Kind of Hard

海賊のしらべ①

 辺り一面が、眩しいほどの白で覆われていた。


 一人の少年が、どこまでも続く真っ白な世界の中で膝を突き、目の前に広がる白銀の光景を、ただボーッと眺めている。


 昨日から続いていた吹雪で、辺り一面が雪景色に変わっていた。これまで少年が何度も足を踏み入れ、自分の庭と化していた森も、このときばかりは全く別世界であるように思えた。


 雪景色の中に、小さな村落が見えていた。少年が生まれ育った村だ。


 その村にある家屋からは黒い煙が立ち上り、白一色の景色の中で、数本の黒い尾を引いていた。村中央にある広場の地面は、通り過ぎてゆく馬の一団によって、汚らしく踏み荒らされていた。


 集落に積もる雪の上に、所々赤い斑点が付いているのが見えた。まるで雪の中に咲いている紅い花のようで、少年はそこに奇妙な美しさを見出していた。


 咲き乱れた紅い花の中に、二つの死体が転がっていた。一つは少年の母親で、もう一つは父親のものだった。二人とも、既にもう息が無く、ピクリとも動かなかった。


 自分の住んでいた村は襲撃されていた。おそらく、襲ったのは山賊の類であろう。村の残骸を漁っていた賊の一団が、馬に乗って駆けてゆく。


 賊の一人が、遠くに居る少年の存在に気付き、声を上げた。すると一団の中から数人が声を聞き付け、手綱を引いて馬を方向転換させた。


 全部で三人、馬に乗った賊が、真っ直ぐ少年の方へ駆けてきた。彼らは剣を抜き、少年の首を狙って、その刃先を真横に立てている。


 少年は、足がすくんでその場を動けなかった。……いや、元より逃げても意味がないと諦めていたのかもしれない。馬に跨る賊たちの表情は、もはや血に飢える獣そのものだった。自分と仲間の他に、生きている者を見るのが我慢ならないと言いたげな目だった。


 殺される――


 少年がそう覚悟した瞬間、雪化粧した森の奥から、パァン、と乾いた音が響き渡った。


 更に続けて、パァン、パァンと二回。合わせて三回の音が鳴り、鳴り終わる頃には、馬に乗った三人の賊たちは皆、ピクンと首を逸らせて落馬し、地面に転げ落ちていた。


 最終的に少年のもとへは、背中にあぶみだけを残した馬がやって来た。主人を無くした馬は走ることを忘れ、各々少年の周りに好き勝手たむろして戯れ始めている。


 少年の背中で、誰かが雪を踏み締める音が聞こえた。少年が振り返ると、そこには一人の男が立っていた。男は、燃えるように赤いバーミリアンピーコックの羽で飾ったつばの広い黒帽子を被り、黒いコートを羽織って、肩にショルダーバッグを袈裟けさ掛けしていた。


「よう、小僧」


 男は少年に向かって声をかける。その声は低く、寒さのせいか、少しばかり震えていた。彼は脚の片方が義足らしく、片手に杖を突き、積もる雪に脚を取られてフラフラとバランスを崩しながら歩いて来る。彼の腰のベルトには、まだ煙のくすぶる銀色の拳銃がつり下げられていた。全部で弾が六つも詰められる、新式の拳銃だった。


「雪遊びをするにしちゃ、ちょいと時間が遅すぎるんじゃないか」


 そう言って男は頭を上げ、少年の方を見た。


 男の顔を見た少年は、驚きのあまり声を失う。男は眼帯をしており、海のように蒼い片方の瞳で少年を見つめ、顎には、瞳と同じく蒼で染められたひげが蓄えられていた。


「あ、あなたは……」


 そう少年が声を上げようとすると、蒼い髭の男が先にこう言った。


「ルッケラの港町はどっちにある? 指差すだけでいい」


 問い掛けられた少年は、反射的に「あっち」と指差した。


「あっちか……オーケー。世話になったな」


 そう言って、男は帽子のつばを手で少し下げてからきびすを返し、再びその義足の脚を持ち上げてフラフラと歩き出す。そんな彼の背中に向かって、少年は声をかけた。


「あのっ! ……青髭ブルービアードさん、ですよね」


 男はピタリと歩みを止め、それから項垂れるように頭を下げてため息を吐いた。


「……やれやれ」

「あ、あの……僕、あなたのこと存じてます! かつて大航海時代に世界中の空を荒らし回った、最強の海賊、青髭ブルービアード! 小さいときに本で読んだことがあるんです。空と海を足し合わせたような、蒼々あおあおとした髪と髭を伸ばす男だって、その本には書いてありました。きっとあなたがそうだ。僕、あなたのファンなんです!」


 そう興奮気味に話す少年を前に、青髭ブルービアード――ことヨハン・Gジョー・ザヴィアスは、あきれた顔を隠すように帽子を深く被り直し、答えた。


「人違いだ。こんな僻地へきちを通りすがる旅人のジジイが、そんな最強の海賊なんかに見えるか? 冗談キツイぜ」

「冗談なんかじゃないです。あなたは立派な海賊です。もっと自分を誇ってください!」


 少年の言葉に、ヨハンは調子が狂わされたようにまた「やれやれ……」と独り言ち、少年の方へ向き直る。


「いいか小僧、たとえ俺がその海賊であったとしても、話はこれで終わりだ。俺はルッケラの港町へ行き、お前はパパとママの居る場所へ帰る。これで全ては丸く収まりがつくはずだ。余計な面倒事を増やすのは無しにしようぜ。オーケー?」


 すると少年は、ヨハンの言葉に顔をうつむけ、声を落として答えた。


「……僕の父さんと母さんは、ついさっき、賊に襲われて殺されました。死体も見ました。村の仲間たちも全員殺されたでしょう。……もう、僕を知る人は誰も居ません」


 少年の声は暗かったが、やがて顔を上げ、声を大きくして言う。


「でっ、でも、僕は寂しくないし、悲しくもありません! 村の奴らはみんな、僕が町へ出て船乗りになることを反対していたし、父さんと母さんも、僕の船乗りになりたい夢を散々馬鹿にして、ずっとこの村に僕を縛り付けようとした。結局、二人は自分たちの権威を上げるために、僕を村の跡継ぎにさせることしか考えてなかったんだ。自分勝手に子どもの将来を決め付けようとする親なんて、親でも何でもない、ただのロクデナシだよ!」


 そう言い放つ少年。しかし、ヨハンは口調を強くして言い返す。


「それでも、そのロクデナシはお前を生んだ。生んだからには、そのロクデナシがお前にとっての親なんだ」


 そして、ヨハンはこう続ける。


「お前があそこで死んでいる両親の子だというのなら、例えどんなロクデナシの親であっても、死んだ両親の墓くらい立ててやるのがスジってもんだろう。違うか?」


 ヨハンの言葉に、少年は少しひるみ、やがてたかぶる気持ちが冷めたのか、「……うん」と力無く答えた。


「村のどこかに穴でも掘って、そこに埋めてとむらってやれ。掘ってる間、俺が見ていてやるから」

「えっ! 本当ですか⁉」


 少年は目を輝かせてヨハンの方を見る。


「海賊、ウソつかない」


 そう答えて肩をすくめるヨハンに、少年は目を輝かせ、うれしそうにこくりと頷き返すと、山賊によって破壊し尽くされた自分の村へと走っていった。

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