第58話 夜の哨戒活動


 夜になると涼しくて、ジョギングしやすくて気持ち良い。

 鼻歌混じりに繁華街へ向かって走っていたが、出発前に桜那先輩との会話や最近の綿貫についてなどの情報を舞花ちゃんに送る事も忘れていない。俺では気づかない視点からアドバイスをくれるかもしれないからね。

 繁華街のどこで綿貫の姿がみられたかがわからないので、大通り沿いに走っていると舞花ちゃんと入ったファミレスの横を通ってあの時の事を思い出した。……あれからあっという間の毎日だったなぁ。

 うぅん、制服姿ならすぐに見つかると思うんだけどなぁと思いつつ怪しくない程度に視線を動かしながらジョギングしていると、不意にぐいっと誰かに腕を掴まれた。つんのめるようになったのでこらえながらみると…


「太郎。深夜徘徊は許さぬといったはずだぞ」


 ウワァ…桜那先輩だァ…めっちゃ怒っていらっしゃる。ワァッ…。


「エェ~ッ?!俺ジョギングしてるだけですよ。ハハハ」


「正直に言わないようならであれば暗がりでまた唇を奪うが?」


「すいません、綿貫を捕まえに来ました」


 人間正直が一番ですよねー!!!呆れたようにため息をつく桜那先輩に謝罪しつつ、少し思う所があって首を突っ込ませてもらいましたと話した。


「だからと言って校則違反は見逃せん。深夜徘徊で補導されるのは23時からだ、今から急いで家に帰るのだ」


「あれ、でも桜那先輩はどうしてこんな所に?」


「………………買い物だ」


 ぷい、とそっぽを向きながら小さく呟く桜那先輩。

 なんだ、桜那先輩も綿貫を捕まえに来たんじゃないですかと苦笑したくなる。桜那先輩の事だから大事になる前に綿貫を拿捕して説教反省文なりで済むようにってところだろうか?

 ただ、個人的な感覚で言えばあの綿貫は真島先輩のように更生するタイプでも、古部都のようにけじめをつけるタマじゃない。中学の時の事を彷彿とさせる、もっと何か邪悪な気配を感じるんだよなぁ。俺の占いは当たる、だが運命は変えられる的な感じで、綿貫に関してはさっさと行動しないと良くないことになる確信がある。

 こういう時の俺の直感はほぼ間違いなく当たるのもあり、桜那先輩よりも俺向きだと思うんだよなぁこの件は……うん?

 なおも俺に家に帰るようにと言う桜那先輩を尻目に、ふと気配を感じて視線を動かすと大通りを挟んだ向こう側に、チャラい男と腕を組んで歩く制服姿の女子を見かけた。あの後ろ姿は……


「……あれ、綿貫だ」


「何だと?」


 俺の言葉に、お叱りの声を中断して俺の視線の先を見る桜那先輩。


「……間違いない。あれはささらだ」


 クッ、と歯噛みしているが、目的の人物を見つけたのだから躊躇している場合ではない。桜那先輩の手を取り駆けだす。ここの大通りは車通りが多く横断歩道もないため、歩道橋まで回り込まなければいけないのだ。


「ここで捕まえましょう!」


 桜那先輩の手を引きながら走っていると、後ろで息を呑むような、驚いたような、……それから苦笑したような桜那先輩の吐息を感じた。


「今日は私の監督下ということにする。すまんが、ささらを捕まえるのを手伝ってくれるか?」


「最初からそのつもりですよ」


 そんな話をしながら歩道橋を駆け上がってから走り抜けて一気に駆け下りる。綿貫はさっきチャラい男と入って行った小路は、あれ、ここは……


「……ホテル通りだ」


 そういえば以前蟹沢の姿を見かけたのもこの付近だったが、大通りから裏通りに抜けるこの道は所謂そういうホテルが並んだ区画だ。パッと見、綿貫の姿は見えないがどこかのホテルに入ったのか?いや、そんなに時間は無いはずだけど。


「……この通りに入って行ったのか。これは…」


 俺の後ろで、状況を理解した桜那先輩が唸っている。そりゃそうだ、生徒が不順異性交遊をしているとなれば捨て置けない。


「……ともかく、迷っている暇はない。この通りに入って行ったのであればささらを探して捕まえなければ」


 桜那先輩と頷き、注意深く周囲を確認しながら通りを反対側まで駆け抜けていく。

……うん?ホテルの前で誰かと電話しているチャラい奴に見覚えがあるような……あきらをナンパしてきたりプールで綿貫と一緒にいた自称医大生か、あいつ。さっき綿貫の隣にいたのもこいつなのか?

 通りの奥まで走っていく桜那先輩と別れ、なにか綿貫の手がかりを知っているかもしれない、と思い男に近づくが、俺の視線に気づいたのか、相変わらず電話をしながら踵を返してホテルへ入って行く男。


「あ、待てこの!」


 クソッ、あいつ俺と視線があったらさっと、ホテルに入って行ったぞ。

 

「どうした太郎」


「……いえ、何か知っていそうな奴を見かけたんですがホテルに入って行ってしまいました」


 俺の様子に気づいた桜那先輩が、一旦通りの奥まで確認してからUターンしてきたようだ。しかしこうなってしまうと手も足も出ないので、チャラい男が入って行ったホテルの前で、桜那先輩と歯噛みする。


「……それは仕方がない。奥までみてきたが、ささらの姿はなさそうだ」


 どこに消えた?ホテルに入った?くそっ、折角のチャンスだったのに。


「逃げられたものは仕方がない。……今日はもう遅い、家まで送ってやろう」


「逆ですよ、俺が送ります、桜那先輩は女の子なんですから」


 という訳で今日の追跡は切り上げて桜那先輩を家に送る事になった。


「もし言いにくい事であれば言わなくても大丈夫です。……桜那先輩は、綿貫と何があったんですか?」


 綿貫を気にかけるような桜那先輩の態度が気になったので、道すがらに聞いてみた。桜那先輩は言うか、言うまいかを少しだけ逡巡した後、ぽつぽつと語ってくれた。


 戸成の家が冤罪をかけられたとき、桜那先輩は女の子だからと父親の判断で一時的に短期留学で海外に行かされたそうだ。海外に戸成の親戚が住んでいるので、そこで騒ぎが落ち着くまで留学していたらしい。そのため、綿貫や古部都が戸成を裏切って離れた時に傍にいなかったことを悔やんでいるとの事。


「たらればの話をしても何にもならないのはわかっているんだ。しかしあの時私がいれば、また状況は変わっていたのではないかと思ってしまうのだよ」


 寂しそうに言う桜那先輩。……戸成が言っていたけれど、この人は厳しいのと同じくらい優しいんだと思う。古部都や綿貫に関しても責任の一端を感じてしまっているんだろう。

 ……けど世の中には煮ても焼いても食えない奴ってのはいて、そういう奴らには情けは人の為ならず、が通じないのだ。恩を仇で返すという言葉があるように。


「優しいですね、桜那先輩は」


 歩調を合わせながら、そう呟く。その言葉を最後に、桜那先輩も静かになってしまった。


「……こういう事の解決は俺の方が向いてると思います。もしも桜那先輩が困ったら、その時は俺が何とかしますよ」


 そんな俺の言葉に、静かに笑う桜那先輩。それは寂しそうで、哀しそうで、いつもの強気で女帝然とした態度とは違う、壊れそうな硝子のようだった。


「……もう家は近い、ここまでで良い。お前も気を付けて帰るのだぞ」


 そういって歩き去る桜那先輩の背中を見送ってから、今さっきホテル通りで綿貫をみつけた事も舞花ちゃんにメッセージで送りつつ俺も家へと帰るのだった。

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