第66話 冤罪裁判 追及~追い詰められて
写真の件がひと段落したところで、俺は改めてここで一つの事実を証言する。綿貫の態度とメンタルに驚くことはありつつも、ここまでは順調に想定通りにに進んでいるのだ。
「まずここで明らかにしておきたいのが、この写真に映っている男というのは俺だという事です」
そんな俺の言葉に、途端にニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる綿貫
「……へぇ、ふーん?なぁーんだ、そうだったんだ。自分たちの罪を誤魔化すために詭弁を弄してたってわけ?聞きましたかぁー、全校生徒の皆さん!!こんなクズ野郎に好き勝手に発言させていいんでしょうか?!散々偉そうなことを言ってましたが不健全性的行為の相手ですよこの男!これは退学もやむなしじゃないですかぁ?……自分から名乗り出て墓穴を掘るなんて度し難い男ね!!」
鬼の首を取ったかのように、意気揚々と観衆の生徒に語り掛ける綿貫。いやー、コイツは大衆を味方に引き込むための動きが抜群に上手いな。まぁ好き勝手に言わせっぱなしにはしないけどね。
「静粛に、静粛に!桃園君、それは本当なのですか?」
「はい。だからこそ俺は会長代行が無実なのを知っています。そしてあの日、俺と会長代行が何もなかったことを証明できるのです」
「ハッ!証明?当事者たちが無罪デース!トムの勝ちデース!って言ったって誰も信じはしないわよ?!」
喧騒を静かにしようとしながら俺に確認してくる暮美ちゃんに答えていたところに、綿貫がかみついてくる。綿貫、責め立てるときは強気で口汚さがにじみ出てくるなぁ、地の性格が出てんぞ。
「勿論、こちらもきちんとした証拠がある。……くらえっ!」
あっ、普通にくらえとかいっちゃった恥ずかしい。画面に映し出されたのは、ホテル通りの道を映すいくつかの監視カメラの録画だ。
「これは……?!写真の現場、ホテル通りでしょうか」
暮美ちゃんが驚きの声を上げている。
映像では男女が小走り気味に走ってきて、女子は男子と別れて奥まで駆け抜けていき、男子はホテルの入り口の近くへ移動する映像が流れた。画像が鮮明ではないので女子の顔は相変わらず判別できないが、少なくとも当事者であるお前はこの映像をみて理解できたはず。いや、映像の中の女子の背格好や後ろ姿がお前によく似ていると気づく生徒も出だしているかもしれないぜ。
「なぁぁぁぁぁっ?!」
再び声をあげている綿貫。また左腕を掴んで滝のような汗を流している。そう、これはあの日の動画だよ。ヒメ先輩が入手してくれた証拠の一つ、あの日の映像full.verだ。いやー、おかねのちからってすげー!
「おや、通路に誰かが駆け込んできましたね」
暮美ちゃんが映像を見ながら言っているが、丁度俺と桜那先輩が通路に駆け込んできた。誰かを探しているのか、2人で周囲を確認するように小走りで走っていく。それから通路の奥までみてまわった桜那先輩と俺が合流し、男が引っ込んだホテルの前で話し込んでから踵を返す俺達が通路を去るところまでが映されている。
「これが俺から提出する証拠です。俺と戸成先輩は、学校から“ホテル街を深夜徘徊する”女子がいるという通報が来たことを知り、その生徒を探して見回りをしていた中でこの写真を撮られたんです。嘘だと思うなら教師の人達にも確認してください。学校からそういう話をされていました。そうですよね、先生方?」
そう言いながら教師陣の方を向くと、何人かの教師が頷いた。
「な、何だってーっ?!……オホン、そうだったんですね。確かにあの日、会長代行は職員室で長い間話をしていましたね。そう言う事だったのですか」
ひどく驚くリアクションをみせてくれたあとに、落ち着き納得したという様子をする暮美ちゃん。この子も大概頭の回転が速いので話が早くて助かる。
「ところでこの映像の中の女性が……顔こそみえませんが綿貫さんに似ているような……」
浮かんだ疑問と共に綿貫を見る暮美ちゃんだが、綿貫は机を叩いて音を鳴らした。
「ハァッ?!こんな不鮮明な映像で私を決めつけて疑うんですか?!名誉棄損ですよ名誉棄損、訴えますよ?!出るとこ出てもいいんですからね!私はこの映像とは何の関係もありません!!」
すごい剣幕で怒鳴り散らす綿貫に、暮美ちゃんも観衆も静まり返る。フンッ、と鼻を鳴らしているが、今のこれは苦し紛れだ。感情で黙らせることしかできなかったか……確かに映像に顔がハッキリ映っていないから断定はできないけれど、ここで言い逃れしたり認めないのは織り込み済みだ。順を追って、写真が盗撮である事と、桜那先輩が不順異性交遊などしていないことと証明していくことで綿貫の退路を少しずつ断っていく。
「……どうやら、騒ぎになり戸成先輩と桃園君が停学に追い込まれることになったきっかけの写真は、誰かの陰謀だった可能性が出てきましたね」
綿貫が怒鳴った事で静かになった中、暮美ちゃんが粛々と告げる。すでに当初の目論みから大きく外れているであろう展開に、綿貫が自分の左腕を掴みながら所在なさげに焦っている。この程度で騒ぐな、まだ一太刀だぞ。
「…でも、あの男女が何者か解らない以上、これ以上の言及は不可能では?それよりも私は会長代行が中学時代に実家の醜聞に由来したトラブルがあったという点でも会長代行の罷免の理由に値すると考えます。醜聞の真偽よりも、そういったトラブルが再び高校で起きた場合にそれが生徒会長だと今のこの学校の評判をさらに落としかねません」
その綿貫の言い分に、悔しそうな顔をしている桜那先輩。実家の醜聞トラブルの事は冤罪だったとしても触れられていい気分ではないだろう。
「異議あり!今の賛成派の発言ですが、大きな誤りがあります。……まず、あの映像の男女についてですが男の方は特定して話を聞いています」
「……は????」
間の抜けた顔をしている綿貫。うむ、まさかと思うけどそのまさかなんだよな!!
そして画面に映し出されるのは自称医大生のチャラ男さん。舞花ちゃんや探偵さんが尋問してくれた映像を編集したもので、怯えた様子のチャラ男さんがペラペラと喋っている映像が流される。そりゃもう保身のために何でも秒でしゃべる。かろうじてささらの名前を言わないのだけは最後の一線だったんだろうけど、それ以外はもうフルオープンよ。
その中で自分たちが弥平の残党である事や、中学時代から弥平の下で動いていた女がまとめ役であることを零している。
「な、何よこれ……」
呆然としながら映し出された映像を見て震えている綿貫。まさかあのチャラ男まで締め上げられてるとは思わなかったんだろうか。
『お、俺はあの通路に目標の女が入ってきたら、スマホで電話するふりをしてシャッターを押せと言われただけだ!!もし女が一人だったら逢引してるように絡めって話だったけど、男が一緒だったからアドリブでああいう写真を撮ったんだよ!俺は悪くねえ!俺は悪くねえ!』
あの写真に纏わる事をこれでもかという程素直に吐いているチャラ男。うーん、これは日本一の泣きみそであると思う。
チャラ男くんはその後も弥平の下で動いていたリーダー格の女は蟹沢へのご褒美として蟹沢やチャラ男に可愛い女の子を紹介する事もおこなっていたと証言していた。これはヒメ先輩の友達たちが被害に遭ったやつだな。
「今ご覧いただいた映像にあった蟹沢、弥平。この学校が悪い意味で有名になった原因です。この男を含めてその残党といえるグループのリーダーと目される女性は蟹沢にも関わっていて女子を蟹沢に紹介することもしていたとか。……いったい誰なんでしょうね、綿貫さん」
「な、な、なななななな、なっ、なっ」
焦りと驚きで、“な”しか言えなくなっている綿貫。口をパクパクさせて打ち上げられた魚みたいである。観衆のざわめきが徐々にこちらに傾くのが解る。この流れで既に、騒動の犯人は綿貫なのでは?と少なくない生徒が思い始めていることだろう。
「あと、先ほど綿貫さんの話にあった中学時代の醜聞に由来したトラブル、風説の流布に綿貫さんが関与している証拠もあります」
「…はあっ???!!」
「先ほどの賛成派の意見に在った、“中学時代のスキャンダルの時のように悪評が広められる”という点について、賛成派の綿貫さんが関与していたという証拠を提出したいのですが」
「……もしそれが本当であれば問題かもしれません。反対派の提出を受け入れます、どうぞ」
「これを見てください」
そして表示されるのは、古部都に提供された中学時代の綿貫のメッセージのスクリーンショットや画像だ。古部都側については伏せているが、綿貫の会話は隠していない。貰った証拠の中から、
『女子に沖那の家がスキャンダルでバッシングされてる噂を広めてやったら一瞬で広まった』
『TVがインタビューにきてたからボロクソにこきおろしてやったわw』
『部活で沖那の家のスキャンダル言いふらしてきたわ』
『沖那の家のスキャンダルもっと広めなきゃwあんたも気合入れて言いふらせよ!!!』
といったクズい発言をピックアップした。貰った証拠にはもっとエグいものもあったが、観衆の前で見せれる範囲のものを選定したので結構大人しい。
「あ、あの野郎ォォォォォォォォォォォッ」
さすがにこれが出てくるとは思わなかったのだろう。机を殴りつけ叫ぶ綿貫。目は血走り、怒りに震えている。髪も振り乱し、まるで般若の用だ。だが、机に俯き暫く震えていたが、顔を上げた時にはまた元の綿貫に戻っていた。怒鳴ってスッキリしたのか、切り替えが早い。
「……ふぅ、取り乱してしまいすみません。でも、これはあくまで中学時代にした事。今回の件には何の関係もありませんね。それに当時は事実として広められていた事を私は噂にしたというだけですよ、桃園君」
ここにきてシラを切り通すつもりのその神経の図太さは見上げたものだ。もう少しストレートにヤバいものを使えばもっと追い詰める事も出来たが、それだと戸成が傷つくので出せないのがネックだったんだよな。
「どこからこんなものを入手してきたかはわかりませんが、よくある友達同士のメッセージでは?噂を言いふらしたのは私の落ち度ですが、それと今回の件がどう関係があるというんですか、桃園君?進行、私は中学時代にそう言った噂を真に受けて友達同士で話のネタにしてしまったことは確かに事実です。ですが今は反省して、そんな風に人を傷つける風説の流布はしていません」
あくまで余裕を崩さないstyle。中学時代の事はあくまで別件という事にするつもりらしい。けどそう言ってくるのも想定済み。
「進行、反対派からもう一点の証拠を提出したいのですが」
「もう一点。……どういったものでしょうか」
暮美ちゃんはあくまで中立のスタンスを崩すことないようだが、それでも俺の追加の証拠についての意見を聞いてくれた。
「学校の裏サイト……と言っても、昔から生徒向けに使われている匿名掲示板でも戸成先輩の誹謗中傷が書き込まれています。これをみてください」
そう言って俺が出した映像には、掲示板で桜那先輩が心無い誹謗中傷を受けている画像のスクリーンショットだ。これを桜那先輩の目に留まるここで映すのは心苦しいが、どうか許されたい。
「―――賛成派の綿貫さん、この書き込みをしたのは貴女ですね」
「ハァ?!何言ってるのよ!!
いきなり何を言うかと思えば憶測で決めつけるのやめてもらえない?
第一、私がそんなことをしたって証拠がないわよねェ、証拠がッ!そもそも匿名掲示板なんだから誰が書き込んでるかなんてわかんないでしょうが!それを私が書き込んだ、と決めつけるなんて名誉棄損よ。こんな大衆の前で思い込みだけでそんなことを言うなんて、これはもう言葉に責任を持ってもらうしかないんじゃないかしら?!これはもう退学よ退学ゥ!!」
証拠、か。確かに今はまだ、ない。
だが……そんな時にスマホからメッセージの着信音が鳴った。
『ボクを信じるかい?』
そんな相変わらずのメッセージに、絶体絶命のピンチだというのに笑みがこぼれてしまう。
「―――信じたァ!!!」
メッセージに対しての答えを、この体育館に響くように俺のもてる最大限の声で叫ぶ。こんなメッセージを送ってきたってことは、お前いるんだろう、ここに。みているんだろう、俺の姿を。なぁ、因幡ァ!
「……はぁ、何を?頭大丈夫?」
小馬鹿にするように俺をあざ笑う綿貫。お前にはわからないだろうさ。誰も信用せず、自分の力だけを信じて、人を嵌め、裏切り、踏み台にして上ってきたお前には。誰かを助け、助けられるってことが……!!
「くらえっ!!」
俺が叫び手をかざすと同時に、バックスクリーンに映し出されるもの、それは―――
「これは、掲示板の書き込みと、書き込んだIDのログ、でしょうか」
暮美ちゃんが背後のバックスクリーンをみながらつぶやいている。
そう、これこそが因幡が調べていた綿貫を追い詰める最後の証拠。ちなみにこの映像だけは舞花ちゃんのPCからではなく、どこからか割り込んだ因幡が直接映し出しているようだ。まさかお前がここまでやってくれるとは思わなかったけどな。
「―――綿貫ささら。お前が学校の掲示板に投稿していた桜那先輩への誹謗中傷していたIDのログだ!!」
そこに映し出されたのは、学校の“裏サイト”に投稿された桜那先輩への誹謗中傷の投稿と、オープンになったその書き込みのID。かなりグレーというかアウトにスレスレな方法だが、因幡がデータをゴニョゴニョして開示したものである。
これこそが最後に突き付ける、綿貫が関与している決定的な証拠。
今現在進行形で、綿貫が桜那先輩を誹謗中傷しているという証拠だ。最後に出てきた証拠に体育館がどよめきに包まれる。
「この掲示板で投稿をするためには学生証の番号をIDとして入力することが必要になる。けど学生証の番号はある程度規則性があり適当な数字を入れてもIDとしては通らない。そんな中で、戸成先輩を誹謗中傷していたIDは2つ。「YJU1145141919」と「BTC8108191919」。だ。そのうち「YJU1145141919」は綿貫、お前の元カレであり学校を退学した古部都のものであると確認が取れている。それじゃあこの「BTC8108191919」は誰の学生証番号なんだろうな。綿貫さん、貴女の学生証番号を教えてくれないか?」
俺の言葉に、暮美ちゃんが頷く。
「賛成派……いえ、綿貫さん。もしも貴女が会長代行に誹謗中傷を行ったうえで罷免を提言しているとなれば問題です。貴女の学生証番号を確認させてもらいます」
「う、うあああ、だ、駄目!駄目だめプライバシーの侵害よ!!」
狼狽し、学生証のおさめられた手帳を強く握りしめて身構える綿貫。その様子に、この場にいる誰もが確信したことだろう。
―――この誹謗中傷をしているのは綿貫なのだと。
綿貫が他の人の学生証の番号を使っていたら証拠にはならなかったが、人に学生証番号をわざわざ教える奴はいない。……元カレだった古部都は別として。そして、炎上を煽るためにやり取り風の自演をしていたことからコイツは2つのIDが必要だったので自分のIDも作り1人2アカウントで掲示板を炎上させていたのだ。
古部都のアカウントだけでやっていたらこれは証拠にはならなかったんだが、因幡が2つのアカウントが炎上騒動を起こしていることに気づき、そして一つが古部都から教えられた古部都の学生証番号な事からもう一つのIDは綿貫自身のものではないかとあたりをつけていたが……ビンゴだったようだ。
一度取得したIDは本人が退学後も使える、というのはシステム周りの不備というかどうしようもないことなんだろうけどね、学生証番号の規則さえ守っていればIDが出来るようになってるガバ設計、とは因幡の弁。もしかしたら因幡は既に綿貫の学生証番号を確認していたのかもしれない。だからこそのあのメッセージだったのかもしれないな……あいつ、結構劇場型好きだからなぁ。
「綿貫ささら。お前は、中学時代から弥平の下で動いていた。
そして戸成一家がスキャンダルに見舞われたとき弥平に方法を教えられ周囲の人間を扇動して誹謗中傷をして恋人である沖那を追い詰め切り捨てた。
そして今、かつて自分が嵌めた男の姉が学校の権力の中枢にいるのが邪魔に思い会長代行を同じように罠に嵌めて失脚させようとしたんだ!!」
「うお、おおおおお、うおあああああああっ!!!!!!!!!」
左腕をおさえるのをやめて、頭をかきむしっている綿貫。そこに先ほどまでの悠然とした態度も、美少女然とした姿もない。
ここまですべて俺が少しずつ綿貫の退路を断ちながら、皆に綿貫が犯人であると知らしめるためのものだった。
綿貫は桜那先輩の冤罪を晴らすための裁判だと認識していたようだが、俺はその先、ここできっちりお前の首を落とすところまでが目的。
そのために少しずつ証拠を出しながら精神を消耗させ、焦らせて追い込んだのだ。 実際、写真の件と誹謗中傷の件は証拠を提出するだけでは繋がってはいない。しかし綿貫に“知られている”と自覚させることはできる。それこそが目的だったが、きっちり型に嵌ってくれた。
まさか高校生同士のいざこざでここまでやるかというような表情で俺を睨みつけているが、残念だったな。俺はやるんだよ!!!!!……喧嘩は相手を見てやるんだな。
俺には探偵さんのように、この街全部を護るような力も人脈もない。けど、俺が今いるこの学校ぐらいなら、俺の手が届く範囲なら――――俺の手だけじゃ届かなくても。
仲間の力を借りて困っている人へ助けが必要な人へと手を伸ばして見せる。
…だから、この学校を泣かせる奴に俺はこの言葉をなげかける。右手の掌を上にして、人差し指をつきつけながら。
「さぁ、お前の罪を数えろ」
「ぐっ、ぎ、うぎ、ぎあああああああああ!!ぐおおおおおおお、あああああああああああああああああああああああああああああ、あっががっがあっががっがあああああああ!!!」
目を血走らせ首を左右に振りながら綿貫が叫ぶ。バンバンと何度も、何度も机に額をぶつけ、髪を振り乱して――――そして目を剥き天に向かっての絶叫。
「くそが、くそが、くそが、ぐぞがぁぁぁぁぁっ!!ぐあああああああああああああっ!!!おんどれええええええええええ、肥溜めで溺れるドブネズミ以下の価値しかないクソどものぉぉぉぉぉぉぉっくせに、この私の邪魔おおおおおおおおおするなんてえええええ!!!!ああああああああああああああああああああああ!!!」
聞くに堪えない叫び声が、体育館に響いた。
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