第65話 冤罪裁判 開廷~狸狩り~

 謹慎があけて登校し、教室への行きすがら職員室に顔を出してどうもと挨拶をすると担任に謝られた。

 あまりやる気と覇気のない人だが悪人ではないのはわかっているので素直に謝意を受け取っておくことにする。この人に決定権があるわけではないしね、まだ若いし気苦労の方が多かろうて。

 まぁでもこの学校のなぁなぁで済ませる主義とか前校長の負の遺産は何とかした方がいいと思うけどね、それは今日は関係ないので放っておくけど。


 教室にいくとともちゃんとあきら、それに戸成が迎えてくれた。皆から声をかけられて心配されるが余裕のよっちゃんだぜ!!と元気を振りまいておく。タローさんは元気印が取り柄だからねー。

 竜宮さんからも声をかけられたがピースサインで返事をする。最近ちょくちょく竜宮さんに話しかけられるんだよなぁ。

 ……さて、今日はテスト前の行事、朝から生徒総会だ。気合入れていこうか!


 始業の鐘が鳴り終わるころには、全校生徒が体育館に揃っていた。今は体育館に各学年ごとに別れて座っている。……どうでもいいけど体操座りって身体に悪いしやめてほしいよね、尻が痛くなるしさぁ。

 壇上には俺と同じように停学があけた桜那先輩が上り、生徒総会を執り行う挨拶を行っている。以前と変わらない覇気と威厳に満ちた立ち居振る舞いで、昨日戸成の家で見た姿は幻だったのではないかと思う位だ。

 凛とした態度でテストとテスト明け夏休みに関しての諸注意など―――そこには深夜徘徊への注意も含めてだが―――を伝えていく桜那先輩。その後ろでは暮美ちゃんがパソコンを操作してスライドショーを表示していた。目の下にクマがあってへろへろになっているけど、そういえばメッセージで桜那先輩がいないときは暮美ちゃんに加えて真島先輩が生徒会の仕事を代理で片付けていたと聞いた。暮美ちゃんも真島先輩とは上手くやり取りしたりできているみたいだし、真島先輩のあのキャラのおかげで懐いてるみたいだ。まぁ真島先輩面白いからね!!さすが真島の兄さんだぜ。ただ、部活動して生徒会活動も手伝ってとか相当キツい気がするけど


『この真島晴朗、己の肉が骨から削ぎ取れるまで働く!!』


 とかメッセージきてたけどあんまり学生時代からブラック労働に慣れると将来困るからどうか無理せず働くことを意識してほしいね。働くことは大切だけどそれで心身を壊したら元も子もないのだ。いのちだいじに、いいね?アッハイ。


 


 「それでは生徒側からの提案、意見その他はないか」


 壇上の桜那先輩がそう言うと、挙手の後に立ち上がる女子生徒がいた。綿貫だ。


「はい!1年、綿貫ささらです。私からこの生徒総会の場を借りての意見があります」


「…聞こう」


 壇上の桜那先輩が努めて冷静に綿貫に意見を促す。余裕を感じるそぶりで語り始める綿貫。


「私は、生徒会長代行戸成桜那さんの解任と、新しい生徒会の発足を要求します。その理由は、一週間ほど前に張り出された戸成先輩の不健全性的行為を思わせる写真、そして、戸成先輩についてよくない噂が学校中で話題になっているからです。そんな疑惑のある方に、学校の顔である生徒会長をこのまま続けてもらうのは良くないと思います。生徒の皆さんも、あの写真や、いろいろなところで戸成先輩の噂を耳にした事があるのではないでしょうか?」


 予め練習でもしてきているのだろうか、流暢に紡がれる言葉は不思議と聞くものを惹きつけ、そして聞くものにあの写真を思い浮かばせながら話す事、……学校の裏サイトで書き込みをしていたりROM専も含めた閲覧者は、桜那先輩の実家の醜聞トラブルもみているだろう。ざわ…ざわ…とざわめく体育館。一応教師たちが静かにするようにと言っているが、人の口に戸口は建てられない。ざわざわという喧騒は次第に大きくなっていく。


「火のないところに煙は立たず、と言います。噂を見聞きしたり、あの写真を見た生徒の皆さんには戸成先輩がこのまま生徒会長として部活の予算や委員会の管理を任せて良いのか疑問に思った人もいると思います。そうは思いませんか?」


 そんな綿貫の言葉に、誰かが


「確かに……」

「なんか嫌かも……」


 などと同調する声が聞こえる。仕込みか、本当にそう思っているのかはわからないが次第にうねりが大きくなっていく。


――――介入するなら今だな。


挙手して立ち上がると、全校生徒の視線が一斉に俺に集中するのが解る。そこには桜那先輩と、そして胡乱げな綿貫の視線が合った。


「はい!1年、桃園太郎です。あの貼りだされた写真は戸成先輩を陥れるために撮られたねつ造写真です。俺が戸成先輩の無罪を立証します」


 そんな俺の言葉にさらにざわめきが大きくなる。中には、


「いいぞ、やれやれ」

「面白くなってきた」

「オラ、ワクワクすっぞ」


 などと無責任に囃したてる声もあるがこの状況だとありがたい。綿貫の思うがままの場の空気を此処で一回断ち切る必要がある。

 みていて分かったが綿貫のこれは弥平仕込みのものだろう。弥平程仕上がっていない、まだまだ未熟なものが、例えば同じ年頃の中高生を扇動するには十分事足りる。うーむ、対策無しではぶつかりたくない相手だよねぇ。1年同士なのでお互いの声が聞こえる位の距離にいるからか、綿貫が話しかけてきた。


「……桃園、あんた何のつもり?」


 話に割って入ってきた俺を訝し気にみている。俺が無罪を立証する、と言ったのが気に入らないのだろうか?


「なぁ綿貫、鳥の声が聞こえないか?」


「はぁ?鳥?急に何言ってるの、頭おかしいんじゃない?質問に質問で返さないでよ」


「俺には聞こえるぜ、かちかち鳥が鳴いてる声が。……何のつもりって決まってるだろ、お前を燃やすためだ。狸は燃えるものだろ、レディ?」


 そんな俺の挑発に憤怒の表情を浮かべる綿貫。おぉ、こわいこわい。しかしあまり強い言葉を使うと弱く見えるからこれ位にしておこう。ここからがハイライトだってやつだ!



 ということで壇上に登って壇上の向かって右側に立ち、綿貫と向かい合う形になる俺。ちなみに左側に綿貫、中央最奥には司会進行を引き継いだ暮美ちゃんがいる。

 今回の議題は生徒会長代行の罷免についてだが、賛成、反対で意見が出た時にそれぞれに別れて意見を述べてあとは生徒の多数決で決めることになる。議題に関わらず生徒総会で出た意見対立についてはこうやって決めているらしい。

 

 俺は探偵さんからもらった黒い唾付き帽子を手に持ち、眺める。今の俺では探偵さんのように1人で格好良く解決することはできないかもしれない。

 でも俺が半人前でも、皆に助けてもらって―――かならず桜那先輩を護って見せます。

そんな自分への覚悟とともに、勇気を借ります、と被る。


「なにその帽子、だっさ」


「男の目元の冷たさと…優しさを隠すのが帽子の役目らしいぜ」


「わけわかんないんですけど?」


 ま、お前にわかってもらおうと思ってないからいいよ。そして俺の隣にはあの後挙手起立して、ノートパソコンを手についてきてくれた舞花ちゃんがいる。舞花ちゃんも生徒会長の罷免反対派として、実際には資料の提示の操作で俺を手伝ってくれるのだ。この辺りは予め打ち合わせていたけれど、極めつけの死地にも臆さない舞花ちゃんが頼りになりすぎるんだなぁ。


「大丈夫です。私がついていますよ」


 勝利を疑わない眼差しに心強い言葉。俺の周りの女子は先輩達も含めて強い子ばかりだ。……珍獣もいるけど。


 「それでは、生徒会長代行の罷免についての審議を行います。進行は私、1年可児暮美が行います。賛成側、反対側、準備はよろしいですね?」


 暮美ちゃんの答えに、綿貫が余裕の表情で頷く。


「問題ありません」


「俺も大丈夫です!」


―――ヤジの声やざわめきと共に全校生徒が見守る中、桜那先輩の冤罪裁判が始まった。


「まず罷免賛成派からお願いします。綿貫さん」


暮美ちゃんに名前をよばれた綿貫が指を鳴らすとスライドが壇上のバックスクリーンに大きく表示される。……来た、あの時張り出された写真だ。写真にざわざわと観衆のざわめきが大きくなる。全生徒がみていたという訳でもないだろうし、今日ここで初めて見る生徒もいるのだろう。


「まずこの写真をご覧ください。これは街のホテル通りを男性と歩く会長代行を写した写真です。この写真には戸成先輩の顔がはっきりと映っています。この決定的な証拠を持って会長代行の不健全性的行為、淫行疑惑の糾弾します」


 そう言って優雅にお辞儀をする綿貫。確かにこの写真には戸成先輩の顔が映っている。だが、それについては既に準備してある。傍らの舞花ちゃんを視ると静かに頷いてくれている。


「……ではこの写真に対して、反対派の太ろ……あ、オホン、桃園君、お願いします」


「はい。反対派の俺からはこの写真を」


 舞花ちゃんがパソコンを操作すると、バックスクリーンに俺が撮影してきた三脚の跡の写真が写る。


「これは先ほどの写真が貼りだされたその翌日、写真が取られた現場に、写真が撮られた翌日に取られたた写真です。これはカメラの三脚の跡で、あの場所に何者かがカメラを設置して隠し撮りしたということになります」


 ざわめく聴衆と、驚いた様子を見せる綿貫。だがすぐに冷静さを取り戻し、口をはさんできた


「異議あり!この写真はあくまで地面に穴が空いているというだけのものです。この写真1枚では何の証拠にもなりません。そもそも反対派が穴をあけた地面を撮影したねつ造の証拠の可能性もあります」


 当然そう言ってくると思ったので、舞花ちゃんを視ると頷き次の写真を表示してくれる。


「ぐうっ…?!」


 映し出された写真を見て、自分の左の二の腕を右手で掴むようにしながら、驚く綿貫。当然だ。だって顔こそ映ってないけどこれお前だろ綿貫。本当はこれに顔が映ってたら即試合終了だったんだけど、ないものねだりなんてしてもしかたがない、あるもので戦ってやるさ。


「これはその場所に何者か、恐らく女性がカメラを設置している時の写真です。防犯カメラに一部始終が映されていました。残念ながら仕掛けた人間の顔は映っていませんでしたが、あの写真は何者かがここにカメラを仕掛けてとったものであることの証拠として提出します」


「これは……確かに誰かがカメラを設置しているようですね。女性でしょうか……?わかりました、こちらの写真を反対派の証拠として受理します」


 証拠と共に反撃されて、綿貫の顔色が悪くなっている。


「待った!そもそもその場所に誰かがカメラを置いたとして、それがこの写真に関係があるという証拠にはならないのでは?この写真の人物は、“全然違う写真をとっていた”のかもしれない」


 苦し紛れかもしれないが、中々嫌なところをついてくる綿貫。“全然違う写真”、か、成程そういう言い逃れもあるんだよな。ありがとうございます探偵さん、と心の中で改めて感謝を述べながら、俺はもう一つの証拠を提出する。


「進行、反対派からさらにもう一つ証拠を提出します」


 俺の言葉に合わせて舞花ちゃんがもう1枚の証拠を映し出す。……くらえっ!


「これは……桃園君、でしょうか。しかしこの写真はどこかでみたことがあるような……はっ!」


「そう。賛成派が証拠として提出した写真と“同じ構図”なんです。これはあの三脚が設置されていた場所から映した写真で、賛成派の写真が三脚の場所に設置されたカメラで隠し撮りをされたものであるという事を証明しています」


 映し出された写真に驚いた様子の暮美ちゃんに補足する形で説明をする。観衆の生徒達が驚きの声を上げているのも聞こえる。


「ぬっ、ぐっ、ぐぐぐっ…ぐうっ!!」


 突き付けられた追加の証拠に旗色が悪いのを察してか、歯噛みしながらこちらを睨みつける綿貫。随分強く左腕を掴んでいるがそんなに掴むと跡が残るんじゃないか?……掴まずにはいられないほど焦っているのかもしれないけどな。


「わかりました、この写真も証拠として受理します。賛成派、何か意見はありますか?」


 暮美ちゃんに問われて綿貫がギリギリと歯噛みをしながらも、答える。


「くっ、ぐっ…!た、確かに反対派の提出した証拠は、こちらが提出した写真が隠し撮りしたことの証拠になると、認めます…」

 

 お、認めた。まぁこれだけ証拠があれば桜那先輩の写真は誰かが盗撮した写真だってのは認めざるを得まい。……だが即座に立ち居振る舞いをなおし、余裕の様子に戻る綿貫。


「―――ですが、この写真が隠し撮りされたものだからと言って、それが会長代行が不健全性的行為をしていない、という証拠にはならないのではないでしょうか?そもそも写真が盗撮かどうかだなんて、関係ないのでは?」


 余裕綽々という様子で髪をファサッとはらう綿貫。ぬぐぐぐ、そう来るかァーッ!……いや、まぁそりゃそうなんだけど。これはまだ写真が盗撮であるということの証明でしかない。正念場はここからだ。

 しかし、さっきまで随分追い詰められた表所だったのにもう元通りだ。持ち直すのも早いなぁこの狸女!一筋縄ではいかないのはわかっていたけれども。


「落ち着いてください、タロー君。まだまだ裁判は始まったばかりですよ」


 舞花ちゃんに小声で囁かれて、落ち着きを取り戻す。そうだ、まだ慌てるような時間じゃない。それにこういう風に攻めてくる可能性も想定していたんだ、冷静にいこう。

 こちらにはまだまだ手札はある。そうだ、何勘違いしてるんだ。まだバトルフェイズは終了してないZE!

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