第69話 遅れて来たギフテッドガール


 夏休み直前の期末テストの返却も終わり、教室は解放感と喧騒に包まれていた。テストが返ってきたし、いよいよ夏休みなのである!ゾクゾクするねぇ、じゃなかったワクワクするねぇ。


「テストどうだった?」

「聞かないでくれっ」

「赤点だけは回避したー」


悲喜こもごも、クラスの中では各々親しいクラスメートとテストの結果に一喜一憂している。俺は平均点ぐらいに着地していた。可もなく不可もなく。


「タロー!タローに教えてもらったところとヤマカンが当たったからいけたよ!ぶいっ!!」


 左手を腰に当てながら右手でVサインをつきだしているのはともちゃんだ。ともちゃんは野生の勘というか一夜漬けからの追い込みが凄くて、テスト勉強に着手したばかりのときは鞄から取り出したアクションフィギュアとミニカーでブンドドしてたり集中力散漫で全然ダメダメだったのにテストが近づいた終盤の数学等の勉強しないと即死する科目になるとスパートをかけてめきめき理解していった。ダメ押しの最終日前の一夜漬けの追い込みで末脚を爆発させてきたけど、何か普通に俺よりも良い点取ってるから世の中わからないものだよね。


「私もタローのおかげで赤点は回避したよー」


 そういって大きな胸をなでおろしているのはあきら。

 なにをかくそう今回のテスト期間は途中でともちゃんが


「ワケワカンナイヨー!」


 とジタバタ悲鳴をあげてのたうちまわり始めたので、見かねて皆でファミレスに集まって勉強をしたのだ。おかげでいつものメンバーは赤点を回避したようだ。よしよし。あ、ちなみにさっきのともちゃんのブンドドはファミレスでやってた。小柄な美少女が真剣な顔で特撮ヒーローのフィギュアやらで擬音を口にしてるのはシュールだけど、俺やあきらは慣れてるし戸成はウズウズしてブンドドにまじってたりした。いやぁ、実にカオスな空間だったなぁ。


「テスト終わったなー!イエーイ!」


 そう言いながらハイタッチを要求してくる戸成に付き合ってハイタッチをする。

 「テスト終わったんだし皆でカラオケでも行こうぜーっ!カラオケいくものこの指とーまれー!」


 そう言って頭上に人差し指を掲げてポーズをキメる戸成。相変わらずの小学生っぷりである。残念なイケメンだよねー。しかしカラオケか、いいんじゃない?


 「わぁいカラオケともちゃんカラオケ大好き」


 真っ先にカラオケに反応するともちゃん、しかし戸成の、指に届かずにぴょんぴょんしているので、脇の下に手を入れてよいしょと持ち上げてやると戸成の指に届いた。指にタッチできて満足したのか、むふー!とご満悦なともちゃんをおろしつつあきらに話を振る。


「どうだあきらも」


「えっと、そうだね、迷惑じゃなければ私も一緒に行こうかな」


 そうだ、折角だしすずめちゃんや舞花ちゃんも呼ぼうかな。


――――そんな事を考えていると、教室の入り口から聞き馴染んだ声がした。


 「へぇ、カラオケ。面白そう。ボクも行ってもいいかな?」


 透明で可愛らしい、しかし淡々として味気なさも感じる声。聞くものの意識を吸い寄せるような声色に、皆が教室の入り口を向くが、俺も、ともちゃんも、あきらもこの声の主を知っている。


「因幡。お前が学校に来るなんて珍しいな」


 そこにいたのは、シャツにスカートの制服スタイルの上に薄手の夏用パーカーを羽織った銀髪の女子。白磁の陶器のように白い肌にほんの少し赤い頬、まつ毛が長くぱっちりとした瞳と鼻筋の通った顔立ちははまごうごとなき美少女のそれで、パーカーのポケットに手を入れ、首を傾けながら俺を視ていた。


「愛しのタローに逢いに来たって言ったら喜んでくれるのかな?」


「冗談は休み休み言え。で、どうしたんだ一体」


 慣れ親しんだ軽口の応酬に、くっくっと喉を鳴らして笑う因幡。失礼と言いながら教室に入ってきて俺の前まで歩いてくる。


「わぁ、うさちゃんだー!」


 皆が突然の美少女の来訪にフリーズしている中で、俺を除いて最初に動いたのはともちゃんだった。俺の前まで歩いてきた因幡に抱き着いて喜んでいる。


「ハハハ、ともちゃんは相変わらず元気だねぇ」


 そういいながらぴょんぴょん飛びついてくるともちゃんの頭を、少しオーバーサイズのパーカーの袖口から指だけが出ている掌で撫でる因幡。中学の時から因幡とともちゃんはこんな感じで仲が良い。

 ちょっとアホな所はいやだいぶんかなりアホな所はあるが面白おかしいともちゃんと、退屈を持て余している因幡は相性が良いんだろう。ともちゃんも因幡も楽しそうに撫でたり撫でられている。


「ねぇねぇねぇまた学校に来てるの?遊ぼう遊ぼうあそぼー!」


 尻尾があったらブンブンしているのがみえるともちゃんの頭を撫でる因幡に、声をかけるタイミングを見計らっていたあきらが話しかけていた。


「久しぶりじゃん。あんたまーた引きこもってるワケ?」


 呆れるような窘めるような、それでも笑顔で話しかけるあきらに対して、顎に手を当てながらウインクで返す因幡。


「フフフ、当然ボクの目的のために暗躍していたのさ!」


「何それ。また何か変な事してるんじゃないでしょうね」


 因幡の言葉を冗談と思ったのか笑いながら返しているあきらだが、俺は知ってる。因幡はマジで言っている。何やってたんだコイツ?


「大丈夫、合法的な事しかしてないよ、タローと約束したからね。……何せボクが欲しいものを手に入れるためには満足会やブルーコンツェルン、おまけに議員ともやりあわないといけないから、準備に忙しかったのさ」


 やれやれ、とため息をつきながらそんなことを言う因幡。


「で、それがひと段落したから学校に来るようになった、と?」


 俺の問いかけにゆっくりと頷く因幡。なんだその意味深な微笑みは。


「ボクはね、例えばともちゃんやあきらになら先を越されてもいいと思ってたんだよ。2人とも友達だし、2人の方が先にタローと知りあっていたしね。だからともちゃんやあきらと一緒ならボクはオッケーだったのに。……でもあの会長や二年生は駄目だ。後から来てボクの先を行くなんて許せない」


 笑顔だけれど笑ってない。怒っている……のか?


「でも一番許せないのはおめおめと先を越された間抜けなボク自身。だから―――」


 すっと伸ばされた腕が左右から俺の首に回され、引き寄せられる。


 瞳を閉じた因幡の顔が近づいたと思うと、ちゅう、という音と共に唇に柔らかい感触と、体温を感じる。ついばむように、ちゅ、ちゅと音を立てながら唇が何度もふれあい、その度に因幡の吐息の音が零れる。ちょっとしたデジャブを感じてしまうが、これは……。


「な、な、な、ちょっと…?!」


 あきらが驚く声が聞こえるが俺は因幡の突然の奇襲に驚いて目を見開いたまま突っ立っていた。満足したのか俺から顔を離して悪戯っぽく笑っている。


「実に興味深い。粘膜の接触に過ぎないと思っていたけど気分が高揚するね」


 あっけらかんとした様子の因幡に何か言ってやろうとしたところで、俺の唇を右手の親指と人差し指でぎゅむとつまむように塞がれた。おのれコイツゥ!!


「“君を退屈から救いに来た”、そう言ったのはタローだよ。だから―――タローはあの二年生たちにも、あのストーカー娘にも渡さない」


 宣言するように言う因幡の瞳は、強い意志と、どろりとした執着の闇が視える。……こういう話になると目から光が消えるから怖いんだけど……!!急に知り合った頃みたいな虚ろな目になるからビクッてなるからやめてくれないかなぁ!?

 うん、あのストーカー娘?今因幡がちらりと教室の入り口の方をみたな、と入り口をみると、走ってきたのか息を荒くした舞花ちゃんが見えた。因幡から遅れて此処に来てたのか……あれ、ってことはもしかして舞花ちゃんにも因幡とのキスをみられてた??


「ちゅう??タローとうさちゃんがちゅうしてる??あれぇ??」


 駄目だ、ともちゃんが頭のキャパシティオーバーしてアホの子になってる……いや元からアホの子だわ。

 ちなみに戸成は情報量に宇宙猫になってた。南無。


 ぐい、と俺の胸元のネクタイを掴み、鼻先が振れそうなほどの距離まで背伸びして顔を近づけてくる因幡。ニィッ、と笑みを浮かべながら叫ぶ。


「つまり――――いいから遺伝子寄越せ、オラッ!」


 ……中学の頃からの友達の内最後の一人、一番厄介で面倒くさい悪友。

 俺の童貞をストレートに狙うギフテッドガールがせめてきたぞ!


二章完

二・五章に続く

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