第73話 俺に婚約者なんてまだ早い


 俺と戸成が同じように紅茶を吹き出しそうになりむせる。あ、炎のにおいがしみついたわけじゃないよ?

 桜那先輩も、紅茶を口に含んでこそいなかったが突然のお父さんの発言に飛び上がって驚いていた。


「おや、その様子だとまだまだのようだな。健全なお付き合いをしてもらえるのはありがたいが、子供ができたらその場合は全力で支援するよ」

 

「ちょっとお父さん?!私とタローはまだそんな関係ではありません!先輩と後輩、です…!」


 桜那先輩が顔を真っ赤に抗議している。


「なんだ桜那、お前あれだけ家の中では桃園君のことを言っているのに全然進んでいないではないか」


 えっ、そうなんですか桜那先輩。そうなの戸成?と戸成の方を見ると、そっと目を逸らす。あ、本当なんだ。えぇ、この状況で俺にどうしろっていうんだろう、というか突然爆弾をぶっこんでこないでほしい。みてよ、桜那先輩なんて顔真っ赤にして総帥さんに無言の抗議してるよ。お父さん、全然意に介してないけど。


「フハハハハ。何、桃園君であれば私は構わんという話だ。

 失礼とは思うが桃園君の事は調べさせてもらってね。苗字が違うのではじめは気づかなかったが、あの総隊長のお孫さんだと知った時は驚いたよ」


「……総隊長?あ、爺さんのお知り合いでしたか」


 総隊長というと爺さんの所に来ている人たちが爺さんをそう呼んでいた気がする。そんな俺の言葉に、フハハハハハハ!と声高く笑う戸成のお父さん。どっかの自称帝王みたいな笑い方するなぁ。いちご味じゃないほうだといいけど。


「やはり源柳斎殿は自分の事を語られなかったようだね」


 そう言って昔を懐かしむような様子を見せる戸成のお父さん。


「という事は爺さんの知り合いなんですか?というか源柳斎ってなんですか」


「あぁ。源柳斎殿は私の師に当たる人でね、源柳斎というのはお師さんが師範として名乗られていたものなのだが……若いころは随分と世話になった。青野の青瓢箪達は図々しくも“島爺”なんて呼んでいたのだがね。

 お師さんに鍛えて頂いたお陰で今の私があると言っても過言ではないだろうね。もっとも、お師さんの反対を振り切って政治の道に進んだ時から中々お会いできてはいないが。

 君の事を調べて、お師さんの孫と私の子供達が懇意になるとは縁は異なもの味なものと驚いたものだよ」


 へぇ、そんな繋がりがあったんだ。あの爺さんも実際何やってた人なのか俺もよく知らないんだよなぁ。


「お師さんがご自身の事を語られてない以上、私がお師さんの事を語るわけにはいかないが、私と君には―――沖那と桜那には偶然か、そういった縁もある。こうして話してみて君の人となりもどんなものかわかった。君さえよければ桜那の婚約者にと思うのだが、どうかね」


 そう言って本気か冗談かわからないことを言う総帥さん。


「こ、こんにゃ…?!」


 隣の桜那先輩が頭から湯気でも出してそうな雰囲気でバグってる。無理もない……。俺もちょっとついていけてない。


「父さん、まってくれよ急に姉さんとタローが婚約者なんて」


「なんだ沖那、不満なのか?」


「そんなことないよ俺太郎の事好きだし!あ、いや大事な親友、相棒として!!」


 ナチュラルに好きとかいうなよ恥ずかしい奴め、俺もお前の事は嫌いじゃないけど。


「桃園君が桜那と結婚すれば、桃園君はお前と義理の兄弟になる。ゆくゆくは桜那と桃園君の間に子供が生まれたら、お前の事を“おじ”として慕ってくれるかもしれないのだぞ?」


「た、タローと俺が……きょうだいに……!?甥っ子?姪っ子……わぁい、沖那おじさんだよぉ……ちいさなおてて……イイ!!すっごく……イイ!!!!!!」


 イイ!!じゃないんだよなぁ!!だから戸成チョロすぎるんだってばよぉ、お前ギャルゲーだったら秒速チョロインポジションじゃない?ねぇ??パッケージの中央にいてすぐ攻略できるタイプのヒロインじゃないの??もうちょっと、他のヒロインの好感度上げて対決イベント起こさないと攻略できないなんとか岸なんとかりさんとか見習おうよ!!

 だめだ、ポワポワとうっとりした目で想像の中で盛り上がっている。しっかりしろ戸成ィー!お前もポンコツになっちゃうタイプかよ!!!!……あ、よく考えたら姉弟だしな。


「ま、待ってください父さん!急にそんなことを言われても、私も太郎も困ります」


「甘いな桜那。恋愛という物は先手に勝るものは無い。

 丁度良い機会だから桃園君にも伝えるが、君は自分が思っている以上に多くの人間に狙われている。私ももちろんそうだが、満足会の鬼塚翁が動いているとも聞いているし、あの青瓢箪の所の娘も君の事を随分と気に入っているようではないか。

 他にも大小動きはあるが、兎も角出遅れた恋愛の先には僕がもしくは私が先に好きだったのにともう遅いしか無い」


 そういって厳しい目で桜那先輩を見る総帥さん。……え、何俺今そんな事になってるの??俺何も聞かされてないんだけど。


「いやぁ、急に婚約と言われても、俺はまだ高校一年生の一般人なので……」


「君のような一般人がいるか……ではないな、いるんだよなぁ……ゴホン。

 君は一度、君が高校に入ってからしてきたことの大きさをもう少し客観的にみてみた方がいい。高校入学早々に政治家の下で蠢いている犯罪集団を暴き、そこから芋づる式に議員の吊し上げまで至るような子だ。

 正直得体が知れないので看過できないし、それだけ動けるような若者であれば自分の手元に置きたいと思う人間が何人いてもおかしくはないだろう?

 少なくとも自分の敵対する組織にはいてほしくないと考えるだろう。それが自分の子や孫が憎からず……いや、そこに触れるのは無粋だな。

 相応に権力を持つ者であれば自分の傍に取り込もうとするのは当然の事だ。

 勿論、君が力や助けを必要とするのであれば、桜那の事は抜きにしても私は個人的に君を助けるつもりでいるがね」


 そう言ってフフ、と笑う総帥さん。ほへぇ、俺そんな風になってるんだ……話が雲の上過ぎてついていけねぇ……。


「わぁい、おいたんとでかけようねぇ」


 隣でエア甥っ子or姪っ子の想像でハッピーになってしまっている残念な戸成の声になんともいえない空気になる中、俺と総帥さんとの邂逅は幕を閉じた。


「桜那との婚約に関しても、2人の気持ちがそうであるならば、私はそう言った事も考えている、と覚えておいてほしい。それでは――――ゆっくりしていってね!!私は食後の散歩をしてくるとしよう」


 その顔とその声で生首キャラみたいなこと言われるとシリアスな笑いが噴き出るからずるいですよ総帥さん。眉無しデコからソーラレイ男みたいな顔して面白いこと言うのやめてほしい。


「足を狙ってくるターバンの子供に気を付けてくださいね。何度も足を攻撃されるのはいいけど『膝に矢を受けてしまってな』とか何回も同じギャグやられるの寒いので」


「フフフッ、手厳しいな桜那。だが私は戸成家の長!退かぬ!媚びぬ!省みぬ!!ターバンのガキに何度もやられるこの私ではないのだーっ!!」


「いや何回もやられてるでしょ……」


 呆れた様子の桜那先輩に声をかけられながら出かけていく総帥さん。……お父さんはイチゴ味じゃったか。どっちかっていうと退きません媚びへつらいません反省しませんのほう。

 しかし議員で爺さんに鍛えられてたって事は少なくとも素人ではない総帥さんの足を狙うターバンのガキとはいったい何者なんだろう……多分、俺には関係がない出来事だしどうでもいいことなのにちょっと気になってしまった。

 あと、沖那と桜那先輩のポンコツっぷりは総帥さん譲りなんじゃないかと思った。人前にいる時は凄い強者のオーラまとってるけどオフの時だと適度に緩いイチゴ味なのでそういったところが沖那とか桜那先輩に受け継がれているんじゃないだろうか。


「婚約…私と太郎がこん…こん…」


 桜那先輩がそんな感じで割とオーバーヒートしてたけど婚約者なんて早いっすよハハハ。あとオーバーヒートよりも命中100あるかえんほうしゃ派ですね。

 婚約、婚約かぁ。いやぁ、そういうの俺にはまだ早いと思うなぁ。


―――私が桃園君を本気で好きになるわけないじゃない!!


ふと、中学の時に言われた言葉を思い出して嫌な気分になりかけるがあれは済んだことなのだと切り替える。戸成にも言ったけど大切なのはこれからこれからってね。

 そんな事を思いながらも、俺は沖那や桜那先輩と楽しい時間を過ごし、戸成家訪問は賑やかに終わったのだった。

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