第57話 不穏の足音

 プールでの楽しい一日が終わればすぐに月曜日がやってくる。月曜日はどうやっても回り込んでくるからね…おのれおのれおのれおのれ!


「昨日はたのしかったねー!」


…などと大満足上機嫌のともちゃんや、なんだか妙に大人しいあきら、桜那先輩にしごかれすぎて疲れ切っている戸成等、様子はそれぞれだった。

 放課後になり、今日は予定もないし週初めはやること多いだろうからと桜那先輩を手伝いに生徒会に行くと眼鏡でおさげの女の子が一人で仕事をしていた。


「はい、生徒会に御用でしょうか」


 初めて見る顔だけれども、随分と大人しそうな子だ。あ、そういえば桜那先輩が生徒会を手伝ってくれている子がいるって言っていたな。


「はじめまして。俺桃園っていいます。時々桜那先輩を手伝ってて―――」


「そうなんですね、お話は伺っています。貴方が桃園君ですね?はじめまして、私は可児といいます。桃園君と同じ一年生です、宜しくお願いしますね」


 立ち上がって自己紹介しながらおじぎをする可児さん。すごく物腰やわらかくしゃべる子だなぁ、なんて思いながらこちらも自己紹介を済ませると、可児さんは桜那先輩の不在について教えてくれた。


「会長代行は、職員室に寄るので遅れるとの事です」


 桜那さんが珍しいな、と思いつつ頷き、俺も可児さんと一緒に書類整理を始める。可児さんとお互いの事や授業の話や最近の出来事を話しているけど、可児さんは大人しくて良い子みたいだ。


「そういえば可児さんは下の名前はなんていうの?俺は太郎ってすごく平凡な名前なんだけど」


 話のネタに困ったので何の気なしに聞いたら、可児さんは少し迷った後で名前を教えてくれた。


「名前、ですか?夕暮れが美しい、で暮美(くれみ)っていいます。……やっぱり、古臭く感じる名前ですよね」


「なんで?いい名前じゃん。夕暮れってわびさびとか独特の綺麗さがあるし、そういう美しさにかけた良い名前だと思うけど」


 そんな俺の言葉に、驚いたように目を丸くした後、嬉しそうに、かすかに微笑む可児さん。


「……嬉しいです。初めてです、名前の事、そんな風に言って貰えたの。この名前、亡くなったおばあちゃんがつけてくれたんです。すごく優しくて、私おばあちゃんが大好きだったから」


「そうなんだ。良いおばあちゃんだったんだね」


「はい!」


 そういってにっこりと笑った可児さんは、丁度窓から差し込む夕暮れの陽に照らされていて、不思議な魅力を感じた。

 名前で呼んでほしい、という事で可児さんを暮美ちゃんと呼ぶようになりつつ、少しだけ饒舌になった暮美ちゃんから図書館に入荷したオススメの新刊や本などの話を聞いたりして和やかに作業をした。


「反骨偉人伝っていう本が入荷して、私がリクエストしたんですけれど……日本では明智光秀、ブルータス、古くはユダまで。世界の下剋上偉人がまとめられている本なんですよ」


 へぇ、何そのエキサイティングな本。暮美ちゃんみかけによらないイカしたセンスしてるんだなぁ、とそんな話を聞く。


「下剋上っていい言葉だと思います」


「猫駆除ーだぜー?可哀想な事言っちゃだめだよねー」


「ミュージカルの空耳じゃないですよっ!でも創作のキャラクターでなら好きなキャラクターですよ、そのキャラ」


 ふーん、人の趣味や好みって色々あるもんね、と思いつつ暮美ちゃんの話を聞いていると、桜那先輩が微妙に渋い顔をしてはいってきた。


「お邪魔してます、桜那先輩」


「お帰りなさい、会長代行」


 そんな俺達の言葉に頷き、挨拶を返してくれる桜那先輩だったが、今日の生徒会活動は無しにするので早く帰るようにと説明された。暮美ちゃんと顔を見合わせつつ、片付けて帰り支度をした。3人で校門まで歩いていたが、桜那先輩の口数が少ないのでどうにも話しにくくて静かになってしまった。


 校門のところで方角が違う暮美ちゃんと別れて、桜那先輩と2人になったので少し何があったのか聞いてみることにした。

 

「昨日はお疲れ様でした……っていう雰囲気じゃなさそうですね、何があったんですか?今日職員室で捕まっていた事でしょうか」


「ああ。……どうも夜の繁華街で夜遅く、深夜徘徊になる時間に制服姿のうちの女子生徒が目撃されていると通報があったようでな。教師たちも巡回は強化するとの事だが、そう言った事をやめさせるように掲示物や次の全校集会での原稿を作るようにと言われていたのだ」


 うわ、それは桜那先輩も渋面になる。ここにきてまた面倒ごとが増えるのかぁ、というか制服のまま深夜徘徊とかアホなのか、普通に警察に補導される案件じゃん。……ん?でも普通なら警察に補導されてる、よなぁ。なんだろう、なんか妙な感じがする。上手く言えないけど。


「太郎も夜遅くに出歩かないようにな」


「はい、そうします。けど、桜那先輩こそ思いつめないでくださいね。―――その深夜徘徊している生徒に何かあるんですか?」


「……お前にならば言っても構わないだろう。聞いた話や特徴から、どうも私の古い知り合いのようでな。太郎、お前なら沖那と親しいから知っていると思うが……綿貫ささらという女子生徒だ」


 綿貫ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!アイツかぁ、こっちに絡んでこないと思ったら別の所で面倒ごとおこしてるのかよぉぉぉぉぉ!!思わず心中で絶叫もしたくなる。折角片割れの古部都の問題が片付いたというのに舌の根も乾かぬうちに。これあまり放っておきたくないなぁ。


「その様子、やはり知っているのだな。私にとっても古い知り合いで在り、沖那とは縁があった子なのだがな」


 言いにくそうにしている桜那先輩ですが、大丈夫です。知っていますよ。なんなら直接接触されてますしおすし。


「最近、ささらから中学の時の事を後悔している、悩んでいるというメッセージも来たので返信はしたが既読がつかない。学校も休みがちと聞いていてな……」



 いやぁ、無視しちゃえばいいと思いますよと即答しちゃいたいところ。ただ、桜那先輩は綿貫に何か思うところがあるのか、はたまた負い目でもあるのか、奥歯に物が詰まったような様子だった。桜那先輩にしては珍しい様子である。過去に何かがあったのか聞いてみたいところはあるが、今は過去の事より現在のトラブルである。


「桜那先輩。この話―――」


「駄目だ。深夜に街を徘徊することは許可できん」


 チェッ、残念。

 桜那先輩に、変な事に首を突っ込みすぎるなと戒められながらの帰り道となってしまった。うぅ、残念。注意されてしまったし、ここは大人しくしているしか…




――――なんて言うと思ったぁ?行っちゃうんだなぁ!これが!


 というわけで早速その日の夜。そう、俺は偶然、深夜にジョギングをしているだけなのである。陽が落ちてからのトレーニングなのである。Tシャツハーフパンツにアンダーウェア。どこからどうみてもジョギング中のスポーツ少年である。こういうのは見つかったときにいかに違和感がないかが重要なのだよワトソン君。

 そう、俺はごく自然に繁華街をジョギングしているだけなのね、そうなのね。だからやましい事もない!いいね?アッハイ!ふんす!

 ……夕方の桜那先輩の様子だと、自分で思いつめてドツボにはまってしまいそうな危うさを感じるんだよな。

 そんなときこそよろず屋タロちゃんの出番ですってばよ。俺はこういうトラブルにはくわしいんだ!……なんてね。

 というわけで名探偵タロー、出発(でっぱつ)の時間だァ!

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