第77話 イジりではなく『いじめ』


 爺ちゃんから部屋の鍵を貰った翌日、渡された鍵のマンションに行くと結構いい値段のするであろうマンションだった。広いリビングに書斎や寝室があり、システムキッチンになっていた。おまけに広い風呂にトイレは別。エキチカだし広いしお洒落だし、うーん、爺ちゃん何者なんだろうね?

 部屋の中には最低限の家電は用意されていて、綺麗に整頓された本棚の並んだ書斎から仕事部屋か何かに使っていたような雰囲気だ。

 ヤリ部屋はともかくとして、集中したいときにここで作業したり勉強したりするのは良いかもしれない。

 そう、タローさんは真面目なのでヤリ部屋なんてチャラい事はしないんだぜ。


 とはいえ、別荘代わりに使うにしても色々なものが足りないのでちょっと買い揃えないといけなかった。主に非常食とか、非常食とか。

 そんなこんなで炎天下を商店街まで歩き買い物を済ませたところで、黒髪ロングに白いワンピースの後ろ姿を見つけた。肩の部分がオープンになっていて腰にベルトをまいていて大人っぽいシルエット、日傘を差しながら歩いているがあの後ろ姿は知っているぞ。


「こんにちはどぼめ先生」


「んんんんんん?!?!」


 顔を耳まで真っ赤にしながら振り返るどぼめ先生事アカ先輩。こうしてると何か普通にお嬢様に見えるから不思議である。雰囲気的に素はこっちなんだろうなーと思うけど。

 アカなのにメジ……もといシロっぽいとはこれいかに。


「おっと間違えましたアカ先輩。こんにちは」


「タロー君!もう、心臓に悪いから辞めてよ」


 俺との遭遇に驚きつつもどぼめ呼びを叱るアカ先輩だけど、あんまり怖くないどころかちょっと可愛い。 

 段々とどぼめたろうしてる先輩の素顔が隠しきれなくなってきてるけど俺はこっちのアカ先輩もいいと思います。

 みればエコバッグに画材がたくさん入っている。


「アカ先輩は買い物ですか?」


 そう聞くと、あはは、と笑いながら頷くアカ先輩。同人作家さんや絵描きさんは夏は忙しいと聞くが、どぼめ先生はどうやら夏の祭典の入稿は終わっているらしい。

 今日は画材を補充に来ていたようだ。どぼめ先生は今では珍しくアナログでラフスケッチを書いてからデジタルで線画や色塗りをするようで、子供のころからアナログで書いていたから最初の下書きはついアナログでやりたくなるとかなんとか。美術2の俺にはよくわからないけど、絵を描くのって大変なんだなぁとしみじみ思う。

 あと同人誌というのは前倒しで入稿するほど割引が効くので、余裕をもって進めるするのは大事との事。ちなみに締め切りを超過して追加料金を払って印刷会社さんにブラック労働を強いる極道入稿というものもあるそうだが、同人誌一つ作るのにも色々とあるんだなぁと思いつつ話を聞いた。

 夏の祭典ではアオイロメモリーとか源神(みなもとのかみ)とかグランドスカイファンタジーとか、ファイナルゴッドオレとかソシャゲのイラスト本を出すらしい。イラスト本とはさすがSNSで人気の絵師でさんある。


「宿題も同人誌も、余裕をもってやらなきゃね。タロー君も宿題きちんとしなきゃだめだよ?」


 フフン、と胸を張るが余裕をもって新刊作業を終えたどぼめ先生が言うと説得力が違うなぁ。


「それはお疲れ様でした、脱稿おめでとうございます!ということで荷物持ちますよ」


 そういいつつアカ先輩からエコバッグを受け取ろうとしていたところで、軽薄な声が飛んできた。


「うわー、オタ崎じゃーん」


 その声に、ビクッと身体を震わせるアカ先輩。……なんだ??何かアカ先輩が怯えた様子を見せて顔が青くなっている。

 声がした方に振り返ると、手の込んだネイルに日焼けした肌に金に染めた髪、そして露出の多い服を着た同じ年頃の女と、タンクトップにネックレス姿の同じく日焼けしたイケイケツーブロ男がいた。いかにも~なギャルとチャラ男って感じがするけどアカ先輩(どぼめのすがた)とは真逆の人間だ。済む世界違いそうだけど、どんな繋がりなんだろう?

 2人組はこちらに近づいて話しかけてきた。


「なんだよ葉子、知り合いか?」


そう言っているのは男の方だ。ニヤニヤといやらしい目でアカ先輩の胸元や太ももをみる彼氏くん(?)の視線からアカ先輩を遮るように割って入る。


「んー、中学の時のクラスメート。こいつ休み時間とか、教室の隅でいっつも絵とかマンガ?かいてたんだよマジウケるっしょ」


「ギャハハハハハハ!!!なんだよそれオタクちゃんかよ」


そう言ってゲラゲラ笑い合う2人。……なんだこの秒速でヘイトが溜まる不快な奴ら。人に迷惑かけてないんだし、絵を描いたりマンガを描くことはバカにされるような事じゃないだろう。


「この子オタク?でさ~、いっつも絵描いてるからさー、ウチが取り上げて黒板とか廊下に張り出してやったりしてたんだよね~」


「マジかよ、そりゃめっちゃいい事したなぁ、折角描いたなら皆にみてもらわなきゃだもんなぁ、ヒヒヒヒヒヒヒヒッヒーハーッ」


 突然現れて失礼な事を言い続けるこの2人組、女の方はアカ先輩の中学の同級生で男の方はその彼氏かな。なんというか失礼千万すぎて喋るほど不愉快になるぞ。少し振り返り肩越しにアカ先輩の様子をチラリとみると、女の方に苦手意識があるのか俯いている。

 ……過去にこの人にされた嫌な事でもフラッシュバックしているのだろうか。後で話を詳しく聞かせてもらいますからね、アカ先輩。


「絵をとりあげたら『かえして~かえしてください~』ってピーピー泣くしさぁ、面白くて中学の頃はめっちゃイジってやってたんだよねぇ~。つーか?まだ絵描いてるとか子供じゃないんだからさぁ、いい加減大人になりなよね」


 エコバッグからはみ出た画材を指さしながら、プププーッと笑う女。


 すまん、俺の怒りが有頂天だ。


 イジり、と言ったけどイジリと言えば何でも許されると思うのはイジメっ子の思い上がりだと思う。やられる側が嫌がることをするのは普通にいじめでしょ。

 この女が言っていることはまぎれもなくアウトじゃなかろうか。

 高校になって2年たつアカ先輩がこんな風に縮こまってしまうようなことをこの女にされていたのかと思うと胸が苦しいが、自慢げに彼氏に言う当たり、この様子だと反省もしてないのがありありと態度に出てる。


「っていうか何、さっきから黙り込んじゃってさぁ。ほら、ウチにあったんだから敬語で挨拶しろし。散々そう教えたっしょ?ほらはやく」


 そう言って顎をしゃくりあげながらアカ先輩を小馬鹿にする同中女さん。


 ……なるほど、大体の状況は理解したけどこれは武力介入、いや武力は使わないけど介入しても問題なさそうね、これ。撃ち落とせっなーい!ってやつ。


 というわけで桃園太郎、目標を駆逐する、よ!!!

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