海賊のしらべ④

 次の日、まだ陽が高く昇っていないうちに、二人は旅立つ支度を整えると、まだくすぶっているたき火に雪をかけて消し、港町へ向けて出発した。


 二人とも終始無言のまま雪の中を歩き続け、ようやく森を抜けると、白銀に覆われた丘の向こうに、浮遊大陸の切れ目である崖の縁と、その周辺に広がる町――ルッケラの港町が見えていた。


「もう少しで町に着く。疲れていないか?」

「……はい、大丈夫です」


 テテウは大丈夫と答えたが、その声はか細く、元気がない様子だった。


 それから町に着いて、大通りに入ると途端に人気も多くなり、辺りも騒がしくなってきた。


 テテウは先を行くヨハンの背中を追いながら、ふと街の通りへ目を向けた。街の中には様々な身分、立場の者が行き交い、船乗りとも多くすれ違った。


 しかし、テテウの目に映ったのは、通りの道端の路上で死体のように転がった、帰る家の無い人たちだった。戦争や賊の襲撃で村を焼かれ、家族と住む家を失い、路頭に迷った末に行き倒れてしまった哀れな者たち。それまで帰るべき村と家、そして家族のあったテテウにとって、彼らの姿など全く目に映ってはいなかった。けれども、彼らと立場を同じくした今、彼らの存在が、テテウの中でより一層目についてしまうことに、彼は混乱した。


(……自分も、いつかああなってしまうのだろうか?)


 おのれの末路を見てしまったように思え、恐怖に身を震わせていたとき、唐突にヨハンが声を上げた。


「もうすぐだ」


 そう言われたテテウは、今歩いている場所や周りの景色を見て、ふと疑問を抱く。


「……あれ? 孤児院って、道はこっちじゃないんじゃ……」


 テテウの困惑した言葉に、ヨハンはふと足を止め、振り返る。


「あぁ? 孤児院だと? どこの馬鹿がそんな監獄みたいなところにお前を連れて行くなんて言ったんだ?」


 そう言って、ヨハンは再び歩き始めた。「えっ、でも確かに連れて行くって、青髭ブルービアードさんが――」とテテウがぶつぶつ言っていたが、ヨハンは無視して港のほうへと速足で歩いていった。


 ルッケラの港には、十隻を超える大小様々な船が一列に並んで係留されていた。ヨハンは、港に係留されていた船を、まるで品定めするように一隻残らず見て回った。そうして港をぐるりと一周回ってから、彼は港の隅に停められていたとある船の船長らしき中年の男に声をかけた。


「なぁあんた、この子を一人、船員として雇ってくれないかね」


 その言葉を聞いた途端、テテウは思わず「えっ!」と声を上げた。


「生憎だが、うちはもう間に合ってるよ、旦那」

「まぁそう固いこと言わずに。こいつは小さい割に意外と働き者でねぇ。俺の船でも働かせてたんだが、なかなかスジがいいんだ」


 平気な顔でサラリと嘘を吐いてみせるヨハン。そんな彼を、テテウは終始ポカンとした表情で見つめていた。


 ヨハンは、その船長に義足をはめた自分の右足を見せながら言う。


「事故で脚がこんなになっちまったせいで、船長を引退することになってな。それで船も売っぱらって、乗組員も残らず解散させたんだが、こいつだけ頼る親も帰る場所もないときた。だから、丁度良い引き取り手がいないか探していたところだったんだ」

「ううむ……だがなぁ、こんな子どもに俺たちの仕事が務まるのかねぇ?」

「子どもの力をナメちゃいけねぇ。これでもコイツのおかげで、俺もいろいろと助かったんだ。オメェんとこでも、しっかり働いてくれるだろうよ」


 ヨハンの推しに折れたのか、その船長は被っていたよれよれの三角帽子トリコーンを外し、渋々しぶしぶテテウの方を向く。


「あんちゃんも、平気かね? うちは乗組員を食わすことはできるが、その分力仕事ばかり任せちまうことになる。危険な仕事も多いから、命の保証はできねぇぜ」


 そう問いかけられたテテウはハッと我に返り、「だ、大丈夫です! 精一杯頑張りますので、よろしくお願いしますっ!」と元気良く答えた。船長は頷き、「十分後に出発するぞ」と伝えて船へ戻っていった。


「ざっと見た感じ、港にある他の船と比べて、この船はしっかり整備されているし、乗組員も熟練な奴らが多い。船長も、無愛想ではあるが人は悪くなさそうだ。この船なら、航海も順調に行けるだろうよ」

「……えっ? ひょっとして、さっき港を一周する間に、港にある船全てをチェックしていたんですか⁉︎ しかもそんな細かいところまで?」


 テテウは驚きの声を上げたが、ヨハンはそれに対して何も答えず、杖を突いて唐突にその場にしゃがみ込むと、テテウと目線の高さを合わせた。


「いいかテテウ。そうは言っても、船の上に絶対の安全なんてものはない。船上では全てがとどまることを知らず、常に変化の連続だ。もしお前が空の生活に懲りたのなら、すぐにでも船を降りて一生安定した地面の上でぬくぬくと暮らせばいい。………だがもし、本当に船の上が自分の居場所で、海賊こそが自分の本業だと気付いたのなら――」


 ヨハンはそこで一度言葉を止め、少し迷うように考え込んでいたが、やがてこう告げた。


「地図には載っていない港町、ルルへ行け。そしてそこで、ラビという女に会うんだ。……そいつが、お前にを教えてくれるだろう」


 そこまで言って、ヨハンは立ち上がり、肩に掛けていたショルダーバッグからあるものを取り出すと、テテウに向かって投げて渡した。


「だが、本当にそうだと気付くか、諦めがつくまでは、ずっとその船で下っ端として働き続けろ。お前の持つ船なんて、今はそれで十分だろう」


 テテウが慌ててキャッチしたのは、ただ木をくり抜いて作っただけの、小さな船の玩具だった。


 それを見たテテウは、昨日の夜、ずっとたき火の側で木を削っていたヨハンの姿を思い出し、途端にパァッと表情を明るくさせ、歓喜の声を上げた。


「……ありがとうございます! 一生大切にします!」

「やめろよ、一晩で作った、ただのガラクタだ」

「ガラクタでも構いません……これが、僕の船ですから!」


 そう言って大事そうに船を抱えるテテウの目は、まぶしいほどに輝いていた。


「あっ、そうだ! ……この船に、名前を付けてくれませんか?」

「あぁ? 名前? そんなもの別に無くたって――」


 ……と、言いかけて、ヨハンはふと言葉を止める。


 それから少しだけ考えて、思い直したようにため息を吐くと、テテウにこう返した。


「『リトルちびっ子・テテウ』、でどうだ? その船にぴったりの名前だ」

「リトル・テテウ――素晴らしい名前です! 僕、とても気に入りました!」


 「そりゃ良かったな」とヨハンは口をとがらせ、肩をすくめた。


「さ、もう行け。出航の時間が迫っているだろう」

「はいっ! 色々とありがとうございました、青髭ブルービアードさん!」


 それから少年は背を向けて、リトル・テテウと共に船へ乗り込んでいった。いかりが上げられ、魔道機関が始動し、船が宙へと浮かび上がる。


 港から離れ、空の海原へと乗り出してゆく船。ヨハンは、徐々に遠退いてゆくその船影を見送りつつ、一人の少年が、夢と希望を乗せて旅立ってゆく姿を想像しながら、静かに独り言ちる。


「……次会ったとき、同業者になっていたら酒でもおごってやるか」


 これから新たに始まる旅の門出を祝福するように、一陣の蒼い風が、ヨハンの頬を撫でていた。


(終)






〜 For My Father 〜

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