第84話 初めての修羅場


 夏の祭典も終わり、いよいよダンス大会の本番は目前だ。かなり順調で、下準備もほぼ終わらせてある。

 いつものようにマンションに入ると、玄関に女物の靴があった、ん、アカ先輩もう来てたのかな?でも鍵はかかっていたし、うーん?

 首をかしげながら用心深く部屋に入っていくと、キッチンからひょっこりと見知った相手が顔を出した。


「やぁ、おそかったね。ボクにする?私にする?それとも―――わ・た・し?」


「因幡ァァァァァァァァ?!お前どっから入ってきた?!!!」


「普通に合鍵で入ったんだけど?」


 可愛らしく小首をかしげながら答える銀髪ロングの(見た目だけは)美少女。しかし何より今はツッコむべきところがある。


「え?―――あ、いや、ツッコむべきはそこじゃない!」


「おっと、もう突っ込むのかい?今日はお互いの初めて記念日だね、それじゃ早速ベッドに―――」


 言葉を拾って何か酷い勘違いをしながらウキウキとした足取りで寄ってくる因幡を押しとどめる。


「お前なんだその恰好!!!!」


「裸エプロンだけど何か?」


「何かじゃないでしょーに!風邪ひくでしょ!」


「風邪ひかないようにタローが人肌で温めてくれれば問題ないよね♡」


 だめだ、コイツには口で何を言っても勝てない。屁理屈と切り返しのレスバ能力が違いすぎる!性能がダンチなんだよ!!!


「っていうか何で合鍵を持ってるんだよ」


 因幡に関しては何をされてもしでかされてもそうそう驚く事は無いし、こいつは何でも“やる”と思わせる奴なので現状を受け入れるべくとりあえず聞いてみる。


「タローのおじいさんに言ったらくれたよ。タローがマンションの部屋に出入りしているのをみかけたからいちゃらぶ子作りしたいので合鍵くださいっていったら二つ返事でくれたけど」


 じいさあああああああああああああああああああああああああああああああああああんん?!?!?!?なんで一番鍵を渡しちゃいけない奴にあっさり渡しちゃうにょおおおおおおおおん?!?!?!そういえば因幡は中学の時からうちの爺ちゃんに気に入られてたな!!!


「っていうかいつの間に見られてた?お前の気配とか感じなかったぞ」


「ミスディレクションさ。そう、私はさしずめ幻のシックスマンならぬセック―――」


「いわせねえよ!!!」


 女の子が言うべきじゃない単語を言おうとしたので思わず口をふさぐ。もごもご、むぐーと口をふさがれているが何故か因幡は嬉しそうである。クソッ俺にはこいつがわからねぇよ……!!


 さらに最悪な事に、ピンポーンとチャイムの音が鳴った。


「タローくーん?」


 や べ え ア カ 先 輩 だ ! !


「あ、あっ、はい!あの、ま、まっ、待ってくらさい!あの!えっと、あわわわ!」


 だめだ、どうすりゃいいんだボスケテ!!!!


「どうしたの、タローくん何かあったの?!」


 俺が慌てている様子を見せたことでかえってアカ先輩を心配させてしまった。アカ先輩がドアを開き、そしてその先にいる俺達と目が合った。


「タローく……え??」



最悪すぎる。裸エプロンの因幡と、その口をふさぐ俺と、アカ先輩が見つめ合う。


「え…あの…えっと…」


 フリーズしていたアカ先輩だが、ぽろ、とその目尻から雫がこぼれた。一粒零れればそれは止まることなく、ぽろぽろ、ぽろぽろと水の粒が零れ落ち続ける。


「あの、えっと、ごめんね?……あの、お邪魔しましたっ―――!」


 零れる涙のままに踵を返し、走り去るアカ先輩。最悪すぎる現場をみられてしまった!!!!何がどうしてこうなった!!!!?


「これはいけない、誤解を招いたみたいだね。ボクとの行為は後日で良いから、今はすぐに彼女を追いかけた方がいい」


 冷静に言う因幡。お前ェ!!!原因はお前だからな!!!!!あとしれっと行為とか言うけどそういうのはそう簡単にするとかいわないの、めっ!しかし今は因幡に怒る気力も時間もないので、とりあえず服着ろと言い残してアカ先輩を追いかけて走り出した。


「先輩!待ってください先輩!!」


「うう、うああああああん、いいの、私が、身の程知らずに舞い上がっちゃってただけ、なんだからっ」


 だめだ、話を聞入れくれませんチクショーメー!!道行く人たちがなんだなんだと俺達をみていくが、もう人の目なんて気にしてられない。ここでアカ先輩を見失ったら俺はもうアカ先輩に信じてもらえない気がするのだ。


『彼氏ィ、彼女泣かせてるんじゃないぞー』

『ほら走れ走れー』


 夏休みだからか、同じ年頃や年上のお姉さんたちもいるが、そんな人たちに野次を飛ばされてしまう。しかし恐ろしく早い逃げ足なので距離を詰めるのも大変なのです!!!…!!ですのな。


『あれ?え、あれ、ねぇ、はじめちゃん、桃園君だよ』

『本当だどうしたんだアイツ』

『あやや、ぶっかってしまってすみませんお二人ともデート中失礼しました!』

『うおっと、舞花ちゃん?待ってくれ俺もタローを追いかける!!』


 周囲の人の中の言葉に知り合いの声が聞こえたような気がするけどが今は気にしていられない。

 逃避行は街はずれのヘアピンカーブ坂まで続き、そういえばはじめて因幡とあったのもこの坂から因幡をみつけたからだったなぁとかいらん記憶を思い出しながら今はアカ先輩の事だと気合で走る。上り坂でスタミナが尽きてとぼとぼ走りになったアカ先輩に追いつき、その手首を掴んだ。


「誤解です、誤解なんです!」


 掴んだものの、先輩は振り返ってくれない。少し身をよじり、俺から逃げようとしている。


「ううん、いいの、ずっと私に、気を遣ってくれてた、だけ、なんだよね。……タローくんのまわり、綺麗な子、私よりずっとかわいい子がいっぱいいるもんね。さっきの子も、綺麗な銀髪で……私みたいな可愛くない子が選ばれるわけ、ないもんね」


 選ばれた……あ、ダンスパーティのパートナに……ってコト?!それなら違います、だってアカ先輩のトラウマを振り切るためなんですから。


「違います。俺は――――」


 アカ先輩、と言おうとしたところでふっと、言葉を止める。……おばあちゃんが言っていた。女の子に大事な事を伝える時は、名前で呼びかけるものだ、と。


「――――夏紀さんがいいんです」


 そんな俺の言葉に、逃げようとするのを辞めるアカ先輩。やったぜありがとうおばあちゃん!

俺に背を向けたまま、俯いて止まっている。落ち着いてゆっくり話をしていこう。


「誤解なんです。アイツは、因幡は……中学の時代からの悪友なんですが、忍び込んで悪戯をしてただけで、アイツとは…その、そういう関係じゃないんです」


 そんな言葉と共に掴んでいた手を放すと、ゆっくりとアカ先輩が振り返った。真っ赤に泣きはらした目に、鼻水を流した後もある。因幡がどうであれ、女の子をこんな風に泣かせてしまったのは俺の失態で俺にすべての責任がある。


「……本当?」


 俺を見上げながら、覗うように、縋るように、何より―――願うように、言葉を小さく紡ぐアカ先輩。


「信じてください。―――俺は、童貞です!!!」


 そんな俺の言葉に、少し呆然としていたアカ先輩だったけど、暫くしてからクスクスと小さく笑い、それから口元を抑えて笑い始めた。


「…あは、あははは!うん、そう、だよね。タローくんは、そういう子だもんね。アオのおっぱい攻撃にも屈しないんだもんね」


 ツボに入ったのか、あははは、と笑うアカ先輩に、とりあえず落ち着いてもらえたと安堵して胸をなでおろす。


(くそっ…じれってーな!俺ちょっとやらしい雰囲気にしてくるわ!!)

(だめだって邪魔しちゃ、はじめちゃん!)

(そうです、住吉くんじっとしていてください!)


 何かひそひそ声がした気がするけれどもあたりには道路の他には植木しかない。はじめちゃんとはじめちゃんの彼女と舞花ちゃんのような……いや、気のせいだろう。


 それから、静かに、俺の胸に額を当てるように身を預けてくるアカ先輩。


「……本当に、私でいいの?」


 お盆のダンス大会のパートナーの事ですね。もちろんアカ先輩じゃないと駄目なんです。だってざまぁをするんですからね。


「アカ先輩じゃなきゃダメなんです」


 そんな言葉に、暫くじっとしていたアカ先輩が、ゆっくり体重を預けながら呟く。


「……さっきみたいに、名前で呼んで欲しいなって」


 改めて言われると恥ずかしいけどここはリクエストに応えるべきだと思うので、優しく伝える。

 


「夏紀、さんじゃなきゃダメなんです」


「―――はいっ」


 そう言って顔を上げたアカ先輩は、涙の跡も霞むような、夏の陽ざしみたいにきらきらした、素敵な笑顔で目を奪われてしまった。さらに、そのまま顔を埋めるようにぎゅうと抱きついてきたのでどぎまぎしちゃう。


(そこだタロー、抱けえっ!!抱けっ!抱けー!抱けー!)

(住吉くんの彼女さん、少し住吉くんを静かにさせていただけませんか?)

(まかせて!今、いいところだもんね、首をキュッとね。……キュッ)

(キュウ~……)


 声がした気がしたのであたりを見渡すけど、少し植木が動いているだけで人影はない。やはり気のせいだろう。


 それから顔を真っ赤にしたアカ先輩が、きゅっと手を握ってきたので、そっと握り返してから並んで歩いた。顔がほてるのは、夏の陽ざしのせいなのかはわからないけれど。


 家に帰ると因幡の姿はなく、『悪戯をするつもりが、驚かせて済まない』と書置きがあった。これは、もう色々としっかり話した方がいいなと、アカ先輩に包み欠かさず因幡と知り合った時の事や中学の事を詳細に話した。話が進むにつれてアカ先輩が涙を零し、話し終えた時には抱きしめられてひたすら頭を撫でられていた。う~ん、これはとっても恥ずかしいですの。ジャッジメントですの。

 その日はなんとなく練習をする雰囲気ではなく、アカ先輩に撫でられていると眠くなってきてしまい、先輩に膝枕されて寝たり、ご飯を食べたりしてお開きとなった。けれども、今日はアカ先輩とのコミュランクが上がった気がする……アカ先輩のコミュ節制かな、それとも女教皇かな。なんてね。


 そして、それから数日後。ダンス大会の日がやってきた。

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