終章【感謝】1

 私が沙矢と会うのは、約半年ぶりくらいだった。お互い別々の高校に入学し、新しい生活に慣れるまでは、私も沙矢も若干、慌ただしく過ごしていた。それでも時々、メールや電話はしていて、小学校三年生からの付き合いになる沙矢は、私の大切な友達に変わりは無かった。私は、姫君と慧のことを気に掛け、私を心配し、力になってくれた沙矢に改めてお礼を言いたくなり、


「久し振りに会わない?」


 と、誘ってみた。


 それに、姫君と僅かの間、再会し、そして本当に別れたことについても沙矢に話したかった。私を後押ししてくれた沙矢には、伝えておきたかったのだ。


 私の誘いに、


「うん、じゃあウチで会おうよ。本当に久し振りだよね」


 と、沙矢は即答してくれて、高校生になって初めての夏休みの半ば、私と沙矢は会うことになった。


 太陽の強い輝きに負けまいとするかのように蝉が鳴き叫ぶ八月の中旬、私は沙矢のマンションに向かった。木々は緑を誇り、突き抜けるような高い青空には、層の厚さを感じさせる入道雲が大きく湧き出ていた。


 私の家から自転車で十五分程のところにある沙矢のマンションは、以前に来た時と変わらない佇まいで、真夏のさんさんとした太陽の光を受けていた。ロビーで扉のロックを解除してもらい、私はエレベーターで十二階へと上がった。


 ピンポン、という可愛らしいインターホンの音色の後、


「久し振り。暑かったでしょ、どうぞ上がって」


 と、沙矢が顔を出した。


「お邪魔します」


 私は靴を揃えて上がり、そして、沙矢の部屋に入って、とても驚いた。


「すごい、真っ青だね」


 沙矢の部屋は、ほとんどの家具や雑貨が青系統の色で統一されていて、まるで海の中か、空の中にいるようだった。窓に掛けられたレースのカーテンは淡い水色で、その横に纏められた厚いカーテンは深く鮮やかな青色をしていた。


「夏だから、涼しそうで良いかなと思って。どうかな?」


「すごく素敵だよ! 良いなあ」


 青が好きな私は沙矢の問い掛けに即答し、改めてぐるりと部屋を見渡した。


「ありがとう。飲み物とか持って来るから、ゆっくりしててね」


 そう言い、沙矢は部屋を出て行った。青で埋め尽くされた沙矢の部屋は程良く冷房が効いているせいもあり、本当に海の中のようだった。あるいは、夏の高い青空の中を漂っているようにも思えた。もしも、真夏の空の中を泳いだら、きっと強い熱気を感じるのだろう。こんなにも涼しいわけが無い。私は、そう思いつつも、海や青空を思わせる部屋の真ん中に座り、寛いだ。


 小さなガラスのテーブルには、青と白のグラデーションが美しいテーブルクロスが掛けられ、海の底のような深いダーク・ブルーのソファには、天王星を思わせるコンポーズ・ブルーの丸いクッションが二つ並べられている。フローリングの床には、天空を想像させるラピスラズリのような色をした薄手のカーペットが敷かれていて、そのところどころには丸い星のような、ごく小さな金色の粒が見えた。机の上には幾つかの青いガラス瓶が置かれ、不可能の象徴と言われる青薔薇の造花が、やはり青色のリボンで結ばれて置かれていた。他にも、水色のビーズのようなものが入ったガラスの小瓶や、トルコ石やラズライトなどの原石が無造作に置かれていて、私はテーブルの前に座りながら、それらを眺めていた。


 私は、青系の色に強く惹かれる。私にとって青色は、海や空を連想させる色であり、そして、水族館を思わせる色でもある。特に水族館では、大きな水槽に湛えられた透明な水と泳ぎ回る沢山の魚、色鮮やかな珊瑚や揺らめく海藻などを見ていると、私は何故かどこか懐かしくなり、その水の中に還りたくなる。人間は、遥か昔に海から生まれたと言われているくらいだし、人の中には海への回帰願望がひそやかに眠っているのかもしれない。


 そんなことを自然に考え始めてしまう程に、沙矢の部屋は青に溢れていて、そして夏を忘れさせる程に私の心を包み込んで行った。


「あれ、何かぼんやりしてない?」


 その時、部屋のドアが開き、ジュースやお菓子の載ったトレイを持った沙矢が私に尋ねた。


「うん、すごく良いなと思って。この部屋の雰囲気」


「ありがとう。夏休みの始めに、思い切って変えてみたんだ。あ、これ炭酸だけど大丈夫だよね?」


 ジュースやお菓子をテーブルに移しながら、沙矢は尋ねた。私の前に置かれた細いガラスのグラスの中では、数個の丸い氷と共に湛えられた透明な液体が、小さな泡の粒を幾つも放ちながら、微かに、しゅわしゅわと音を立てていた。そして、液体の頂上には、可愛らしい緑の葉が、ちょこんと載せられていて、とても透き通った香りがしていた。


「うん、大丈夫。ねえ、これ何だろう。何か良い香りがするけど」


 私が葉を指差して沙矢に尋ねると、


「あ、それはミント。夏だし、気分がすっきりして良いかなーと思って。ハーブの一種だよ」


 という答えが返って来た。


「ミントもハーブなんだ。慧は詳しいけど、私はほとんど知らないなあ、ハーブ」


 沙矢の言葉を受けて私がそう言うと、沙矢は少し嬉しそうに、


「良かった」


 と、言った。


「有来って、あんまり話してくれないから気になってたんだけど。仲良く出来てるみたいだね」


 そう付け加えて、沙矢はストローで炭酸水を混ぜた。丸い氷が互いにぶつかり合い、からからと涼し気な音を立てた。


 私は、くるくると緩やかに回るその氷を見つめつつ、


「うん。ありがとう」


 と、沙矢に伝えた。


 改めて伝えた感謝の言葉は少し照れくさく、私は僅かに緊張しながら、グラスに添えられていたストローの紙を破って、沙矢に倣うように、くるくると炭酸水を混ぜた。そのリズムに乗るようにして小さなミントの葉も踊り、先程よりも強く透き通った香りを私へと届けた。そのまま炭酸水をひと口、飲んでみると、無糖であることが分かった。そのせいか、冷たいような目の覚めるようなミントの香りと風味が引き立ち、冷房の効いた部屋に相応しい、爽やかな飲み物となっていた。


「あれから喧嘩とかはしてない? 大丈夫?」


「うん」


 少しだけ心配そうだった沙矢の声は、私の返事を聞いて、その声色を明るく咲かせた。


「ああ、ほっとした。メールとかしていても、有来はあまり話してくれないから。無理に聞き出したいわけじゃなかったけど、どうしてるかなって気になってたんだ」


 一息に沙矢は言い、そして炭酸水を飲むと、


「私に気を遣ってるわけじゃないよね?」


 と、付け足して私を見た。


 沙矢が、少しだけ慧を好きだったことは忘れていなかった。確かに、それを全く気にしていなかったと言えば嘘になる。けれども、私は、それ以上に、ただ自然に慧の話をしなかった。そこに特別な理由があったわけでは無く、相手が沙矢だからというわけでも無く。


「気を遣わなかったわけじゃないけど、敢えて話そうと思わなかったというか……あ、誤解しないでね。話すことが嫌だとか、そういうわけじゃなくて」


 自分でも良く分からない心の内を説明しようとしたせいか、私の言葉はまとまりに欠けてしまい、何を伝えようとしているのか良く分からないものとなってしまった。そんな私を見て、沙矢は僅かに笑った。


「大丈夫だよ、分かってる。それが、有来の“自然”だったんでしょ?」


「あ、うん。まさにそう……良く分かったね」


 私が驚きながらそう言うと、


「まあね」


 と、少しばかり得意そうにした沙矢の言葉が返って来た。私と沙矢は、互いに顔を見合わせて笑った。ささやかな、本当にささやかな幸せを、その時、私は確かに感じていた。


 ――その後、私達は、しばらくの間、他愛のない話をしては笑ったり、頷いたり、疑問を投げ掛けたりといった時間を過ごした。お互いの高校の話や、読んでいる本のこと、新しく買った洋服のこと、果ては小学校や中学校の時の話をし、楽しい時間が緩やかに流れて行った。


 私は、そこに確かな幸福を感じていた。他愛のない話をして互いに笑い合えることの、その何と幸福なことか。私は沙矢に感謝し、そして、その幸せを幸せと感じ取ることの出来る自分の心にも感謝をした。ひとしきり話をした後、不意に空いた時間の隙間に、私は思い切って本題を切り出した。


「……あのね、前に話した、小さな姫君のことなんだけど」


「うん、何かあったの?」


 尋ねる沙矢に答えるべく、私は緊張をしながら言葉を唇に乗せた。大丈夫だと、自分に言い聞かせながら。


「実は、この間、少しだけ会えたんだ。すぐに別れの時間が来て、さよならをしたんだけど」


「え? さよならって……」


 心配と驚きを含んだ沙矢の声に、


「多分、もう会えない。まだ信じられないけど、でも、きっとそういうことだと思う。いつかまた、会いたいとは思うけど」


 と、私は告げた。


 別れを思えば、悲しみに変わりは無かったが、一度、受け入れたことのせいだろうか、意外にも私は落ち着いていた。


「沙矢には色々助けて貰ったし、特に、あの日に沙矢が私に言ってくれなかったら、私は、ずっと慧を避け続けていたと思うんだ。それに、姫君のことを聞いて貰えて嬉しかったし、沙矢には話しておきたかったから……」


 私は、一度、言葉を切った。僅かな空調の音と時計の秒針の音が、静かな室内に響いている。


「ありがとう、沙矢。姫君のことを聞いてくれて。私、本当に嬉しかったんだ」


 私の言葉を受けて、沙矢は安堵したように笑った。


「私こそ、話してくれてありがとう。あの時、ちょっと無理に聞き出してしまったかなって少し気になってたから……有来にそう言って貰えて、私も嬉しいよ。ありがとう」


 その時、互いに残り少なくなっていた炭酸水の中で、からんと氷の溶ける音がした。


「あ、もっと飲む?」


 グラスを示しながら言った沙矢の申し出を断り、私は、ずっと気になっていたことを沙矢に尋ねてみた。


「あの、さ。イマジナリーフレンドって……誰にでもいるわけじゃないのかな。姫君がそうだって、実は、まだはっきりとは分からないんだけど……沙矢には、そういう経験は無いの?」


 私は、初めて姫君に出会った時、それをあまりに特別なことだとは受け止めていなかった気がする。私が小さな頃から一緒だったという姫君の言葉を聞いても、さして違和感は感じなかった。むしろ、今の私の中に姫君がいなくなってしまったことの方に、私は大きく違和感を感じていた。


 ただ、沙矢の家で、イマジナリーフレンドについて初めて知ったあの時、姫君のような存在は誰にでもいるわけでは無いということに私は気付いた。そして、今までに私は、他の誰からも姫君のような存在、つまりイマジナリーフレンドについての話を聞いたことが無いことにも気が付いた。それは、その存在があまりに自然で当たり前のことだから、誰もが敢えて口にしないのだと思っていた。しかし、イマジナリーフレンドという言葉を知ったあの時から、私のしている体験は、どこか変わっているのだろうかと、私は少しばかり気になっていた。


「私は、そういう体験をしたことは無いけど。海外でも、誰にでもいるというわけでは無いみたいだし。でも、だからこそ、有来は小さな姫君に出会えて良かったね」


 そう沙矢は言って、炭酸水をストローで、くるくると混ぜた。


「私も詳しくは分からないけど、でも、有来と彼女が出会えたことは、どこにでもあるような、誰にでも起こり得ることじゃないと思う。悩んだことは沢山あると思うし、そこに私が口出しをするべきでは無いかもしれないけど。でも、今の有来を見てると、有来は彼女に出会えて良かったと思う。多分、彼女もそう思っているんじゃないかな」


 炭酸水を混ぜる手を止め、そう思わない? と、同意を求めるようにして沙矢は私を見た。その瞬間、私は心が軽くなったように思えた。私はずっと、こうして誰かに言って貰いたかったのかもしれない。出会えて良かったね、と。慧も、私にそう言ってくれた。あの時、私は本当に嬉しかった。


 ただ、慧は私に恋愛感情を持っている。決して自惚れるわけでは無いけれど、恋愛感情というものは、相手の全て、あるいは多くを許し、認めてしまえる力があると思う。勿論、慧が、心から私にそう言ってくれたのだということは充分過ぎるくらいに良く伝わって来たし、そこに偽りなどは感じられなかった。けれども、だからこそ、もしも、慧が私に恋愛感情を持っていなかったとしたら、その時、その心は私に向けて貰えるものなのだろうか……と、私は少しだけ不安を感じてしまった。


 きっと、こんな風に思うことは慧に対して失礼だろうと思う。あとで、慧に直接、尋ねてみることにしよう。私はもう、慧との間に何かを隠して行くことはしたくないと思っていた。たとえ、それが些細なことだとしても、落ち続ける小さな雫が水面に波紋を描き続けるのなら、私は慧に話したいし尋ねたい。きっと慧もそれを望んでいてくれていると、慧の言葉や態度から、私はそう信じることが出来た。


「ありがとう。沙矢にそう言って貰えて、何だかほっとしたよ」


 私は沙矢に心からお礼を伝え、そして同時に、慧にも尋ねてみたいという思いを束ねていた。


 沙矢は残りの炭酸水を全て飲み干すと、


「私よりも、有来の方が小さな姫君の気持ちは良く分かってると思うけどね」


 と、付け足して微笑んだ。


 その時、私は心が温かくなるのを感じた。そして、この温度を、これからずっと忘れずにいたいと改めて思った。


「本当に……ありがとう、沙矢」


「そんな改まらないでよ、何だか恥ずかしいよ」


 私と沙矢は互いに笑い、そして、そこには嘘も偽りも無かった。私はそれがひどく嬉しく、そして温かく感じていた。


 ――しばらく話した後、私は沙矢の家を後にすることにした。


 沙矢の部屋の壁に掛けられた時計は夕方の六時を示していて、しかし、夏半ばの今はまだ日は高く、淡い水色のレースのカーテン越しに見える外の景色は、未だ明るく、柔らかな光に包まれていた。


「また遊びに来てね。今度は、どこか出掛けようよ」


「そうだね、どこが良いか考えておくよ」


 私は沙矢に答えつつ、靴を履いてバッグを持った。


「それじゃあ、今日はありがとう」


「うん、こちらこそ。有来、また何か困ったら言ってね。一人で重たく考えたら駄目だからね?」


 念を押すように沙矢は言い、私はそれに感謝しつつ、頷いた。


「ありがとう」


「じゃあ、またね」


 沙矢に手を振り、私は来た時と同じようにエレベーターに乗って、一階へと降り立った。


 マンションのロビーを出ると、夕刻にも関わらず、暑く重たい夏の空気が私を押し包み、日中よりはその勢いを潜めてはいるものの、未だ充分に強い光を放つ太陽が私を照らした。


 自転車の前籠にバッグを入れて、私は力一杯ペダルを踏み込んだ。自転車置場には屋根があり、日陰になってはいたけれども、自転車全体は夏の日光で温まっていた。存在することを喜び歌うかのような、うるさい程の蝉の鳴き声を聞きながら、私は、まるで水のように体に纏わり付く夏の空気を切り裂くようにして、自転車を走らせた。そのスピードに合わせるように生じる風は心地好く、私の心は、その風に乗って行けるくらいに軽くなっていた。ありがとうを伝えられる人がいるということは、こんなにも温かく幸福なことだと、私は知ることが出来た。


 慧も沙矢も、そして小さな姫君も、私にとってはとても大切な存在で、失えない、失いたくない、宝物だ。それは、どんなに美しい石よりも、どんなに香り高いハーブよりも、私の中では強く輝く。それを伝え、教えてくれた三人に、私は感謝をしながら、特に姫君へと想いを馳せた。


 姫君がいたからこそ、今の私がいるような気がしていた。昼間の星のこと、相手の目を見て話をすること、そして大切な人の幸せを願うこと。姫君と出会えなかったら、私は、それらを知らないままだったかもしれない。もしも、知る日が来るとしても、それはもっと先のことになっていたかもしれない。


 今のこの気持ちは、何と言えば良いのだろう。出会えた喜び、別れた悲しみ、教えて貰ったことへの感謝、私の配慮不足への後悔と姫君への謝罪。そして、私は姫君を失ったわけでは無いのだと、今日、初めてそう思うことが出来た。


 いつか、また会えるかもしれない。けれども、もしも。もしも二度と姫君に会えないとしても、それが姫君を失ったことにはならない。私は、こんなにも姫君のことを覚えている。姫君から伝えて貰った大切なことが、私の中で生きている。


 記憶は時間の経過と共に薄れゆくものだと、私は知っている。姫君のことが、その流れから完全に離れることが出来ると、私には断言出来無い。いくら日記に記そうと、何度も思い返そうと、少しずつ少しずつ、砂時計の砂が落ちるように、さらさらと記憶は薄れて行くのだろう。きっと、逃れることは出来無い。それでも、全てを忘れるわけでは無い。まして、失うわけでも無い。私は小さな姫君と出会い、友人になり、そして、別れた。その事実は誰にも消せず、揺るがすことの出来無いものだ。そして、姫君が伝えてくれたことが、ちゃんと私の中に生きている。これからきっと、育って行く。それが、私と姫君を繋いでくれる。


 夏は、私にとって悲しい季節だった。私が小学校六年生の夏に、姫君は唐突にいなくなってしまった。出会った日は、小学校四年生の夏。もっとも、私と姫君は、私が小さな頃から一緒にいたらしいけれど。出会ったのが夏なら、別れたのも夏だった。そして今年の夏、私と姫君は僅かな時間、再会し、また別れることになった。私と姫君は、夏に結ばれているのかもしれない。


 小学校六年生の時の別れは、あまりに唐突で、あまりに悲しくて。それから毎年、夏が近付くたびに、私はその時のことを思い出しては沈んでいた。存在を高らかに歌い上げるかのような蝉の鳴き声も、晴れ渡る高く遠い青空も、湧き出るような白い雲も、夏特有の強い日差しも、それを受けてますます輝く緑も。夏を知らせる全てのものが、私にとっては悲しみを思い出させる引き金になり、夏という季節自体を疎ましく思ったこともあった。けれど、きっとこれからは、そんなことは無いだろうと思う。むしろ、姫君と出会えた夏という季節の訪れを喜び、太陽のように花開く向日葵のようになって行けると思う。喩えば、今は小さな双葉でも。それでも、発芽したことを喜びたい。私は、やっと歩き出せたように感じていた。


 ――人は自分以外の者の為に生きられるようになって、初めて生のスタートを切る。


 アルベルト・アインシュタインの言葉を思い出しつつ、私は真夏の空気の中、家路を辿った。


「ありがとう、姫君」


 私の心は囁きになり、本格的な夏の日光に溶けるようにして吸い込まれて行った。

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