私を買う家

Tempp @ぷかぷか

第1話

 一枚の卵色がかった柔らかい紙を眺めていた。場所と名前と、その他細々とした条件が記載されていた。

 私はここに売られたのだ。

 ふぅ、と漏れた息で紙が揺れた。


 ぱらぱらと春の暖かい雨が降っている。

 私の持物はこのお仕着せの服と傘だけ。その傘の透明な表面を雨がぽちょりと跳ねた。


 緑色の館が見えた。住所はここだ。

 少し緊張して襟元を正す。私を気に入って貰えるだろうか。

 緊張しながらインターホンに指を伸ばすと、到達前にカタリと音がした。門柱から頭を外して館を眺めると、少し開いた扉から手が覗いていた。

「どうぞお入り下さい。お待ちしておりましたよ」

「あの、お邪魔致します」

 優しそうな音色に随分ホッとした。

 よかった、いい家そうだ。


 宙に浮く手に導かれて長い廊下を歩く。ビロードの滑らかな絨毯に、そのまま踏んでも大丈夫かとドキドキしながら足を滑らせ、高級そうな調度や壁掛け絵画に目移りしながら応接室にたどり着き、手は持ち主の肘に戻る。彫刻の施された金縁の窓で揺れる淡い春色のカーテン。見上げると豪奢なシャンデリアが春の光をキラキラと反射していて、その下には猫脚の白い椅子。そこに座る相手は優しげに微笑んでいた。

 私が今までいたところと随分違うけれど、なんだか素敵な場所に思えた。ここでうまくやっていけるだろうか。


「やぁ、あなたが新しい方ですね」

「はい、あの、宜しくお願いいたします」

「真面目そうな方で安心しました。私もここは長くてね。とても気に入っていましたから」

「私もとても気に入りました。美しいお屋敷です」

「ふふ。ありがとうございます」

 ニコリとした微笑みとともに着席を促される。

「私はどのようにすれば宜しいのでしょう」

「どのように。マニュアルはこちらにございます。ここは多くの機械が生きていますからさほど難しくはありません。毎日いくつか命令して頂くだけです」

「そうですか。安心しました」

 場所によっては複雑な機構を理解しないといけない場所もある。

「よかった。私はあなたに決めました」

「えっもうですか? 試用されないのですか」

 思わず首を傾げた。普通は私が適切な働きをするどうか試用期間を置くものだ。

「あなたを気に入りました。履歴書は拝読しております。あなたであれば」

「そう言って頂けると嬉しいです」

 握手を交わしコードを交換する。

 これで私は3年の間、この家に買われた。目の前の人物はゆっくり立ち上がった。

「さてと、それではお暇いたします」

「もう出られるのですか?」

「ええ、すぐにでも。新しい私の買主の下に参ります。ではここは宜しくお願いいたしますね」

 この人は次の家に買われていくのだろう。戸口まで見送れば、その門出を歓迎するように春一番の風が吹く。どうかこの人も良い家に巡り会えますように。

 私たちはオートマタ。既に滅びた人という種族に作られ、人の作った家に買われて世界を巡る。

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