第81話 放っておけないその理由


「えっと、それじゃあ……晩御飯、作るね。タローくんは宿題やって待っててもらえる?」


微妙に気まずい雰囲気を断ち切るようなアカ先輩の言葉に頷き、キッチンに向かったアカ先輩を尻目に俺はリビングで勉強を始めた。

 母さんには、今日は雨凄いからこのまま家には爺さんのところに泊まる、とメッセージを送っておいた。OK!というスタンプが返ってきたが、日ごろの行いの賜物ですんなり許可が出た。嘘は言ってないゾイ!


 家に許可はとったが、窓の外の雨音と、アカ先輩がお米をとぐ音が混じってどっちがどっちの音かわからないくらいには緊張する。

 自分で言いだしてなんだけどとんでもない提案したかなぁ、と思うが間違いを起こさなければよいのである。健全!そう、タローさんは健全なのです!R18とかえっちなのはいけないとおもいます!色即是空、空即是色!煩悩退散、煩悩退散。

 無念無想で勉強を進めていると、やがてトントンと警戒にまな板が鳴る音が聞こえ始めたので、なんとなくキッチンを見る。エプロン姿のアカ先輩が鼻歌を歌いながら手際よく料理を作っていた。今日のアカ先輩はキュロットスカートなのですらっとした白い足がよく映える。


「……安産型だよなぁ」


 お尻のラインを見て無意識に呟いていたが、そんな呟きが聞こえたのかアカ先輩が振り返った。


「どうしたの、タローくん」


 俺の不埒な呟きが聞こえなかったのは幸いだけど、なんだか気恥しくなってしまうのと、何か答えなきゃなーと思って口を開く。


「あ、いえ。なんかこうしてると新婚さんみたいだなって」


 ……ハッ!!自分で思わず言ったけど何言ってんだ俺アホか!!


「もう、何言ってるのよタローくん!」


 顔を真っ赤にして窘めてくるアカ先輩だけど、なんかほら、こうしてるとそんな感じするよなって思ったのでついですよ、つい。


「す、すいません、つい、なんか…ハハッ↑」


 とりあえず困ったのでドブネズランドのキャラクターの物真似してごまかしておいたが、アカ先輩はまた料理に戻った。

 俺はなんかこう……ついうっかりうかつなことを言ってしまう習性があるような…気がするなぁ!!


 それから宿題をすすめて一区切りついたころには、TVのバラエティがはじまるような時間になっていた。

 はや炊きご飯がたけた音楽が鳴り、同じタイミングでアカ先輩のほうも料理が終わったようで声をかけられた。


「タローくん、ご飯出来たよー」


「ありがとうございます、今いきますー」


 アカ先輩が作ってくれたのは親子丼とお吸い物とサラダで、食卓に近づくと良い匂いがした。席に座り、頂きます、と手を合わせてから2人でご飯を食べる。うまい!テーレッテレー!

 アカ先輩は飽きが来ないように和洋中の料理を色々と作ってくれるが、そのどれもがとても美味しい。ギャルしてるアカ先輩からは想像がつかなかったけど、どぼめ先生してるアカ先輩は家庭的な美少女なのである。将来良いお母さんになりそうだなーと思う、なんとなくだけどね。


 そうして食事を終えた後、洗い物をしようとするアカ先輩を制止して後片付けは俺がやりますと言ったのだが、頑なに譲らないアカ先輩に折れてもらう形で2人で並んでシンクに立つことになった。アカ先輩が泡をつけたものを、俺が水で泡を流してどんどん食洗器に詰め込んでいくのである。

 しかしここでも手際よくスポンジで磨き汚れを落とした食器を渡してくるアカ先輩。家事のレベルが違いすぎた。俺はテンポを崩さないように焦ったりもしたが、やりながらこなれていきサクサクと洗い物は減っていった。


「洗い物、終了~!2人だと早いねっ」

 

 傍らで俺を見上げながら笑うアカ先輩。多分本人は無自覚だと思うんですけど黒髪清楚な美少女がそう言う事すると大抵の男子の性癖にぶっささるんで気を付けてくださいよどぼめ先生。普通に可愛いですね、ずるいです!!!!!


「そうですね――――」


 そう言いかけたところで、バツン、という音と共に周囲が真っ暗になった。


「ひゃっ?!?!」


 驚いたような声と共に、真っ暗闇の中で柔らかく暖かい感触がする。なんだかいい匂いもだ……!!停電だ、というのと、アカ先輩がびっくりして抱き着いてきたんだ、というのを理解しつつ、アカ先輩に落ち着くように声をかける。


「あの、落ち着いてください、停電です」


「え?!あ、あわわ……ごめん、タローくん!」


 俺の言葉に、暫く止まっていた後に自分が抱き着いていることに気づいたのか謝罪と共に身体が離れた。

 フフフ、鋼の意志を持つタローさんなので、清楚で美人で料理も上手な先輩に暗闇で抱き着かれてもわが心は不動。しかして自由にあらねばならず。即ちこれ、無念無想の境地なり!……いやぁ俺じゃなきゃ危なかったね。でもアカ先輩、一緒にいるのがヒメ先輩とアオ先輩の特別“大きい”2人なので目立たないだけど、意外と……。


「い、いえ、びっくりしますよね、あはは」


「そ、そうだね、あ、あはは」



 ―――――気まずい!!!


 それからしばらくして電気が復旧したけど、お互い何となくしっとり気まずい空気に口数が減ってしまった。なんだよこれ思春期の童貞かよ~~~いや俺思春期の童貞だったわ。


「あ、俺布団出してきておきますね。俺リビングで寝ますんで、アカ先輩は寝室のベッド使ってください」


「えぇっ?!ダメだよ、タロー君がベッドで寝て?私がリビングで寝るよっ」


 なんてすったもんだの言い合いをしたが、ここは女の子に譲らせてくださいと押し切ってベッドを先輩に譲った。最終的にはそれで折れてくれたけど、アカ先輩はどぼめモードだと押せば結構折れてくれるというのがわかってしまった。意外とチョロインなので心配になってしまいますよ。


 シャワーはアカ先輩に先に入ってもらう事にして、パジャマに使えそうなものが他になかったので、俺のシャツとパンツを渡しておいた。下着に関しては代わりがないのでそのまま同じものを着てもらう事になるが、こればっかりはどうしようもない。


「…えっと、それじゃお先に?」


 覗いちゃだめだからね、とかお約束を言われない事から一応信頼されているんだなというのを感じる。


――――しかしこの家、お風呂場のドアが引き戸だからかシャワーの音とかがめっちゃくちゃ聞こえるんですけぉ?!けぉ?!?!?!

 いざ、剣は生死の狭間にて大活し、禅は静思黙考の内大悟へ至る……!健全一如ッ!!!


――――湯上りほかほかになってでてきたたアカ先輩は、温まったおかげか頬を上気させて、なんだかとっても色っぽかった。


「あの、……シャワー、先いただいたから」


「アッハイ」


 アカ先輩の言葉にカタコトになって堪えてしまう。シャワーを浴びている間も緊張で意識がランナウェイしてました!!!!!!よく考えたら女子と一つ屋根の下お泊りとかこれとんでもねーイベントなんじゃあ……ないだろうか……!

 風呂場でシャワー浴びて身体洗ってる間も気が気ではなかったけど、シャワーを済ませてリビングに戻るとほんのり肌を朱色に染めたアカ先輩がいて、今夜は一緒の部屋で寝るんだと改めて意識してしまう。COOLだ、COOLになれ桃園太郎!!


 しかしここで予想外の罠カードが発動し、寝室のエアコンが動かなくなってしまっていた。外が土砂降りなので温度としてはそこまで高くないが、湿度がエグいことになっているので除湿はかけておきたいところ。アカ先輩はエアコンなくても大丈夫とは言ってきたが有明での同人イベントも控えているのに寝ている間に体調を崩してしまってはいけない、とリビングをアカ先輩に譲り俺が湿度爆発の寝室で寝ようとしたがアカ先輩がそれを譲ってくれなかった。


――――どうしてこうなった


 結果として、リビングのでかソファーの上に布団をしいてアカ先輩が、俺は離れた床に布団を敷いて寝ることになった。距離が近い!!クソッ、健全一如、健全一如!!!

 灯りを消し、お互いが身動ぎする音が聞こえるような静寂の中で俺と、恐らくアカ先輩は緊張しながら布団に横になっていた。

 どれだけの時間がたったかはわからない。


「ねぇ、タローくん、起きてる?」


 もし俺が寝ていたら起こさないようにと気遣われたであろう、ひそひそと囁くような声が聞こえた。


「起きてましゅ……」


 遠慮がちに言うと、アカ先輩が少し笑っていた。それから少しだけまた静寂が戻ってきたあとに、アカ先輩の声が再び聞こえた。


「ごめんね、迷惑ばっかりかけて」


 そんなアカ先輩の言葉は、今日の事だろうか、それとも、毎日の練習の事だろうか?そのどちらともかもしれない。


「迷惑なんかじゃないです。アカ先輩も、俺の大事な先輩ですから」


 それは嘘偽りのない本心なのでハッキリと断言しておくと、アカ先輩が少しだけ羨むような声色で静かに返してきた。


「……やっぱりすごいね、タローくん。男の子だからかな?誰にも負けない、ヤー!パワー!って感じがする」


「買い被りです、俺は……アカ先輩が思ってるほど凄くも、強くもないんですよ」


 そんな俺の言葉に何かを感じたのか、俺の言葉を静聴するようにして続きを待つアカ先輩。……アカ先輩には言うべきだと思うので、俺は話を続けた。


「俺、中学の時に仲良くなった女の子に嘘告されて、そこから浮気されて、冤罪みたいなのもかけられて、評判を落とされてそれでいじめみたいな……というかいじめにあってハブられたりしたんですよ。そういうのもあって、アカ先輩の事余計にほうっておけなかったんです」


 横ぶりの雨が窓を叩く音が、やけに五月蠅く聞こえる中で―――俺の言葉が予想外だったのか、アカ先輩が息をのむ声が聞こえた。

 

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