第86話 這い寄るビッチ うー!にゃー!


 曲が終わり、少しだけ見つめ合っていた俺達だったがアカ先輩は顔を真っ赤にして控室に戻って行ってしまった。そして壇上に取り残された俺に観客席の観客(おもに商店街の人や近所のおっちゃんおばちゃん)からピーピーッと口笛を鳴らされたり揶揄されまくった。


「はよいけーっ、おいかけて抱きしめてやらんかぁー!」


「若いっていいわねぇ、私もあれくらいの頃には――――」


「おらーっ、ぼさっとしとらんで男見せてこんかボウズー!おまはん、ちんちんついとるんかーっ!!」


 そんな皆さんの声に、アハハと愛想笑いをしながらそそくさと壇上を降りる。時間がたつと自分がしたことを思い返して耳まで熱くなっているのを感じる。……あんな大勢の前でチューするなんて、頭がフットーしそうだよぉ~っ!俺これからどんな顔してアカ先輩に会えばいいんだよ、教えてくれごひ。何でも知ってるごひ博士ぇ~。


 というわけで湯気でも出そうな状態で控室に戻ると俺だけだった。

 身だしなみを整える用の鏡の前におかれたパイプ椅子にこしかけて、天井を見上げながら思いきり息を吐き出す。……俺にできる手は全部売って完璧な盤面で勝負できた。結果は相当上位にいくだろうし、チャカポコラップのいじめ女さんたちに負けることはまずないだろう。

 そんな事を考えていると、ガチャリ、と扉が開く音がしたので鏡越しに振り返ると――――ちょっとケバいメイクをしたいじめ女さんがいた。葉子っていったっけ?どうでもいいから名前うろ覚えだけど。


「……なんスか。ここにはアンタの彼氏はいませんよ」


 鏡越しに半目で見ながらけん制するように言うと、いじめ女さんはビクリと動きを止めた


「へ、へへぇ……さっきのステージみたけど、アンタ、意外とかっこいいじゃん」


 うわぁ~、女の子に褒められてこんなにうれしくない気持ちになる事ってあるんだなぁ。寄ってたかっていじめをしていた女に褒められても1ミリも喜べない。……といっても今の俺は因幡の力でバキバキに顔面作ってもらってるからな、メイクというかもう特殊メイクですよハハハ!そりゃイケメンにも“見え”るわな。


「そうですか、そりゃどうも。で、用事はそれだけですか?ここ男子の部屋何で用事が済んだら出てってくださいね」


「そんなつれない事言わないでよねぇ。……傷ついちゃうでしょ?」


  ま~ったく話したくない相手だったのでそっけない態度であしらう。が、いじめ女さんはそう言って媚びるような笑みを浮かべながらゆっくり近づいてくる。近づくほどに香水の匂いがキツい、っていうか臭いッ!!


「あんな赤崎なんかよりさぁ、……ねぇ、私に乗り換えなよ」


――――ハァッ??!


 何言ってんだこいつ。さすがに聞き捨てならない台詞だったので立ち上がって警戒態勢をとる……自衛能力0のクソザコナメクジに定評のあるタローさんだけど流石に女の子に遅れはとらない筈。


「私の方がスタイルもいいし、経験豊富だしさぁ、赤崎がしてくれないような事もしてあげるよ??今までの彼氏とかセフレとかからも評判いいんだから」


 経験豊富ってそれってビッチって事じゃね?日本語特有の都合の良い言い換えは辞めなさい。あと彼氏以外にセフレが居る時点でタローさん的にはNGというか多分大半の男子はNGなんじゃないかな、知らんけど。


「断固辞退する!……俺は簡単に想いを重ねたりはしないんだ、イージーラブだったりイージーカムはお断りなんだよ」


 そう言いつつ少しずつ後ずさる。こんな女の子を突き飛ばして部屋を出ることは容易いような気がするが、なんか今のこの女は不気味で気持ち悪いので警戒を厳にするのに越したことはない。


「へぇ、じゃあまだ赤崎とはエッチしてないんだ?ならなんで?何が不満なの?私モテるし、スタイルも良いし、エッチな事もいつでも何でもしてあげるよ?私のどこが気に入らないのよ」


 心底不思議そうに聞いてくる女さんに、顎に手を当てて少し考えてから思わず言葉が零れた。


「―――見た目と中身かな」


「全部じゃない!!!!!!!!!!!!!!」


 おっと、思わず本音がどストレートに出てしまったよHAHAHA!タローさん正直者なんでごめんねー!!!!


「童貞のくせに馬鹿にしやがってぇぇぇぇ!!何がマンボだよ……ンコしろオラァァァァッ!!」


 叫びの一部はかすれて聞こえなかったけれど伏字でも入ってそうな言葉言ってたぞこのビッチさん。腐っても女子なので暴力は出来ないのでここはヒラリと華麗に回避してなんとか逃げ出そうと考えつつ、突っ込んでくる女さんに備えて身構えたところで扉が勢いよく開かれた。


「―――そこまでよ葉子っ!!タロー君から離れてっ!!」


 バァ~ン!!という擬音でも背負ってきそうな登場と共に人差し指で女さんを指さしているのはアカ先輩だった。


「チッ、いいところで邪魔してぇ!このオタ崎ィ!!なんでいい男はいっつもおめーに!おめーにィッ!!」


「タロー君は渡さないんだから!!」


 イライラした顔でアカ先輩を睨む女さんに対して、今のアカ先輩は以前の街中の様子とは違って真正面から女さんの視線を受け止め睨み返していた。

 そこには再会したいじめっ子に震えていたアカ先輩の姿とは違う、“強さ”を感じる。

 やってよかったダンス大会!


「うっせー!あたしに逆らうなっていってんだろ!!生意気ゆーと私の男たちが黙ってないわよ!!この間みたいに青い顔して震えてろよオタ崎ィ!」


「―――私はもう貴女が怖くないから。自分に自信がないから彼氏に自分の価値を求めるような女に私は負けない」


 叫んでイキるいじめ女さんがアカ先輩に完全に気圧されている。この場の勝敗はアカ先輩に軍配があがったと言ってもいいだろう。そして女さんも女子としての格でもアカ先輩に敗北者ムーブしてしまったことを自覚してか、屈辱と羞恥に顔を赤くしている。


「……黙れ、黙れよぉぉぉオゴアッ?!」


激昂してアカ先輩に向かおうとした女さんが、潰れたカエルみたいな悲鳴を上げて動きを止めた。……いつのまにかそこにいた因幡が女さんの鳩尾に拳を当てて気絶させている。因幡ァー?!


「ふふん、みねうちさ」


 そう言って、意識を失った女さんをべしゃっと地面に転がす。いやお前どこから現れたんだよ……。


「どこから現れたんだよ?って言いたげだねタロー。最初からいたよ?そう、火照るタローの身体を―――人肌で冷ますためにね!!」


 そう言って腰に手を当ててドヤァ!とドヤ顔する因幡は……下着姿だった。下着姿で空調が効いた部屋にいて寒かったのか微妙に震えている。頭良いけどアホなの?バカなの??


「いや……そう言う話ではなくてだな。どこからツッコめばいいのかわからんが……」


「あ、ツッコむなら後ろではなく前に―――」


 この状況でもマイペース平常心のブレない因幡。いやもう本当に一周回ってすごいよ。


「違うわい!!……いや、全然気づかなかったんだけど」


「ふふふ、ミスディレクションさ」


 そういえば前もそんなような事言ってたな……!!!

 そしてポカーンとしているアカ先輩の方を振り返りにサムズアップをする因幡。


「この寝取り未遂女は運営に引き渡しておこう。コングラチュレイション―――良い頑張りでした」


 そう言ってシャツとスカートをはいた因幡が気絶した女さんを担いで部屋を出て行くまで、俺とアカ先輩はポカーンとしながらその背中を見送っていた。


「……タロー君、あの子なんだったの?」


「あれが因幡です、深く考えたら負けですよ」


 ……ちなみに結果は当然というか、俺とアカ先輩のぶっちぎり優勝だった。

 

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