地獄の番犬は飼い主の夢を見る②

「――犬? ワンちゃんが案内人なんですか⁉」


 ラビの上げた声が、俺ことクルーエル・ラビ号の船上にこだました。


 ニーナが聞いた噂話の真相を確かめるべく、俺たちは既に錨を上げて出航し、トムレス子爵領にあるシレジア中大陸へと向かっていた。


「そ。で、その犬に炭鉱の中を案内されて、後を付いていったら、鉱石がたくさん生えてる鉱脈に辿り着いたんだって」


 炭鉱に珍しい鉱石が眠っているという噂話を信じて疑わなかったニーナだが、この案内人の噂に関してだけは半信半疑であるらしく、肩をすくめながら「まぁ、ホントかどうか知らないけど」と後から言葉を付け足していた。


『つまり、俺たちが獲物を見つけて資金不足を解消できるかどうかは、その鉱脈を探し当てられるって噂の犬の鼻にかかっている訳か……』


 何だか信頼性の低い話だな……と俺の第六感が告げ口する。


『とりあえず町でその犬を探すしかないが……もし見つからなかったらどうする?』


「そうなれば、私たちだけで炭鉱の中を探すしかありませんけど……」


 ラビが自信無く答えるが、アリの巣のように四方八方に伸びるトンネルの中を彼女の指示で進んでいたら、すぐ迷子になることくらい火を見るよりも明らかだった。


「ま、とりま町まで行ってみて考えれば~?」


 ニーナも面倒臭げにそう言うので、俺は仕方なく目的地までの旅路を急ぐことにした。



 ――シレジア中大陸にある、その昔、炭鉱業で栄えていた町、フーリン。


 その村には、かつて交易で栄えていた街並みが、崩されることなくそのままの形で残されていた。


 ただ、その建物一つ一つに、もはや繁盛していた当時の面影は微塵も残っていなかったのだが……


 風化によって塗装の禿げた倉庫、錆びた鉄塔やクレーン、伸び放題の雑草に埋もれた幾本ものレール、ひっくり返ったまま放置されたトロッコ、積み上げられたまま朽ち果てた木箱、すっかり色褪せてしまった鉱夫たちの寝泊まりする宿舎――


 うっそうとした森が広がる大陸の中央、谷間の間を伐採してできた土地に、めいっぱい詰め込まれたように配置されたレンガ造りの建物たち。山の上には輸送船を停めるための巨大な幹ドックまで用意されており、当時多くの船が発着していた様子がうかがえた。


「うわぁ……これもう、いかにも廃れた町って感じなんですけど」


 船の上から街並みを見下ろし、思わず声を上げてしまうニーナ。


「とりあえず、幹ドックの上に着陸しましょうか。壊れないといいですけど……」

『了解した。そっと降りるから任せてくれ』


 俺は自分の体である船体をゆっくりドックの中へと下し、下に用意された台の上に着地した。船底を支える台も、周りに組まれた船体点検用通路の骨組みも全て木製で、かなり劣化しているのか、着陸した際にミシミシと嫌な音を立てたが、かろうじて崩壊することなく、俺の体はドックに納まった。


 ラビとニーナ率いる探索隊が早速出発するとのことで、俺も彼らに同行するため、「意志転移」スキルを使って、自分の意識を自分の体である船から、ラビの首に下げた小さなフラジウム結晶のペンダントへ移動させた。こうすることで、俺は船を離れてラビと行動を共にできるわけだ。


 ラビとニーナたちは船を降り、炭鉱の廃墟の中へとやって来る。聞こえてくるのはラビたちの足音のみで、しんと静まり返った町中に、人の気配は全く感じられない。


「この通りも、昔はとても賑やかで、行き交う人で一杯だったのでしょうね……」


 ラビがその場でしゃがみ、踏み鳴らされた地面をいじりながら、当時に思いを馳せるようにそう言った。


「んなことよりさぁ、早いとこ鉱石見つけて帰ろうよ。ここなんかすごい不気味だし、あんま長居したくないんですけど~」


 ニーナが我がままを言い出したので、「分かりました」とラビは立ち上がり、付いて来た仲間たちに向かって指示を出す。


「では各自、炭鉱の入口を探しましょう。これだけ広い廃墟の中を探すのも大変そうなので、二、三組に分かれて捜索を――」


 と、ラビがそこまで言いかけた、その時――


 ワン! ワン! ワンッ!


 どこからともなく犬の吠える声がしたかと思った次の瞬間、小さな黒い影が廃墟の隙間から飛び出してきた。


 その黒い影は、風のようなスピードでラビたちの周りを駆け回ると、そのままニーナの背後目掛けて突進してくる。


「ちょ! 何よコイツっ!」


 驚いた勢いで背中に背負った弓矢を取り、ちょこまか動き回る影に向かって弓を引こうとするニーナ。しかし、そこへラビがすかさず手を伸ばす。


「待ってください! この子ってまさか……!」


 その黒い影は立ち止まり、こちらへ振り返る。全身を黒い毛で覆われたその四本足の生き物は、こちらに向かってもう一度ワンと吠えると、再びニーナのところへ走ってきて、両前足を突き出し、仁王立ちして飛び付いてきた。


「ちょっとヤダっ! いきなり飛び付いてくんなこのバカ犬! ってちょ、スカート咥えるな! 引っ張るなぁ!」


 それは黒毛をした小さな犬で、鼻先から尻尾の先まで真っ黒だったが、ところどころに白いぶちが目立っていた。その犬は必死にニーナのスカートを咥えて、千切れんばかりに強い力で引っ張り続けている。おかげでニーナは半分パニック状態。これはどうにかしてやらないと駄目そうだ。


 すると今度は、その犬はラビに向かってじゃれつき始めた。元気が有り余っているようで、女二人を相手に後ろめたさを感じることなく果敢にアタックを仕掛けてゆく。


「ひゃ! あ、あの、そんなに服引っ張られると破けちゃいます! 何でも言うこと聞くので、お願いですから大人しくしてくださいっ!」

「ラビっちそれ私たちの言うセリフ! ってまたこっち来たんですけど⁉ ちょっとタンマ! それ以上やったらガチで破けるっての!」

『二人とも落ち着け! 血も涙もない大の海賊が犬相手に振り回されてどうすんだよ!』

「だってコイツがしつっこいんだもん! オジサンもこのバカ犬に何か言ってよ!」

『犬と話せるスキルなんて俺は持ってねぇ!』

「はぁ? 使えな!」

『使えないとか言うな! じゃあお前がどうにかしろよ、この変態ギャルエルフが!』

「二人とも喧嘩はやめ……って痛っ! 足をひっかかないでくださ――きゃあっ! ちょ、それはスカートじゃなくてパン――そ、それだけは引っ張らないでっ!」


 ……こうして、俺たちは突然現れた黒犬に散々振り回された挙句――


 最後はラビとニーナ二人とも、すっかり憔悴しきった顔でその場にへなへなと座り込んでしまった。


「はぁ、はぁ……マジ最悪、もう無理」

「わ、私もダメです……疲れちゃいました」


 二人してへたり込んでしまう一方、黒犬の方はというと、自分の遊び相手になってもらってすっかり満足したらしく、誇らしげな顔をして隣にちょこんと立っており、嬉しそうに舌を出して二人の方を見つめていた。

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