2.5章 Iモテ?!いたるは恋夏なり
第71話 夏休みは絶対短い
夏休み直前の因幡の突飛な行動にともちゃんやあきら、戸成も驚いてはいたが、やられちゃったことは仕方がないのである。まぁ因幡だしで納得してしまうのはともちゃんとあきら。戸成は何か悩んでいた。あと竜宮さんからも意味深に視線を感じた。うーん?
とはいえ時間は進んでいくので夏休みには突入するものである。
今日も元気で気持ちのいい朝、日の光が温かく心地よい。
そして夏休みの朝はともちゃんを起こす事から始まるのである。勝手知ったるでお邪魔しますといいつつともちゃんの家にあがり、2階に上がってともちゃんの部屋のドアを叩くも、うにゅーむにゅむにゅという寝言なのか返事なのかわからない声が返ってくるだけ。まぁいつもの事よ。
「ともちゃん、入るよー」
そう言ってノックして少し待った後にともちゃんの部屋に入ると、ブランケットを蹴っ飛ばしてパジャマからお腹を出しながら爆睡しているともちゃんがいた。相変わらずの寝相である。
「おはよう、ともちゃん。ともちゃーん?」
起きる気配がない。死ぬほど疲れているんだ……いや、生きてる生きてる。しょうがない、ここは元気が出る魔法の呪文を唱えよう。涎を垂らしながらむごむごしているともちゃんの耳元に顔を近づける。
「……ゲムギルガンゴーグフォ」
そんな言葉を聞いたともちゃんはクワッと目を見開いた。
「ウィータァァァァァー!!!!」
魂のこもった叫び共に目を覚ますともちゃん。うむ、朝から今日も元気なそのヘルアンドヘヴン、イエスだね!インマイドリームからおはよう。
「ふああぁ~、タローおはよう」
「はいおはようともちゃん。ラジオ体操の時間だよ」
「わぁいラジオ体操するー」
起き上がったものの半分寝たまま部屋を出ていこうとするともちゃんの服をつまんで止めて、服に着替えるように促して部屋を出る。
学校がないと寝坊するともちゃんを起こすために始めたラジオ体操だが、高校生になってもなんだかんだで続いている。俺も夏休みは朝ラジオ体操しないとなんか生活リズム狂っちゃうしな!
……お互いの家の家族はもう仕事に出かけてしまっているの時間なので俺とともちゃんだけなのでラジオ体操をしないと自堕落に寝続けてしまうのだ。
ノースリーブの水色ワンピースに着替えたともちゃんを伴い、俺の家の庭でラジオ体操をした後、ともちゃんと麦茶を飲んでいると思いだしたようにともちゃんが言った。
「あ、そういえば今年もかぶと虫が孵化したよ!」
「おっ、ともちゃんのところもか。うちもこの間孵化してたなぁ」
小学生の頃に裏山で捕まえてから俺もともちゃんもカブト虫の飼育を続けているのだ。
もう何代目になるか俺も覚えてないけど、こうみえてともちゃんはかぶと虫の飼育が上手いので、うちのかぶと虫も幼虫から孵化するまでちょくちょくともちゃんにチェックしてもらっている。生き物係に定評のあるともちゃんなのである。
そんなともちゃんが空になったお茶のグラスを置くと、氷がカランと音を立てた。遠くに蝉の音が聞こえる中、夏になり袖なしワンピース姿で肌の露出も増えたともちゃんが蠱惑的な笑みを浮かべながら俺を見上げてくる。
「ね、それじゃタロー……しようよ♡」
「ともちゃんから誘ってくるなんて珍しいじゃないか。あぁ……いいぜ、たっぷり可愛がってやるよ」
――――夏、男女、留守の家族。何も起きないはずがなく…。
「いっけえええカブ彦!」
「うおおおおぶっぱなせカブエリオン!!一万年と二千年前から受け継がれた必殺技ッッッ!ローリングドライバーだぁぁぁ!!」
切り出した丸太を使った土俵の上で、2匹のカブト虫がぶつかり合っていた。
そう、カブト虫相撲である!!!!!!
夏休み、当然の流れとして俺とともちゃんはお互いの孵化させたカブト虫を持ち寄り甲虫バトルを繰り広げていた。やっぱり夏は甲虫王者!!!!!!夏と言えば……カブト虫だぜぇ!!!
大柄で角も太いカブト虫が俺のカブト軍団エース、カブエリオン。小柄なカブト虫はともちゃんのカブ彦だ。
既に何度も衝突を繰り返した2匹の動きは鈍くなってきている。勝負をかけるにはいいタイミングだ。
俺の叫びが届いたのか、ともちゃんのカブト虫、カブ彦を捕らえにかかる俺のカブト虫カブエリオン。しかしカブ彦は技に耐えきってまだ戦う意志を見せている。
「よしっ、耐えた!えらいよカブ彦!!アースクエイクスローで勝負を決めるよっ!やっちゃえー!」
「ぬぉぉっ負けたァァァァ!!」
今年の俺のカブト軍団の中でも屈指の実力者であるカブエリオンが宙を舞った。ともちゃんのカブ彦の勝ちである……負けたことは悔しいが俺のカブトもよく頑張った!敗因はこの俺!!俺のカブト軍団は最高のプレーをした!!
「へへへっ、やったぁ!」
嬉しそうにガッツポーズをするともちゃん。時々大人びたような様子を見せることもあるけれど、こういう根っこのところは変わらないのでいつみても安心する。
「ねぇねぇ、8月の終わりにいつもの公園で今年も甲虫の王者を決めるバトルがあるみたいだから、いこうよタロー!」
「あぁ、のぞむところだ!それまでに俺はカブエリオンと特訓して鍛えなおす。次は負けないぜともちゃん!!」
そんな、いつもの俺達のいつもの会話にも安心感を覚える俺がいる。
「じゃあ、私の勝ちだからサカシタでチューペット、タローの奢りね!」
カブ彦を虫カゴにもどして立ち上がるともちゃん。
「えー?!……まぁ10円だしいいけど。それじゃ散歩がてら行こうか」
「うんっ!」
ちなみにサカシタというのは小学校のある坂の下にある駄菓子屋だからサカシタという。店の本当の名前は良く知らないけど、子供好きなおばあちゃんが一人でやってるお店だ。このあたりの子供は皆お世話になっている店で、中学、高校と歳を重ねるにつれて皆の足が遠くなる中俺とともちゃんは夏休みになると今でもサカシタに駄菓子を買いに行っていた。
小学生の頃の一緒にサカシタに来て、日が暮れるまで鬼ごっこしたりかくれんぼしたり、公園で遊んだりしていた友達も段々と散り散りになっていき、高校生になると違う高校に進学して、学区外に進学した奴もいれば県外に行った奴もいる。あの頃遊んでいた面子はもう俺とともちゃんの2人だけになっちゃったなぁ。
そんな事を考えながら、まだ日が昇り切る前の時間、5分ほどの道をともちゃんと並んで歩く。
「なーつーやすみはーふんふんーふんふんー」
手を前後に大きく振りながらうろ覚えの歌を歌い、俺の少し前をあるくともちゃんは今日もゴキゲンである、というか夏休みのともちゃんは大体いつもゴキゲンだ。
歌っている歌も8割がたふんふんに置換されているけど何の歌だっけ、小学生の頃はTVでよく聞いたなぁ。
……高校生になってともちゃんにも色々と振り回されたこともあったけれど、こうして仲の良い幼馴染として着地できたのは良かったと思う。
「だれもしらないばしょーふんふんふーん」
「やりたいことが目の前にありすぎて、かぁ」
歌詞がうろ覚えのあっぱらぱーになってるので、よく覚えてない所をふんふんーと歌っているともちゃんの背中を見ながらそんなフレーズを呟いたが、そんな俺の声にほぇあ?と振り返って俺を見上げてくるともちゃん。
「なんでもない。そんなことよりほぉら、サカシタが見えてきたよ~」
「わぁいサカシタだー!おばあちゃーん!」
そう言うと目をしいたけみたいに光らせながらててててっと駆け出すともちゃん。その後ろを、俺も少しだけ歩く速度を上げて追いかける。
サカシタでおばあちゃんに10円を渡しチューペットを1本受け取って、真ん中で二つに割った。
真ん中で綺麗に割れずに真ん中から少しだけ偏ったところで折れたので、かじりくちがついていてちょこっとだけ大きく折れた方をともちゃんに差し出す。
「ありがとうタロー!」
ニッコリ笑いながらチューペットを受け取り、チューチューと吸うともちゃん。こうしてると小学生のころと変わらなさすぎてほっこりする。
「タロくんも、ともちゃんも、ずっと仲良しでいいわねぇ」
サカシタのおばあちゃんが俺達を見てにこにこしている。
「うん。だって幼馴染ダモンニ!」
そういってサカシタのおばあちゃんに満面の笑顔でピースするともちゃんの変わらない笑顔に俺も笑顔になる。
……なんとなくだけど、大人になってからの夏、ふとしたときにこの一瞬を思い出してノスタルジックな懐かしさを感じたりするのかもしれないなぁと思いながら。
ラジオ体操も、甲虫バトルも、こうして過ごす夏休みの光景は変わらないけど、高校生になってから色々と変わったこともたくさんあった。……今年の夏休みは何か変わるのかなぁ、なんてね。
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