第64話 冤罪裁判 この姉弟は俺が守護らねばならぬ


 集まった資料や証拠を元に集めながら概ね考えも纏まり、綿貫の用意周到さに対してともちゃんとの舌戦の事でなんとなく綿貫への対応の仕方のイメージも出来ている。あとは謹慎が解けてからの生徒総会の当日に気合をいれて戦うくらいだ。

 

 それだけじゃなく、生徒総会が終われば夏休み前の期末試験も待っている。自宅待機とはいえ試験勉強も欠かさずやらねばいけない、学生の本文は勉強っていうしね。

 勉強以外の事でやる事が多いんだよなぁ……!でもタローさん成績でいえばきちんと中の上くらいはキープしてるんだから頑張ってると思う。


 そんな生徒総会が目前に迫った下校時刻、俺は戸成の家の近くのベンチで戸成が来るのを待っていた。

 予めメッセージでも入れておけばもっと効率的なのだろうけど、今日はなんとなくこれぐらいの時間で待ってれば出会えるような気がしたのだ。30分もしないうちに戸成が歩いてきた。足取りは重くうつむきがちだ。まったく、俺が目を離すとすぐに沈むんだから、もう!


「何シケた顔してんだよ、沖那」


「……タロー?!」


 建前上、謹慎中になっている俺がいることに驚いているのかな。


「久しぶりだけど随分落ち込んでるじゃないか。いやまぁ、そう思ったから会いに来たんだけどな」


 隣に座れよ、とベンチの横をぽんぽんと叩くと、少し戸惑った様子を見せたが大人しく座る戸成。よしよし、素直なのは良い事だぜ。


「すまん、タロー。あんまりこんな姿見せたくなかったんだけどな。桜那姉さんが大変な事になって、あの時の事が蘇って、俺、出来ること何にもなくて、どうしたらいいか……」


 項垂れ無力感に打ちひしがれている戸成。失敗したな、もっと早くに戸成に逢いに来るべきだった……こいつ俺が居ないとすぐへにょへにょになるんだもんよ。  

 

「何言ってるんだ。お前にはお前にしかできない事があるだろ」


「……俺にしかできない事?」


「信じる事だよ、桜那先輩を。実の弟のお前だからこそ、そんでもって家族のお前だからこそ意味がある事だろ」


 そんな俺の言葉に、目を見開く戸成。


「信じる、信じる。……あぁ、姉さんはそうだ、不順異性交遊なんてしないもんな!タローも童貞だ!!家族の俺が、姉さんを信じなくてどうするんだ!!」


 まぁ、中学時代のトラウマを思い出しもしただろうし、ナーバスになるのはわかる。けど、誰よりも家族であるお前が桜那先輩を信じることが大事だと思うんだよね。あと俺が童貞なのをそんな確信をもって断言するのは辞めろ、事実陳列罪で股間パンチするぞオラァ!!……なんてね。目の曇りは取れたようだな?手のかかる奴だぜ本当に、もう。


「明日の生徒総会で恐らく綿貫が仕掛けてくる。あの写真を貼りだしたのも、今の状況を作っているのも綿貫だ。……お前も、気づいていたんだろう?」


 俺の言葉に、ごくりとつばを飲み込む戸成。


「けど、俺は綿貫と戦う。桜那先輩の冤罪は晴らすし、お前には悪いが―――綿貫は二度とふざけたことができないようにここでやっつける、その準備もしてきた」


 そんな俺の言葉に、静かに瞳を閉じて頷く戸成。


「ごめん、タロー。俺、頭の中もなんもかもぐちゃぐちゃになって、何もできなかった。家の中でも姉さんに声をかけることしかできなくて、でも姉さんも部屋でずっとふさぎ込んでて。なのにタローがそんな風に動いてくれていたなんて、俺、情けないよ。ごめん」


「いや、そりゃ辛いし仕方ないでしょ。謝るんじゃねーよ、辛い時は助け合えばいんだ。今回は俺がまとめて背負ってやらぁ」


 てやんでいバーローとお道化て言うと、苦笑したように笑う戸成。やっと笑ったな、そうそうイケメンはニコニコキラキラしてる方がいいと思うぜ!お前は王子様してる方が似合ってるよ。


「うむ。沖那も、桜那先輩も―――俺が守護(まも)らねばならぬ」


「タローって地下闘技場で解説とかしてるのか?公園最強の生物なの?」


 そう言って笑う戸成に、とりあえず元気は出たみたいだなと安堵した。


「……なぁタロー、姉さんにも逢っていってくれないか?」


 少し元気が出た戸成に乞われ、俺は戸成の家にお邪魔することになった。


「ここが戸成のハウスね!」


この間はヘッドロックから間一髪抜け出したけど、あやうくここに連れてこられそうになったんだよな。

 チャイムを鳴らした後鍵を開けて、上がるように促す戸成についていく。中もピカピカだ。


「俺達の部屋は2階なんだ。こっち」


 そう言いながら戸成が先導するのでついて階段を昇っていく。

 階段を上がってすぐの部屋の扉があいていて、戸成はそこに荷物を入れた。俺の荷物も預かってくれるようだったので戸成に渡し、戸成の部屋の隣の部屋―――桜那とネームプレートのついた部屋の前へと案内された。


 戸成がドアをノックして、


「姉さん、ただいま。……起きてる?」


 と声をかけると、小さく


「…ん、起きてるぅ……」


 と聞こえてきた。いつもの桜那先輩とは随分違った可愛らしい様子のような?


「今日はタローを連れてきたんだけど」


 というと、瞬間ドタタタタタドタバタンドタドタドタギィッ…と部屋の中から騒がしく音が鳴る。


「何?!それを早く言わないか!!」


 あ、いつもの調子の桜那先輩の声だ。桜那先輩って家の中とか一人の時って割とポンコツだったりするのかな?戸成に聞いても教えてくれなさそうだけどなんかそんな気がする。


「お邪魔してます。大丈夫でしたか?少し、桜那先輩に話があってきました」


「……そうか。心配をかけたのだな、問題はない。ただ、すまないが人前に出られる状態ではないのでな。扉越しで構わないか?」


 戸成はそんな俺達の様子を見て、気を遣ったのか部屋にいると自室に引っ込んで扉を閉めた。俺も、立っているのもアレだなと思って桜那先輩の部屋の扉にもたれかかり、それじゃあ……と冤罪写真について最近調べた事や、明日の生徒総会で綿貫がしかけてくるであろうことなどを、手短に説明していった。


「……そうか。世話をかけたな。お前にも、鬼塚にも、小天狗にも」


「いえ。皆、好きでやってる事ですから。俺だけじゃない。皆そうですよ」


 そんな俺の言葉に、背後の扉がギッと音を立てた。扉越しに、桜那先輩もこの扉にもたれかかって座ったようだ。


「……人の心というものは度し難い。歯がゆいものだな」


 綿貫の事を考えているのか、ため息とともにつかれた声でいう桜那先輩。けど俺はそれでも、と桜那先輩に言い続けたいと思う。桜那先輩の頑張りも優しさも、俺は応援したいと、支えたいと思ったから。だから俺はそれでもと言い続けるのだ。


「それでも!桜那先輩の事を、桜那先輩の在り方を俺は支持します。今回は相手が煮ても焼いても食えない狸だっただけで、人にチャンスを与えようとしたり手を差し伸べようとした桜那先輩が間違いだとは、俺は思いません。桜那先輩だったから、真島先輩やサッカー部は立ち直ったんだと思います。そういう人だったからこそ―――俺は桜那先輩を助けたいと思いました」


「……太郎、それは殺し文句だぞ」


 一瞬の浮遊感の後、苦笑するような、呆れたような、けれども優しい声色の桜那先輩の声がすぐ近くで聞こえた。後ろから回された手が俺の胸元を掴んでいる。

俺の首筋に顔を埋めるようにして、後ろから桜那先輩に抱き留められていた。寝間着姿の桜那先輩の感触を感じてドキドキとしてしまう。薔薇の石鹸の良い香りがする。


「わかった。お前が私の傍に在る限り、私は折れないと約束しよう。だから少し、……こうさせて貰うぞ」


「……はい。小さな背中で恐縮ですが」


 そんな俺の言葉に、フフッと笑う桜那先輩を背中越しに感じる。

 暫くして落ち着いたのか、ゆっくりと桜那先輩が俺から離れていった。

振り向こうと思ったが、そういえば桜那先輩寝間着だしな、みられたくなかろうと思い踏みとどまる。そんな俺の様子を後ろから見ていた桜那先輩が、少しだけ悪戯っぽく言ってきた。


「お前は良い男になるぞ、太郎。―――どうやら私の男を観る目は確かだったようだ」


 それから咳払いをしてゆっくりドアを閉める桜那先輩に声をかける。


「また明日、学校で。―――桜那先輩には俺がついてますから」


 そんな俺の言葉に反応は無かったが、なんとなく桜那先輩が喜んでいるような気配を感じた。そうして話がひと段落したのを察したのか、自室からでてきた戸成に見送られて俺は戸成宅を後にした。


「いいのか?なんなら家まで送るぜ」


「遠いしいいよ、玄関までで。お前もゆっくり休めよ」


 そういって戸成と挨拶をかわし、戸成の家の門まで歩いたところで後ろから戸成に声をかけられた。


「―――ありがとな、タロー!俺、高校に入ってお前と友達に慣れて良かったって思うぜ」


「おー、俺もだぜ沖那ァ!」


 沖那と桜那先輩と話して、2人が元気出して安心したのと同時に俺もまたやる気が出た。

 今の俺は……負ける気がしねえ!!Are you ready?ってね!

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