか。あの少し心残りの残る、賞の候補ではなく、女流作家を主に扱われたニュースを。あの時にはもう、髪を切っていたなあ。入社して間もなかった気もする。と言うより入社式の前に切った。
旦那、主人、あなた。どう呼ぼうかいまだに迷ったいる。あの人への懺悔と、真中への忌々しい思い。
でも、何が悪くて、誰がいけなかったのか。
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