こんな世界線で満足できるかぁ!
ちびまるフォイ
キングギドラ
「……近々、離婚しようと思ってるんだ」
「へえそれはどうして?」
「嫁が浪費家なんだ。これじゃ生活もしていけない。
子どもたちも今後苦労かけるだろうし……」
「そうか……」
「はあ、なんでこんなことに……過去をやり直したい」
「そんなのできるわけないだろ」
「……そうだよな」
「まあ、世界線を変えることはできるけど」
「えっ?」
「Wolrd Tree って知らない?」
「知ってたらこんな反応しないよ」
「自分の人生の好きなタイミングから世界線を作れるんだ。
そして、そっちの世界線に移動することができる。
まあ、若返ったり人生やり直しはできないけどね」
「……よくわからないけど、今のこんな最悪な人生から逃れられるならいい!」
「アプリ教えとくよ」
スマホに「WorldTree」をインストールして起動した。
指紋認証後に自分のこれまでの人生が年表で示される。
>どこから世界線を作りますか?
「うーーん、どうしよう。受験で成功した側の世界線……。
いや、そもそも高校生のときに告白しなかった世界線へ行こう」
今の嫁と出会わなければ、今のような惨状にはならないだろう。
世界線を分岐させて移動した。
次の瞬間には家にいた。
自分の家だというのはわかるのに、
まるで見覚えのない内装になっている。
鏡を見ると、さっきまでと同じ自分が映し出されている。
スマホで時刻を確認してみる。
「2023年2月11日……。過去から世界線を分岐させても
スタート地点は常に今の年齢のところなのか……」
部屋を出ると、パンチパーマのような髪型の女が立っていた。
「え……誰?」
「なによ。化粧してないからって妻を見間違えるなんて!
あーーあ、焦って結婚するんじゃなかった!」
「妻!?」
「なによ、不満でもあるの?」
不満しかないが言葉をぐっと飲み込んだ。
かつての世界線の妻は、少なくともこの世界線の妻よりはきれいだった。
浪費家というのは自分に対して投資をするのだろう。
上下ジャージで黄ばんだ歯をニチャつかせたこの人よりはずっといい。
「そ、そうだ貯金! 貯金はどうなんだ!?」
預金通帳をひっぱりだして金額を確かめると、
浪費家の世界線で使い尽くしたお金のほとんどが手元に残っていた。
「ああよかった……こっちは浪費家じゃないのか」
「なによ。節約しろって言ったのはあなたじゃない」
「そ、そう……だよな」
とにかく、この人から離れたくてお金を持ち出して元の世界線へと戻った。
通帳をもう一度開くと、さっきまでのお金はあっさり消えていた。
「ち、ちくしょう! 持ち出しはできないのかよ!!」
悔しくて地団駄していると妻がやってきた。
「離婚届にサインして」
「え」
「あなたとの生活はもう限界だから別れることにした」
「はぁあ!? もとはといえばお前の浪費が問題だろ!?
俺になんら問題はないじゃないか!」
「だから?」
「子どもは俺がもらうからな!」
「ちょっと! なんでそんなこと決めるのよ!」
「次の寄生先を見つけてもお前が子供の世話すると思えない!
子供のためにもちゃんとした大人がそばにいるべきなんだ!」
「それは子供が決めることでしょう!?」
「ぐっ……!」
はためから見れば明らかに自分が引き取るべきだが、
子供からすれば毎回お土産を買い込んでくる妻になつくにきまってる。
「ああ……どうしてこんな人を選んでしまったんだ……」
「こっちのセリフよ!」
もっと、もっと最初期のほうで分岐させておけば
少なくとも今ほど変わり果てた世界線にはならないんじゃないか。
『WorldTree』を起動する
>どこから世界線を作りますか?
「高校受験で成功した世界線……いや、もっと前。
小学校のころのヒーローだったときの世界線に切り替えだ!」
世界線を切り替えた。
ふたたび周囲の景色は一変し、今度はボロいアパートに切り替わった。
まったく見たことないはずなのに、
ここが自分の家だと言うのが世界線切り替えで理解できてしまう。
「うそだろ……なんでこんな……」
「おかえり……帰ってたのね」
えらく痩せた女が待っていた。
テーブルにはわずかなご飯が並んでいる。
「どうしたの? 私の顔を見て……」
「つ、妻……だよな」
「ええ。今日はなんだか変よ……?」
「あっ、あはは……そ、そうかな。ところでいつもこんな量なのか?」
「ごめんなさい……私がもっと節約していれば……」
今度の妻はえらくおとなしい。
その腕や顔にはアザが残っている。
「そのアザ、いったいどうしたんだ?」
「ごっ、ごめんなさい! 私が悪いの! 私が悪いから! 反省してる!」
「ええ!?」
なにかにおびえているようで会話にならない。
預金通帳では自分がやたらお金を引き出している痕跡がある。
ボロいアパートを見回すと、そこかしこに凹みや傷がある。
「まさか……この世界線では、俺が暴力夫なのか……!?」
かつて小学生のときの自分はヒーローだった。
なにも恐れずに挑戦し、自分の後ろにはいつも子分がついて回った。
中学で別の学校に移動し子分がいなくなったことでなりを潜めていたが、
もしも学校が別じゃなかったこの世界線での自分はこんな状態になっていたなんて。
何でも自分の思い通りにしようと暴力をふるい、
自分が散財したためにこのボロアパートでの暮らしなのだろう。
「こんな世界線になるなんて……もっとまともな世界線にはならないのか……」
世界線はいくらでも分岐できてしまう。
それこそ、明日雨が降った世界線と降ってない世界線だけでも分岐する。
そんなのをひとつひとつ確かめていってもキリがない。
どこが自分のベスト世界線を確かめるには無理がある。
「いったいどうすればいいんだ……」
「あなた、さっきから変よ……?」
「君のようなおしとやかさを持って、
もとの世界線のような美貌で、
別の世界線のように節約ができる人だったら……ん?」
自分のボヤキがひらめきのきっかけになった。
『WorldTree』を起動してみると、『世界線統合』というものがあった。
見たときは意味がわからなかったが、今はなんとなくわかる。
ボタンを押す。
>どの世界線をひとつに統合しますか?
もとの世界線。
高校から分岐させた世界線。
そして、今の世界線。
この3つの世界線を選択する。
>世界線を統合します。
WorldTreeによる世界線の統合がはじまる。
「ははは! 最初からこっちにすればよかった!
いい世界線を探すんじゃなく、いい世界線どうしを統合して
一番いい世界線を作っちゃえばよかったんだーー!」
>世界線の統合が完了しました。
景色がかわる。
そこは家ではなく裁判所だった。
「被告、なにか言いたいことは?」
裁判官の冷たい視線が突き刺さる。
言葉をつなごうとすると頭の中に3つの声が生まれる。
「ここはいったいどこですか?」
「もういいです……死ぬしかないです……」
「ふざけんな! 事情を説明しろコラァ!!」
「なっ……」
一度に3つの人格でしゃべりはじめたことで裁判官は面食らう。
「な、なんだ!? 自分の口が急に……!?」
「ああ、どうしてこんな人生に……」
「子供は俺が育てる!! じゃなきゃ誘拐してやるぞコラァ!!」
「ど、どうなってるんですか!?」
3人格を相手にして言葉を返せない裁判官に、すかさず妻がたたみかけた。
「家でもこんな調子なんです!
急に人が変わったように暴力的になったり……。
こんな人格破綻者とは一緒に生活できません!」
「わ、わかりました。子供の権利を妻に持たせることを認めましょう!」
ヤバさを察した裁判官がそうそうに結論を出した。
結論に納得できない自分が裁判官を襲い、
世界線の統合による悪影響を理解したときにはもう遅かった。
人生に絶望していた自分の人格が獄中での自殺でこの世界線は幕を閉じた。
こんな世界線で満足できるかぁ! ちびまるフォイ @firestorage
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