海賊のしらべ②
それから、少年は家の隣にある農具入れの中からショベルを持ち出してきて、雪の中をかき分け、その下にある凍てついた地面を掘り始めた。
地面は硬くて、少年一人で掘るにはいささか手強そうだったが、それでもどうにかシャベルの先を突き立てては土を掘り出し、人間二人が丁度入るくらいの穴を
少年は両親の死体を穴まで運び、二人寄り添った形で寝かせて、静かに上から土を被せていった。
そうして出来上がった粗末な墓に、少年は目印として木の棒を差し、それから雪の中に隠れて咲いていた小さな青い花を添えてやり、その場に両膝を突いて目を閉じた。
「……父さんと母さんの命が、無事天に召されますことを。聖なる神はあなたと共に……
少年は聖ハウルヌスの祈りの言葉を唱え、ゆっくりと目を開いて立ち上がる。
そして、両親の
少年は、ルッケラの港町に続く森の方へ目を向けてヨハンの姿を探したが、既に彼は森の中に入ってしまったらしく、その影すらも見つけることはできなかった。
◯
(……お前はいつから、海賊をやめて聖人の道を歩み始めるようになったんだ、ヨハン?)
雪の積もる森の中を、杖を突き、ふらついた足取りで進みながら、ヨハンは心の中で、自分に向かって問いを投げた。
「ふっ……今さら聖人を目指そうとしたところで、きっと神はこれまで俺が犯してきた数々の罪を、決して許しはしないだろうさ」
内なる自分からの問いかけに対し、ヨハンは一人、誰にともなく答えを返す。ボソボソと
彼は旅の道中、義足の脚を引きずって歩く辛さを忘れるために、よくこうして意味もない一人
(あの子のことは、もういいのか? 助けたくせにすぐ見放すとは、聖人にしちゃあ、やることが中途半端過ぎるな)
「だから言ったはずだ。俺は聖人じゃない。まだあの小僧のことが気になるのか? お前はあの小僧の親じゃないんだ。アイツがどこで野垂れ死のうと、俺の知ったことじゃないね」
そこまで言ったところで、ヨハンはふと足を止める。
背後から、足音が迫って来ていた。音からして、まだ大分距離があるが、身の安全を考えて、ヨハンは近くにある木の傍に体を寄せ、息を殺して背後を振り返った。
遠くに、人影が見えた。林立する木々の間を、その影は右へ左へ、行ったり来たりしながら、ヨハンの後を追っていた。
その小さな人影は、例の少年だった。どうやら足跡を見つけて、ずっと後を付けて来ていたらしい。ここに来るまで少年の存在に気付けなかったヨハンは、一人問答も大概にしないといけないと反省した。もし少年が自分を狙う暗殺者であれば、今頃弓矢か鉄砲で撃ち抜かれてもおかしくない間合いだ。
……どうせすぐに力尽きて、追うのを諦めるだろう。ヨハンはそう割り切って、再び自分の歩むべき道へと足を踏み出し始めた。
――それから、どれくらい時間が経っただろうか? 数時間は経っただろうか? いや、ひょっとしたらまだ五分も経っていないかもしれない。真っ白な雪と、耳が痛くなるほどの静寂に覆われたこの森の中では、時間という概念が存在していないように思えた。ただひたすら、どこまでも、冷たい闇に覆われた自然の迷宮が続いてゆく。
ドサッ――
背後で音がした。ヨハンが振り返ると、それまで後を付いて来ていた小さな影が、見えなくなっていた。
ヨハンはため息を吐いて項垂れる。
(これもお前が招いたことだ。最後まで責任を取ってやらなきゃ、男が
「……言ってくれるな。生憎だが、俺は地位や名誉なんてモノが大嫌いなんだよ」
さっきから何かとちょっかいを掛けてくる内なる自分へ向かって、ヨハンは憤った声でそう言い返し、それからもと来た道を引き返し始めた。
暫く戻ったところに、少年は倒れていた。息はあったが、凍傷にかかってしまっているようだ。そんな薄い衣服だけでこんなところまで来るからだと、ヨハンは一人
ヨハンには、少年を見捨てることもできた。――が、少年をその腕に抱きかかえた瞬間、そんな考えは何処かへ飛び去ってしまったようだ。
自分の腕の中で震える少年を見て、ヨハンはまた一つ、大きなため息を漏らした。
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