第83話 どぼめの空、有明の夏
それからもダンスの練習は続き、大会の概要をよく読みこみつつ、爺ちゃんの伝手から当日は商店街の吹奏楽同好会の生演奏があるということを聞いたので、目星をつけておいた曲の演奏がダンス大会で可能かの交渉をしたら元々練習した事がある曲だからと先方も快諾してもらえた。これは望外のラッキーだ。これで当日の準備は想定した以上にうまく行った。
アカ先輩も、突貫の練習だけどしっかりついてきてくれて俺が想定しているイメージ通りに仕上がってきていたので油断なくいけば、まず負けないと思う。
あとは当日に因幡にしてもらいたいことがあるので頼みごとをしないといけないんだけどね。見返りを要求されてしまう気が重い……泣けるぜ!
そんな中、お盆は成り行きでアカ先輩の同人誌即売会をお手伝いすることになった。というもアカ先輩は結構大きなサークルということだが、売り子を頼んでいる絵描き仲間が参加できなくなったのだ。という事でお手伝いをと名乗りをあげた。最初は渋っていたが、快諾してくれた。
―――という訳でお盆の朝、始発で有明についた俺とアカ先輩。同人誌は直接スペースに搬入されているとの事……よくわからないけれど、現地に頒布する同人誌はあるらしい。
ちなみに同人誌は販売ではなく頒布という、これはとても大事な事だと教えられた、おねがいどぼめティーチャー。
駅を降りてからアカ先輩のキャリーバッグを代わりに持ちつつ、先輩に先導されてサークル入場口というところへ向かう。駅を降りてからの道中凄い行列というか人混みがあったが、それは一般の参加者ということらしい。駐車場には本当は良くはないけど何千人も徹夜がいるとかなんとか。うあー!何機のオタがいるんだよぉ!等と思わずバグにやられてしまう仲間キャラみたいに叫んじゃいそうになるゾ〜これ。
それからアカ先輩と共にサークルチケットという少しホロの貼られたチケットで会場に入場すると、中は外とはうって変わって人が少なかった。
まだサークル入場した人しかいないからすいている、らしい。これが開場したら外の人間が順番にはいってくるから凄い人混みになるよ、と説明された。これが日本最大の同人誌即売会か……ぶるぶる。
1・2・3、4・5・6と並ぶホールにはテーブルが並んでいて、その中でもアカ先輩のスペースは建物の壁際にあった。隣のサークルに挨拶をするアカ先輩に倣って俺も頭を下げる。お隣さんはピンクの長髪で、左右にひと房ずつツーサイドアップにした女の子が作家さんらしい。頭頂部の大きな黄色いリボンが目立っていて可愛らしい。ちなみにサークルの代表は別の方との事。
アカ先輩とは知り合いの用で、楽しそうに話していた。
アカ先輩のサークルも代表はお姉さんがしてくれているようで、お姉さんは後から来るらしい。……そうなのぉ?!お姉さんに会うならもっとしっかりした格好して来ればよかった。
隣のサークルの女の子は、何やら興奮気味に俺をみながらワクワクした眼で話しかけてきた。
「はじめまして!私は隣のスペースの“でじちゃん”と言います。もしや……どぼめ先生のトレーナーさんですか?!」
「……うん?えっと、トレーナーというものがよくわかりませんが今日は先……せいのスペースのお手伝いをさせてもらいます、桃園といいます。宜しくお願いしますね」
そういって頭を下げる。危うく先輩といいかけたので先生と言い直しておく、リアルでの関係性はぼかしておくのがよさそうだからね。
そして年下に見えても、同人誌作家の先生とあれば当然敬意を払うべきだと思うので敬語で話す。自分にできない事が出来る人は、年齢に関わらず尊敬するべきだと思うのですよ。
「いえ、皆まで言わずとも大丈夫です!言わずともわかります、どぼめ先生の勝負服の白黒緑に合わせた色合いのスタイル、勝負服とおそろいのトレーナーとてもすごくいいと思います!!」
いっていることはよくわからないけれども、別にシャツにスラックスにジレの普通の気合わせだと思うけどなぁ、以前同人誌即売会で見たアカ先輩の私服の色目には合わせては来たけど。アカ先輩は今回も以前同人誌即売会で来ていた服だったので、並んだ時には似た色合いで違和感が無いようになってて安心したけどね。
そう思いながら隣のアカ先輩を見ると真っ赤になっていた。…どうしたんだろう?わからないなぁ。
それから準備をしたり……といってもアカ先生がてきぱきと動いていくので俺はあまり大したことをしていないので申し訳ないくらいだ。重い段ボールをもったり運んだりはきちんとやったよ!
開場前に挨拶に行ってくると言って新刊を持ってアカ先輩、いや、どぼめたろう先生があいさつ回りに出かけた時は留守番をしていたけど、隣のスペースの作家さんに色々と質問責めにされて大変だった。……何を答えてもヒョエェ~と大興奮するので心配になる先生だった。
そしてどぼめ先生が戻ってきて、10時の開催のアナウンスが流れると共に割れんばかりの拍手。祭りの場所は、ここかぁ……!と俺も拍手をしまくった。
それからどぼめ先生のスペースにできた行列が裁けるまで、ひたすらお金を受け取って本とお釣りを渡す作業をしていた。お金に関わる作業なので、細心の注意をもってこなしたので渡し間違いや受け取り間違いはなかったはずだ。
行列がさばけ、持ち込んだ同人誌が完売したあとは、折角だからゆっくりみておいでよというどぼめ先生の言葉に甘えて場内を回らせてもらう事にした。
コスプレスペースにほど近い場所で、そういえばはじめちゃんもコスプレがどうのとかいっていたなぁと思っているところで誰かに声をかけられた。
「よう、タローじゃねーか!お前も来ていたのか!!」
そういって話しかけてきた声に振り返ると、そこにははじめちゃんがいた。
正確には、ダンボールかなにかでできた銀色の円柱の着ぐるみを着ていて、そこから銀色に塗りたくった顔と手足を出しているはじめちゃんである。ちなみに円柱の左右した側には、同じ色の球体が固定されている。
「はじめちゃんもきてたのか!いや、ていうかなんだよその恰好」
「これか?フフフッ、みてな」
そういって顔と手を引っ込めると、その部分の蓋が閉まった。
そしてゆっくりと膝を曲げながら円柱の中に足を収納していくはじめちゃん。地面に屹立する円柱と左右にボールが1つずつ。こ、これは……!!
「ニューツイストブーストツイストハンドパワフル砲じゃねーか!!完成度たっけーなオイ!!」
思わず大興奮で言ってしまう。そう、これはニューツイストブーストハツイストハンドパワフル砲。あまりにも有名な芸術です!!棒とタマ2つの形状だけれども、決して卑猥なものではない健全なオブジェです!!!!!!いいですね?!!!誰もが目を奪われていくこれは完璧で究極のオブジェ!!!
はじめちゃん、コスプレか!いやこれはネタコスプレというものだろうが、完成度たっけーなオイ!!
「ハハハ、だろ?これぞ俺の力作よ。この愉快なコスプレなら、コスプレイヤーのお姉さんたちを見にコスプレスペースにいてもおかしくあるまい」
いや、別に普通に見ればいいんじゃないかなと思うけど、完成度たっけーなおい!なので黙っておいた。
「俺は今日はコスプレスペースでニューツイストブーストツイストハンドパワフル砲になっていくぜ!」
そんなはじめちゃんは道行く人に『完成度高っけーなオイ!』と声をかけられまくっていた。
はじめちゃんと別れて同人誌即売会を見て回ったが、地方の同人誌即売会とは規模も、人数も違いなにより会場の“熱気”が凄い。たくさんの人がいて、自分の“好き”を押し出しているこの空間は、なんだかとても不思議な魅力を感じるものだった。同人誌即売会って、凄いなぁ。ここに来るのにハマる人がいるのも、なんとなくわかる気がする。
それから、その日の終了時間になるまでどぼめ先生と一緒にスペースで過ごしたり、隣のでじたん先生に(前のめりになりながら)根掘り葉掘り聞かれたりした。あとスペースに来た人が皆俺の事を「トレーナーだ」「トレーナーがいる……!」と呼ぶのでなんだか気恥しいようなむずがゆいような妙な感じだった。
それから午後になって先輩のお姉さんもスペースにきたけど、妖艶な美魔女って雰囲気のとんでもない美女だった。先輩が正統派の美少女だとしたら、お姉さんは色気がヤバい男を惑わす危険な美女だ。人妻かと思ったら大学生だって聞いてビックリしちゃったよ。
お姉さんとも話をさせてもらったが、何度か頷いた後で引きこまれるような微笑みと共に
「妹を宜しくね。――――泣かせたら、承知しないわよ?」
と言われた。アカ先輩は耳まで真っ赤になって小さくなっていたが、その笑顔から感じる“スゴ味”に俺は頷くしかなかったのである……タローさん小心者だから。
そんなこともあった夏の同人誌即売会の帰り、アカ先輩と一緒に地元に帰ってきて、アカ先輩を家に送るべく日の落ちた道を並んで歩いた。
「今日はありがとう。1人で参加することになってたかもしれないから、助かったよっ」
そんなアカ先輩の言葉に、首を振りながら俺は答える。
「いえいえ、あまりお役に立て無かった気もしますが、そう言ってもらえると嬉しいです」
俺としてはあまり役に立ったと思えなかったので、むしろ貴重?なサークル入場の体験をさせてもらっただけの用で恐縮なんだけどね。
「ううん。1人じゃないのって、やっぱり安心するから。それに今日はタローくんと一緒に参加できて、凄く楽しかったよ!」
そういって破顔するアカ先輩の笑顔は、頭上の夜空に輝く星よりも眩しくてきれいだな、と思う帰り道であった。
余談になるが、はじめちゃんはあまりにも完成度が高すぎたのもありコスプレイヤーの綺麗なお姉さんたちにも好評で散々ツーショットをとられたりした挙句彼女にその写真がバレて、かなりこっぴどく“絞られた”模様。
『もうこれ以上絞っても何も出ねぇ……へへっ、真っ白だ』
だそうで。
同人誌即売会から数日後、買い出しに出かけた先で虚ろな目で街を歩いているはじめちゃんをみかけたが声をかけたが完全に精根尽き果てて完全にリングサイドで真っ白になってる人状態。いったい何を絞られたんだはじめちゃん……!!これが彼女持ちというう事かっ。
話を聞くと、御門一味が変なことしてないか見回ったりしてくれているらしく何かあったらすぐ連絡いれるとの事。そんな事よりはじめちゃんの状態の方が心配なんですが。
「俺には中学の時に御門の頭蓋骨を陥没させそこねた心残りがあるからな、止めるなタロー」
「頭蓋骨陥没させたら死んじゃうからやめれ」
御門の頭蓋骨陥没に熱意を燃やすよりも、ミイラみたいに真っ白状態になってるデバフから回復してくれと思わずにはいられなかった、ちーん。
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