第85話 ギャル先輩は俺に恋をする
緊張した様子のアカ先輩の手を引きながら朝早くに会場に到着すると、商店街のメイン通りにはトラスや照明も組まれた立派なステージや観客席が既に出来上がっていた。
会場に着けば戸成とすずめちゃんのコンビがいて軽く話した後にいじめ女カップルがウザ絡みしてきたが無視無視。
戸成達との挨拶は大事なのでするんだけど、今はいじめ女カップルなんかアウトオブ眼中なんだぜ!ぶっちゃけそんな無駄な事に使う時間が惜しい。
俺達の順番は後半なので、早々に控室に入る。アカ先輩も女子向けの控室にいったようだ。……ここでも予め根回しと手配を依頼しておいたので、時間をかけれるように俺達のコンビはそれぞれに個室を借りている。
申込の際に着替えに時間がかかる人は申請すれば個室を借りれると書いてあるんだよね、ルールにのっとって最大限にできることをするのは勝負の基本よ基本☆
そして控室の扉を開くと、まぁ当然なんだけど因幡がいた。
結局困ったときに頼りにしてしまうのは申し訳ないが、二つ返事で引き受けてくれたので助かる。手伝ってもらう対価には、仕込みは近々必要だけど10か月後ぐらいにお礼を返してもらうから大丈夫と言っていたけど……よくわからんけどそんな変な事要求してこないよね、多分、うん。
「―――それじゃ、仕上げはボクに任せて貰うよ」
そうして因幡は俺のメイクを始めた。肌色を整え、細かいメイクだけでなく髪形まで―――まるでそれが本職のように滑らかな指先の動きで俺の見た目を見違えるように変えていく。
「打ち合わせと依頼通り、あの先輩は住吉君の彼女のあの子が仕上げてくれているよ……凄いな彼女は。ボクが学んだことよりも高い次元をあの歳で身に着けている。ああやって突出した才能を持つ人間というのは眩しいね」
「何でもできる天才のお前がそんなこと言うなよ」
何でもできるのは因幡の凄いところだが、そんな俺の言葉になぜか差みそうな顔をしてくる。むむ、そんな顔をされるとタローさんのお節介が轟き叫ぶからもうやめるンダァ、トゥ!ヘアーッ!
とまぁそんな他愛もない話をしながらもこんなで自分たちの出番ぎりぎりまで時間をかけてきっちりとスタイリングしてもらった。おかげで鏡に映る俺はとある俳優に非常に雰囲気が似ていた。そっくりという訳ではないが、遠目にみて髪形や雰囲気が似ていれば充分なのである。
……イベントってのはなにも身体一つ芸一つでやるもんじゃない。たくさんの人の手が関わってやるものなのだ。こういった下準備もまた戦の下ごしらえよ!
ちなみに俺達がスタイリングを仕上げている間にいじめ女さんたちは順番が回ってきたようでドンジャカとハコで流しているような歌とダンスを披露していたみたい。……でも悪いけどそれ、この商店街のイベントは完全にアウェーなんだよなぁ。幾らうまくても時と場所と時間に一致していなければそれは十全な評価はされないのである。敵情視察した時点でそれを確信したのでわざわざ見るまでもないと斬り捨てた。それよりも自分たちを高めることに時間を使ったのだ。
戸成ペアを視れなかったことについては申し訳なく思うが、今日の俺は“勝ち”に全力で挑んでいるのですまない、本当にすまない。今度めっちゃ美味い肉まん奢るからな。
そうして個室を出れば、時を同じくして準備を終えたアカ先輩が個室から出てきた。
……ドレスに身を包み髪を結い上げたその姿はどこかのお嬢様かお姫様にしかみえない。
この先輩は周りにいる人を眩しいと感じて一歩引いているけれど、この人自身も間違いなく、輝くような美少女だ。
「ふぇっ?!……タロー、くん……なの?」
そんな風に俺の要望に面食らうのも無理はない、と思う。因幡の腕が俺の予想以上だったからだ。染めた髪を前髪を左右に分けたスタイルも、整えられた眉もすべて、ダンスの時の曲に合わせている。お願いしていた曲に合わせた、とある名優に重ねた出で立ち。だから……、
「本物のパーティに行ってみたいだろ?」
そう言いながら、アカ先輩ににっこりと笑う。
――――そうして程なく、俺達“ももどぼめタロー”ペアの出番が来た。
流れるのは随分と昔に上映された、沈没する豪華客船をテーマにした映画のテーマソング。笛の音と共にゆっくりと、アカ先輩の手を引きながらステージに上がっていく。登壇に合わせたお決まりの拍手が、俺とアカ先輩を見てわずかにどよめきに変わる。
そりゃそうだ、映画の中から出てきたような俳優―――に似せた男に手を引かれて、とびっきりの美少女が出てきたのだから。
この時のために準備をしてきたことすべてがこの瞬間で繋がっている。
このダンス大会では地元の吹奏楽団も参加しており、楽団のレパートリーの曲であれば生演奏をしてもらえるのだ。
爺さんの伝手を使いつつ、この楽団が以前別のイベントで何度か“この曲”を演奏していたことを調べて依頼をかけた。
楽団の皆さんは快く承諾してくれて、今、会場には生演奏が響いている。
その生演奏は商店街のスピーカーを通してこの通りへと広がり、道行く人達が誰もは一度は聞いたことがある曲が流れだしたことに足を止めていく。
ステージ上から見渡す光景に、緊張したのか息をのむアカ先輩のその呼吸を感じてその手を取り、跪いて口付けをする。
「あっ、えっ……?!」
「僕がちゃんと捕まえてる。絶対離さない」
マイクが拾う俺の言葉が響き、ワァッという観客の声に頬を赤くして慌てるアカ先輩……うん、この人はやっぱり、可愛い人なんだな。だからここで嫌な過去なんかから完全に振り切れるように、エスコートしてみせるとも。
頬を染めるアカ先輩と、立ち上がりそれを真っすぐ見つめ返す俺の姿にさらに観客席が声を上げて盛り上がる。……ここに来ている中高年やお年寄りの心は今、確実に俺達が掴んだ。
ゆっくりと手をつなぎ、身体に腕を回して。
ゆったりとしたテンポに合わせてお互いのステップを刻んでいく。
……それは付け焼刃の練習と言うには出来すぎたくらいで、アカ先輩の努力と生真面目さ、そして家に帰ってからもきっと練習していたことを言外に語るものだった。
だからこそ思わず口元が緩む。それだけ頑張ってきてくれたんだから、今この瞬間は嫌な事を忘れて、このドキドキする気持ちで満たしてあげたくなる。
時間にして約4分40秒、でもその時間はもっとずっと永く感じて、観客席の皆も徐々に静かになり、皆が俺達2人を見守っている。観客席から時々零れ聞こえる溜息は遠い昔の青春や、甘酸っぱい思い出を思い出しているのだろうか。
ダンスの中でみえた視界の隅ではいじめ女さんが隣の彼氏そっちのけで目をハートにしていたが、残念、人をいじめて見下して愉悦しようとするような女の子は……うん、それ無理。
観客を引き込んで共感させる、その時点で勝負としての俺達の勝ちは決まっていた。
全てにおいて完璧に上回り、相手が欲しがるであろう物を持つ状態でただある、それがこの場において至上のざまぁ、ってやつだ。
相手より幸せである事が見返すことの最高の形だって誰だかが言ってたっけな。
例えライブハウスでプロに交じってやっていても、この場とこの観客相手には相性が悪い。お前たちの敗因は自分たちの力を過信した事とイベントをロクに調べなかったことで……
――――あぁ、もういいや。そんな事は何もかも、今は全部どうでもいい。
今この瞬間はそんな事を考えるのは無粋な事だ。
アカ先輩と手を繋いで一緒に踏むその一歩一歩を愛しく想い、曲が進むのと共に少しずつ迫る終わりの時間を寂しく感じて、そして今目の前で勇気を振り絞って震えている小さな肩に胸が温かくなるのを感じながらもその瞳から目を離さない。今はただそうしていたい。……この瞬間がもっとずっと続けばいいのになんて思いながら。
「貴方は私の心の中で生きている―――」
曲に合わせてそう呟き、身を預けるようにして身体を寄せてきたアカ先輩のその手が、俺の首の後ろに軽く回される。
少しだけつま先を伸ばしたアカ先輩の、瞳を閉じたその顔がゆっくりと近づいてきた。
しっとりとした柔らかい感触を感じた時考える時、考えるより先に瞳を閉じていた。
……曲の余韻の中でのキスはまるで時間止まったかのようで、俺は夏紀さんの体温を感じながら、最後の笛の音が鳴りやむと同時の万雷の拍手の中でその唇を重ね続けた。
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